あだばなし(徒噺)
学校帰りにつぐみと待ち合わせをした。
練習が終わってからできる限り急いだつもりだった。その分つぐみには学校で時間を潰すよう勧めたのだが、駅前にたどり着くともう到着していた。一人でうろうろされるくらいなら学校の図書室にでも居てもらう方が安心だと思ったのだが。
「若くん」
胸元で手を振っている。氷帝で見慣れていない分、セーラー服がやけに新鮮に映る。というよりつぐみが着ているからだろうか?
練習が終わってからの時間なので少ししか居られないが、遠回りになっても一緒に帰ると思えば悪くない。
「待たせたな」
「今来たところだよ」
「お前より早く来ようと思って急いだんだが、ほんとに今来たのか?」
「うん。きっと想いが通じたんだよ、同じタイミングなんて」
うまいこと言ってごまかされている気もするが、しつこく追及するのも嫌われそうだ。
「まぁ、そういうことにしておいてやるか」
「手ぇつないでもいい?」
「ああ」
答えながらつぐみの手を取る。
「あれっ?」
「なんだよ?」
「はずかしいからやめろって言うと思った」
「たまにはいいだろ」
「まだ時間大丈夫だよね?どこか行く?」
「そうだな…。そこの本屋に行ってもいいか?」
行く場所などどこでもかまわないのだが、時間を考えれば駅のショッピングモールがいいだろう。
「うん、行こう」
本屋の入り口付近は早々に表の電灯がつき始めていて眩しいくらいだ。
「!」
「ど、どうしたの?」
「まずい、こっちだ」
向日と忍足の姿が見えた。つぐみの身体ごと押してトイレの通路の方へ避ける。
「向日さんと忍足さんだ。早いな…俺が帰る時まだ部室にいなかったか?」
向日はともかく忍足は面倒くさい。つぐみを見たら「お嬢ちゃん」などと吐息混じりに、いちいちアダルトな雰囲気を醸し出しながらちょっかいをかけるに決まっている。そして絶対に日吉に絡んでくる。まるで酔っ払いだ。
「なんでまた本屋なんて似合わない場所にいるんだ」
「そう? 本くらい読むでしょ」
「今日欲しくならなくてもいいだろ」
「そんな無茶な。でもなんだかんだいってあの二人といると若くん楽しそうだよね」
「はあ?人をからかって楽しんでるのはあの人たちだけだ」
二人はしばらく何かを探しているようだったが、向日が飽きたようで忍足を促して出ていった。
「行ったか。…悪かったな、隠れたりして。別にお前といるのを見られたくないわけじゃなくてだな」
「うん。冷やかされるのが嫌なんでしょ、わかる」
そう言ってもらえてほっとしたが、つき合っているのを隠したいわけじゃなし堂々としていればよかったとも思う。
「行こう」
今度はつぐみから差し出された手を握ってエスカレーターを昇った。
コミックやら文庫本が積み重なる棚を眺め、何か面白そうな本でも出ていないか一通り確かめる。
「恐怖新聞。若くん好きそうじゃない?」
「もう読んだぞ、貸してやろうか?」
「部屋にあるだけで怖いからいい。そういえばホラーって漫画と小説どっちが好き?」
「文章の方が想像力を掻き立てられて楽しい。しかし漫画なら細かい説明がなくても状況がわかりやすいじゃないか」
「つまりどっちもなのね…」
今日は特に買う気はなかったのだが、つぐみが怖がるから無理やり本をプレゼントしようかな。
あまり怖くないやつ。でもきっと怖がって騒ぐんだろうな。
と悪巧みをしていると、
「ん?」
つい本を選ぶのに夢中になってしまい、気がつくとつぐみの姿がない。今くっついていたと思ったのに。
「おい。つぐみ」
「ん?いいの見つかった?」
棚の向こう側に回ってみると、つぐみはそこで本を眺めていたようだった。
「お前も何か探してるのか?」
「ううん。ずっとくっつかれてると落ち着いて選べないかと思って」
「俺にそんな気を遣うな、それより傍にいろよ」
ほら、と手を差し出すと腕に抱きついてきた。
「そろそろ行こう。また今度にする」
「買わなくていいの?」
「気に入ったのがなかった。次、お前はどこへ行きたい?」
「えー悩むなー。うーん、フルーリーかシェイクか。あでもアイスにしようかな、今だけ食べれるフレーバー。キャラメルチョコチーズケーキとか私のためにあるメニューだよ」
「なんかお前、いつも食い物の店じゃないか?」
「そんなことないよ。今は喉が渇いてるだけ、本屋さんに行くと喉乾かない?」
「そうか?特に感じたことはないが。それよりいいのか?服とかなんとかそういうもの見なくて」
