散り花の段 一


 装身具屋の品が横流しされた件から、店の雰囲気が変わった。

 装身具屋の婿と流はまだまだ修業の段階であるとして、婿が作った簪と流と婿が二人で作った簪をそれぞれ同じ値段で売る、ということで話が纏まったらしい。

 それはまだ流が番台に慣れていなかった頃。
 どこかで三味線を盗み、それを直し新品の値で売ろうとした不届き者が現れたことがある。
 良くも悪くも3、4本先の通りまでその話が広がり、この通りに緊張感が漂った事があった。
 前例があったからこそ、装身具屋との話は難なく通ったのだろう。

「サイホウさん、」
「あぁ、」

 権平の作業部屋の襖を少しだけ開け覗き込んだ流は「食事をお持ちしましたよ」と気を遣う。

 階段くらいは特に問題はない程度の怪我ではあったが、流は随分と…責任を感じてしまっていたらしい。

「おおきにな、」

 そう返事をすることにどこか違和感を覚えていたが、邪険にするのも違う気がし「あんたはもう済ませたんか?」と、夕飯に誘うくらいの気持ちで返した。

「あ、いえ。これから花さんと交代です」
「そうかぁ。
 ひとりで食べるんもなんや寂しいもんで」
「花さん、これから夕飯だと思いますので、声を掛け」
「ふふ、違うよ流」
「え?」

 本当に不思議そうな顔をする流に「わかっとらんね〜」と軽口を叩けるくらいには、元気だった。

「あんさん、わても歳はひらいてますが、男やで?」
「え…っと…?」
「なんやあんたホンマにわかっとらんのかいな。花さんも難儀やなぁ…」
「花さん………?」
「まぁまぁ、あまり話もしてられへんか。意地悪言って悪かったな。わては心配いらへん、気ぃ付けて行ってらっしゃいな」
「はい」

 不思議そうな顔をしたままの流を見送ると、交代で花が来て「サイホウさん…」と…こちらは数日元気がない。

 花は、自分のせいで権平が痛め付けられたと思っているのだ。

「なんや、花さん元気がないなぁ。やはり流のことですか?」

 そう軽口を叩いても「いえ…」と曇り顔で。

「……なぁに、飯は美味く食べましょ」

 こくっと頷いて自分の膳を運ぶ花と向かい合い「いただきます」と手を合わせる。

「……足の具合は……」
「ん?あぁ、まぁ大事ない…とは言いたいもんやけど…暫くこうしとらんと店主が面倒なんや」
「…なる、ほど……」
「花さん」

 目を見て声を落とし「わてのことよりあんたや」としっかり言うことにした。あれから、そうしようと決めたのだ。

「……店主のあれはわざとですよ。
 何度も言いますが花さん、あんたは悪くない。面倒なのに絡まれてしまったんや。
 あの客のことは男連中がどうにか出来るとしても、や。あんたの心がな」

 あの日、流は真庭の所業を花に見せないように気遣った。その方が確かにいいのだと思えど、だからこそよりこうして萎縮してしまっている…。
 例えばあれを花が目の当たりにしたとしても傷付き方が違うだけでと…真庭はわかっているだろう。だから大袈裟にしている。
 これが真庭のやり方だ。権平にも覚えがある。それは呉服屋がなくなった時と、流がここに来た時と芯が同じだ。

「少々、戯言やけど、まぁ昔話として。
 この通りは今程、人の往来がなかった。豪商だの金持ちばかりが集まる…格式ばかりで物を言う者達が多かったんよ」

 …真庭自身もその分類であったのだとは思う。真庭も都から流れてきた役者宗家の出だったはずだ。

「長い目ぇで見れば、この街並みになったことで人は豊かになった。物や人の価値観等、時勢によって変わるもんですよ。
 わてのも、そういう“格式”を捨てられんかったんよ。
 わては正直どっかで、ここは廃れると思うてた。現に今ではこうして“質屋”として着物を直して売っとる。贋作、自作も、平民に寄った価格や質で充分やと思います」

 花は静かに、吸い物を口にする。

「両親はわてを勘当し都に帰りましたが、どうやろうかねぇ。いくら都とはいえ出戻りで、単に言えばこちらでも流行り始めた“娯楽文化”と取引が出来なかった、言うだけで…。
 装身具屋さんとウチとで良い関係が出来た、これも時勢かと」

 笑ってやるが「…はぁ、はい…」とやはり浮かない。
 この街の移り変わりを眺めてみなければ確かに、察するのも難しい話ではあるのだろう。

「流も、花さんと似たような経緯でここに来たんよ。せやからあんたには…見せたくなかったんやろうな。あの子にも心の傷がありますから」

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