33白鯨の家


鳥さんたちの案内で無事に白ひげさんの船へと戻った私は、甲板に集まっていた人達にろくに挨拶もせず船内を目指して走った。

途中、エースさんが駆け寄ってきたが今はそれよりもサッチさんだ!と船内に入り片っ端から医療フロアの病室をワープしまくり、サッチさんの部屋にたどり着いた。

ヒュンッと突然現れた私に「うぉあっ」と驚きの声をあげたのはマッドサイエンティストのドクターだった。

「お!?おお!嬢ちゃんじゃねぇか!」
「先生!!サッチさん!サッチさんは!?」

「…なまえ…ちゃん、か…?」

先生に詰め寄りサッチさんの事を食い気味に聞けば、閉められたカーテンの向こうからか細い声でサッチさんの声が聞こえ、バッと勢いよくカーテンを開けてベットに横たわるサッチさんを見た瞬間、涙が溢れて止まらなかった。


「…っ…っ…!サッヂさん…っぅああああんっっ!!」
「なまえちゃん…っ無事で…っよかった…!」
守れなくてごめんなさい…っ!!と私はサッチさんの手を取り、その手に頬を擦り付けながらひたすら謝った。

「わだじ…っ逃しちゃった…っっ、ティーチさん…っうぅっ…実も取られちゃって…っっごめんなさいっ、ごめんなさいっ…」

「っ…いいんだっ、そんな事どうでもいい…っ!俺は、っ目が覚めた時、なまえちゃんが居なくなったって聞いた時は…っ生きた心地がしなかった…っ!!」

グスグスと泣き崩れる私に、サッチさんも目に涙をためて気にするな、と頭を撫でてくれた。

そんな所にマルコさんやエースさんもやって来てマルコさんは私にサッチさんの安否が確認できて安心しているのはわかるが、あまりサッチさんを困らせるな。と苦笑いしながら私の腕を掴んで立たせてくれて。

エースさんが側にあった丸椅子を引いて私を座らせてくれた。

「ぅぐっ、ぐずっ…先生、サッチさんの容態は…?」

「んあ、嬢ちゃんも知っての通り腹に風穴1つ。それと剣に毒が塗られててな…まだ一部の神経が麻痺している状況だな…」

毒…と驚き、ティーチさんはやはり最初から殺す気で悪魔の実をサッチさんから奪うつもりだったんだ…!!と改めて怒りが湧いてきた。

「まぁー。しかし嬢ちゃんも大胆というか…乱暴というか…どこで覚えたんだか…。傷口を焼いて止血したのは、ある意味賢明な判断だったよ」
オペの時大変だったがな!と先生に背をバシバシと叩かれるのをうずくまり黙って受ける私にエースさんが「お、おい、大丈夫か?」と心配そうに問いかけてきた。


「…先生、サッチさんの今の体力は…?」
「ん?ああ、んー。今日意識を取り戻したばかりなんだ、一応点滴は打ってあるが…傷も傷だしまだ身体は動かせねぇ。ご覧の通り、声すら弱々しいからなぁー。」

「…点滴は、栄養点滴?」
「と、炎症とか毒に侵された神経修復する系の奴だ。5日も寝っぱなしだったから栄養補給はしこたまぶち込んだ、が。それがどうした…?」

先生の話を聞く限り、一気には無理かな…と考えを巡らせながら私はおもむろに立ち上がり、
「サッチさん、ちょっとごめんなさい」
と、お布団をめくり検査着のような上着の紐で結ばれた合わせをほどき、お腹に巻かれた包帯をほどきにかかった。

