[υ]-εγλ 0001/2/30 PM1:00
顛末書を手に、私はエレベーターで依頼者の待つ64Fの大会議室に向かっていた。
この人も、なんでここまでわかっていてタークスに調べさせたんだろう?
結果的には新兵器のリークを未然に防いで、よっぽどな情報通……。
そんなキレ者居たかなあ、と考えながらエレベーターのボタンを押した。
リーブ部長?ううん、あの人はそんなことしなさそう。たぶん直接頼んでくる。
スカーレット部長か、ハイデッカー部長……はもっとド派手に行くし、自分でやる。
プレジデントくらいだけど……今日はジュノンに行かれて不在のはずだ。
(それより ── 地下3Fから地上64Fなんて長いよな)
ドキドキしていた緊張感はいつの間にか薄れ、今日も活躍したアサルト・トンファーの具合を確認していた。
精密な銃をトンファーとして使うからジャムる可能性が高いし、いつでも使えるようにしておくのは大切だ。
この報告が終わったらメンテナンスして仮眠しよう。
そう決めた瞬間、エレベーターが目的の階に到着した。
64Fはミーティングフロア。
小会議室ではこぜわしそうな一般職員たちが準備を進めている。
もう昼に差し掛かっていたのかと、時間の経過に驚いた。
(えっとー、この任務も昨日の夜中からだから何日連続で帰れてない?労基に訴えたら……ルーファウスに迷惑がかかるな)
なんて実際にはすることもない想像をして、一人でくすくすと笑ってしまった。
大会議室の前に立つと、扉は開かない。
鍵がかかっているのか?ノックして挨拶をする。
「失礼致します、総務部調査課のリリカです。報告に参りました。」
少しの間の後に扉が開いた、一体誰が待っているのか。
最奥の席に座っているのか、壁を向いたその人物を伺い知ることはできなかった。
「なんだ、入らないのか」
その声は聞き覚えがあった。
思わず早足で部屋の奥に進むと、背で扉が閉まる音がした。
「ルー……副社長!一体どうしてこちらに?!」
彼は長期出張のはず、混乱する頭を働かせる。
「たまには飼い犬の様子をな、お前をヴェルド君に任せっぱなしは良くない。それに今日はおやじもジュノンに居て都合がいい」
キィッと椅子が軋む音がしてこちらに向いた。
私を呼んだのはルーファウスだった。
「じゃあ依頼者っていうのは副社長のこと?」
驚きが混じった声で尋ねると、ルーファウスは薄く笑みを浮かべて言った。
「ああ、……しかし暴れてくれたなリリカ」
「えへ、ごめんなさい」
こちらをじっと見つめた眉を
興味深く見つめればルーファウスが包装を解く。
チョコレートの香りが室内に広がった。
「コスタのマカデミアナッツチョコだ……!今回のお土産はそれ?それ?」
毎回ではないが、ルーファウスは私にお菓子や宝飾品などをくれるため珍しいことではない。
お菓子以外は実は必要はないのだが、無頓着な私に気を配ってくれる優しい飼い主だ。
今回は手土産の定番であるチョコレートだが、ルーファウスの買ってくる物は無駄に格別に美味しい。
先程の反省を忘れ、目を輝かせてルーファウスに近寄ろうと一歩踏み出した。
「リリカ、ステイ」
彼の鋭い声にピタリと動きを止める。
もうかなり前だが記憶を失った後の療養中は、タークスとしての勉強の期間でもあった。
最初の方の戦闘訓練は、感覚を取り戻すためにルーファウスの護身術の手合わせも兼ねて行われていた。その際に彼に「先輩と同じくらいできないと困るな」と、Dくんと共有のコマンド教え込まれた。
だから、私にとってこれは自然なことだ、彼の命令は絶対。
この時に口答えすると機嫌を損ねるので、何でと目線で訴えた。
「お前の結果には期待しているが、損失が多くては駄目だろう。これは仕事だ、わかるな?」
空気が変わるのがわかる。ジッと彼の目に見つめられれば、私から出るのは肯定の言葉のみだ。
「はい、副社長」
背筋がピンと伸びる。
心の中では今回だって不可抗力だと思っていても、ルーファウスの言葉の前には無駄に感じる。
彼がひと息をつくとその空気は落ち着く。
「まあ、いい顛末書を出せ。俺はまだ廃工場のことしか聞いていない。最終的な評価はそれを見てからにしてやる」
「はい」
手に持っていたファイルをルーファウスに渡す。
顛末書を読む彼は目に合わせて睫毛が下を向いてより長く見える。
