63いのちの火


無数の花びらと共に舞い降りたアイツは、酷く美しかった。







「火拳ンンンすまぁーーーーっしゅ!!!!!」


轟々と燃え盛る炎、焼き尽くされる処刑台でルフィに咄嗟の所で手枷を外された。

一瞬、何が起こったのか…頭が追い付かなくて。でも、気が付いたら俺はなまえを抱きかかえルフィを引っ掴みその場から飛び出していたんだ。


腕の中で、なまえが笑う。

「へへへ、私の火拳、すごいっしょ?」

ぎゅう、っと俺の首に手を回すコイツが愛おしくてたまらなかった。

「ッチ!!ったく…!!昔っからそうさ、ルフィ!俺の言う事も碌にきかねぇで!!!なまえ!おめぇもっ…っ!いつも無茶しやがる!!!!」

「…!エースっ!!!なまえ!!!!」


わあああ!!、と歓喜に沸く声が大地を揺らす。

火拳のエースが解放されたぞぉおお!!!、と海軍共の焦る声が聞こえる。


着地した先でなまえをそぉっと地に降ろした。

処刑台で、駆けあがってくるルフィと…顔を上げろ!と俺に檄を飛ばしたなまえを見て、やっぱり死にたくねぇって思っちまった。
もっと生きたい、生きてオヤジや、皆、そしてなまえともっとこの海を見たいと思っちまった。
ルフィの成長を見届けたいって思っちまった。

死の直面で…溢れ出てくる“生きたい”という欲望が、こんな…大勢の奴らに迷惑かけちまった俺を…生かそうとする奴らに、嬉しさで目が熱くなった。


「はぁっ!!、勘弁してくれ…なまえっ!オメェはいっつも俺に守らせちゃくれねぇ!!!」
「バカ言え!エースさん、私が皆さんを守る立場だって事…忘れんじゃないですよ!!ルフィくんっ、まだ行ける!?」
「…ハァ、ハァ、っ勿論だ!!!!!」

ガリ、っと。なまえが何かを噛み砕く音がした、それと同時に俺とルフィを背に隠す様に前に踏み出しあろうことかこの女は「私が道を開く!!」とか言うじゃねぇかっ、くそ!

「っっっ〜〜〜!!!なまえ!!!お前って奴は!!ほんっとにっ、!どーしようもねぇ女だ!!」
「そんな…っ私が好きなっ!くせに!!!っ行くよ!!!」

行くよ、となまえが地に両手を付け叫んだと同時に。この島が轟いた…。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……、静かに唸るこの島に、誰もが戦き立ちすくむ。
なまえが連れて来た猛獣達が、その身の毛を逆立たせながら俺達の周りを…まるで守っているかの様に囲みだした。
空を見上げれば鳥達に埋め尽くされ、青色は見えない…。

海兵だろうか、どこからか聞こえた…、「これは…世界の終わり、か…っ」、と。

なまえが静かに呟いた。


「オーバーホール」


ドォオオオオオン!!!!!!!!!!!!



「わぁああぁあああ!!!!!あの女!!!!!!いったい何なんだァ〜〜〜!!!!!!」
「島がっっっ!!!島が割れて行くぞぉおお!!!!!!!」

バキバキバキと轟音を轟かせながらなまえが手を付いた所から真っすぐと大地が割れ…それはこの湾内を隔てる様に立ち塞がる鉄壁をも粉々に破壊し、そして見えたのは…俺達のっ…っ

「っ…!!!モビーっ…!!!」

絶対に、帰る。と、約束した家…。


モビーディック号に、真っすぐと続く1本の道。

「…さぁ、走るよ〜〜〜!!」

ガシっと俺と、ルフィの手を掴むこの細くてちっせぇ手が凄く頼もしく見えちまった。

ダッッ、と引っ張られるようにして駆け出せば。周りで驚きに腰を抜かしていた海兵共が逃がすな、と俺達に飛びかかってくるのを、猛獣達が邪魔をさせないとばかりに海兵共に噛みついて行く。

「ったく!!なまえ!!!道開いてやろうと思ったのに!このバカ!!バカ!!!!!」
「ハルタさん!!!!ビスタさんも!!」
「困ったお嬢さんだ!!背中は任せな!お前たちは真っすぐ走り抜けろ!」