「お、おい嬢ちゃん、何して…!」
「なまえ、ちゃん…?ええ?」

「大丈夫です、今から少し治療します。本当は一気に治してあげたいんですけど…体力奪っちゃうので。そうですね…サッチさんの体力状況を見て5日もあれば完治できます。」

え?え?と疑問を浮かべるみなさんを尻目に私はサッチさんの包帯をほどき、お腹に貼られたガーゼをゆっくりと剥がした。

縫合された手術痕と、私が焼いてしまった火傷の跡が痛々しくて思わずポロリとまた泣いてしまった。

「今日は、ひとまず…この火傷を治しちゃいますね…。雑に焼いてしまってごめんなさい…」

そっと、痛々しい傷に顔を寄せれば慌てたようにサッチさんが私の名を呼び、先生やマルコさんが慌てて私を止めに入る。

「大丈夫です、信じてください。私の個性で傷を癒せますから…。それと…少し恥ずかしいので…あまり見ないで…。」

そう言って、私はサッチさんの傷口に唇を寄せた。

治癒の個性、対象者の体内機能を活性化させて怪我を治療させる個性。
ただし患者の体力を消耗してしまう為、あまりにも大きな怪我は一気に治そうとすれば体力が消耗しきってしまい、逆に命に関わってしまう為。その際は数日かけての治療になる。

ちゅ、ちゅ、とサッチさんの傷を癒していけばエースさんがゴクリと唾を飲むのが聞こえた。

「…んっ、恥ずかしいから…見ないでくださいって…っ」

(((いや、それは反則だろ…)))

「嬢ちゃん、おまえ、エロいな」










「っはぁ、とりあえず今日はこんなもんですかね!」

マルコさんが渡してくれた濡れ布巾で口元をぬぐい、サッチさんの傷を見やる。

「す、すげえ…!火傷の跡が跡形もなく消えちまった!」
「明日は様子を見つつ、先生と相談をして内臓の修復をしましょう!」

そう言ってサッチさんを見やれば随分ぐったりした様子で「…精魂絞り尽くされた……っ」と言った。

おい、その言い方やめろ。

「なまえ…俺も、ちゅーしたい。」
「いや、おめぇは何盛ってんだよ駄犬」
そう言ってエースさんを睨みつければサッチだけずるい…と口を尖らせた。それ、可愛くねぇからやめろ?


「まぁ、なんだ…この分ならサッチの容体もすぐ良くなりそうだねい」

マルコさんがサッチさんに点滴を刺しながら安心したように頬を緩ませた。

治癒のおかげで火傷はひとまず良くなったが、サッチさんは疲労ですごく眠そうだ…
静かに寝かせてあげよう、と私達は病室を出る事にして、慌しく帰ってきた為碌に皆さんに挨拶出来ていなかった事を思い出してとりあえず白ひげさんに顔を出す事にした。

それと、これからの事を話さなければならない。
丁度、サッチさんの事と。ティーチさんの事。
そしてあの日、何があったのかを詳しく報告する義務もあるので、船員のみなさんも一堂に会する事ができる大広間へと、私達は足を進めた。










大広間に入れば、白ひげさんや、16隊隊長の皆さん。
そして船員の方も全員では無いが、そこそこな人数が集まっていた。
恐らく隊長さんの次に身分のある方達だろう。

「グラララ、帰ったか!このじゃじゃ馬娘が」

「白ひげさん…ごめんなさい。大変お騒がせしてしまって…」
「まぁ…なんだ、サッチは怪我はしたが無事だと聞いた。なに、過ぎちまったことは仕方がねぇ…だがな、おてんば娘よ。しっかりと説明はして貰うぜ?」

