64世界を燃やしたお稲荷様
赤犬さんが、オヤジさんを貶す様なことを口々に言う。
それが挑発だなんてすぐに分かったから、じゃぁ、私一人にこんな戦場かき回される海軍も海軍だな、と赤犬さんを鼻で笑い飛ばせば私を始末しようと拳が飛んで来た。
衝撃吸収で何ともなるし、食らったところで私の身体はまだ再生できる。
ちょっと、ちょっと、ほんの一瞬、痛いのを我慢すればいい事なんだよね。
その一瞬がすっごく、痛いんだけどさぁ……。
バカなんだよ、コイツ。
だから、鉄砲玉みたいだ。とか言われるんだよ。
ドクドク、と脈打つ音は。私のか…彼のなのか…。
血で赤く染まった私の身体に、もたれる様に倒れるエースさんの、背を…そ、っと…なで、た。
「「「「「エースが!!!!やられたぁあああああ!!!!!」」」」」
「……ぁ、っ、あぁっ……っっ、」
「エー、ス……?」
ドサリ、とルフィくんが力無く私の隣に倒れる様に座り込んだ。
浅い、息を繰り返すルフィくんは…もう、限界が近いように見える。
おっきな、青い身体をした人が…赤犬さんと私達の間に飛び込んできて…、マルコさんや、ビスタさんも応戦する。
あれ、あれぇ、なんか…音が凄く遠い…。
抱きとめる体が、少し動いた。
「………ハァっ、……なまえ………怪我は、ねぇか……?」
なに……バカな事を……っ!!!
「………ごめん……ごめんな…二人とも…ちゃんと、助けて貰えなくてよォ……ハァ、ハァ、……すまなかった、」
「エース、さん……?……手当、しな、きゃ、」
「エース!!急いで手当っ!!!!」
「無駄だ、自分の命の終わりぐらいわかる…、もうもたねぇ、」
「…っ!約束したじゃねェかよ!!!お前絶対死なねェって!!!言ったじゃねェかよォ、エースゥ!!!」
そうだ、約束…したじゃん、ね。モビーちゃんに、帰るって…。
あれ、私……また約束守ってもらえないの…?
「…やだ、…エースさん…私を、独りぼっちに、しないで…」
「…ごめんなぁ…なまえ…、ハァ…“あの夜”俺は、もう…死んでもいい、って…ハァっ、…思ったんだ…」
あの夜…、エースさんに、思いを告げた夜…。あんなに幸せな時間があっていいのか。って思った。
幸せ過ぎて、怖かった。
夢の続きが、こんなバットエンドだったなんて信じたくない。
「ハァッ、ハァ…、心残りが…、あるとすれば…。ルフィ、お前の…“夢の果て”を見れねぇこと…。
なまえ………お前に…ハァ、……っ、……本当の、っ、“家族”を……っ作って、やれねぇっ……事だ、」
頭の中が、どんどん…真っ白になって行く。
エースさんの身体を支える手が震えて、私は彼の顔を見るのが怖くなった…。
「……ハァ、……オヤジ…みんな、そして…ルフィ、なまえ…今日まで…こんなどうしようもねェおれを…鬼の血をひく、おれを………っ」
愛してくれて、ありがとう。
ずるり、と私の腕から零れ落ちる様に地へと身を投じたエースさんの顔は、穏やかに笑っていた……。
隣でルフィくんが壊れていく…私は、エースさんの…焼かれてしまった背中の誇りをそっと撫でれば、溢れ出す血が私の手を赤く染めた。
呆然とする私と、壊れてしまったルフィくん……。
襲い掛かる赤犬さんのマグマから守ってくれたのはマルコさんだった、
「…っ!!なまえ!!!!エースの弟を連れてけよい!!お前たちの命こそ!!生けるエース意思だ!!」
「…っ!!ワシが連れてく!!!」
「ジンベエ!!頼むよい!!」
ガバリと青い大きな人にルフィくんごと抱きかかえられてエースさんから離された。
ああ、だめ、だめ、私を彼から引き離さないで、!!
「ああ!!!嬢ちゃん!!?」
シュンっ、とその腕から身を消してエースさんの元へと瞬間移動で戻れば…あぁ!だめだって!!
「オヤジさん!!!!顔が……っ!!!!!」
「っ!!!なまえ!!なぜ戻ったぁあ!!!」
ビキィイイ!!、と地面が割れてオヤジさんと私、そしてみんなが真っ二つに割れた広場によって完全に隔離されてしまった。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!二度も三度も言わせないで!!!!!!家族はァ!!“全員”!!!!!助ける!!!!」
「この化け狐がぁ!!!エースはワシの手によって殺した!!!貴様の夢物語に付き合う程暇じゃないけんのぉ!!!」
「〜〜!!!死んでない!!!!!!エースさんは!!!!死なない!!!!!!!!」
「…っ!!何ィイ!!!!」
死なせない!死なせるもんか!!!
