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[υ]-εγλ 0001 2月30日 ──


深夜の神羅ビルは、昼間の喧騒とは違って静寂が支配していた。薄暗い廊下を進むと、自分たちの靴音が唯一の音として響く。
人の気配はほとんどなく、見かけるのは警備を担当する神羅兵だけ。いつもは賑やかなビルも、深夜にはこの静けさが支配している。
静寂の中、廊下の壁には神羅カンパニーのロゴが淡く光り、その存在感を示していた。

何度も重いため息を吐きながら、後ろめたさからツォンの背中を頼りにエレベーターに乗り込む。
行き先は地下3階にあるタークスのオフィス。
エレベーターの扉が閉まる音と共に、心臓が高鳴るのを感じた。緊張が高まり、手汗がじっとりとにじむ。ツォンの背中が頼もしくもあり、その普段通りの冷静さに少しだけ安堵する自分がいた。

エレベーターの扉が開くと、そこにはヴェルドの姿があった。大きなモニターを背にして、逆光でその表情は見えないが、彼の存在感が圧倒的だった。思わずツォンの背後に隠れたが、ため息を吐かれてしまう。
「ハァ……、ただいま戻りました」
ツォンはさも自分は関係ないかのように淡々と挨拶をする。確かに関係ないけども、彼なら上手くヴェルドに言ってくれそうだと期待してしまう。
いつまでも隠れている訳にはいかない。自分も報告をしなければ……ツォンの背中にヘルプの視線を送るも、彼は徹底して無視を決め込む。

「リリカ」

ヴェルドに名前を呼ばれると、渋々前に出るしかなかった。
一連の流れはメールで連絡済みなので把握はされている。それでもヴェルドの表情は怒りを通り越して呆れの色が濃い。いつからこんな顔で報告を受けるようになったのかと、心が痛む。彼の鋭い眼差しに、一瞬で冷や汗が背中を流れた。

「主任〜、あーその、戻りました。えっと任務はちゃんと片付けましたよっと」

どうせ報告して小言のひとつふたつは頂かないといけないのは分かっているが、そろりとツォンの背中越しに顔を覗かせる。
するとツォンは私の肩に手を置いて軽く握りしめた。力強くも優しいその手の温もりが、一瞬緊張していた私の心を少しだけ和らげたが、「報告をするならしっかり前に立て」そう言うとそのまま私をヴェルドの前に静かに押し出す。

「うわわ」
つんのめるようにヴェルドのデスクの前に立つ。
「リリカ」
「はい……」
「わかっているな?」
ヴェルドの表情は厳しく、その視線に肩と視線を落としてしまう。
叱られるのは嫌いだ。特にヴェルドの静かな怒りは心をキリキリと締め付ける。この時の彼の雰囲気はまるで氷のように冷たく、胸に突き刺さる。

「今回の任務は内情調査だろう、鎮圧は二の次だというのに……まさか燃やしてしまうとは」
長く重いため息を締めに頂いて、ヴェルドは目頭を揉むように押さえつける。

「うう、耳が痛い。と、とりあえず報告から先に〜……。リーダーはこのスラムで有名な男です。神羅兵もよくケガを負わされれいた傭兵団の男ですね。兵に勝てるのだから乗り込めるだろうという感じでした。出資者はこの前潰れた旧商社の人ですね。魔晄炉が一基でも潰れたら儲けもんらしいです。武器はどこかの闇市から入手してたみたいですね」
細かく報告して決して慢心からくるミスではないと語ってみせるが、ヴェルドは「結構」と切り捨てる。

「それは報告書に書けばいい、今すぐ聞くべき情報ではないようだ。」
「それは……」

そう言い淀んでいる間に後ろから「お疲れさーん、と」という声とともに二人分の足音が聞こえる。振り返ると、レノとルードが軽やかな足取りでこちらに向かってきていた。
彼らの存在が、一瞬でこの冷たい空気を少しだけ和らげる。

「レノくん、ルードくん!……お疲れ様、疲れたでしょ報告なら先どうぞ?」

先輩風を吹かせヴェルドの前を譲ると、レノは目を細めて下から覗くように背を曲げると「あーハイハイ」と皮肉交じりに笑う。ニタリと口元を楽し気に釣り上げ視線をじっと合わせてくる。隣のルードも察したようにサングラスを正す。
その仕草がいつもの彼等らしさを感じさせるが、これはいじられる前の雰囲気だ。

「リリカチャンさー、重大なことは先に言っとくのが吉だぜ?」
「そうだな、どうせ始末書を書くのだろうし。時間が勿体ない」
後輩二人の容赦ない言葉に下唇を噛みしめる。
彼らの言葉は冗談半分だが、その中には確かな真実が含まれている。
「最悪のタイミングで帰ってくる……!」
レノは笑いながら私の肩をポンと叩き、「また派手にやらかしたみたいだな。次はどこを爆破するつもりだ?今度は誘ってくれよ、リリカセーンパイ」と冗談を飛ばす。ルードはそのセリフに小さく笑うと、肩を震わせながら自分のデスクの方に移動した。

「リリカ、今回の火災についての説明を頼む」
ヴェルドの冷静な声に背筋が伸びる。
同時にレノが盛大に噴き出す。
「ぶっは!何?本当に派手にやってきたのか?そんな苦戦したのか今回は!」とレノが過呼吸気味に言う。

リリカはその場でヴェルドに報告をすることに決心し、深く息を吸い込んだ。しかし、心の中ではレノの皮肉交じりの冗談が引っかかっていた。彼の軽口はいつも通りだが、今はそれが胸に突き刺さるように感じた。

