愛しさに惑う

愛しさに惑う




未登録の番号から電話がかかってきた。別にめずらしいことでもなく、いつものように無視しようとしたが、日吉を思い出してボタンを押した。もしかしたらという期待だった。

『…もしもし?』

初めて聞く電話越しの声。その瞬間、心臓が跳ね上がった。
合宿が終わって3ヶ月、声を聴いて会いたい気持ちが押し寄せてくる。

「はい」

「財前か?」

「そやけど」

「日吉若です」

「ああ…」

不愛想でぶっきらぼうだが礼儀正しい。日吉の様子が目に浮かび、ひどく懐かしく思える。

「…今大丈夫か?」

「ちょうど暇しててん。いきなりどないしたん?」

「いや…まぁ、電話番号の紙が出てきたからなんとなく」

電話しないと言っていたのに。目の前に居るならからかうこともできたが、切られたら困るので今は野暮は言わない。

「元気しとった?」

「ああ。跡部さんを討ち取るには気を抜いてる暇なんてない」

「…なんや物騒な話になっとるけど」

戦でも始まりそうな勢いだ。本人はあくまでも本気なところが笑いを誘う。

「次期部長として情けないところは見せられないからな」

下剋上に向けて抜かりないようだ。日吉は次期部長を自ら志願しているが、財前はそれとなく匂わせてくる先輩たちを拒み続けている。面倒くさいことは極力したくなかった。

「お前は?」

「俺はなんも変わらんよ」

「相変わらず冷めてるのか。いいかげん観念して、今から部長の心構えを学んでおいた方がいいんじゃないか?」

「なんでやねん。俺は部長とかやる気あらへんわ」

「無駄な抵抗だな、財前しかいないんだから。来年大会で会うの楽しみにしてるぞ」

自分でもわかってはいるが、素直に受け入れたくないだけだ。だが日吉に楽しみなどと言われると単純ながら悪くない気がしてきた。部長として試合をするのはおもしろそうだ。

「まぁええわ」

白石の代わりに自分が、そして跡部の代わりに日吉が。部を率いて立つ姿を想像すると違和感がある。あたりまえとなる日がくるのだろうか?ぼんやり思っていると日吉の声に引き戻された。

「あのな…、」

「ん?」

「強制的にラインに登録させられたんだ。部の連絡に使うって」

「へぇ〜、ええやん。そしたら俺の番号追加してや」

「わかった。ちょっと待っててくれ」

「ああ、ビデオ通話やで」

しばらくして、日吉の姿が映し出された。

「…………」

変わらない。たった数ヶ月で変わるはずもないが、なんとなく安心する。

「…寝起きか?」

日吉に言われて思い出した。今日は休日だが部活もなく、出かける用もないので部屋着で髪もセットしなかった。整髪料をつけていないのでかなりボサボサだ。

「今2時やん、さすがにないわ」

財前は電話を受けた時の体勢のまま寝転がっているが、日吉は机に向かってきちんと座っているようだ。性格が出ている、と思う。おそらく自室だろう。背後に壁と背の低い箪笥が見える。

「合宿の時でもそんな寝起き頭見なかったな」

「そら気をつけてたからや」

「ふーん?女子の前でカッコつけたがる奴は知ってるけど、男しかいないのに?」

「見られたないねん。お前の髪じゃ、この苦労わからんやろなぁ」

くせ毛に近い髪質は整えるのが大変で、何もしなくても綺麗な直毛だろう日吉が羨ましい限りだ。

「ふん。その代わりパーマもかからないだろうけどな」

「てかそんな綺麗な髪にパーマとかいらんわ」

「例え話だ。大人になってもずっと同じ髪型のままだったら嫌だなぁと思って」

日吉は日吉で悩みがあるらしい。しかしだいぶ先のことまで気にしていて可笑しくなった。

「合宿が懐かしいわ」

合宿なら毎日こうして日吉が笑わせてくれたのに。
財前は自他ともに認めるドライ気質だが、常に笑いを取ろうとする先輩に囲まれているせいか、日吉の狙っていないボケが素直に可笑しく感じる。

「懐かしいってまだ3ヶ月前だろ」

「嫌々行ったものの、悪くなかったっちゅーことや。……ちょお、飲み物取ってきてええ?」

「なら俺も何か持ってくる」

財前は家の中が映らないようカメラをオフにしようとしたが、日吉はあまり慣れていないのか携帯を立てかけたまま部屋を出たらしい。
壁と箪笥が見える。日吉の陰に隠れて見えなかった、箪笥の上の花瓶のようなもの…グラスキャンドルだろうか。それを見た瞬間、鳳からのプレゼントだとわかってしまった。言ってはなんだが日吉の趣味に合わない気がするのだ。
柄にもなく浮かれていた気分が少しだけ萎えた。
冷蔵庫からコーラを出して部屋に戻ると、日吉も戻ってきたところだった。

「なに、それ?」

「ぬれせんべいと緑茶。俺の好物だ」

湯呑とせんべいの乗った皿。そういえば切原が、じじくさいとかなんとか言っていたような。こういう好みからしてもキャンドルは違うと思う。

「ぬれせんべいうまい?」

「俺は好きだが、湿気てるなんて言う人もいるから万人受けしないだろうな。合宿の時に聞いてくれればあげられたのに」

「ほな次会う時もらうわ。…ところで、あいつとはうまくやってるん?」

「なんだよいきなり。別にどうでもいいだろ」

「いや…、後ろのキャンドルってプレゼントちゃう?」

すると日吉は驚いた顔をして湯呑を置いた。

「よくわかったな」

「やっぱりな。日吉の趣味やないやろ?」

「…プレゼントは気持ちだ」

「気持ちやからこそ相手のこと考えるんちゃうん。てかつき合いの浅い俺がわかること、あいつがわからんてどないやねん」

「いちいち細かいこと言うな、切るぞ」

牽制ではなく本当に切られた。鳳の話題を避けたい日吉に逃げるきっかけを与えてしまった。
だが一度登録してしまえばこちらのもの。トークが使えるのだ。

『久しぶりに顔見れて嬉しかった』

『もっと電話したかった』

打っていて恥ずかしくなった。口にはできないのに、文字にするとすらすら言葉が出てくるのはなぜだろう。
返信はないが既読がついているのが日吉らしいような気がして笑いが浮かぶ。

『なぁ』

『これからはラインしてもええってことやんな』

『ほな、またな』




2026.01.02



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