ガバリ、と地に横たわるエースさんの身を力いっぱい抱きしめて私は喉の奥から声にならない叫びを吐き出した。
その声に共鳴するように、動物さん達が咆哮し…私の前に降り立つのは黄金色に輝くばっちゃんの姿。
『……王の怒りは…我らの怒り…』
ブォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
海が叫ぶ。
守れ!守れ!と叫ぶ。
大波と共にマリンフォードを囲むように現れた海王類さん達。
オヤジさんの元へと駆け寄る動物さん達。
私は、ばっちゃんの暖かな光に包まれながら…エースさんの頭を優しく撫でて、その穏やかな顔にキスをした。
「……大丈夫、エースさん、死なせない、大丈夫、」
ぎゅっと抱きしめる腕に、さらに力を込めて私は個性を発動させた。
大丈夫……私には治せる。
「……小娘……貴様……いったい…何をしておるんじゃァアァア!!!!!!!!!」
じわり、じわりと塞がって行くエースさんの傷、
つー、と鼻から血が流れたが。気にしている場合じゃない。
どくん、どくん、って動き出すあなたの心。
「……なまえ…まさか……オメェ…!!」
「……オヤジさん…大丈夫、もうちょっと……オヤジさんの、怪我も、直ぐ…私が治してあげるから…」
どくん、どくん。
だんだんと強く、命を動かす音が聞こえる。
ピクリ、とエースさんの指が動いて。
私は…彼を、大事に…大事に……手の中に閉じ込めた…。
そして、その手をオヤジさんへと触れ……、
シン……、と静まり返る中響いたのはこの戦争の引き金になったあの人の声だった。
「ゼハハハハハハハ!!!!!!こりゃぁ!!!たまげた!!!!」
「「「ティーチ!!!!!!!」」」
「……ティーチさん、」
「おいおいおい!!!嬢ちゃん!エースをどうしたぁ??ゼハハハ!!オヤジもだ!!!どこに“消しちまった”んだぁ!!?」
静かにたたずむ私の視線の先に現れたのは、ぞろぞろと仲間を引き連れたティーチさん。
消した、か……まぁ、はたから見れば消したように見えるであろう。
私の右手には二人がしっかりと握られている。
「ばっちゃん…お願い。」
「……なまえ、まかせとき。」
ばっちゃんの背を一撫でした時に、そのふわふわな羽毛の中に隠れるように身を潜めていたリスさん達に“ビー玉”を“二つ”託した。
割れた大地の向こう側、皆に届くように声をあげた。
「皆ァァアア!!!!!“新世界”で!!!!!!会おう!!!!!!」
「「「「「なまえ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」」」」」
ブワァアっと、私達を隔てる地割れた所にそれはそれは大きな色とりどりの花の壁を咲き誇らせた。
そして、それと同時にティーチさん達による攻撃の雨。
降りかかる銃弾と刀の雨を、この身で全部引き受けた。
ごぷり、と血が溢れ出る。
「……ゼハハ…テメェ……このバケモンがぁああ!!!!!!!」
「……全てが…前代未聞だ…っ」
崩れはてた海軍本部マリンフォード。
先の頂上戦争、名目上は海軍側の勝利と世には知れ渡っているが…その実はそうでは無い、と思っている。
崩壊した海軍本部。
壊滅状態のインペルダウン、そこの囚人を仲間に引き入れ…七武海の権限を自ら吐き捨てた“黒ひげ”。
そして……。
「センゴクさん、あの子には……謎が多すぎる、」
「…クザン…、ハァ…、あの小娘……暴れるだけ暴れよって……」
エースはまだ生きてる。、と、言ったあの少女の腕に抱かれたサカズキの手によって仕留められたかと思った火拳のエースは…確かに、この目で確認した。
「…クザン、エースは生きておると思うか?」
「さぁ……しかし、俺の目が腐ってたわけじゃぁねぇなら、あの傷が塞がっていってるようには見えましたかね」
巨大な怪鳥に守られる様に淡い光に包まれたあの光景を思い出す。
信じられないものを見た。
マリンフォードを取り囲むように現れた海王類の群れに、あの少女を守るかのように戦場を駆け抜けた猛獣達。
まるで…神に愛されたとでも言うのか、あの少女の傍には黄金色に輝く怪鳥…あれは、そうだ、鳳凰の様にも見えた。
