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待合室に座り「書類をお持ちしますね」と言った職員が去る中、向かい側でオリバーが「あの花、よく見る」と言った。透花と窓の外を眺めているようだ。
「アンジ」
…呼ばれて少し違和感を感じつつ「はい」と言えば「あの花、あれ、あの腐るほどよく見るヤツ。白いヤツ…あ、赤いのもある」と言われて見てみる。
「あー、ツツジ…いや、シャクナゲでしょうか…毒ありますよ」
ふっと。
オオルリアゲハ…いや、アゲハかもしれない…光の加減でよくわからないが、大きな蝶がいる。
「毒?」
「…あ、あぁ、ええ…。グラヤノトキシンていう神経毒で…ツツジ科の蜜ですけど…まぁ人間が飲んでも大丈夫というか、小さい頃、飲んだりしましたよ。花を摘んで、根元から。小学生特有の遊びかもしれないですね。
日本では「高嶺の花」と言われますし、綺麗な花には毒があるなんて言う言葉もあります」
「ハチミツのやつか」
「死なない毒?」
透花がそう聞いてきたので「…いや…まぁ俺も俺の友達もあれで死んだやつはいないけど…」と答える。
「例えばハチミツは赤ん坊には与えちゃならないとか、たまにそういうので問題になる毒ではある」
「そうなんだ…」
「意外と身近にあるんだよ、トウカ」
役員が書類を持ち、自分たちが外を見ていたからだろう、「あぁ、もうそんな季節なんですね」と言った。
「書類なんですが…えっとバタバタしてましたので…」
「コレ、死体検案書」
オリバーが役員に渡し「あ、ありがとうございます」と受け取る。
「戸籍謄本は海江田さんから受け取ったのですが…えっと、ご家族がいらっしゃらないとお聞きしてまして代筆をと思って委任状も持ってきたのですがそちらはどうしましょうか…」
「…捜査案件だったので唯一郎と唯六郎の居住区まではわかりませんでした…。
一応この子は…息子さんと特別養子縁組を組んだ子なのですが…」
オリバーを見ると「トウカ、あの花見に行く?」と気を遣っている。
「…この子にお任せしても」
「いや、俺が委任状を書き…」
「……僕が書いた方がいいのですか?」
「えっ」
オリバーがさっと立ち、職員を連れ話し始めたようだが…。
机に置かれた書類を目にし、「えっと…?」と一緒に置かれたペンを手にする。
それを見たオリバーと職員はハッとしたように…しかし、様子を見るように黙った。
「…これはなんて書いてあるんですか…?」
「…いにんじょう。親族の代わりにという…」
「…じゃあいらな」
「いや…うーん」
「トウカ」
オリバーがふと机に両手を付き「書くなら、書いておいて」と言った。
「日本の法律では、タダは」
「おじいちゃんに言われた。死んだらお父さんの位牌とか…持っててって。
お見送りもしたけど…ダメですか?」
「…じゃあ、尚更書こうか、透花ちゃん」
そう、言っておいた。
「…ジイちゃんの見送りとして。大丈夫、意味わからなかったら聞いて。ちゃんと答えるから。
言い忘れてたけど俺からもひとつ後で書類に名前が…まぁ、良かったら欲しいんだ。
覚えているかわからないけど、ジイちゃんとも住もうって前に3人で話したんだよ。そこ、家族用の社宅でね。別に許可は貰ってるけどどうせなら養子…法律上でも家族にと…」
「わかりました」
あっさり言われつい「は…はは、」と、気の抜けた笑いをしてしまった。
透花がどこまで理解しているかはわからないが…この書類で漸く…唯三郎とも関わりが持てるなら。
すっと、安慈は透花に保険証を渡した。
「…新しいやつ。一応ね」
「…どうして?」
「まぁ…新しいスタート的な…丁度良いかなと…。前のは」
「これは?」
「…透花ちゃんが生まれた日」
障害者手帳申請をしたついでにラミネートも提出し…処理しようかと考えた。担当した役員も奇妙な顔をしていたけれど、なんとなく察してはくれていた。
「…そうなんだ」
「これで名前の漢字、わかるかな?印鑑もそうだ、持ってきておいた」
鞄から印鑑と通帳を出し、返す。
「みんなにお礼しないと…アンジさんにもサトイさんにも…エザキさんにも…あと…」
意外だったが。
「…最近の記憶はわりとある」と、苦いような、でもホッとしたような顔でオリバーは言った。
「では、まぁ…あ、すみませんバタバタで書類の順番が」
「一緒にまとめて出すんだし、大丈夫ですよ。俺昨日から名目上“謹慎”ですし。固くならず」
透花はよく見ながら自分の字を…書いてすぐ、「この字、だったんだ…」と泣いた。
「嫌かもしれないけど、アンジさんのも」
「あー、まぁ…」
「スーパーでたまに見る…」
「……“安売り”とかのな!だから嫌で」
「いいことですよ?」
「…まぁ、ねえ」
ふはは、とオリバーが笑い「安売り慈愛だ」と茶化す。つい「売ってませんから!」とツッコミを入れてしまった。
透花がゆっくり書き終えた後、アナウンスが流れる。随分早い…30分経ったかどうか。
ふとそれに「早く終わりたかったんかな」とオリバーが呟いた。
骨を見てくっと、目に見えて透花が強ばったが、オリバーが優しく背をさすり側に行く…が。
「……この長い棒はなんだ、アンジ」
と言ってくる。意外なような普通なような…。
「…箸で」
「食うのか!?」
「違」
「違いますよ。そうですよねえっと…ジャパンでは」
戸惑う職員にふっと手を出し「この陶器の入れ物に入れていくんですが…三人しかいないので…」とまた職員を見れば「あ、はい」と交代する。
「私たちが残りをと…丁度確認したかったんです。
故人様を見送る…儀式でして、いまからお骨の説明をし」
「そんなもの知っているが」
「あー…いやぁ」
「すみません、どうぞお願いします。
…あ、オリバー先生、仏教じゃない…んですよね?微妙でしたら」
「いや、仏教じゃないけど勉強する文化」
「だ、そうですので」
「畏まりました」
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