確認している彼は読み始めるや否や、紙を持った逆のその大きな手で目元を覆う。
そして時折「くっ」や「ふぅ……」など堪えていたが、ばさりと紙をデスクに投げ広げると大きな声で笑った。
ルーファウスが私の報告でこうなるのは一度や二度ではない。特に"幸運"絡みの事故は歳相応に笑うのだ、……たまに叱られるが。
「リリカ、お前の顛末書はなんだ。映画の感想か?どうしたらこの経過を辿る事になる」
ルーファウスは自身の目尻を拭うように指でなぞる。
「ええと、不可抗力!」
ルーファウスは再び笑い声を上げ、肩を揺らしていた。
そして腕時計を確認した後に「まだ時間があるな、説明してみろ」と興味深げにこちらを見るので詳しく事の顛末を伝える。
大体の話を終え一番楽しかったレノと乗ったバイクのことを語っていた。思い返しても興奮して説明にも熱が入る。
ルーファウスもきっとこんなスリリングなことも好きだ。
神羅カンパニーの副社長である彼とは危険すぎて絶対できないだろうなと考えがよぎる。
「リリカ、バイクの二人乗りがそんなに楽しかったのか?」
ルーファウスが口元に手を置くせいでどんな反応をしているかわからないが、経験したことがないから気になるのだろう。
「うん!とっても楽しかった。風を切る感じがすごく爽快で、レノくん機転効くから安心感あって ── 」
「そうか。レノ君とは随分と気が合うようだな」
「レノくんは頼りになるし、楽しい人なんだよね」
そういうとルーファウスが静かなことに気付く。
仕事とは関係ないことを話し込んだせいだろうか、先程より退屈そうに感じる。
「あ、ごめん……補足の報告中だから、仕事だったね」
「お前のことだからな、 ── 報告内容は理解した。今回の面白い話はアイシクルロッジの雪崩事件くらい良いな」
アイシクルロッジでの調査の任務。
初めて見る雪にはしゃぎすぎてスキップをした途端そこから雪崩が起きた話だ。
「おもしろくなーい!あれは大変だったんだからね?」
頬を膨らませると、ルーファウスは笑みを浮かべる。
(完全にバカにされてる。私の始末書や顛末書を主任からもらっているのを知ってるんだ)
話を聞き終え彼は帰るのかと思ったが、何やら機械を弄り社内監視システムをモニターに映し出す。
(今日来たのはこれが目的だったのか)
そこにはジュノン支社が映し出される。
「リリカ、来てみろ。おやじがどうしているか見てみよう」
ルーファウスがモニターを指し示す。
「プレジデント?ジュノンにいるよね……」
画面にはプレジデント神羅が何かと戦っている様子が映し出されていた。
護衛の兵士たちが倒れ、プレジデントが攻撃を受けているのが見える。
「新人ちゃん?!レノくんはどうしてるの?助けに行かないと!」
私は焦りを隠せずに声を上げた。
「今からジュノンに行くのは間に合わないだろう。おやじには新人やレノ君がついている。心配するな」
ルーファウスは冷静に諭す、その声は少し冷たく感じる。
私の不安さを知ってか知らずかルーファウスは続ける。
「後輩たちを信じられないか?」
「え?」
「同じタークスとして、自信をもって任せてやることはできないか? ── それともおやじが心配か?」
ちらりと視線を向ける彼は私の目の奥、その先を探るように感じた。
しかし、その視線はすぐにモニターの方に戻る。
「みんなが心配、かな?見てるだけって性に合わなくって」
「リリカらしい回答だ」
彼の後ろから画面を見続けていると、新人は一緒に懸命に戦いプレジデントを守っている様子が映し出された。
働きぶりに目を見張りながら、私は胸の中で徐々に安心感を感じた。
「見ろ、リリカ。あの新人、なかなかのものだ」
ルーファウスが微笑みながら言った。彼に褒めてもらえるとは、中々いい逸材が入ったのかもしれない。新人で面識がないとはいえ仲間が褒められるのは、自分のことのようにうれしい。
「本当、さっきの八番街の時はよっぽど大変だったのかな」
私も同意しながら、モニターに映る彼らの姿に見入った。
しかし、気持ちが落ち着いたのは一瞬だった。
そうこうしていると、新人はレノと合流したものの停電というアクシデントに加え、敵組織「アバランチ」のフヒトと名乗る人物との戦闘になった。レノがプレジデントを保護しているものの、新人がフヒトにやられる様を見ているだけなのは心苦しかった。
