まだ見ぬ君に恋をした
まだ見ぬ君に恋をした
ドキサバ
遅れて参加となった四天宝寺は全員で同じロッジに泊まることとなった。アクシデントにアクシデントが重なったわけだが、部員たちは普段と変わらず騒がしい。
「なぁ謙也。俺、小日向さんに避けられとる気ぃすんねんけど」
「はぁ?そんなん気のせいやろ」
歯磨きを終えた謙也は髪を整えるのに忙しそうだ。
「……、気のせいやないから言うてるんや」
白石は大きくため息をつく。
「なんね?白石がそんなこと気にするとはめずらしかばい」
「好かれんでもええけど嫌われるんは嫌やろ、やっぱ。千歳から見てどうや?謙也ん時と俺ん時態度違う思わん?」
「俺に聞かれてもわからんばい。けどあの子、態度に出すような子だったかね」
千歳の言う通り、つぐみは基本的に控え目で感情を表に出すタイプではない。だからこそ感じてしまう、なんとなく距離を置かれていると。
おそらく救助がくるまでの短期間。限られた場所で限られた人数と過ごすなら、居心地良い方がいいに決まっている。
「ほな嫌われることでもしたんちゃう?」
「心外や。謙也に言われたないわ」
女子には優しくするのがモットー…というか幼少期から叩き込まれた白石にとって、それはないと自信を持って言える。うっかり失言して女子を怒らせる謙也とは違うのだ。
「本人に聞くのが一番やなかと?」
「聞けるわけないやろ。目の前で微妙な反応されたらさすがに立ち直れへんわ」
「…ま、それもそうやね」
「──お、小日向さん」
謙也の声に振り向くと、水を運ぶつぐみが近づいてくるところだった。
「ちょうどよかった…みなさんお水どうぞ。他にも手伝えることがあったら言ってください」
「ああ、白石がなんや手伝ってほしい言うてるで」
「謙也のアホ!人の話聞いとったんか?」
無理につき合わせるのも気まずい。という白石の心など知りもせず謙也が言った。
「わかりました。すぐ行きますか? ……え?なんですか?」
千歳と謙也に同時に顔を覗き込まれて、つぐみは途惑っていた。
「ああ、なんでもないなんでもない!」
「アホや…」
言葉と裏腹な態度で示す謙也を見て、白石は項垂れる。嘘がつけないというか常にオーバーリアクションというか。謙也と内緒話はできない。
「それ、何かあるって言ってるじゃないですか」
つぐみはおもしろそうに笑っている。
そういえば、白石といてあんなふうに笑うこともない気がする。
「あれは仕方なかたい。謙也の特権やね」
千歳も気づいたようで小声で言った。
アホっぽいところがわりと受けたりする。それは白石も認める。女子の前でカッコつけてるつもりの本人だけがわかっていない。
「…白石さん?どうしますか?」
ふいにつぐみが振り向いた。
「あ、ああ…野草採りに行こう思うてるんやけど」
「じゃあ籠を持って来ますね」
竹で編んだという籠はなかなかの出来だ。橘や河村は物を作ることが得意らしい。
つぐみから籠を受け取り、野草がよく生えていそうな山の中を歩く。
「白石さんはぐいぐいくる女の子が苦手なんですよね?」
「え?!そうやけど…いきなりどないしたん?」
「相手が来るのは苦手って言いながら自分はけっこう……」
しっかり握られた手を見ながらつぐみが言う。
「あ、すまん。嫌やった?」
だが藪に覆われた山道は危ないので手は放さない。
「ごめんなさい、嫌というより慣れてなくて、どうしていいかわからないんです」
「ええやん、そのまんまで。慣れてへん方が俺は好みや」
母と姉と妹、かしましい中で育った身としては、奥ゆかしい子に心惹かれる。
その時、近くの茂みがガサガサと揺れた。
「──きゃあ!」
「蛇か?!」
未知の島でどんな生物が出てもおかしくない。