ハルタとビスタ達が追ってくる海兵共は任せろと俺達の背を押す。
俺達を援護するそいつらに、なまえは「皆さん!モビーちゃん集合で!!」、と。コイツは誰一人欠ける事無く拾って帰る気だ!、と気づいた。



「…っ!!止まらねぇ!!!こんな!!海軍本部全勢力とっ!!王下七武海を前にしてもッッッ!!!たった3人の海賊を止める事すらも出来ねぇのか!!!!!!!!」



っとにな!!なんなんだろうなぁ!!なまえが、なまえが居るだけでっ!どこまでも無敵だと思っちまうんだよなぁっ!
俺を引くそのほっそい腕が、背中が、凄く、凄く頼もしくて…っ、コイツが居れば、もう…安心だ!、ってすら思うんだ!

「っもう!!3人の海賊、って!私は海賊じゃないのにーー!!!!!!」
「はっ、ははっ!!そうだな!!お前は、誰よりもヒーローだ!なまえ!!」

パッ、と戦火のなか振り返ったコイツの…狐の面に隠されていても分かる、満面の、俺が大好きな大口開けてくしゃくしゃに笑う顔が花を咲かせた。

飛び交う銃弾も、切りかかる刀も、爆炎も、全部、全部がコイツを前にすれば…ただの舞い散る花の様に見えた。


「おいおいおい…なまえちゃん、君もう後戻りはできないよ?」
「あっ…!!アイツ!!!!」

戦火を駆け抜ける俺達の前に現れたのは青キジ、氷塊をぶん投げて来たのをなまえが拳一発で粉々にしちまうもんだから、もうほとほと呆れちまった。

「…ったく!!俺にも、守らせろ!!!“鏡火炎”!!!」
「わぁっ!」

俺の手を引くその腕を思いっきり引き寄せて青キジの能力と俺の炎がぶつかれば辺りは水蒸気で視界が真っ白になった。
そんな時、
霧を突き破って来た一隻の黒い鯨の船、外輪で地上を駆け抜けて来たそれに乗るのはスクアードだった。

「オヤジ!!皆!逃げてくれ!!この戦場は俺が請け負った!!」


「…チっ、全員助ける、って言ってんでしょうが!!!!」

なまえが、そう言って駆け出そうとした時に…スクアード達を止めたのはオヤジだった。

「ハァ…ハァ、親よりも…先に死ぬたぁ!とんだ親不孝モンだぜ!!!…ここでの目的は果たした、もうここにゃぁ用はねぇ!よく聞け、白ひげ海賊団!!!…最後の船長命令だ!!」

「…オ…ヤジ…!?」
「オヤジさん!!!!」

ざわり、ざわりと胸がざわめく、だめだ、オヤジ…っ!やめろ!やめてくれ!!

そう、願うも虚しく…オヤジは声高らかに言ったんだ…。





「お前達とはここで別れる!!全員!!必ず生きて!!! 無事 新世界へ帰還しろ!!!」




時代の残党だ、俺の乗り込む船はねぇ、とオヤジは言った。
なまえの、握る手に力が籠められたのが分かる、だめだ、オヤジ…こんなところで、アンタを…!!




「随分…長く旅をした…ケリを付けようぜ…海軍!!」


「「「オヤジぃいい!!!!!」」」


「…っっ!オヤジさん!!!っっ、ぅぐ〜〜〜〜っ!!!みんなで…皆でモビーちゃんに帰るんだ…っ、皆守って、皆助けて…っみんな、みんなっ…っ!!」
「なまえ………?!」

ブツブツと俯き己に言い聞かせる様に呟くなまえに、言いようのない恐怖を少し感じちまった。

その執念じみた“助ける”という己にかける呪いともとれる信念、コイツは…っとに、…。

ギリギリ、とその小さい身体の何処から力が出るのか不思議な位、握られた手が痛みすら感じ、ルフィはそんななまえの様子に狼狽えてた。


オヤジは…ここを…マリンフォードを沈める気だ、自分を盾に、俺達を逃がす気だ。


「麦わらボ〜イ!!! 何をつっ立ってオッチャブル!!!」

「…ハッ!イワちゃん!!!、エース!!なまえ!!行こう!!おっさんの覚悟が…!!」
「………っっ!!わかってる!!!!無駄にしねぇ!!!!!なまえ!!!」

なまえを引き寄せて腕に抱きかかえた、俺はオヤジの元へ真っすぐと駆け寄り…何を言うまでも無く俺はオヤジに向かって頭を地につけ、今まで受けた恩をありったけの感謝を、全部伝える様に地に伏せた。

