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それから一通り説明を受ければ「なるほど」とオリバーは感心していた。
「日本人はやはり慈愛に溢れている。きちんと状態まで説明してくれるのか…タダ、めっちゃ歯あるね」
「そうですね、お歳の割にというのもなんですが、綺麗ですよね」
うんうん頷いているオリバーを差し置き「…一応…始めたいんだけど透花、どう…?」と聞けば透花は少しハッとしたが、「はい、やります」と言った。
「…一応こう、故人様がしゃがむ形で、なので…本来は一人一箇所…なんですが三名様なので…ご納得頂けるだけるまで入れて頂いて宜しいですよ。こちらでお直しもしますので…好きなところでも」
好きなところと言われても…と迷う最中、透花は足の指をひとつ入れ、「足全部は無理かも…」と言った。
「車椅子だったから…と思ったけど…」
「では、お手伝い致しますよ」
職員がそう言ったので大人2人でもまず、足の骨をちまちま入れたが、最終的にほとんどを職員に任せて無事終了した。
骨壷カバーはオリバーが持ち、「道順は戻る道を避けて」と言われ発車する。
「おじいちゃん、座れてるんだね」
「…そうだね」
「トウカ」
「はい」
「…悪いな、私はトウカの家族を殺してしまった」
「…いえ、多分おじいちゃんは…」
遺書の内容をふと思い出した。
不思議だ、まだ渡せていないのに。
透花の言いたいことがなんとなくわかる。唯三郎は恐らく、自分が透花を苦しめたのだと悟ったのだろう。
きっと、気付いた時には…苦しかったのだ。
それを良いとも悪いとも思わないが、受け入れ見送りが出来た透花がいまここにいるのだから。それは見えない答えで、各々が持つもの。
疲れただろう。
透花を病室へ送ると、「アンジさん」とつい引き止められる…自然な笑顔を向けてくれて。
「ありがとう」
そう言って俯いた。
安慈は透花の頭を軽く撫で「透花」と返す。
見つめ合い、少し綻んだ…確かに少し照れるけど。
「感謝されることは出来てないけど…」
…切ない。
「こちらこそ、ありがとう」
この俯きは、照れか。
「…また来る。いい夢見てな」と言えば透花はコクっと頷き布団に入った。
眺めていたオリバーは何も言わないが、ガっと腕を掴み「来い」と…。
切なさや優しさを捨てた表情で「いいかアンジ!」と診察室まで連れて行かれる。
…外国人って、本当に急にくるなぁと思っていれば「オマエは透花のパートナーなんだから、」と言われた…ん?
「まず、透花の薬の関係上だ、糖尿病に注意、その薬タブー!」
「あ、はい…でしょう」
ね、という前に「アラタにも言っているが」と続く。
「HIVや性病の薬もタブー!」
「あー…なるほど…。
透花には注意しておきます。確認したいのですが透花はPTSD等…それらの記憶は脳波等に現れていますか?」
「……は?」
「いやあの子が確かに働く!とか言い出したら…直近の記憶があるとのことでしたしソッチ系の仕事とか探しちゃう気も」
「…え?……ん?は?バカなのか?」
「は?急に?」
「オマエだよオマエ!だから、アラタにも」
「あーすみませんなんとなくわかりますよ?ですが多分ないです…俺そういうのって」
「……あ、ノンケ?」
「んー……。
ノンケですらないかもって…まぁいいか、あんた多分カウンセリングもしますもんね。
LGBTQの何かに該当するか不明ですがその…確かに童貞ではないですが、仕事上枕…あ、ビジネスセックスのことね。それはありますが、…あ、つまりインポテンツではないけど性愛もないかもしれないんです、ハイ」
「…は?それはただのビッ」
「あー、考え方はそれに近いのか…ただ、愛と性がこう…上手く脳内で繋がらないんです。フロイトよりユングと言いますか…」
「……オマエ統合失調あったりする?」
また急に深刻そうにするじゃん…。
「そっか、あんたも医者ですもんね…そうじゃなくて。身体は健康なんで精子は出来ますが排泄と変わらな」
「………なるほど。久々に見たなそういうの。ノンセクシャルだかアセクシャルだかのデリケートなヤツ」
「あ、デリケートなんすね」
「……性欲が、ない?」
「かも…欲ではない…というか難しいなぁ…」
「だからか…恋愛経験は?」
「恋愛はあるけどフラれますよ、不一致で」
「……本気のは?伴侶にしたいくらいの」
「あーない……いや、愛欲も性もあるからこうなわけだから…」
「それなら有り得なくないからふとそうなったらちゃんとして。オマエはそうでもトウカは…はぁ…オマエ多分顔悪くないのに残念なヤツだな」
「そりゃどーも……?まぁ、わかりました」
「ナメてるとわからないからな?せがまれてもだぞ!ちなみに朗報かわからないが透花の人格は多分…大丈夫だ、いつの間にか脳派が変わった」
「……マジすか、」
「…マクラ…サクラ…?ってことはだからアレはバイなのか…」
重要っぽい話から急に話が変わりやがった…。
「……サクラって言われると微妙に合ってる気がして変な気分ですがあんた江崎さんしか診てないの?アレって平良って人じゃありません?」
「セーイチ知ってるのか」
「まぁ…。あの人隠してるけどそろそろ職場でもバレかけてるくらいなんか出てるってか…。
あ、この話ここまで。これからよろしくお願いしますね」
井戸端会議の主婦かよ。
強制的に切り上げ、あぁ、俺も疲れたなと「タバコ吸えますよね?ここ」と聞いた。
「屋上な」と言われあ、よかったんだやっぱり、と、向かう。
一歩一歩登る階段。
そのドアの先に広がる…青空。
安慈は青いパッケージを眺め、煙草に火をつけた。
夢でも幻覚でもない未来…“明日”。
思い出すことも忘れることも…それでもいつだってやってくるもののはずで。
上の空。通り過ぎる雲の色と流れ捨てて行くハイライトの煙に…そうか、晴れやかだと素直になってゆく。響くような胸の鼓動に、安慈は一度、目を閉じた。
[完]
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