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 改めて分解し、予め型取りをしてある上駒と青黒檀の糸巻きを手に取る。
 天神以外はあまり弄らないことにした。なんせ、繋ぎ目に歪みはない。

 実の所、天神部分を直すのが一番難しい。天神である程度の音が決まると言っても過言ではないからだ。

 上駒はヤスリを掛けた部分を補う厚みにしなければならない。竹だしな…と少し力を抜き、すっと刃を滑らせる。

「おとう」

 随分と神経を使う修理だからこそ一人で黙々と作業はするが、こうして露が呼びに来てくれることで一度我に返る時間が出来るのは、有難い。

「今日はウナギだよ」
「えっ」

 小屋から家へ歩きながら「ハチさんに、おとうが籠ってるって言ったら、美味い時期じゃないけど栄養はあるからってくれた」と嬉しそうに露は言った。

「帰りにお豆富屋さんもお裾分けしてくれて」
「…豪勢だな…」

 部屋に入ると「うわあ…」と、並んだ食事につい感嘆を漏らす。

「塩焼きとやっこ…陳皮か…味噌田楽も…」

 つい「夕餉なのに豪華すぎやしないか?」と不安になったが「おとうが気合い入れてるからね!」と明るく返ってくる。

「なんだか罪悪感が…」
「おとうが根詰めると三日目には痩けているってみんな知ってるから」
「……買い物は…足りたか、金は…」
「貰い物もあるから気にしない気にしない」
「…より一層…。
 いやよし、有難く噛み締めて食べよう…頂きます」

 こういうのは罪悪感より感謝の方がきっと、正しい…。

「有難い話だな…」
「そうだね。でも、豆富屋さんは喜んでたよ、あずきの時に世話になったって」
「…人の輪は凄いものだよなぁ」

 頑張らないとな…と思えば「根詰め過ぎないでね!」と先手を打たれたが。

「いやー…しかし今回はどうしても拘りたくて。皆に感謝を」
「うん、言っとく言っとく」

 余程美味かったのだろう、すぐにたいらげた露は満足そうだった。

「露。今日も美味しく頂きました」
「うん、よかった。本当は色々と豪華で…お料理大丈夫かなーって思いながら作ったの」
「ありがとう。気持ちも嬉しいよ」

 夜通し作業をしようかと思ったが、満腹。露もそうだったらしく、二人であっさり眠ってしまった。

 朝になり、露は奉公、栄は小屋に籠りそれぞれ仕事をした。

 没頭したせいか昼過ぎにふと、肩が凝ったし茶を飲もうと戻ろうとしたが、家の扉が開く音がして少し待つことにする。恐らく佐助だ。

 去ったとわかり扉を開ければ、材料が置いてあった場所には露の着物と脚絆、草履…の横に、人形が置いてある。
 上には「受領 商品もお届け致しました 佐助」と書いた紙が置いてあった。

 着物を広げれば流石、老舗の呉服屋の跡取りだっただけある。とても丁寧な仕上がりで、反物も上等…恐らくこれは、新品だ。

 側にあった人形を手にすれば…驚いた。木彫りの人形で着物も着せてある。
 細工も繊細だが、きっとこれは売りに出す品というより、練習も兼ねたものなのだろう、あそこで何を自作し売っているかは知らないが。

 …勿体ない。
 やはり、ここの職人には腕がある。

 質屋にも腕は必要だが、贋作や自作の品も安く売っていると聞く。最早、自分たちで店を持った方が良いのではないかと思わされる出来ではあるが…。
 これは、誰かに指南されたというものではないだろう。それならば一人で店を構えるのは…と考えるのもわかる。

 自己流で…好きでやり続けてここまで出来るのは立派なこと。こちらも職人だから感じるものなのかもしれないが。

 俄然、触発された。一休みをして取り掛かろうと思った時にふと、自分の三味線が目に入った。

 別に嫌いでは、なかった。
 ただ、好きな職だったかといえば…恐らくそこまで考えることもなく家柄で決まってしまったものだ。

 ……兄のように、家を捨て好きなものを手にした、それを見せつけられたような気がする。

「………」

 普段は、調弦の時にしか使わないけれど…少しだけ弾いてみた。
 流行りの演目の曲はわからないけれど、弾けば当時の音色を思い出す。太夫により音を変えて弾いていた。それは語りを引き立たせる為の物だったから。

 あくまで三味線は舞台の一部だ。人に合わせて漸く意味を持つし、父にも「自我を前に出してはならない」と教え込まれた。
 その日の太夫の体調、声色をこちらが汲み音を紡ぐ。太夫は役者の演技に合わせて語る、これで漸く舞台が完成するもの……。

 手が止まってしまった。

 羨ましい。この呉服屋も木工細工師も。それぞれ自分の味のみで勝負が出来るのだから。

 自分も太夫や役者と切磋琢磨し音を作った、その経験は…青く、良いものだったけれど。
 いまこうして一人となれば、さて、自分の味、音があるのかなんて、わからない。そもそもが譜を写し弾き慣れた曲ばかりで、それを誰かに合わせてやっと一人前と言われるものだった。

 ……妬むわけではないがこんな気持ちでは仕方がないなと、小屋に戻り作業を再開することにした。

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