「ルーファウス、どうしよう……。私ここからじゃ何もできない……」
もちろん物理的に助けになどいけない。
私からアドバイスなんか役に立つような状況でもなければ、ルーファウスに言ってもどうにかなるわけではないのに気持ちばかりが先走る。
もどかしさに手が震えだす。
「……そんなに心配か」
ルーファウスはモニターをTV電話に切り替えた。
突然のことだったので慌てると「そこにいろ」という彼の指示で、そのまま後ろから画面越しにやり取りを見守った。
「災難だったな、おやじ。社内監視システムで見ていたよ。無事なんだろ?」
ルーファウスの声が画面越しに響く。
「ルーファウスか。お前から連絡をよこすとは、珍しいこともあるものだ。……ところでまたそいつを後ろに侍らせているのか」
そう、プレジデントは私がルーファウスといることを嫌う。
理由はたぶん、ヘマをやらかすとか女だから……それともルーファウスが推してタークスに入れたことが気に入らないのか。全部だと言われてもおかしくはない。
護衛任務の時は息子に色目を使うなと言われたこともある。
突然拾ってきた女を甲斐甲斐しく世話をしてやってるのだ、勘違いされても可笑しくはない。
たぶんそれが ── 親、というものだから。私にはわからないが。
プレジデントには申し訳ないが、私は彼から離れて生きていく方法がわからない。
人間以下の扱いでも、彼は"犬"にはめっぽう優しいのだから。甘えない理由などあるだろうか。
「餌やりと躾に来たところだ」
「そんなのより、もっと他の経験豊富なタークスやソルジャーを置け」
「フッ ── ところで、レノ君。見知らぬタークスがよい働きをしていたな。名前は?」
「散弾銃。今日入社した新人です、と。」
「覚えておこう。今後の活躍を期待していると伝えてくれたまえ。では、失礼する。」
ルーファウスは何の助けをするでもなく、通話を終了した。
(この人何のために通話したんだろう)
モニターはまたジュノンの様子に切り替えると、椅子を回転させルーファウスは私に向き直った。
「おやじは無事だ、あんな小言をまだ言えるくらいには、な。……少しは安心したか?」
占拠されていく魔晄キャノン、レノが現れる。
「もしかして、私のため?」
「タークスのやつらにそんなに話をさせてはやれなかったがな」
きっと違う目的もあっただろうが、こういうところがズルい。
「リリカ?」
「ありがとう、大丈夫。また帰ってきたらたくさん話すから」
もう手の震えも止まっていて、落ち着きを取り戻す。
ルーファウスは私を見つめ、一瞬微笑んだ。
「そうか。では、あとお前から何も無ければこれで戻ってくれていいが」
そう言われてハッとする、キョロキョロと周りを見渡し警戒する素振りを見せる。ルーファウスが不思議そうに見つめてくるのが新鮮だ。
「あの……、小さい声でお話した方がいい事なんですけど……」
「何だ、許す」
私は少し戸惑いながらも、隠していたプロトタイプの武器のリークについて尋ねた。
「副社長、プロトタイプの武器のリークについてお聞きしたいのですが……。」
ルーファウスは一瞬黙り込んだ後、深く息をついた。
「副社長……ううん、ルーファウス。なんで君の名前があのリストにあったの?神羅を……潰したいの?」私は彼の真意を知りたくて、問い詰めるように言った。
「あんな事で潰れるわけがない。逆に聞くが、リリカ。──そう思うなら証拠をなぜ隠した?」ルーファウスは冷静に、しかし鋭く問い返した。その言葉は私の心に深く突き刺さった。
「それは……」言葉が詰まり、視線を逸らしてしまう。
「それは?」ルーファウスはさらに問い詰める。その眼差しは冷たくも、何かを期待するようだった。
「……わからない。あの時は、隠さなきゃって思って、ルーファウスが困って欲しくなくて……ごめん、タークス失格だね」私は落ち込みながらも、正直な気持ちを吐露した。
ルーファウスは一瞬だけ柔らかな表情を見せた後、私の頬に手を添え優しく撫でた。その手の温もりに、私は気持ちよさそうに目を細め、その手に擦り寄った。彼の手のひらから伝わる温もりが、私の心の中の不安を少しずつ溶かしていくように感じた。
ルーファウスの手の温もりに、私は少しずつ心を落ち着かせた。その温もりは安心感をもたらし、彼への信頼を再確認させた。