「違う、勝手に燃えたの!」私は声を震わせながら言い始めた。自分の説明が信じられないものとして聞こえることを理解していたが、それでも必死に弁解しなければならなかった。
「たまたま足元に缶があって、それが飛んでったら棚に当たって警報機が鳴って、ぶわーって来てどさどさっと荷物が雪崩れて……」言葉が次第に小さくなり、視線は床に落ちた。話すたびに、自分の無力さと不注意が浮き彫りになる。

「仕方ないから鎮圧までしたの。サブミッションまでやり遂げた私を……褒めても……いいのだよ?」
最後の言葉を絞り出すように言ったが、自信の欠片も感じられなかった。肩は重く垂れ下がり、目には悔しさと自責の念が滲んでいた。
すると、ツォンがため息をついて言う。
「……歩くルーブ・ゴールドバーグ・マシンか?」
彼の言葉に、ヴェルドの表情が少しだけ柔らいだように見えた。
「まるで敵にとっては、死のピタゴラ装置だな」
ルードが冷静に補足する。
その冷静な一言に、少しだけ場の緊張が解けるのを感じた。
「どこまでが現実なんだ」
ヴェルドが呆れたように呟いた。
その言葉には叱責と心配が混じっているようだった。
レノがソファに倒れ込み笑い転げる。

みんなが反応し雰囲気が少し和らいだ瞬間、レノがニヤリと笑って口を開いた。「リリカチャンがいると任務がエンターテイメントショーみたいだな、と」冗談混じりに言った。
その軽口が、場の緊張をさらにほぐしてくれたように感じた。彼らのいつもの調子に、少しだけ気持ちが楽になる。
ヴェルドは重い息を吐き出しながらも、その目には私への期待が込められているのが見えた。
「とにかく、次は気をつけろ」と言い、デスクに報告書と始末書を滑らせた。

「はい、主任。気をつけます」私はそれを受け取ると深く頭を下げ、次こそは失敗しないと心に誓った。


”ある意味”優秀と言われるのは、何と言ってもこの妙な幸運だ。
ルーファウスには始末書を片手に「その力と何か因果関係がでもあるのか?」と逆に聞かれたので、自前の呪いだと思っている。
結果的に良いことが多いが、今回のように派手になることも少なくない。



ヴェルドが咳払いをしてその空気を引き締めると事の顛末を話し始めた。「とにかく、火災の方は延焼も無く速やかに消火されたとのことだ。」

「よ、よかった……」

その言葉にほっと胸を撫で下ろした。
いくら故意では無く、敵殲滅のためであっても火事の恐ろしさは無害な人にまで行く。様々な任務をこなしてきてはいるが、その辺の倫理観は大切にしなければ、本来なら良かっただけでは済まない。

「ツォンくん本当にありがとね」
「リリカの後始末は慣れてる」
最初のうちは二人で任務に当たることが多かった故に、今でも気にかけてくれているツォン。改めてツォンが迎えに来てくれていたことに感謝する。



私は報告書を書くためにデスクに向かい、筆を取った。


手元に向かう視線が自然と過去の任務を思い返す。
書き出しながら、ある違和感が心の奥底に浮かび上がった。
なぜか、頭の中に「嫌な感じ」のシグナルが鳴り響いている。具体的には言葉にはできないが、何かが引っかかっている。

報告書を書き進めると、その違和感が少しずつ形を成していく。

敵が使っていた武器が、どこか見覚えがあるような……。でも、それが普通の闇市の武器ではないことは確かだ。記憶の片隅に残るその形状と特徴が、どうしても気になって仕方ない。

(でもあの武器、かっこよかったなあ……、こんな感じのシルエットで……)

無意識にデスクに向かってラクガキを始めた。
記入欄にまで達するほどの熱心さで、敵が使っていた武器のイラストを描き込んでいく。その形を描きながら、突然脳裏に一つの考えが浮かんだ。

神羅の最新武器のプロトタイプ……!

手が止まり、急いで報告書の内容を整理し始める。敵が使っていた武器が神羅の最新プロトタイプであることに気付き、この他に内部からのリーク先があるのかもしれないという重大な懸念が浮かび上がった。

(もしこれが事実なら、神羅の内部に敵がいることになる……)


急いでヴェルドに報告するため、再びデスクの前に立つ。

「リリカ、今回の爆発の原因がこの銃だというのか?」
訝し気に報告書を眺める、何か言いたげにじっと見つめるヴェルドに思い出した記憶を続ける。
「はい、そうです。以前副社長の護衛の時に見せてもらった、兵器開発部門のプロトタイプの銃です。連射時の発射熱による自然発火の問題がありました。」

ヴェルドは深く頷き、しばし考え込む様子を見せた。
「ふむ……リリカ、次の任務だが、この件について調査を続けてくれ。リーク元を突き止める必要がある。」

「了解です、主任。」

私は深く息を吸い込み、次の任務への決意を固めた。ヴェルドはさらに続けた。「今回の任務にはレノも同行させる。おい、レノ。帰って来て早々悪いがリリカのサポートをしてやれ。」

レノがにやりと笑いながら近づいてきた。
「よーし、リリカチャン。俺と一緒にお仕事だな、と。アンタがまた何かやらかす前に止めてやるよ。」

さすがレノだ。自信ありげに言うので、頼もしくて思わず笑顔で返した。「そうだね、レノくんがいれば心強いな。よろしくね。」

レノは軽く肩をすくめ、「おー、任せとけ。んじゃ、センパイのケツ拭きに付き合ってやるかあ。」

私たちは新たな任務に向けて準備を整え、神羅ビルのオフィスを後にした。オフィスを出ると、冷たい夜風が頬を撫で、リリカは一瞬で目が覚めたような感覚に包まれた。



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