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「あ、身分証…」
「青木透花、」
「いや、そういうんじゃねぇんだわ…。
意識レベルは大丈夫だな。何歳?」
試しに聞いてみるかと思えば「わかんない」とくる…なるほど。
「ところで何人」
「ジャパン、」
「いやそういうんじゃねぇんだわマジで…フランス?」
調べた情報をぶっ込んでいくも「違うっ!」と激高させそうなのでこの方法はやめてみることにした。
「……まぁ、いいんだけど。だから、いいんじゃね?」
サイレンがうるさい。
救急車が側でスっと止まり救急隊員が出てきたので「ども」と声を掛ける。
「すみません途中から途切れてしまったんで…通報者さんでお間違いないですか?」
状況を見て判断した隊員が担架を出し、安慈の背からさっと透花を剥がして寝かせ、中に運んでいる。
「はい、すみません、緊急事態でケータイ落としました」
仕方ないなと、安慈は自分の身分証…公職用の黒革手帳を見せた。
「……えっと」
「はい。いや、たまたまです、今これしかなくて。
隣人の青木透花さん。日本国籍の23歳特別養子縁組の人」
「…保険証はこちらで見れば…」
あまりに珍しかったらしい、手帳をじっと眺めているので「はいはい本物っす、なんなら上司に確認してください、俺の身元は」と手帳をしまった。
「あ、すみませんそうですね失礼しま」
「緊急事態だっつってんの、早く出してやって。
身元確認に向かっても今この人ん家居留守中だから!んなわけで、俺が応急処置しときましょうかぁ!?」
「あ、いえ、すみません!私が行きます場所は」
「202。俺ん家203」
「…かしこまりましたァ」
走って行く。
救急車に乗れば同じく「えっとこの方とは」とドライバーに聞かれ、もう1人は「お名前わかりますかねー?」と意識確認をしている。
却ってごちゃごちゃするだろうなと「その子の隣人の海江田|安慈《ヤスチカ》です仕事帰りにたまたま外廊下で出会い頭に鼻血出して倒れたんで呼びましたその子は202の青木透花さん!日本国籍の23歳フランス人!」と全てを説明した。
ぼーっと眺める青木透花に…いたたまれない心境だが透花の死角に入り、ドライバーにそっと手帳を見せる。顔を2度見された。
「…なるほどです…」
「…俺の確認云々の前に…」
「ですね」
ドライバーと隊員が連携し「掛かり付けの病院とかありますか」と、漸く差し支えなく話が進んだ。
「お薬手帳とかは…
あ、カバンに全部あるかな?どの辺に入れてます?」
あ。
こんなときの注意力欠如だ…そっかカバン持ってたか…全然意識に入らなかった。
「あ、すませんひとり部屋へ向かわせちゃいました…」
「え?」
「いやめっちゃ焦ってたみたいです、呼吸だとかなんだかとかしか意識向かなかったっす…」
「そうですか。
まぁ、余程だったんでしょうね」
ふと、和むような口調で言ってくれる…そうよなこれがこっちのプロよな…と、素直に「お疲れ様です、ありがとうございます」と労っておいた。
「あー、行きつけはクリニックと…薬は…」
隊員がふとこちらを見たので、場所を変わった。
「…高塚メンタルクリニックと…日赤か…」と隊員同士やり取りし始めたあたりで「アンジさん、」と呼ばれ、まぁ、後はなるようになるかと、「何?」と透花の手を握る。
…落ち着いたが、これは確かに脈拍がおかしいな。
自然とバイタルを確認する。
「…帰る、」
「むーりー」
「僕、だいじょ、ぶぁかっ」
「噛んだ。あんま喋んな、それ大丈夫じゃねぇから」
「や、」
「…日本の医学は雑じゃねぇ。なんかあったら麻酔1発だから怖くないよ」
「……へっ、」
「…腹切ってんだろ、知ってんぞ」
「………ん?」
あー、やっぱりな。
「PTSDの心配したんだが、そもそも解離性か。なるほど。次はちゃんとしたメンクリいかねぇと人格障害になるぞ」
「ん?」
行き先が決まったらしい。
家に向かった隊員が「居そうでしたが…」と報告するので「すませんっした、ありました保険証」と謝っておいた。
「…取り敢えず行き帰りは俺が同行しますんで…」
「え?あ、わかりました…」
こういうの、マジで命取りになるよな…と、改め気を引き締める。
だから出世出来ない、本当にその通りだ。
「責任を持ってこの子を預かりますから」
「まぁ、こちらからも…病院からも連絡取って貰えるように言っておきます」
「…アンジさん…?」
上の空な様子で呼びかけられる。
不安なのか…それとも希望なのか絶望なのかはわからないけれど。
その青い目はとても綺麗で、いまにも壊れそうな蜃気楼のよう。儚く、零れてきそうに揺れていて。
「何?」
そう聞くことしか出来ない、イノセントな感情。
心が、酷く痛む。
青木透花の心拍数が、少し上がった。
「……花村病院にと…」
「……ん?なんで?」
「青木透花と言えば……っあのぅっ、おとうさんの、病院で」
「は?」
「アンジさん…。
おじいちゃん、助けて」
「何言ってるか全くわからんけど」
「僕、保険、入っ…てるから、」
…は?
「……お前何考えてんの?」
聞いていた隊員も少し困惑したらしい。
「えっと…」と一気に空気が止まる。
「青木さん、それは問い合わせすれば対応してくれるのかな?」
「いや、」
隊員がチラッとこちらを見てくる。
ここは無言の連携かと「わかった」と引き下がり、安慈はドライバーにはこっそり「日赤で」と伝えた。
「わかりました」
救急車が発車する。
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