とろけだした午後


雰囲気だけエロ風。直接描写なし。
苦手な方はご注意ください














はっと意識が戻ると、麗しの若君に見つめられていた。


「……起きたか」

「寝ちゃった。起こしてくれればいいのに」

「俺もちょっと寝てた」

「そうなの?寝顔見たかったな」

言われてみれば、肘枕からの眼差しはやや寝惚けているような。

「見なくていい」

陽の傾いた窓から射し込む夕日が彼の顔半分を照らしている。けっこうな時間が過ぎてしまったらしい。

「なんだよ?」

「うん、若くん綺麗だなと思って。顔は整ってるし髪つやつやのさらさらだし」

「ばかかお前」

見惚れていると、盛大なため息をつかれた。

「褒めたのに」

「嬉しくないね」

「こういう時は照れないんだね」

「照れる理由がない」

見た目を褒められることに意味などないと言いたげだ。私ならめちゃ喜ぶのに、と内心思いつつ。
それよりはテニスのことを言った方がいいのだろうが、プレイしている姿を見たのはほんの数回ほど。それで褒めたら、たいして知りもしないくせにと怒られるに違いない。

「若くんはほんとに下剋上ばかだよね」

「それを言うならテニスばかだろ」

「どっちにしろテニスが一番ってことでしょ」

「そこは、私を一番に見てって甘えるところじゃないのか?」

「いいの。下剋上に命懸けな若くんが好きだから」

「…ふーん」

「一番がテニス、二番が怪談、三番古武術、四番そろばん」

「は?」

「若くんの頭の中を占めてるものだよ。割合の順ね」

「テニスが一番なのは否定しないが、それ以下がおかしい。怪談話は好きだが趣味だぞ。古武術とそろばんは子供の頃からの習慣だしな」

「…………てことは?」

「フン、とろい顔しやがって」

「とろい顔なんてある?」

「あるんだよ。今のお前の顔がそうだ」

覆いかぶさるように手をついて上から覗き込まれる。


――やっぱり、綺麗だよね。


綺麗以外の表現が見つからない。
正直なところつぐみ自身より綺麗だと思う。実感すると微妙な気持ちにもなるが。

日吉の指先がさらさらとつぐみの髪をすくい、優しく撫でられる。
つぐみがくせ毛を気にしていると知っていて、あえてそうしているのがわかるから、愛されていると思っていいのかな、となんだか泣きたくなってしまう。
照れ屋なのはわかっているが、言葉で伝えられないと不安になる時もある。

「も…もう。なんか心配になってきちゃった」

「何が?」

「学校でもこうやって女子に優しくしてない?」

「するわけないだろ」

「あ、そうだよね。自分では優しくしてるつもりないんだもんね。思わせぶりってやつ、そういうのが一番ひどいよね」

「なんの話なんだよ? 急に機嫌悪くなったり、変な奴だな」

「若くんに言われたくないよ」

「というかなんで俺が責められてるんだ。どうしろって言うんだよ」

言葉とともに脱力したようにつぐみの上に倒れこんできた。首筋にかかるため息がくすぐったい。直に触れる素肌のぬくもりに、ずっとこのままでいたいなんて思ってしまう。

「どうもしなくていいよ。そういう若くんが好きなんだから。ただちょっと、私の知らない学校生活にヤキモチやいただけ」

「ありもしない話でヤキモチとか意味がわからないんだが…」

「若くんは?私と会えない時間のこと気にならないの?」

「別に」

「余裕だね」

つぐみは態度に出しすぎているのだろうか。他の男は目に入らないくらい好き好きオーラ。

「気にしたってどうにもならないだろ」

事実とはいえ冷静に言われてしまうと寂しいような悔しいような。

「そうだけど」

「ったく…しょうがねぇな。一回しか言わないからよく聞いとけ。…俺はお前しか見えてない。だから余計な心配はするな」

「若くん……」

「ばか、しがみつくな!」

「ありがとう」

「単純な奴だ」

「素直と言ってよ」

若くんがそうでも他の女の子が若くんを好きなのも嫌なんだ。ヤキモチってそういうものだよね。
とはさすがに言えなかった。目を合わせないようごまかしているが頬が紅い。恥ずかしいのを我慢して言ってくれた言葉が嬉しくないわけがない。勢いのまま抱きついたつぐみをさりげなく抱き返してくれていることもわかっている。

「…ああ、確かにお前は素直だよ。全部顔に出るからな」

「えっ」

「俺を甘く見るなよ。あんまり納得してないってバレバレなんだよ」

いつ顔を見られたのだろう。わりとチェックしているんだなと変なところで感心する。

「……ごめん」

「謝るな。チッ…情けないから隠しておくつもりだったのに。仕方ない、おしえてやるよ」

頬にそっと唇が触れた。

「余裕なんてあるはずないだろ? ただし俺の場合、ヤキモチとは少し違う。お前はそのうち、もっと優しくていつも傍に居てくれる奴の方がよくなるかもしれない。常にそんなこと思ってる」

「ありえないよ」

「それはこっちのセリフだ。なんだ、さっきの意味不明なヤキモチは。……だが、自分の気持ちには絶対の自信があっても相手のことはわからない。お互い様だ」

「うん…」

「わかったらもう変なヤキモチやくなよ」

「若くんこそ。ひねくれてても、傍に居られなくても、私は若くんが好きなんだからね」

「喜んでいいのかわからない言い方するな。これで三回目だぞ」

「三回も言ったっけ」

「覚えてなくても別にかまわない。俺はしっかり聞いたからな」

めずらしく素直に嬉しそうでなぜか誇らしげな表情を見て、つい余計なことを言いそうになるのを抑え込んだ。
本当はそろそろ帰る支度をしなければならないが、甘い唇はそれを許してくれそうになかった。



20230318



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