「それは一人で行くからいいよ。それとも、一緒に選んでくれる?私の下着」
「はぁ?!下着だと?!」
びっくりして思わず声が裏返ってしまった。
「冗談だってば。服だよ服」
「ったく。ふざけるのもたいがいにしろ」
「若くんの好みは清楚な服?清楚な服ってどんなの?」
「俺に聞くなよ。わかるわけないだろ」
女子のファッションに詳しくはないが、目立ちすぎず露出しすぎずなら特に問題はない。
「あっ、いいこと考えちゃった。今度お揃いにしようよ、色とか素材とか。同じ服着るのはさすがに恥ずかしいからそういうさりげないのがいい」
「…いや、無理だ。恥ずかしくて一緒に歩けない」
想像だけで恐ろしい。たとえ完全なペアでなくてもきっと人目を引くことだろう。
「じゃあ離れて歩くからいいよ」
「そうまでしてお揃いに何の意味があるんだ。わけのわからないこと言うな」
「残念。ま、いっか。若くんが自分のセンスで選んだ服見る方が楽しいもんね」
「センスとか…。変なハードル上げるな、次何着るか困るだろ」
「いつも通りでいいんだけど。もし困ったら裸でもいいよ」
「そうか。なら家から出られないことになるがいいんだな?」
もちろんお前も裸だ。と暗に言ってみる。
「う…それは困る。一緒に何か食べに行きたいじゃん」
「腹が減ってるのか? さっきから食う話ばっかりだな」
「違うよ」
否定の仕方が若干あやしい感じがするが、あえてつっこまずにおこう。
日吉自身も部活の後で空腹を感じないわけではないが、夕飯の前に食べるなと子供の頃に厳しく言われたせいかたいして欲しいと思わない。
「…まぁいい。で、アイスなのか?シェイクなのか?」
「アイスにする」
「じゃあ行くぞ」
外はすっかり暗くなってしまったが、駅に直結するここは人であふれかえっている。二階のベンチからは下の広場と改札を行き交う様子がよく見える。
「美味しい」
不機嫌とまではいかないがなんとなく重たい雰囲気のつぐみだったが、アイスを食べてやっといつもの調子に戻った。
食いしん坊と思われたくないのか?日吉には乙女心はまだまだ理解できそうにない。
「そいつはよかったな」
「若くんは抹茶しか食べないの?」
「別にそういうわけじゃない。だがあそこへ行くと種類が多くて選ぶのが面倒になる」
「それはある。私はあれもこれも食べたくて迷うけど」
やっぱり食いしん坊なんだな。日吉からすれば可愛いだけだが本人は言われたくないらしい。
「……試しに、それ、味見していいか?」
「うん、美味しいよ。食べて」
と、差し出されたアイスではなくつぐみの唇で味見した。
「――っ?!」
「甘い」
「…」
「そっ、そんな目で俺を見るな!」
そんな半泣きみたいな潤んだ瞳で。
「まさか若くんがこんなところですると思わなかった」
「俺もまったく思わなかった」
「ええっ?!どういうことそれ?」
あの瞬間、ここが人の多い場所だということも何も頭の中になかった。不思議なことに真っ白だった。ただ衝動的にキスをしたくなったのだ。
「お前が…美味そうにアイス食べてる顔見たらしたくなったんだ…」
冷静になるとじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
「…ちょっとびっくりした」
「悪かった」
「嫌って意味じゃないよ?意外だったってだけで」
「それならいいんだが…いやだからこっち見るなって」
うるうるした瞳はやめろ。また衝動的にやらかしてしまうかもしれない。
食べているアイスの味もよくわからなくなってきた。
「もう。じゃあ若くんもこっち見ないでよ」
「ああ」
どうせ今は恥ずかしくて見られないからかまわない。
と、油断した隙を突かれた。他校であろうと部長の言うことはとりあえず頭に入れておくべきだ。
ちゅ、と頬に当たった感触はまぎれもなくつぐみの唇だった。
「!」
反射的に振り向く。
「あっ、見ないでって言ったのに!」
見るとつぐみの顔も紅かった。可愛…じゃなくて、
「いや見るだろ今のは」
「…さっきのお返し」
「俺は別に驚かないけどな」
「驚かせるのが目的じゃないもん。私が、ただしたかっただけ」
また負けた。つぐみの方が喜ばせ上手なのか。
だがなんと幸福感に満ちあふれた敗北なのだろう。
これなら、下剋上はとうぶんしなくていい。
日吉が考えていることなど知らず、つぐみは可愛いらしく笑っている。
20230330
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