咄嗟につぐみの手を引き、自分の後ろへと隠す。
「せやからそれがあかんっちゅーねん」
しかし現れたのは侑士だった。
「な…なんやねん…なんで君がここにおるんや?まぎらわしい登場しよって…小日向さんが怯えてるやろ」
「たまたまや。自分らと同じとこ探索しとっただけ」
茂みの中から立ち上がった様子は、隠れてこちらを窺っていたようにも思えるが…
「しかも出てくるなりあかんて何の話や?」
「…息をするように口説く」
「口説くて誰がやねん」
「ひょっとして自覚なしなんか?謙也は天然のアホやけど白石は天然のタラシか?」
「女子をエスコートするのは当然やろ。深い意味なんかあらへん」
「ほらな?お嬢ちゃん。思わせぶりしといてこの言い草や。こういうとこが信用できへんのとちゃう?」
「そうですね…」
「いや君も肯定するんかい。ちゅーかやっぱり侑士くん盗み聞きしとったんやな」
「味方のふりしてる忍足さんも変わらないですけど」
「ふりやなく味方や。お嬢ちゃんが誑かされないよう見たってるんやで」
「都合よく調子ええこと言う奴なんか信用でけへんよなぁ?小日向さん」
「そうですね」
「そうですね、て。ほな、お嬢ちゃんは俺と白石どっちを選ぶんや?」
「なんでそないな話になるん?」
とはいうものの、どちらを選ぶか少し気になった。
「…………。私、どちらかというと謙也さんみたいな人がいいです」
「……なんやこの、めっちゃ敗北感。あいつに負けるんは納得いかんわ」
「……どっちか聞いとるのに、謙也の名前出すあたり小日向さんも策士やな」
だが不思議と、謙也と言われて悪い気はしなかった。
出会って間もない彼女が謙也の良さを見ているところに好感が持てた。
白石は、あえて謙也に言わなかった。言えばきっと浮かれて喜んだだろうし、お調子者がその気になってもしかしたら二人の関係は変わっていたかもしれない。それをわかっていて伝えなかった。
何かと従兄弟で張り合う侑士が伝える可能性も低いと思っていた。
そこで自分がつぐみに想いを告げた。
「俺、小日向さんのこと好きになってもうた。謙也とはちゃうけど、君が惚れる男になってみせるから、よかったらつき合ってほしいんや」
好きになるまでの時間より、インスピレーションを優先したのだった。
「避けられてるとか気にしてる時点で、すでに気になってたんじゃなかと?白石にしては珍しかったばいね」
あとから千歳に言われた言葉だ。
「──結局俺が謙也から奪ったようなもんやな」
「ただ私が憧れてただけなのに、奪ったはないでしょ」
つぐみは白石の隣で笑っている。
冬休みになってようやく時間が取れ、つぐみを大阪に呼んだ。つぐみに会いたがる母親を味方につけてしまえば簡単なことだった。白石家には同年代の女の子がいること、母親が大歓迎していることで、つぐみの両親も安心して送り出してくれたそうだ。それにつぐみの父親とは例のサバイバルで面識がある。
「…やっぱり謙也の方がよかったとか思うてへん?」
「思ってません」
「ほんま?」
後ろから抱きしめて囁くと、柔らかいシャンプーの香りがした。
「あたりまえでしょ」
つぐみがくすぐったそうに身じろぐ。
それにしても、あの時つぐみはどうして受け入れてくれたのだろう?
今日まで毎日のように電話していたが、その話はしたことがなかった。
「なぁ。つぐみはあの時なんでOKしてくれたん?」
「ん…?なんでだろう、忘れちゃった」
とぼけられてしまった。
つぐみは意外と頑固なので、聞き出すのは苦労しそうだ。
ならばどうするかというとつぐみが嫌がりそうな方法で言わせようと思う。
2025.11.06
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