「“王の怒りは…我らの怒り”…」
「…!!、センゴクさんも、聞きましたか…」
「あぁ…聞こえた。…あの小娘が…、何者なのかは全く理解できんっ、あの小さな身体の何処にそんな力があったのだ!!!我々が出る間もなく!あの黒ひげ共を相手にし…、っ、いったい…何者なんだと言うのだ…っ」
咲き誇る花の壁がそそり立ち、島を二分割に隔てた向こう側では撤退していく白ひげ海賊団を逃がすまいと赤犬と黄猿が奮闘した。
“こちら側”では、黒ひげ海賊団がこの島を沈めようと暴れまわり…それを、まさか。先ほどまで対立していたあの小娘と共闘する形になるとは思わなんだ。
なおの事も続く無意味な争いに…ある一人の海兵の声によって戦況は一転した。
「赤髪共め…いかようにしてあの海王類の群れを掻い潜り島に入ったというのだ…」
前代未聞。全てにおいて想定外だった火拳のエース公開処刑。
時代が一つ終わり…新たな時代を迎えようとしているが…。
「…世間では、エースの死亡と白ひげの敗北が周知されたが…果たしてそれは…。」
「…まぁー、“行方不明” ですからねぇ〜…。白ひげも…火拳も…。そして、あの子も…」
赤髪が終戦宣言をしたあの時、黒ひげ共はまだぶつかる時期ではない。と逃亡した。
バシャリ、と夥しい量の血の海にその身を沈めたのはあの小娘だった。
息をしているかも分からない、…腹には抉れるように…大きな傷があり、戦闘中に切り落とされたあの靡く藤色の髪の毛が辺りに散乱していた。
身体中傷だらけ…腹は抉れ、腕は折れていただろう。あの細く…小さな体に突き刺さった刃物がとても痛々しかった。
近寄ろうにも猛獣達があの娘を取り囲み我々は近寄ることも出来ず、生死の確認もできず、しかし、遠目から見ても割れた狐面の下に覗くその素顔は、驚くほど幼く…それもまた驚いたものだ。
「あーあー、なまえちゃん、だっけなぁー、俺ァ…どうもあの子を気に入っちまったみてぇだ。なぁ?センゴクさん、あんたもそうだろう?あの子には…なんだか言いようのない魅力?ってやつですかねぇ…人を惹きつける何かを持っている。」
「…バカが、相手はまだ20にも満たない小娘だぞ。私にそういう趣味は無い。一緒にするな変態め」
確かに、あの娘には人を惹きつける何かがあったのは間違いない。
エースを開放し、我々と対立した時には計り知れない恐怖と絶望が、あの不思議な能力の前では確かにあったはずなのに。
黒ひげ共を前に我々と共闘する形になった時は…計り知れない…安心感と、勝利の確信をもたらす何か…を感じた。
「敵につけば…恐ろしいが…、味方に付けば…あれ程頼もしい物は、無いな。」
「なまえちゃん、海軍に欲しいっすねぇ〜」
自らを“ヒーロー” と、言ったあの娘は…果たして何者なのか…。
曲げることの無い正義を背負っているといったあの娘。
この“世界”の我々が背負う正義は、“平和の象徴”では無いと言い切ったあの言葉の真実とは…。
何としても、あの娘の真意を。この目で確かめたかった。
「しっかし、まぁ…これは世界が荒れますなぁ。」
バサリ、とクザンが置いた新聞。
先の戦争後、麦わらが行った前代未聞の“水葬の礼”
そして…謎に秘められた海の運び屋の正体。
「“猛獣を従え、戦地に舞い降りるは咲き誇る花と狐の面に覆われた少女。その正体は火拳のエースの恋人か。
戦地を駆け抜けるその姿は正に神獣かの如く、狐火に燃やし尽くされたマリンフォードには今も尚、恐ろしい量の花々が咲き誇り、そこは果たして激戦の地だった事を忘れさせるかの如く…美しく咲き誇る花の大地”…ですってよ。」
「……“狐火の運び屋・メモリー” …初頭で10億か…。」
「しかも、“Alive only”、出回った数々の手配書の中で唯一の生け捕りのみの賞金首たぁ…政府は何としてもあの子の力を暴きたいでしょうよ」
パサリと置かれたその手配書の中で、狐が一匹…炎を纏わせ面から覗かせた口元は笑みを浮かべていた。
世界は……変わっていく。
戦火の果て
あの鳳凰に背負われ飛び去って行った狐の行方は誰にも知らない。