序詞
…甥っ子さんは、元服を迎えたと仰いましたかねぇ。
「はい。
私も……同じく婿養子になる身でして…。
役者にはならないのかとお聞きになりましたが、腹違いの兄が既に…そろそろ嫁の話も出ているのですけれども」
…聞いてはなんですが、それは、その…。
「私は3番目になります。下にはあと2人、男女共におります。
年の離れた弟もそろそろ役者入りをするものですから、その…」
なるほど、驚きもしない事情でしたか。
…この店はね、その頃は繁盛しておりました。
いまここがただの店のひとつになったのは、前店主が居なくなったからです。
前店主の話も聞きたいでしょうか。あの男はそう…時勢や趨勢を読む力に長けていたと話しましたね。
昔はそう、規制が掛かる前は田畑も質草にありました。
この表通りは前店主の真庭が、役者を引退した際に買い上げたのです。いまでも少しは名残が見えるでしょうか。
時勢は、土地で大体読めるものです。悪くなればまずまずに、この表長屋が干上がってくる。
あの男はただの役者上がりの金持ちとは違う。
流行りの最前線で引退した性なのか、彼の趨勢を読む力は特に、頗る高かった。
各店の賃料を、その店が払えるか払えないかという料金まで釣り上げる。
最終的に払えなくなった長屋一式を自ら質草としそのまま競売に掛け、1店舗売れると土地を売りやめ、価格は足通りが安定するまではそれを元にしておく。
そうすると、この表通りには少し早く風が吹く。
時勢の変化の時期には、それを読みたい他の通りの者達が偵察に来たりして、また回復していくのです。
名が知れ渡った役者でもあったし、それから一等地主に名を連ねることになるのだから寧ろ、当時のこの辺の商家は此処に店を出すこと自体を己の器だと思っている者が多かった。
前店主を慕っていた程度で役者崩れの店子など、私と番頭だけの時代ですら、すぐに出て行きました。案外彼はそういうのを嫌っていたのかもしれません。
向かいに歌舞伎の店があったくらいですから…治安の問題は付き物でして。しかし良い点としてはそのお陰で景気回復も早い方ではありました。
職人事情を話せば、職人もそれに見合うよう売らねばならない。
拘りが強い古い考えばかりで潰れてしまう店もあったし、その逆説で残る店もありましたが…今見てわかるように、要するに根強く残る店はその流行に合った物も作る裁量がある、ということです。
…それは何も他者だけでなく、我々も同じでした。
質草よりも安定した価格である、模造品の売れ行きが良くなる。良い品に触れれば触れるほど、完成度が上がってゆく、当時は良い時代だったのかもしれませんね。
ご察しの通り、こんなことばかりは続かない。田畑に競売の規制が掛かってからは、潰れたまま店をやらず、裏長屋に引っ込み居座られることもあります。
まぁ、経済面だけで見れば上手く回ってました。
「そんな才があった人がいては…確かに…」
…そうですね、こちらとしては息苦しくもあったのかもしれません。
…流殿の話に戻りましょうか。彼がその後どうしたか。
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