無色透明色彩


5


「…酒類提供は勘弁してね」
「こいつの旦那にも元セフにも言われてるんで大丈夫で」
「違うから」
「……海江田さん、ちょっと」

 波瀬は声を落とし「この子、AVの意味を知らなくて焦ったんだけど」と顔を顰めた。

「いや、波瀬さん!?」
「…ん?何?」
「え、透花そうなの?」
「はい…」
「…………え、それはどーいう意味で知らない?」
「え?」
「あー……理解した。よかった話さなくて」
「え?」
「いや「え?」じゃなくて。その子その事すら知らないっぽいけど」
「……え、そうなの!?マジで!?」
「あんたが知らないでどーすんの保護者」
「ちょっと待って俺着いて行けてないしあの動画ホントにトラウマになりそうだったん」
「……動画?」
「えっ」

 間があり、「いやごめん慧くんも波瀬くんも…」と安慈が謝った。

「……一応…サーフェイス削除までは確認出来てるんだけど他は…」
「…確かに。1回流れたらね。
 やっとわかったよ禁句の意味が」
「いやでもまさか本人知ってると…」
「根深いもんだね。まぁ掘らんどくわ、仕方ないし」
「…ありがとう。
 透花、知らなかったんだね…後ではな」
「いや、先生に聞いてからの方がいい気がするよ。メモ見たけど…その状態なら知ってそうなのに…てことは、流して儲けた側が、て話でしょ」
「……ちょっと待ってください、僕を置いて行かないで…さっきから呪文なんですけど…」

 ふいっと波瀬が、まるで蛇のような目で見てきては「世の中甘くないって話で」と冷たく言う。

「……波瀬さんごめん、お、俺からも…第三者どころか四者五者かもしれないけど…」
「はぁ?」
「……もし聞いてるの、当たってれば…俺も知らないところでPTSD発作起こしたときの動画バラ撒かれたことがあって、」
「え、」
「さ、慧くんが!?」
「はい…あとヤバ気なのも…それはアラタさんも知っていることで…。
 透花ちゃんは俺より…俺はその頃別になんというかモグってたしなんとも思ってなかったけど…人によってはそれ、大事だから…。
 波瀬さん、これは海江田さんに任せた方が良くないですか?」

 ……最早そこまで聞いてしまうと内容、わかるんだけど…。

「え……ホントに?」

 あのバイト…動画にされていたの?
 頭が真っ白になる。

 信じられない…。
 え?それで儲けてたって…え?

 でもまぁ確かに、元母だって…インフルエンサーなわけで…つまり元母が…?それとも、元雇い主兼元母愛人兼ヤクザが…?

 それって大丈夫じゃないんじゃないか…?
 だから、売れたの?あの…謎の美容品とか…。

 みんなの間から察するに、どうやら間違いなさそうだと「そうなんですね…?」と聞く。

「あのゴツゴツ変態から受けた凌辱とか…」

 あ。
 気が遠くなりそう…だけど。
 待て、ユリシス。僕は君と僕を知らねばならないから…。

「ゴツゴツ変態…?」
「あーじゃあもう、焦れったいな」

 ケータイを弄り始めた波瀬に「ちょっと待ってくれない!?波瀬くん」と焦る安慈を見て「大丈夫デス…」と、震えそうになるけど…。
 ケータイをしまった波瀬に「知らなくていいこともあるって言ったでしょ」と淡、として言われてしまった。

「…察したなら、この空気察してよ。
 君が掘り下げようと掘り上げようと事実は変わらないし、それにこれだけ人が動揺している」

 …言葉がスっと、胸に刺さった。
 なるほど…。

「…普通はねぇ…慧みたいに、自分のある程度のことを知ってたりするけど、慧だってふと知って黙ってたみたいなんだわ。なんでかわかる?周りが自分を腫れ物みたいに扱うからだよ」
「腫れ物じゃない、それは」
「は?あんた大人でしょ、綺麗事言わないでよ。腫れ物だったから封殺したんじゃないの?」
「そうじゃなくて。けど……知らなかったという事実を知らなかったから、じゃあそれなら。
 透花、君はね。全国、ネットのごく一部で」
「いやそこまで刺さなくても」
「お前が言ってるのはそういうことなんだよ、綺麗事なんだろ?
 んな、俺たちの喧嘩より。どうする?ちゃんと聞きたい?ねぇ、」
「海江田さんそこまでは」
「うるさい黙れガキ。わかってんのかこれがどういうことか、そういうことだ。お前ら何も知らない有象無象と変わらねぇ、こういうのを世の中では死体蹴りだのセカンドレイプって」
「アンジさん、大丈夫です、責めないで、」

 こちらがそう言えば安慈が黙るだろうことはわかっているつもりだが…。
 安慈が強くグッと…抱きしめ、肩を掴まれ…なんとも言えない表情をし「俺も有象無象だよ、」と自嘲気味に言ったから…。

 ホクロのある頬に触れ「アンジさん、」と呼ぶ。

「今は今なんだって言ったんだから…いいです。大丈夫です、本当に。
 僕は今日は音楽に触れ感動したり…アンジさんは騙し討ちだって言ってたけどこのバッグも好きで、月の…このキーホルダー…これが一番好きで。まだこれからたくさん、あるから…」
「透花ちゃん、」

 慧が…震えそうな笑顔で「人間って、声から先に忘れるんだってさ」と言った。

「楓。そうやって聴くと、凄く泣けない?」
「…声、から…」
「そう。でも、言ったってことは覚えてるから…。
 俺は楓、ちょっと声が低いなーって高くなっちゃった今日この頃。
 海江田さんは悪くないと思うよ。波瀬さんもドSだけど意地悪な人じゃなくて…」
「…はい、」
「上手く言えないけど、人はどうせ一人で死ぬけどさ、それまでの過程を…大切に、信じられたら…辛くなくなるんじゃないかなって…はい!先輩から一言ね!」
「…その通りだと思います」

 いざと言う時に言葉なんて、確かになくなっていってしまうけれどただ、「ありがとう」と簡素に言っておこう。

- 40 -

*前次#


ページ: