59炎に手を。


はじめましての時、真っ先に迷うことなく私をぶん殴りに来たのがあなたで。

私のこの…世界を貶めると言われた個性に、楽しそうにあれは出来るか、これは出来るか、とキラキラした目で私を見たあなた。

皆が警戒する中、あなただけは私に居場所を作ろうと必死になってて…。

家族に、なろう。って、お日様のように笑ったあなた。

むずかゆくて、こそばゆくて、もやもやして、素直になれない私に。ただ、真っすぐと…「愛してる」って…。
痛いくらいにそれをぶつけて来ては、あなたも愛に飢えていて。

この人、私とおんなじなんだ。って気づいた。

私を愛してくれた人は、みんな死んじゃった。
記憶に残ってすらいないお父さんも、お母さんも…私をたった数年間育ててくれたばーちゃんも、みんな私を置いて。あの辛くて、苦しい世界に独りぼっちになった。

でも、何の運命か…私はこの世界に呼ばれて、私、ヒーローなのに、海賊の家族が出来ちゃった。

そして、一晩だけの嘘っぱちの愛じゃない。本当の、愛をくれる人と…出会ったの。







「エースさん、エース、えーす。すき、だいすき。」
「なまえ、おれも、すげぇ好き、愛してるなまえ、」
「わたしも、あ、ああいして、る」

口に出すとなんだか恥ずかしくて、もにゃもにゃと口ごもる私にエースさんは優しく笑った。
ぎゅうって、いつも力強く抱きしめてくれる両腕に。いつまでも包まれていたいって思った。

ああ、わたし、今凄く贅沢だ。
贅沢で、幸せだ。

エースさんは、多分…何となくわかってたんだと思う。
私がいつか、元の世界に戻る日が来るかもしれないからって…「愛してる」って言ってくれるエースさんに、いつもうまく答えられなくて、はぐらかして、身体を許す私に。たまに、ほんの一瞬だけど、凄く悲しそうな顔をするエースさんに…罪悪感で押しつぶされそうになってた。

夜、私がもう元の世界に帰れない事をエースさんに話した。

彼は何をする訳でも無く、私を抱きしめながら話を聞いていた。

彼は、神様とか信じないけど、今回ばかりは感謝しないとな!って言ってて、私はそれに何で?と聞けば。

「なまえをこの世界に攫ってきてくれたから」…だって、超笑顔で言ったの。ずるくない?

そしてとどめはこの一言。


「なまえ、生まれて来てくれてありがとう」

無理だったよね、めっちゃ泣いたもん。

ああ、わたし、生まれてくるの、間違ってなかったんだ。って、嬉しいはずなのに、すっごく苦しかったもん。

人って、嬉しさ極まると苦しいんだ…って初めて知ったわ。


あーあー、わたし、もっと。もーーっと、早くにエースさんと出会いたかったな。
出会っていなかった時間がめっちゃ、無駄にしたーー!!って思うもん。

いやぁ、すごいね!誰かを好きになって、愛してもらって、愛してくれて、すごいね!だってさ、こんなにも世界がきらきらって、めーっちゃ眩しくて…眩しくて……目を、瞑ってしまいたくなる…。

ずっと、この幸せなまま…微睡んでいたくなるんだもん…。











「若ェ衆は下がってろい。身が持たねェぞい」

そう言ったマルコさんの言葉を皮切りに、ドサドサと甲板にいたクルーの人達が白目をむいて倒れて行く。
私はその“覇気”といわれるものを肌にビリビリと感じながら、達隊長さん達のならびに身を置いて、マルコさんが腰掛けている手摺の隣に私も腰掛けている。



あの日、エースさんに思いを告げれたあの日。
とても、最高に幸せを噛みしめて…そして、翌朝。名残惜しさに人知れず涙した。

「モビーで待っててくれ」

その言葉を胸に私はモビーちゃんへと一足先に帰って来た。
自分の世界には帰れないと判明した事と…
オヤジさん達にティーチさんの居場所が判明した事、そしてエースさんが向かって行った事を伝えれば。
オヤジさんは少しの間沈黙した後、「もう……後戻りはできねぇか、」、とつぶやいた。
私は、これから現実に成り得るであろう…あの夢を思い出し、唇を噛みしめ…覚悟を刻み込む。