はい、ごもっともです…と深く、長く、頭を下げてから「あの日…」と話を切り出した。










「…って、ことは…何だ、サッチが悪魔の実を手に入れた日、偶々ティーチと触れた時に未来が視えてティーチの犯行を確信したってわけかよい?」

「はい、私の視た未来では…サッチさんは助かりませんでした…」

「で…、その未来を変えようと、1人ティーチの先回りをして説得を試みようとしたが、ティーチは逃走し、実は取れちまったわけかい?」

「…何で、僕たちに言ってくれなかったんだよ!そんな大事なこと!!」

イゾウさんと、ハルタさんが言っている事はごもっともだった。でも…

「…私が、”ティーチさんが今夜サッチさんを殺害して実を奪おうとしている”と、言ったところで…皆さんは信じてくれましたか…?」


ザワザワとしていた室内が、グッと押し黙るように静かになった。

「私は、ココへ来てたった数週間の皆さんとの関わり…方やティーチさんは20年近くもこの船に居たという点を踏まえれば、私が皆さんに報告したところで信じてもらえないと思い、1人で対処しようとしました。
…結果、サッチさんには大怪我をさせてしまい…ティーチさんは逃亡。悪魔の実は強奪…。
私も数日間行方不明となり、皆さんには大変なご迷惑をお掛けしました…っ、本当にっ…力及ばず…っっ、ごめんなさい…っっ」

ガバッと、その場で跪き、頭を床につけ白ひげさんや皆さんに謝罪をした。

シン…と静まり返る室内にガタリと響いたのは、白ひげさんが立ち上がり私へと近寄ってくる音だった。

白ひげさんは、頭を下げ続ける私をそっと起き上がらせて
「…俺ァ、女にこんな事させる趣味はねぇ。」と、ゆっくり私を抱き上げたかと思えば優しく私を抱きしめて、口を開いた。

「バカタレが…お前はサッチを救ったじゃねぇか…愛する息子を、助けてくれて…有難うなァ…ッッ」
「…っ白、ひげ…さんっ…っっ」

私はこの時、何故…皆さんがこの人の事を”オヤジ “と呼び、慕い、尽くすのか。その気持ちが分かった気がした。

この人は、とても、とても暖かく…そして偉大な人だ。

お父さんが、居たら…こんな感じだったのかな…と、居ない両親の存在に白ひげさんを重ね、涙を流した。



「なまえよい、この船では仲間殺しは鉄の掟で許される事じゃねぇ。
だがサッチは怪我はしたものの一命は取り留めた、しかしティーチが裏切った事には変わりねぇ…ティーチはこれから追えばいい。お前が全てを気に病む事じゃねぇよい。」

「マルコよ…その事だがなァ…俺ァ妙に胸騒ぎがする…何か嫌な予感がしてならねぇ。
ティーチの制裁は…この件は特例で構わねェからオメェ達も深入りするな。」

「……!!!オヤジ!!!でも!!これじゃあサッチが浮かばれねぇよ!!!落とし前は付けさせるべきだ!ティーチは俺の隊の奴だ!俺の部下だった!!!俺が探し出してその首を連れ帰ってくる!」

「落ち着け!エース!!!オヤジは今回は特例だって言ってんだ!」
「みすみす野放しにしとけってのか!!!マルコ!!」

そういうわけじゃねぇだろうが!!とエースさんとマルコさん達数名の隊長さんが言い争いを初めてしまい、ああこりゃまずい!”あの事も”報告してないのに!と慌ててエースさんの量頬を鷲掴み「エースさん、落ち着いて?ね?」と窘めれば鼻息荒くしつつもとりあえず今にも飛び出して行きそうな勢いだったのを落ち着かせる事に成功した。

「…でもよぉ、なまえ…」
「エースさんの気持ちもわかります、しかし今は冷静にならないと…!」

私も、嫌な胸騒ぎはティーチさんの未来を見てしまった時から感じていた。

サッチさんを殺害し、逃走したのち。
どこかの島で誰かに言ったあの、この船に乗っていたのはずっとこの”ヤミヤミの実”を探し求めていたからだ!というシーン。

そして、この世界に来て間も無くに見た不思議な夢…。
夢で見た、拘束され…捕まるエースさんと…それを助け出そうとする白ひげの皆さん。
それを阻む白い制服の人たち…。