「タークスらしくあることはもちろん大切だ。だが、お前を保護してやれるのは俺だ。……わかるな?」
ルーファウスの声には厳しさと優しさが混じっていた。
「はい、副社長」
こくりと頷き、彼の言葉に従った。
彼の言葉が私の中で反響し、心の奥底に刻み込まれた。
「私はルーファウスの味方だよ」
心の中の不安を押し殺し、私は彼に忠誠を誓った。
「それでいい」
ルーファウスは満足そうに微笑み、手に持っていたチョコレートの一つを取り、私の口元に差し出した。
彼を見つめると目を細める。
「口を開けろ」
彼の言葉に従い、私は口を開けた。
ルーファウスは優しくチョコレートを口に運び、その甘さが広がると、自然と笑顔がこぼれた。
「おいしい!」
チョコレートを味わいながら、喜びが溢れた。
その瞬間、全ての不安が消え去ったように感じた。
「残りはやる。元々プレゼントのつもりだった」
ルーファウスは再び微笑んだ。
「ありがとう、ルーファウス」
私は感謝の気持ちを込めて言った。
彼の優しさに触れる度に、私は彼への忠誠を強く感じた。
「……リリカ」
ルーファウスの声が少し低くなった。
「なあに?」
「裏切ってくれるなよ」
彼の言葉には微かな不安が感じられた。
「そんなことしないよ。私にはルーファウスがくれた場所が好きだから」
私は彼に安心感を与えるように言った。
その言葉に、彼の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
フッと笑みを見せるルーファウス。
彼の内心で何を考えているのかは分からないが、その笑みには安心感があった。
ルーファウスは一瞬だけ考え込むように視線を泳がせた後、計算高い声で言った。
「次の視察の件だが、ジュノンの状況確認も兼ねて行くことにする。君も同行しろ」
「ジュノンですか?でも……先程のこともありますし、まだあの場所は危険ではないでしょうか?」
私は心配そうに問うた。ルーファウスの護衛としての役割を果たすことに不安を感じたからだ。
「それを確認するためにお前を連れて行くんだ。お前がいれば安心だ。どうだ、楽しみか?」
ルーファウスは冷静に、しかし少しだけ柔らかな声で言った。
「はい、副社長。ジュノンの視察、楽しみです」
私は素直に答えた。その言葉に、ルーファウスは満足そうに微笑んだ。(リリカを理解できているのは俺だ)
「それならば、準備を整えろ。出発は明朝だ」
ルーファウスはそう言って、再び仕事に戻った。
エレベーターに乗り込んだ私は、心の中で次の視察のことを考えながらも、ルーファウスの手の温もりと優しさを思い出していた。彼の言葉と笑顔が、私の心を温かく包んでいた。
ルーファウスは再び冷静な表情に戻り、「さて、これで終わりだ。休める時にしっかり休んでおけ」と言った。
「はい、副社長。ありがとうございます」
私は深くお辞儀をし、部屋を後にした。
心の中にはルーファウスへの信頼と感謝が溢れていた。
エレベーターに向かって歩き出すと、心の中に奇妙な感覚が広がった。
ルーファウスの手が頬に触れた時、胸が少し痛むような、でも温かく感じるような感覚があった。
こんなことになっても、ルーファウスなら嫌に感じないのはなぜだろう。
リリカの反応は興味深いものだった。
彼女の忠誠心は明らかだが、それがどこまで続くのかを試すために、わざとリーク元に自分の名前を載せた。
その結果、リリカは証拠を隠すという選択をした。
(リリカの調教は上手くいっている。むしろこちらが何も言わずとも献身的で、都合がいい。)
彼女の反応を見て、ルーファウスは内心で満足感を感じた。
あの時、彼女の頬に手を添えると、リリカは目を細めその手に擦り寄る姿に、一瞬だけ胸の中に奇妙な感覚が広がった。
リリカはただの犬で、駒だ。
それ以下でもなければ、それ以上である必要もない。
(タークスらしくと語った後で、保護してやれるのは俺だといった意味はなんだ。そんなことリリカだって理解している)
自分でも気づかないうちに混じる感情があった。
リリカがこくりと頷く姿を見て、ルーファウスは一瞬だけ心の奥底に温かさを感じた。
彼女の忠誠心は自分にとって大きな意味を持っている。
その一方で、ルーファウスはリリカに対して思うところがあった。