傘屋娘の段 二


 花が持っていた番傘を受け取り広げた流は「綺麗」と呟いた。
 眺め、触れ、「これは組み立ててから絵を入れるのですか?」と、興味を示したようだった。

「和紙を貼り、その上から絵を描いてました…」
「そうなんだ…」
「あぁ、傘ならわても少しだけ…しかし、骨組みが難しい。
 わては着物の修繕を担当してます。流は主に木工品を。
 せやから、傘に使う糸も道具もあるんやけど…骨の磨損ばかりでしてなぁ、毎度質入れを断っとったんですよ」
「そうなんですね…しかし、私はその…嫁入り道具と5本の骨しか貰ってきていなくて…えっと…」

 まぁまぁと茶を促せば湯飲みを手にしながら「道具は…」と、花は辺りをキョロキョロと眺め、躊躇ったように、1度置いた骨組みを取りぱっと開く。

 …作りは、根元の部分がこの辺で使われるものよりも遥かに細かい…。
 傘の技術は大変難しい。権平は精々紙貼りや漆塗り程度の事しか出来ず、それも呉服屋時代の知り合いの見真似程度だ。

 権平には少し懐かしかった。生まれの「京」の傘だろうとわかったからだ。

「…まくわりというのですが…そこまでしか出来ていなくて…馬がなければ軒紙のきがみ貼りが出来ません…」
「馬?」
「あぁ、傘は開いたまんまで大体の作業をするんやけど、開いたまんまで置いておける…まぁ、台やな。
 この状態はほら、糸で下と上を繋いどるやろ?この糸の上に次はな、和紙を貼らんとならんのや」
「なるほど…」

 流は考え、「これが置ければ問題は無いのですね?」と言った。

「そう、そうです!」
「手元で作業をするなら、もちろん横向きですよね?」
「ん?」
「つまりは、人が傘を差すあの体制ではなく、横に持つような…この広げた状態の高さがあって…持ち手を挟んで置ければいい、と…」
「あ、あはい!」

 権平が流をちらっと見ると、流は青白い顔ではなく、にっこりと、誇らしげな表情を浮かべた。

「では、まずは作業台を拵えましょうか」

 そうして流は自作で、傘作りの馬を作ったのだ。

 権平が知っている馬は縦に傘を置くものだったが、流は、花が座って作業が出来るように低く斜になった台を、一晩寝ずに作り上げた。
 下の土台は薪の棒3本、そこから2本組み立てた、かさばらない、しっかりした馬だった。

「凄い…お家にあったのはガタガタしたし、立ち仕事だったんです」
「あとは、その傘の骨?は竹でしょうか」
「あ、はい…あの、もしよければ!」

 花ははたまた、嫁入り道具の中から傘の作り方を記した書を取り出し渡してきた。

 パラパラ眺めた流は、出生が出生だ。字が読めなかった。
 それを権平が読解し、それを機に流に字を教えた。

 取り敢えずは花が家から持ち出した5本の骨からあっさりと店の番傘が出来、七日もすればそれは店の軒先にぶら下げてあった。

 天蓋の仕事は殆ど男手もなく、精々庭で竹を割る程度。

 2人とも歳は近い。仲良くなるのはあっと云う間だった。

 流は仕事の合間に花を手伝いながら、そもそも要領は良い。複雑な竹組をああでもないこうでもないと四苦八苦はしつつも、存外早く作り方を覚えたようだった。

 流とは勝手が違うが、花の時も「質流期限」という言葉を忘れていた。

 花の仕事はわりとすぐに入らなくなった。
 主には炊事や洗濯、番台の交代などになっていくが、それはあとの話だ。
 当初通り、殆ど嫁入りしたような状態になっていった。

石原いしはら菊衛門きくえもんさんが立ち寄られるのですか?このお店」

 その名前は当時流行りの役者だったらしいが、籠り作業ばかりの権平と流は大衆娯楽に疎かった。

「店主の親戚なんだよ」

 輝かしく乙女のような表情の花に、佐助はつまらなそうに言ったが、乙女というものはこういうものに弱い。

 「親戚なんですか!?」と店先から聞こえてくる花の歓声に「歌舞伎かぁ」と、流は質草を治しながら呟いた。

「お花さん、楽しそうですよね」
「気になるんかい?」
「いえ、」

 花が来てから特に、流の表情は柔らかくなっていた。
 しかし権平がこう話を振れば、少し切ない顔に変わる。

 流は歳にしては物分りがいい。それは字や世間を読むことがなくとも感じるものだったのかもしれない。

 恐らく、花の家系は最初の出で立ちからして傘屋が本業ではなく武家で、副業の一環で傘を作っていたのだと思う。
 生まれからしての格差のようなものを、流は感じていたのかもしれない。

「わては流と同じ歳の頃、稼業など手伝いもせんでな、呑気にぶらぶらしとったで。たまにはええもんやで、そうして気分を変えるのも」
「…サイホウさんは、いつから呉服屋をやっていたのですか?」
「生まれつきや。まぁ、下っては来たけどなぁ」
「下って?」
「呉服屋なんてなぁ、京やとその辺に当たり前にあったんよ。両親が傲って江戸で売りたいとな。江戸は卸先ではええ値やった。せやけど世間は、京の物いうんがよかったんや」
「…そんなものですか?」
「そんなもんやで」

 店からパタパタと、「流」と佐助と、嬉しそうな花が部屋に戻ってきた。

「はい」
「流さん、あのぅ」
「言っちまうぞ?花ちゃん。
 店主がな、天蓋を渡して来いってさ。ついでにお前、休みもあんまなくてたまに滅入ってるだろ」
「え、」
「花ちゃんと一緒に。たまには気晴らしして来いってさ」

 流は作業の手を止めた。

「花ちゃん別嬪だし、役者に襲われちまったら困るしよ」

 流がふと権平を見たので、権平も軽く頷いておいた。

 先程耳に掛けていたがはらっと影を落とす流の髪を「ほうら」と耳から小さく束ねてやる。前々から邪魔そうなそれが気になり、ふと編んでおいた髪紐だった。

 また顔を上げた流は、少し照れくさそうに触れ、「ありがとう…」と呟いた。

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