無色透明色彩


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 呼吸が治れば冷や汗が凄い。

 この場の判断を誤ると大事になるなと、安慈は坂下にメールを入れ、すぐに既読が着いたのを確認し通話ボタンを押してポケットにしまった。

「透花ちゃん、保険ってのは、契約書類とか、家から取ってくればある?」
「…はい」
「わかった、君が治療中取りに行ってくるから」
「え、」
「お母さんにはケータイぶん投げられたし、いるのわかってんだわ。でも、これだろ?」

 さり気なくドライバーから「この車両ナンバー教えてください」と頼む。
 「4771です」と小声で言われつい「縁起いいっすね」と返してしまったが、ああそうだとこっそりケータイ画面を見せた。

「…捜査の相方です」
「わかりました…」

「……お母さんが、すみません」
「話を逸らすな。君はいま緊急事態なんだ。
 金の心配ならその保険を使えってことかな?保険会社名はわかる?」
「えっと……」
「まぁいいや取りに行った時に確認する。
 そんで?ジイさんって何 」
「…助けて、」
「まずは自分の」

 また急に息が上がった。
 「…ごめん、ゆっくりでいいから」と自分がまず落ち着かねばと頭を切り替える。

「…隊員さん、状況説明まだですみません、詳しく言ってませんでしたね。
 動揺しててちょっと…でしたが、この子はフラフラで歩いて来まして。手が痙攣していましたね。そして、鼻血を出して倒れました」

 ふーふーと苦しそうにする透花の側に行き「おぶった感じ、体温は高いし過換気症候群にもなりかけてたんで呼吸は指示を出し今に至ります」と、説明しながら手で脈を測る。

「倒れた時には頭は打っていません。心拍数は今より高かったので…多分脈拍は現在108…ですね。
 夢中だったんでなんともですが120越え…が多分、1回はありました」
「…はい、はい。わかりやすくて大変助かります」

 隊員はカルテに書き足しつつ、「血圧も計らせてくださいね」と透花の腕に器具を巻いた。

「100の…68……。
 青木さん、目眩とか…例えば酩酊感などはありましたか?」
「…メーテー…カン?」
「あー、酔っ払ったりのあの感じ…例えばちょっとグラグラして気持ち悪いな、とか」
「……ありました、かも…」
「目眩とは少し違いました?」
「いや……わから、ない…です」
「そうですよねー、わかりまし」

 はぁはぁはぁとしていた透花が突然「あっ…!」と、血圧計を毟り取り投げてしまった。

「………!」
「あっ……はっ、」

 ガッと額から…髪を鷲掴み「っ、なさっ、」と再び発作が始まる前兆。

「透花ちゃん、」
「ぅうっ、ヤダ、ヤダぁっ!!」

 もう片手で脇腹を抑え、足をバタバタ始めたそれに隊員が「青木さん、落ち着いて、」と…恐らく拘束具を探し始めたのにピンと来た。

 …バッドトリップ。

「っめんなさっ、もうっ…しわけっ、はぁ、」

 喉が切れそうなほどの呼吸…。
 拘束具を持った隊員を見て「ごめん、さい、ごめんなさいごめんなさいっ」と言うのに「ちょっと待って隊員さん」と声を掛ける。

「っはぁ、もう、しま、」
「透花ちゃん落ち着いて」

 急速に上がった呼吸に、髪やら脇腹を掴む手の力の入れ方、そして足の痙攣をみて即、安慈は上半身を横に抱え背を撫でる。

「落ち着いて。はー、はー」
「ぅっぐ」

 さり気なくフワッと、髪を引きちぎりそうなその手を握り「大丈夫、大丈夫」と声を掛ける。

 ……解離していた記憶が戻ってしまったとしたら…。

「力抜いて。ハゲるよ。手、離して」

 凄い力だ。とにかくこちらに意識を向けようと、その手を撫でる。
 拳が開かれたので、次は横腹。手を撫でながらも「息吐いて、はー、はー」と目を見て指示をする。
 わかったようだが過換気症候群は気付いたところですぐに発作が治るわけではない。

 酸素不足で足の痙攣が酷くなってきた。
 隊員がすっとそれを抑え「青木さーん、大丈夫ですからねー」と声を掛ける。

「痛っ、痛いっ、」
「どこが痛いの」
「あっ……っ、」
「腹かな。
 大丈夫、手解いて。大丈夫だから」
「僕がっ、」
「喋らないで。息吸って吐いて。集中しよう」

 はっ、はーはっ、はー…一定ではないが意識は息に向けたようだ。

「そーそー、良い子だ。そのままゆっくり続けて」

 数分ほど続け、漸く落ち着いてくれば……込み上げてくる。
 ぎゅっと抱きしめ髪を撫でながら「よし、よし…」とつい感情的になってきた。

「…よくやった、ありがとう。治ってきたかな」

 ふっと力が抜けたのがわかり、はたっとまた寝かせる。

 ふっ、ふー、と息をし目を閉じる透花の額を撫で「疲れたろ、寝ちゃいな」と言っておいた。

「…アンジさん、」
「大丈夫、いるから」
「船で、来た、インディアンの、女の子と」
「……そう。
 来てくれてありがとう、会えてよかった」

 言葉に詰まる。

「着くまで寝よう」

 極力、フラッシュバックしたトラウマはポジティブに変換してやらねばならない。

 「海江田さん、もう少しです」とドライバーから声が掛かる。

「ご苦労様です」

 ふっと目を閉じた隙を見て、安慈は透花の脇腹を見た。

 やはりカテーテル痕だなと、隊員と目を合わせれば「えっと…」と覗き込んでいる。

「…肝臓がない、多分」
「え」

 スマホでパシャリとそれを撮り気付く。
 そうだ、先輩と繋いでたんだった…。

「あ」
「…それは……」

 透花の顔を見「しっ、」と隊員に言う。
 ついでにメモを開き「捜査中の案件なんです」と残す。

「……」
“血中の違法薬物検査を、向こうでお願いする予定です”
「……はい、わかりました」

 互いに頷き、透花を眺める。
 汗を拭ってやっている最中、病院に着いた。

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