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刑事は少ししゃがみスロープあたりを見やる。口調も柔らかく、気を遣ってくれたのがわかる。
「すみません」と頭を下げ、車椅子を極力平らな場所に移動している間に海江戸が「相手は404の男だと聞きました、今。聞いた感じ難癖つけられた…のかな?」と話を進め、こちらに振ってきた。
「あ、はい、多分…。
あ、えっと、202の青木と申します」
「…青木さん、ですね。
お話を伺いたいです。そんなに長くはしないつもりなので」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。
えっと、基本的なことからですが…覚えていれば何時頃か、とか…どんな事があったかとか」
「あー…時間か…」
「紀子さんが出て行ってから少しだから…4時以降になるか?」
「あ、そうだね」
「紀子は俺の息子の嫁さんで、この子の母親だ。
孫のとうか。俺は唯三郎。とうかは息子夫婦が引き取ったんだ、施設から」
「特別養子縁組で、永住権は取得しています」
「…そうなんですね…?」
あったことをあったままに祖父は語り始める。
感情論が交じり過ぎてはいたが、刑事はそれも含めて聞き出しながら「なるほど、わかりました」と祖父の対応を終え、次に海江戸に話を振った。
「俺は荷解き中で…丁度今日越してきたんですよ。
どうせならと、今から二人と飯でも行くところです。
いくら昼間とはいえ、尋常じゃない騒ぎっぷりでしたよ」
「尋常じゃない…例えばどんな?」
やはり。
刑事はコロッと表情を変える。
「怒鳴り散らかしてましたね。…つーか、奇声にも近かったな。
俺から見た感じ、青木さん家に押し入る勢いでした。部屋着のまま…靴すら履いていませんでした」
「ふんふん…服の色などは」
「上は…白くてよれたTシャツ、下は黒くて薄いズボン、中肉中背」
確認するように刑事と海江戸がこちらを見て来たが正直「えっと…覚えてないかも…」でしかなく。
「あ、呼んだら走り去って行きました。方角的にはここ、つまり出入口ですね」
「なるほど、逃げたかもしれない…と。しかし、靴は履いていない」
「あとは、反対側にもエレベーターあるんで…まぁ」
「そうですね。まずは住民への聞き込みや捜索をして回りますね。
…わかればでいいんですが、相手は何か凶器とか…持ってそうでしたか?」
「あー、わかりませんね、どうだった?」
「あ、はぁ…うーん…どうだったんだろ、」
「凶器の有無は不明、と。……わかりました。
貴方たちは…近くで遭遇する可能性もありますから…」
「はーい」
「あ、私本件を担当させて頂きます坂下と申します。青木さん、」
「はい。よろしくお願いします、ご苦労さまです」
まるで、「後は任せた」という態度でスタスタと歩いていく海江戸の後ろを着いて行くしかない…と、とうかは車椅子を押しながら警察にひょこっと頭を下げた。
「何かありましたら海江田さん、貴方の番号に掛けていいですか?」にも後ろ手を振り返している。
「我々は巡回しますね」
海江戸が歩きながらポツリと「…被害届うんぬんかんぬん言われそう」と呟いた。
まるで、何かを図る時のような目。
「…そうなんですかね?」
「まぁ、聞かれたら出しとくのが得策だよ。
ざっと脅迫、器物破損は壊れた物がなんかあれば…あとは…団地内だからな…捕まらなくてもまぁ、軽めだろうけど接見禁止くらいはしてくれる…かどうか…」
「なるほど…わかりました…」
「先日だかなんだかで問題があった場所なら、そもそも警備体制がまだある中でさっきのこと、となれば意外と大事かもしれないし。
てか、迷惑だからこっちも掛けたんだし、お宅らからしてみたらあれは事件なんだからね?とうかちゃん。そういう認識がないから開けちゃうんだよ。
怖かったっしょ?」
「…まぁ」
「ハードル高く感じるだろうけど、お巡りさんはヤバいと感じたらすぐに呼びな。君には守りたい人がいるわけだし。
あれで刃物なんか所持してたらあの状況、終わってたからね。なんもわからん俺から見てもあの男は異常だったよ」
「はい」
「ジイさんなんかは、孫殺されるって思ったんでしょ?」
「確かに、そうだな…」
「でもまぁ、あんまり頭廻らんくなるもんだよねー、いざ自分に降り掛かるとさ」
それが一般常識と言われれば…そうなんだろうな、とぼんやり思う。
「むしろ、俺しかあの状況で警察呼ばないとか、この団地の民度がちょっとね。あれが当たり前な風景なのかって思うくらい」
「いや、」と答えようとした最中、祖父が先に「まぁそうだな」と言ってしまったのは少しの誤算。
キリッとした表情で「怖いな〜」と口調が軽い海江戸に対し、この隣人、少し警戒せねばなと意識が働いた。
警察など呼ぶわけがない、ここの常識は。
先日のは事が大きすぎた。それについては丁度、母の出勤前にクライアントから「暫く動くな」と言われたばかりだ。
今日の話は間違いなくそちらに届く。
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