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「ん」
「まぁ、こんなんじゃ捜査にも進展はないんで貰っときました。調べてもこじつけ程度の資料しかなく。
山ノ井の方は助かりました。そっちで一段落…になりそうです」
「…捜査状況なんて言っていいのかねえ?」
ぼんやりとしていたらしい、フィルターから灰が落ち「あぁ…」と払ってまた1本点ける。
中毒じゃん、お前。
「まぁ、身体張ったんで、お互い」
「自ら掘り返すかそこ」
「いえいえ、江崎さんが言ってるのはあながち合ってまして。前の捜査で人妻から何個か健康食品パクってからと考えると、もう楽になったなって」
「……あーうん、平良よりお前のがわかるわまだ。じゃあ紀子も」
「あれは不測の事態、生命の危機だったんで本当に勘弁してください…まぁ可哀想な人ではありますが、立ち直るといいなぁ」
「掘り返した穴即埋めんじゃん…。メンタル強いんだか弱いんだかわからんわ最早。
そっちは警察病院だったか?」
「…ホントよく知ってますね」
「いや普通に考えてそうだろ。生きてんの?」
「坂下先輩が聞き込みしてますよ、ここの腕が良かったんでいま鬼詰め中だとか。驚きましたよ、一日で転院とか」
「アレ、軍医だったんだわ」
「…なるほど、だからか…」
さて、とタバコの火を消したので「透花ちゃんはどう?」と聞いてみた。
「…元気、なんでしょうかね」
「会ってないの?」
「いやそうじゃなくて…」
「まぁ、人間紙切れ…ラミネート加工なんてされてもな、その程度の話だよ」
「今はちゃんとICカードですよ。
あそうそう、まぁもうあれなんですが江崎さんって慧さんと…」
「あー、手続き?あいつ20越えてたから普通だよ。俺の6歳だか8歳だかの時の子供」
ふっと笑い「…普通に聞くと面白いな…っ遺産相続対策してるんだ…っ、株だけじゃなく」と抜かすメンタルはあるらしい。
「ぶっ飛ばすぞお前。
身体張ったよしみな、俺は上が死ねば終了…透花原理なんだわ。俺対策としては利益分も早々ちまちまと書面更新してるらしい」
「…あぁ、なるほどそっちもか…面倒そうっすね」
…なるほど。確かに海江田は腹を括ってるな。金あるんだろうな…。
「…あ、なんか聞いちゃってすません」
「んーまぁ別に。クリーンなんでね?」
「まぁ確かに…?」
「透花ちゃんの元義理パパは一体どういうつもりだったんだろうな?」
生まれた時からいないような存在。
そうやって染められて来た色は…。
新の記憶は茶色だった。ボロアパート、とだけは記憶があるのに。こんなこと、考えもしないほどだったなんて。
慧の思い出せる記憶は「ステレオグラム」だと言っていた。そうなんだろうと思う。
忘れられないことと思い出せないことは、果たしてどちらがどうなのだろう…きっと、これはノットイコール。
「そこは探らないでおこうと思い直しましてね。綺麗かどうかは人によるし…ただ…。
負債を抱えた状況下なら普通は正しい…後の大人がちゃんとしていればね」
「…そうだなぁ。なるほど」
自分の義理の親父はまだ生き残っているし、そこにはまだ到達していないけれど。本当に節税のみなら普通の手続きをすれば本来透花はこうならなかったはずだ。
それともラミネート…切りたかったのだろうか。
なんて、柄にもない。
「あ、そうか引き止めて悪かったな。透花ちゃんによろしく…は、」
「いや、行きます?あんたの名前、覚えてますよ」
「…え、そうなの?」
「はい。今のところは…」
「いや…俺はいいや。慧もそろそろ来るし。
そういえば平良の下に付くらしいな可哀想に…。これからよろしく。
じゃ、あんたも休めよ、海江田安慈」
答えは様々で、見る人により清流か泥沼かはあれど。
浅瀬に溜まった水溜まりに目を向ける人間もいるのかと知る。それこそ、蝶が水を吸いに来るほど綺麗な浅瀬に。
地獄と天獄は、平行線だが紙一重で、逆さに見ても違いが不鮮明。夢が無意識の集合体なら、そう、意識に残っていない以上、意味がないのだ、そもそも。
一歩踏み入れるそれを、けして踏み散らかすことも怖がらない。人生の初期において最大の危険は、リスクを犯さないことにあるとキルケゴールは残した。
今日は天気が良かった。ただそれだけでふと、切なくなる日も嬉しくなる日もある。それすら通り過ぎていくのが事実だと、新は息を吸って吐いた。
いつも通り。この最高な泥濘の中で。
[完]
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