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「………まぁ、その」
「取りに来る時に傘でも持ってくるわ。ここ、傘ないじゃない?」
「お気遣いは感謝いたしますが…」
「はは、いーじゃない、そこの竹なんでしょ?」

 ……まぁ、知れ渡ってるか、そっちでは。

「…そうですね。ウチに帰ってくるというかなんというか…」

 少し笑って見せたが、やはりやり切れず「……この後、は?」と聞いてみた。

「まー、暫く遊んで…なんて。
 いや、はは!実は…まぁ陰間としちゃぁ薄給な話だけど、旦那ならいいや。一人だけ武家に嫁いだ未亡人を取ったのよ、あたし」
「もしかして、そちらに…?」
「表立っては“身請け”という名目で祝えないからこそ、いまは自由な気持ちでさ」
「それは世間では、大変御目出度い話ですよ」
「優しい男ね、やっぱり」

 退楼した陰間など、世間も知らないまま放り出され、明るい未来が見えない者が多い。
 女形修行すら落ち、任期が来たのなら…尚更目は厳しいのが現実だ。色羽もきっと、店でも…役者としても冷遇されていただろう。

「心を込めて、お直しさせて頂きます。
 お気持ちばかりになってしまいますが、修理代は祝儀の変わりに…足りない分は質屋に吹っ掛けてくださいよ」
「…え、本当に?」
「はい。幸せになってくださいね、色羽さん」

 あずきを撫でながら「……ありがとう」と色羽は言った。

「初めて言われた。惚れちゃいそう」
「ダメです。新しい奥さんと…慎ましやかにね?」

 少し鼻を啜り「…七日くらいでいけるかな?よろしくお願いね!」と、慌ただしくもきちんと頭を下げ、色羽は去って行った。

「…おとう」
「ん?」
「あの人、泣いてた」
「……そうだね。苦労しただろうから…」

 ホッと胸を撫で下ろし、色羽が置いていった三味線を取り眺める。

 …サワリはある程度深くなったあたりで…和紙を貼ったのだろうか、上駒の擦れは酷くない。
 これは義太夫三味線だが…どうせ上駒も変えるのだから、いっそサワリは埋めてしまうか。次に使う者がサワリを付けたければ、三味線屋かここに来るだろう。

 …竹か。
 質屋に売るなら、下男の佐助さすけに見られるのは避けたい。

「山小屋、掃除するか…」
「あっちで今干してるのは?」
「こっちに運んでおこう。
 ついでに少しだけ手間も掛かりそうだし、作業はあちらでやるよ」
「ご飯の時は?」
「あぁ、そうだね…呼びに」
「思ってたんだけど、そういう時さ、そっちに持って行こうか?」
「いや、ご飯は一緒に食べよう。じゃないと気付かない事もありそうで…」
「…確かにありそう。わかった、何日くらい?」
「それほど状態も悪くないから…そうだなぁ、三日…いや…これも少し癖のある品だからな…色羽さん、七日って言ってたか。それまでにはと、思ってる」
「わかった。
 おとう、はい、羊羹」
「ん?」

 露は串に刺し一つ差し出し「一個も食べてない!」と指摘してきた。

「あ、確かに」
「これ美味しいよ。食べたらお掃除手伝う」
「…ありがとう」

 茶を飲み、「佐助さんは明日来るんだっけ…」と言ったのみだったが、「おとう今は休憩!」と言われてしまった。

「…ハイ」
「引き戸に張り紙して玄関に置いておけば問題ないでしょ!」
「……ハイ」

 逞しく育ったものだ…。
 昼寝をしていたあずきもぴくっと起きる。

「障子も閉め忘れないようにしなきゃな……」
「そうだよ?おとう」
「…ハイ」

 羊羹を一口食べ「あ、本当だ美味しい」と茶を啜る。どこのかはわからないが、甘すぎない。
 みゃあ、と見上げるあずきにも「これはダメ!」と露はあずきを抱き上げ、奥に行き干し魚をあげていた。

 ……あずきも少し大きくなった。本当に、そろそろちゃんと、扉も障子もきちんと閉めるようにしなければ…。

 少し前、内の障子を閉め忘れた際に外への扉を開けたらさっと、入れ違うように出て行ってしまい焦ったが、しれっと、飯時には帰って来た。

 勿論のこと、露に怒られた。
 あずきはどうやら…まだ、八兵衛の元に餌をねだりに行く分にはいいのだが…山が気になるようだと最近気が付いた。

 質屋の発注が増えたので前よりは山に入る機会が増えたが、この山には猫捕りを仕掛ける輩がいた。それに掛かってしまってはと思うと、気を引き締めなければならない。鼠の流行りは過ぎたし、違法業者も見なくはなったけれど。
 何者の仕業かというのも結局分からず終いなのだから、また同じことが起こる可能性がある。

 …自然の摂理としてはどうなのだろうかと思わない訳ではないが、愛着が沸いてしまっているし、あの時あずきを拾ったという巡り合わせならば、互いに受け入れるのが筋だ。

「…時の流れ、か…」
「んー?」

 遊ぶように魚をチラつかせ「えい、えい」と遊ぶ露を見て思う。

 露がここに来たことも巡り合わせだ。
 いつかここを出て行く時も同じ原理で。あれから7年も経ったのかとつい染み染みする。

「…そろそろ七五三しめの時期だね」
「うん、」

 生まれた日は知らないから、引き取った日を生誕の日と考えている。露は生まれたばかりでここに来たから。

「さて…」

 あずきに魚をちゃんと食べさせ「はーい」と、二人で山小屋を整理し、栄は小屋に籠った。

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