絶対に、誰も…死なせない…。って。





「失礼、敵船に付き…少々威嚇した」

っはーー、“少々”ねぇーー。

覇気をまき散らしながらオヤジさんへと対峙する赤髪さんに、じとーーっとした眼差しを向ければ。
その視線に気が付いたのか、ふと、視線がかち合った。

「…おや…君は…」
「やっほー、赤髪さぁん。ごぶさた」

へらり、と笑って手を振る私に、その場にいた人達が一斉にシュバババ!!ってこっちを見た。え、怖いんだけど。

「よ、よよい!?なまえ!オメェ赤髪と…っええ!?」
「(よよい?)あ、うん。ちょっとねー、うちの御贔屓さん」へへ、って笑えば何人か白目向いて倒れた。

「こりゃぁ、驚いた。まさかメモリーちゃんが白ひげにいるたぁなぁ!そりぁ、俺がいくら口説いても振られるわけだ!あっはっは!」

「グラララ!…小僧、俺の娘に手ェだすんじゃねぇぞ…?嫁入り先ァ、もう決まってんだからよぉ」

「ははは…そりゃぁ残念だなぁ…。白ひげ…まぁ、なんだ。療治の水を持参した。戦闘の意思はない。話し合いたいことがあるんだ」

そう言った赤髪さんに、オヤジさんは「覇気を剥き出しにした男の言い草かバカヤロウ」と笑って言った。

クルーの皆が見守る中、オヤジさんと赤髪さんは昔話に花を咲かせるかの様に談笑(めっちゃピリついてたけど)をしていたと思えば、赤髪さんが“新しい時代の為にも。”と本題を切り出した。


「白ひげ、おれは色んな戦いを越えて数々の傷を負ってきたが、今疼くのは、この傷だ!!」

そう言って、赤髪さんは己の左目…その鋭い爪で引き裂かれたような痕を指さした。

「おれにこの傷を負わせたのはお前んとこの・・・"黒ひげ"ティーチだ!
おれは油断などしていなかった。おれが言いたいことがわかるか!?"白ひげ"!!
あいつはじっと機を待ってた。隊長の座にもつかず、名を上げず、自分を隠し今まで"白ひげ"というデカイ名の影に潜んでいたんだ!そして"力"を得て動き出した。最終的には頂点を狙って来るぞ。自分の意志で!いずれお前の座をも奪いに来る!!!」


気迫めいた、その言葉に。オヤジさんはただ、静かに「俺にどうしろってんだ?それが、本題だろう」って赤髪さんを促す様に問い立てれば、赤髪さんはエースさんを止めてくれ。と言った。

…今はまだ、あの二人を。ぶつける時では無い。…と。

私はオヤジさん達を見つめながら、グッと拳を握りしめた。

「(…やっぱり…私が白黒つけるべきだった…っ、でも、っそんな事…っきっとエースさんは…)」

きっと、エースさんは…許してくれない。


グラララ!!!!、って、大気が揺れる様なオヤジさんの笑い声が耳に響く。

ティーチさんは、ティーチさんの罪は…この船で最もやってはならない“仲間殺し”。
結果的に、サッチさんの一命は私というイレギュラーが介入したことによって取り留めたけれども、起きてしまった事をも消し去れるほど。この船は甘くない。

仁義を欠いてしまったら、この人の世は渡っちゃいけない。…と、オヤジさんは言う。
ティーチさんに、教えてやるのが俺の責任だ、って。

オヤジさんの、その言葉を皮切りに赤髪さんとオヤジさん、双方が獲物を抜いた。

ドッッっと、船に緊張が走り…私は飛び出して行きそうなのを隣のマルコさんが険しい顔で肩を掴み「おめぇが出て行く事じゃねぇ。」、と静かに窘められた。


「誰にも止められなくなるぞ!この暴走する時代を!!」

「恐れるに足らん!!おれァ“白ひげ”だ!!!」


ドォオンッッ!!


ぶつかり合った、二人の刃に。空が、割れた。




「話は決別だね」

ぽそり、と私は小さくもらして皆が静かに見守る中、その場を後にした。






エースさんが、バロナ島にて。ティーチさんに敗れる事になったのは。それから間もない事だった…。









「…ばっちゃん、私…未だに。なんでこの世界に呼ばれたか…分からないよ。」

新聞を握りしめる手に力がこもりすぎて、震えが止まらない。

「お嬢………」

「…っ、………っぁ、エースさんってさぁっ…ちょー、嘘つきだよねぇっ、。……ぅぐっ、船でぇっ、待っててって、言ったのに…っ、飛び出してっちゃうしぃっ…ッッ、帰ってっ!来るからぁって!!!言ったのに…ぃ…っ、」


帰って、来なかったじゃない…っ!!!


