無色透明色彩


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──During the first period of a man’s life the greatest danger is not to take the risk.人生の初期において最大の危険は、リスクを犯さないことにある。──

 まさにこの状況だな、とあらたは本から目を離し、ちらっと床を眺める。

 多田ただ勝也かつなり58歳妻子持ち、先月定年を待たずにリストラをされた。
 更に運悪く、部下の並木なみきに任せていた風俗のカケを飛び、これまた運悪くその風俗嬢、ミナこと金澤かなざわ保奈美ほなみを妊娠させたとして逃亡を図ったが、現在自分のデスクの前に這いつくばっている。

 並木が金澤から、借り入れの相談を受け事態が発覚し、一週間。
 一通り並木に絞られ、涙だか血だか膿だか鼻水だかで顔もわからない中年男。在り来りな話で在り来りな風景。

 新がただ無言で本を読みながら、こいつは今、喋れる状態か?と推し図る雰囲気に、並木を含めた部下たちが、新の出方を見始めた。

 多田が何かを啜る音としゃくりあげているのはわかる。

 「あ、あの」語り出したなと、「賢者は、話すべきことがあるから口を開く」と新は漸く多田に畳み掛けた。

「並木、お前の店って本番黙認してたっけ」
「風営法に引っ掛からん範囲では」
「だよねぇ。何このおっさん」
「客っす」
「だよねぇ」

 開いていたページをパッと下に向けデスクに起き、ふとケータイを取り「あ、プラトンだったかそれ」と、答え合わせをする。
 並木から書類を受け取った。

 モザイク画のような白黒の写真。…なるほど、胎内回帰願望を唱えたフロイトすら、萎えるだろう。

「あんた、離婚調停費とか工面出来んの?」
「え、い、えっどっ…」
「じゃーふたつ家庭を持つのかな?そりゃ、週3日6時間ずつのパートタイマーの奥さんも、中学受験前の息子くんも大変だなぁ」
「あ、あの、えっと、」
「ミナちゃんがあんたに慰謝料請求するか検討中らしいんだわ。90万借入依頼が来ててさ。
 随分ご執心だったようで?」
「そ、そこ、までは!」
「あぁ、使ってないよな?ピル代1回分と15万以外は」
「…えっと、それは…しょ、初回の無料分があったはずで」
「“愚者は、話さずにいられないから口を開く”。
 あぁ、さっきの続きね。初回は初回だから1回しか使えないのよ、当たり前だけど。
 多田さん、初回無料のポイントカードとか知らない?3ヶ月無料キャンペーンの謎の美容食品とか。あれ、後に請求すんのが常識だよ?」
「……えっ」
「来店時の名前書く欄にあんのよ。見る?電話番がメモってるよ?基本10万であんたの注文数…初回入れて5回か。
 へぇ、いー場所勤めてたんかな?定年まで働けなかったようだけど」
「…待っ、は!?初回より後の方が安…」
「本題はそっちじゃないよな?並木」
「っすうす!」
「……えっと」
「従業員がキズモノになっちまったんだが。江戸時代じゃねーし、値下がりして見受け制度とかやってねーんだわ、わかる?」

 ガン、と伏せていた本を立てる。その音に、多田は肩をビクッとさせた。

「…で、でも、それって、俺の子か…」
「えぇ?並木、お前そんなやっすい商売してんの?」
「キャンペーン出しましたが違反報告は受け」
「はぁぁ〜〜っ、女に渡した90万回収しねーとなぁ。店もリノベしなきゃなんねーし」
「掃除屋に依頼しますね」
「300…500でやってくれっと助かるよなぁ」
「まっ、待ってください、あの、そ、それはちょっと…」
「なんで?」

 ふっと、皆黙る。
 これは自白・・と捉えるべきだ。真実など求める気はないから。

「あんた悪くねーんでしょ?それこそ「法廷で会いましょう」じゃねーの?」
「いや、そうじゃなく…」
「あ、俺が読んでる本に同じようなのあったわ。
 何々……“本当に黙することの出来る者だけが、本当に語ることが出来、本当に黙することの出来る者だけが、本当に行動することが出来る”…とさ」
「へ?」
「えらーい人の言葉ね。解釈が様々で良いわなぁ。ただより高いものはないかんね?
 並木、こいつらもういいや。登記簿謄本、賃貸契約書、とにかく家行ってこい。
 多摩たま、保険と弁護士に連絡」

 バッと多田に報告書をぶん投げ、「妊娠第1
1週」と言っておいた。

「…は!?有り得な」
「“汝、恥を知れ” バーイ、ソクラテス。俺からは以上だ。柳瀬やなせ、こいつどっかに連れ」

 ケータイが鳴る。
 画面に表示された相手を見てつい「はぁ!?」と声が出たが、停止してしまった部下たちに「あ、あとやっといて」と取り繕い、ケータイを睨む。

 覗いた多摩が「………えっと、これは?」と聞いてきた。

陰険クソ腹黒ド近眼サイコ野郎

「なんだこいつ、殺されてーのかなっ、」

 今日一番で怖かったらしい。多田が過呼吸を起こしそうなほど震えたので、顎で柳瀬を使い「おら立てぇ!」と無理矢理ハケさせた中、新はケータイの拒否ボタンを押した。

 しかし、すぐにまた陰険クソ腹黒ド近眼サイコ野郎が折り返したため「んーだっつの!」と仕方なく通話ボタンを押した。

「あ?なんだてめぇ」
『うっわ…久しぶりですね江崎えざきさん』

 掛けてきといて「うっわ」とは随分肝が座っていやがる。

「今ナウで超忙しいんだよサイコ野郎が。てめぇはヤンデレ彼女か、切ってんだから折り返してく」
『いつなら時間が空いてるんですかね?それ』
「…掛けてくんじゃねぇっつってんだよ空気読めやいつも空いてませーん!」
『あ、丁度お宅のヤンデレ彼女が…さといー!こっちこっ』
「はぁ!?」

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