棹も擦れてはいる…トンカチで軽くカンカンと裏面を叩けば「う〜ん…」と気になる。糸巻きが緩い…白檀か。繋ぎ目にズレはない。
一弦の勘所を押さえればなるほど、サワリが少し深い。
「繋ぎのズレは無く…糸巻きだけ白檀なんですね」
あまり外さないものだが、持ち込まれた際には全てバラしてあった。
「……その上で…」
ふと自分の三味線を一音ずつ鳴らせば「やっぱり良い音するもんだねぇ」と依頼主、色羽は言った。
頬杖を付きニヤッとする彼は「あぁ、ありがとう露ちゃん」と、持参した羊羹と茶を出した露に礼を言う。
「随分大きくなったねぇ、あたしも歳を取ったもんだ。ついこの前のような気がしてたのに」
「色羽さんは少し精悍な印象に」
「あっはは!いやねぇ、あんたに言われると嫌味になるよ、この色男め」
…精悍、というよりは最早男装の旅支度をしている。
本調子で調弦を始めると「多分糸巻き、擦れてるでしょ」と言い当てる。
「そうですね。糸巻きだけ磨損の度合いが違うのは…木の柔らかさかな、と」
「前は黒檀だったんだけど、滑りが悪くなってきたころに、香りがいいよと、客が白檀のを用意してくれたけど…糸が止まらなくて」
「…家紋入りなので、なんとなくそんな気はしました」
「そうそう。けったいな客だったわ」
「三味線を送るというのは聞きますけどね。よりによって糸巻きだけって…確かに変わった方だ。柔らかい分、黒檀より手は痛くないでしょうけど…宇柄はきちんと彫ってあるし、始めの調節は三味線屋に依頼したんですかね?」
「そうそう。糸巻きだけ渡されてもどうにも出来ないし、取り敢えずは」
人差し指の付け根…何度か水膨れも出来ただろうか、しかし慣れたものだったのだろう、手の皮が厚い。
「棹自体も擦り減っておりますが、状態は悪くない…これは確かに、買い換えるより、貴方の一部だ。流石は」
「そりゃぁ、楽器弾くか客取るかしかやる事なかったもの。三味線は好きだったわね」
つい黙ってしまった。
彼は「ふふ、気を遣わせたわね」とすぐにこちらの気持ちを察する。
「……あたしもう、20になるのよ」
「あら、もうそんなになりますか…。
大人びているので確かに、「誰だっけ」とは、なりましたが…」
「あっはは!それは良かった、女臭かったらどうしようかと思ってたところ。
……てわけでね?それに合うように糸巻きを直して欲しくて」
「…色羽さん、」
「ついに陰間も過ぎてしまったよ」
……なんとも言えないな。
はぁ、と息を吐き茶を口にする色羽は「美味しい。良いお嫁さんになってね、露ちゃん」と頭を撫で、「これ、結構良い所の羊羹なの」と笑顔で話している。
…そうか。
「本当は女形なんてやりたくなかったけど、花が散るのは早すぎてねぇ」
「…つまり、」
「退楼に少し金は積まれたわ。そんな事しなくても腐るほどあるのにね」
…棹を見れば、丁寧に使い込んできたのは見てわかる。
糸も外され皮も少し傷がある状態。旅支度からしてなんとなく察しはついたけれど。
「…質屋に売っ払えるくらいに綺麗ならいいかなって、ここに来たわけ。あそこなら、使いたい…そうね、次の子なんかの目に止まれば、使ってくれるでしょう?」
「……差し出がましいことを聞いてもいいですか?」
「なーに?店主のところに娘が来たこと?」
「…えっ」
予想外の話に「あら、知らなかったの?」と言われてしまった。
「まだ10代前半じゃないかしら、あの子。
まさに“嫁入り!”って感じの、ちゃんとした…あれは商家の子かな。嫁入り道具と…何故か、傘の骨を持って来たってよ。
あそこのさ、ほら、あの子と一緒に石原菊衛門の天蓋を届けにきたのよ」
…そういえば最近、やけに竹の発注が増えた…。
「なんだか仲睦まじく…冥途の飛脚だったかしら…ふふふ、その女の子、泣きながら帰ってねぇ、初々しかったなぁ。あの子が慰めながら店に帰って行ったの。いいわよね、若いって。もしかするとあの子のお嫁ちゃんなのかも?」
「あっ、なるほど…。
彼も確か…どれくらいになったんだろう…」
「おとう、もしかしてその人、売られてきたっていう職人の子?」
「あらやだ露ちゃん〜!狙ってた?」
「いえ、私がお手伝いしている棟でも、その人有名で」
「なかなか面が良いらしいってね?あたしは顔は拝めなかったの。是非見たかったもんだけど……あそこ、ついに人まで買うようになったのかしら」
「……そうですか…」
「まぁ、売るくらいだしねぇ、」
これ以上は子供に良くないと思ったのか「猫ちゃん可愛い〜!」とはしゃぐ。
……嫌な話を聞いたものだなと、糸巻きを外して思い出し「あ、色羽さん」と声を掛ける。
「……こちら、質に行くのでしたら、他の材質が黒檀なので糸巻きも…青黒檀にしようかと。皮は」
「あー、多分音合わせでも破けるでしょ」
「すぐ、ではなさそうですが…外す方でいきましょうか?」
「任せるわ。
旦那、」
ふっと寂しそうに「今日は挨拶に来たのよ」と色羽は言った。
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