泣き崩れる私を、ばっちゃんが優しく包んでくれる。

エースさんの香りが…薄れてしまった。エースさんの居ない部屋。
エースさんの、温もりが無くて…冷たいベット。


ドンドン、と連日叩かれるドアには“施錠”の個性で固く閉ざされている。
別に、蹴破って入ればいいものを。わざわざ私が出てくるのを待っているのは、多分皆の優しさ。

先日世界中に広まった “火拳のエース、インペルダウンへ投獄” のニュースは、沢山の人達に衝撃をもたらした。


「なまえちゃんっ、頼むっ、頼むから!!ココ開けてくれ!せめてなんか食わねぇと…っ!頼むよっなまえちゃん!!」

ドンドンとサッチさんがドアを叩く。

「…なまえ、オメェは。今ここでめそめそ泣いてる場合ちゃうやろ…?」
「ッッわかってるよ!!!そんなこと!!!!!!!でもっ!!!でもぉ…っ!!」

現実が、苦しすぎた…。
キラキラと、貴方の色を燃やすのは。私のピアスだけだ。













「…これはこれは、王よ…なに、ワシらは存じておりますぞ…。いつの時代、人間も…動物も…愛とは、尊い物じゃのぉ、ほっほっほ」

さんさんと降り注ぐ太陽の熱。
じりじりと肌を焼く日差しの下、ここはかつて私が流れ着いた無人島。

そして、この腕輪を手にした場所。



“ちょっと、出てきます。大丈夫、必ず帰りますから心配しないで。”

そう、エースさんの部屋に書置きを残して私はこの島へとワープゲートをくぐってモビーちゃんを出た。

泣いて、泣いて、散々泣いた後に残ったのは凄く冷たい自分の身体。

ああ、エースさんの腕に抱かれて、暖かなそこにずっと微睡んでいたい…。でも、あなたは今、居ない…。



「長老さん…そして動物さん達、みんな…ひさしぶり。」

「おうさま!ああぁ!なんとおいたわしや!!わたくしめにも、そのいたみがっ…ひしひしとつたわりますぞ!」
「我らが王の御心を憂わす物、断じて赦せぬ。この怒り、何処へぶつければよいというのだ!!!」

ガルルルルルッ、と地を這うような唸りを上げる虎さんやライオンさん達。

その小さなおめめいっぱいに涙を溜めて私を見つめる小動物さん達。

「…王様ぁ、おらぁ…出来損ないのゴリラだがさぁ…一緒に戦うだぁ、」
「ゴリラさん…ありがとう、そして、あなたは出来損ないなんかじゃないよ?立派な身体で、とても優しい心を持っているじゃない、…ふふ、お猿さん達の教育が良かったのかしら?」

へへ、と、照れる様に頭を掻いたゴリラさんが私に身を寄せて。ぴと、ってくっ付いてきた。
お猿さんも、リスさんも、虎さんも熊さんも、大きい子から小さな子まで。

皆に囲まれて、そのもふもふな身体が私を包み込むように私はこの子たちの身体に身を沈めた。



「………強く、なんなきゃ。なぁ…」

「………おうさまは、もうじゅうぶん…おつよいかたです。」
「ほっほっほ、我らが王は…どうやらとても欲深いようじゃのぉ。一滴も、零すことなく。全てを救い上げようとしておる…。なんと、慈悲に満ちた御心じゃ…」


やめてよ、わたし、そんな崇められるような人間じゃないよ…。
ただ、自分の暖かな場所を…守りたいだけ。


その為だけに、この世界の “正義” と、対峙しようとしている。

私は、私の正義を貫いて、この世界にとっての “悪” になろうとしている。

「高貴な御身…貴方様の爪一欠け…御髪一本たりとも、賊の手には触れさせぬ。我らが盾となり、牙となり。貴方様と共に戦いましょうぞ」

「ばか、皆が傷つくの。私許さないんだからね…。でも、すごく、心強いね。」



正義を貫く先は、修羅。

更に向こうへ、と行く先に。何がある?


「私、ちょっと。この世界にケンカ売らなきゃダメみたい。」


目に宿るは決意の黄金の光。

従えるはこの世界の百獣。



「私のエースさん、返してもらわなきゃ。ね?」






嘘つきには、お仕置きしゃなきゃね?