無色透明色彩


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 海江戸の背を眺める。
 読みにくい、まるで蜃気楼のような男だ。

 もし光となるならばと…少しだけ淡い物が心に差したような気になる自分に若干、困惑する。
 
 …いや、と打ち消す。越してきたばかりの人物にはわかるはずもないし、先入観は良くない。
 この男だってきっといつか染まる。むしろ浮いているからこそ、蝕みは早いかもしれない…。

「とうかちゃん、偉いね。ジイちゃんと母ちゃんを支えているんだろ?」
「まぁ、でも辛いことではなく、寧ろ前より…遥かに、幸せですよ」
「ん?まぁ、そうなのね」

 一度そういう、「込み入った話感」を出してバリアを貼っておこう。
 実際、嘘偽りはないし。

 物事は「事実だけ言う」が一番効果的だ。
 引き合いに出してみたが、あまり根掘り葉掘りされたくないのも事実だ。

「…とうかは優しい子なんだ。いつも申し訳なく」
「おじいちゃん、いいんだよ、やめよう。僕は本当に今が一番幸せなんだよ?」

 ……まだ幼い頃の自分。ハッキリは覚えていないが所々に残る記憶は全て劣悪だ。

 ある日この地にやってきた。
 暗い船の中で、この国の言葉を教えられた。船の期間中に覚えなければ海の中で捨てられると──

 蝕むようにキンと、蟀谷が痛くなる。
 多分思い出してはならない記憶なんだ。すぐに「何食べますか?そう言えば」と思考を切り替えた。

 本当にどうでもいいと捨ててきたはずの記憶なのに、どうしても身体の深く、腹から根付いてしまっている腐った種。

 船の中はずっと暗くて、ずっと夜だったけれど。
 港で見上げた空は青くて、ただ青くて。掛かる雲すらとても綺麗だった。
 心細いと、感じるほどに。

「ん〜、何があるのかな、この辺は…」

 現実に切り替わった。

 スマホを取り出してすぐ「あ、ラーメン屋あんじゃん」と海江戸は言う。

「あー、でも脂っこいかな。気分じゃないかも、これ系。
 あ、串家あるね、ここどんな感じ?惣菜系?飲み屋系?見た目は飲み屋っぽいけど」
「飲み屋ですね」
「ここ、いい感じ?」

 祖父への気配り方がさり気ない。
 祖父も自然と「あぁ、普通に美味いよ、ハツが」と返している。

 そんなタイミングで自分のスマホのバイブが鳴ってしまった。

 海江戸は「あー、俺変わるよ。じゃ、案内してな、ジイちゃん」と、当たり前のように車椅子の役割を変わってくれる。
 海江戸の好意にぺこりとし、とうかはスマホを眺める。仕事の連絡だろう。
 やはり、いつも通り簡素に「20:30 山ノ井 1103」とあるのみだ。

 少し考えなければなと、「404 齋藤の件で現在警察立ち入り中。我が家へ襲撃の後当人は逃走した模様。」と送る。
 ポケットにしまう前にまたバイブが鳴り「変更は追って連絡する」と返ってきた。

「そういやさ」

 丁度ポケットへというタイミングで海江戸が「どーせなら連絡先交換しね?」と言ってくる。咄嗟に履歴を消し「いいですよ」と、連絡先を交換した。

「海江…」
「アンジ。みんな大体読めない。“慈”はイツクシミ…えっと、なんつーか超優しい、みたいな意味」
「へぇ〜、なんか凄い…。
 アンジさん、ですね。僕も名前呼びですし、いいですかね?」
「お!ありがとう、是非。
 フツツカな隣人ですが、よろしく」

 …パーソナルスペース、というやつだろうか。入り込むのが上手な人。
 こういうタイプ、苦手なんだけどな…しかし上手い、不愉快さがない。

 不自然・・・なまでに。

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