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榎本氏とあの御方が投合したところと言えば蝦夷の話は欠かせなく。
そもそも蝦夷は根っからの幕府直轄領地でしたが、新政府の紙切れ一枚で統括が決まる。函館奉行を函館府と設置したのです。それには遺憾だというお考えだったのでしょう。
あの御方は仙台から蝦夷の地に到着してすぐ、間道軍総督となり進撃を開始、まずは五稜郭を本拠地とし占拠しました。
それから大鳥氏率いる新撰組は本道へと進軍致しましたが、新撰組は分裂していて、あの御方の元には私共はじめ、島田魁氏なども加わった、仙台で気付いた洋兵隊、「額兵隊」他と蝦夷の松前城を占拠いたしました。
とは申しますが、これは予想外にあっさりとした物でした。
なんせ蝦夷の、唯一幕府が総括していなかった松前藩領地では、旧幕府派、新政府派に分かれ内乱状態。見越してあの御方は新政府より先に松前を取ろうと進軍に至ったわけです。松前城に火を掛け反対派を後退、降参させ占拠は完了。
しかし、新政府派に着いた者達も松前には居たわけでして、だから戦に発展していったのですが、あの御方のお考えとしては、松前が持っていた江差辺りにそれら反対派を押しやっていったわけです。
だが、江差は海岸です。新政府側の信言で援軍などもやって来ます。
奥羽越列藩同盟が東北の戦で総崩れしてからは松前は孤立していましたが、新政府は弘前藩やらから援軍を寄越してきました。
先に申し上げた通り、函館に渡った頃は悪天候に見舞われました。
そもそも新政府から軍艦を返還するよう要請されていましたが、ならばと筋立てた函館新政府設立を条件としましたが新政府がこれを却下。これが戦に発展するわけです。
返還するよう要請されていた軍艦で海から榎本氏は我々土方軍を援護しようとしましたが、天候により沈没しました。
そもそも榎本氏は三艘ほど蝦夷で船を沈めてしまっているのです。これも敗因を分けてしまう一つでしたが、流石にあの御方も笑っておいででした。
「すげぇ根性。性根は喧嘩屋だよな」
と。
まぁ、それくらいは榎本武揚氏のことを買っていたのです。なので船が難破した際は二人で嘆いていましたね。
しかしこれが仇となり新政府上陸を許すことになります。
函館平定はそれがあってもあっさり、5日で完了致しました。やはり松前が落ちたのが大きかったし、英国に一目置かれたのもあった。
ほぼその時点で蝦夷の領地は旧幕府が収めた状態となりましたが新政府軍が攻めている事に変わりはない。
しかし、わりと我々土方軍以外はそれで満足したようでした。
蝦夷としても降伏をし、旧幕府についていましたから。そりゃぁもう始めは皆浮かれていましたが、あの御方はもう少し、戦士でした。
英国が令砲を撃とうと無視。出張から帰った榎本氏が21発打ち返したのにも嘲笑でしたね。やはり、浮かれてやがるなと。
皆が浮かれるなか彼だけは常に気を抜きませんでした。なんなら函館政府設立の際の記念撮影にご参加なされなかった。
まぁ、元々写真は嫌いだったようですが、多分この…遺影となってしまった写真を撮るのは、まさしく魂を抜かれた、このようなお気持ちだったのかもしれませんし、少しは嬉しさもあったのかもしれませんし。
なんせあの地は再三申し上げる通り幕府直轄でしたから。我々は手放してしまう結果となりましたが、いわば無政府。
脱藩浪人などを引き入れて戦ってきた我らとしてはその感覚です。新政府と戦おう。この領地を守ろうと。
より気は抜けなかったのでしょう。そのお気持ちは痛くも、私には計り知れません。確かに、劣勢の中で認可されていない最後の地でしたからね。新政府軍だってまだ蝦夷にはいるわけですし。
しかし、その浮かれもすぐに終わりました。
戦いの中の、気疲れ、それが見えるに関わらず我々はそれから4ヶ月、二月までは市中警備が主でした。
じわじわと劣性が広がってきては榎本氏の焦りも垣間見えてきましたが、あの御方は最初から最後まで一貫して冷静でした。すぐ側の利益にもすぐ側の損失にも態度は変わらず。それがあの頃不思議だったのですが。
今なら私でも解る気が致します。
多分心が、動かなかったのです。あとは己の武士道のみと、いったところなのでしょう。
随分昔と比べて優しくなったなと思うこともありました。
そんな状況下でも榎本氏を軽蔑はせず、酒くらいは酌み交わしていましたから。しかし本音ではどんどん、語り合わなくなっていったように見受けられました。
「多分、落ちるな」
一度雪を眺めながらあの方は私にそう言ったことがありました。
私はその頃に聞きました、「何故それでも付き従うのでしょうか」と。
誰にと言わずと分かったようで、「ここが落ちたら幕府が終わるからだ」とあの方は答えました。
「会津武士道では“ならぬものはならぬ”とある。主とすれば従う。それが根にあるんだよ、俺にはな」
この言葉の意味が私に浸透したのは、やはり、最後の戦いだったのです。
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