パチパチと、パズルのピースがはまっていく感じがした。



「あの、私に…ティーチさんを追わせて下さい」

落とし前は、私が付けてきます。

「…なまえ、おまえ…何言って…」

「私には、ティーチさんの居場所が分かる術があります。仲間殺しは鉄の掟としてこの船では最大のタブー。
幸いにも、サッチさんは一命を取り留めましたが…ティーチさんのした事は決して許される事の無い行為。ティーチさんの上に立つ立場として、エースさんが仰る事も理解できますが。そもそもは全てを知っていたのに防ぐ事が出来なかった私の責任でもあります。」

「…じゃじゃ馬娘が、てめぇ自分が何言ってんのかわかってんだろうな」
「白ひげさん…私には、皆さんに“恩”があります。その恩を、返させては頂けませんか…?」

それに…。と続けて私は白ひげさんの目を真っ直ぐと見つめながら
「私は、私の信念に誓って…海賊にはなれませんが…仲間に。とは言いません、でも…叶う事なら…ココを、この白ひげさん達が居る、この場所を…私の帰る“家”に…この世界での私の居場所に、厚かましいお願いですが…“家族“に、なりたいんです…私は皆さんが羨ましくて堪らない…っ」

そんな素敵な場所を裏切り踏みにじったティーチさんが許せない…!
だから、どうか…どうか…そう白ひげさんへ訴えれば

「…っ!やっと!帰ってきたばかりじゃないか!」
カツカツとハルタさんが私に近寄ってきて胸ぐらを掴み切羽詰まった表情で私に言った

「この数日間、僕たちがどれだけアンタの事を探したと思ってる!どんな思いで!それなのにアンタはちゃっかりと帰ってきちゃうし!帰ってきたと思ったら勝手に責任感じて一人で落とし前つけに行く?っは!なにそれ!ウチにはねぇ、なまえ!お前がしゃしゃり出るのを放っておけるほど腑抜けた兄弟は居ないよ!っとに…手のかかる…っ末の妹を、持つと…っ!!苦労するよ!!!バカ!!!!」

「っ…ハルタさん…っっ」

「なまえよい…お前は、確かに力がある。能力も計り知れねえくらいの物をもっちゃいるがな…忘れちゃ、いけねぇよ…お前は1人の女だ、俺達の、手のかかるとんでもねぇじゃじゃ馬な、妹を…誰が、この広ェ海に放り出すと思うか?」

そうだそうだ!とクルーの皆さんも私に駆け寄ってきて、あっという間に人の壁で囲まれてしまった。

「そもそも嬢ちゃんすぐ迷子になんだろ!」
「そうだぜ!俺ァ心配で夜も眠れなくなっちまう!」
「血ィ吐いて倒れちまったらどうすんだ!気が気じゃねぇぞ!」

「み、皆さん…っ」

「なぁ、なまえ…お前が、どうしても行くってんなら…俺も一緒に行く…俺は、お前ともう2度と離れたくねぇ、この数日間…どんな思いで…っもうこんな思いはしたくねぇんだ…」

「エース…さん…」

「グラララ!いつの間にかこんなにたらし込みやがって!なあ、なまえよ。
俺ァ、もう“娘”だ、って思って居たんだがなぁ…?」

「…っ!!白…っオヤジ、さん…っ!!!」

グララララ!!とオヤジさんが笑えば、エースさんを皮切りに周りにいた皆さんが押しくらまんじゅうの如く私にぎゅうぎゅうと押し寄せてきて。
鼻水なのか、涙なのか、汗なのか…とりあえずもうぐしゃぐしゃのめちゃくちゃになってしまって、息苦しいし、むさ苦しいけど…どうしようもなく、それが嬉しくて堪らなかった。

ずっと、ずっと焦がれて来た“家族”という存在が…まさか異世界で出来てしまうなんて…。

嬉しい、嬉しい…。

ああ、だからこそ…。




目に宿るは決意の光

私には、やらなければいけない事がある。