「…一つ聞かせろ、エース。俺が…親父でよかったか…?」

ぶわぁぁっと、モビーで過ごした日々の事が頭の中を駆け巡る。
良かったか、なんて。聞かれて答える事は一つしかねぇじゃねぇか…!


「勿論だ……!!!!!!」


「走れ〜〜〜!!!!船へ走れ〜〜〜!!!!!!」

走れ!!、とその声に弾かれる様に俺は身を起こしルフィに振り返ればジンベエが俺達の背を守る様に先を走れ!と言った。

「一人でも多く生き残る事がオヤジさんの願いじゃ!!」

仲間達は次々と海軍の船を奪い退路を確保している、俺達も行くぞ!!、とルフィとなまえに向き合えば、パっと放された手…。

おい…。おい、…。っ、オイ…!!!!

「なまえ!!!!テメェ今何考えてる!!!!オヤジの覚悟を無駄にする気か!!!」
「………ごめん、エースさん。絶対に、帰る。絶対に。だから、私…。ごめん」


「………!?バカ娘が!!!!!」

デケェ、オヤジを背にして…佇むその身は、…あまりにも小さかった…。







なまえを、囲むように猛獣達が傍に集まって来た。

空が凪いでいる、恐ろしいくらいに、凪いでいる…。

ちり、ちり、となまえの足元の瓦礫が浮き…なまえと、俺達を隔てる様に風の壁が舞い上がった。

「…オヤジさん、ごめん。私は“白ひげ海賊団”じゃぁ、ないから。船長命令とか、受け入れる義務はない。」
「アホンダラが!!!!!娘に守られる親父がどこにいる!!!下がれ!!!なまえ!!!!!」

「“全員”!!!!守って!!助ける!!!!全員にはオヤジさんも入ってる!!誰一人!その手を掴み損ねやしない!!!私の“信念”と“正義”が!!そう言ってる!!オヤジさんをココに置いて行ったら!私の正義が死んじゃう!!!」

「貴方たちは“海賊”!“英雄”にはなれないの!!!だから!!“プロヒーロー”のこの私に!!!大人しく守られなさい!!!海軍さん達!!私の“家族”を!!!こんなぁ!!ボロボロにして!!!私っ怒ってるんだからね!!!!!」


ぶぉおおっ!!!!、と一際大きな風が俺達をモビーに押し付ける様に吹いた。
その風は、オヤジの巨体をも傾け…鉄壁の所で倒れているオーズまでをも舞い上げる。

風と共に…また、花びらが美しく舞う。

振り返ったなまえは、オヤジにこう言ったんだ。


「オヤジさん…わたし…バージンロード、“パパ”と歩くの…結構憧れてんだぁ、」

「………ッッッ!!!!バカ娘が!!!!!!!!」

オヤジの目から、涙があふれたんだ、。
俺は、俺は…なまえに守られてばっかりだ…っ!




ぶわわ、っとなまえから引きはがされる様に吹く花の嵐。

あまりの風圧に、目を開くこともままならず…薄目で確認できたなまえを…赤犬のマグマが襲うのが見えた。

「エース!なまえちゃんは!!??」
「サッチ!!なまえが!!なまえが!!!!!!」

「あのじゃじゃ馬娘が!!っ、!?オイ!!エース!行くんじゃねぇよい!!」

無理だった、あたりまえだろ?
テメェの女に守られるたぁ、こんな屈辱はねぇだろ!!!!!!


「エース!!!!!!」
「っ!?ルフィ!!なにしてんだ!!戻れ!!」
「ハァ…!!ハァ、!戻らねぇ!!!!ハァ…!!なまえ一人残して逃げらんねぇよ!!!!」

ルフィが伸ばした手に捕まり、なまえと俺達を隔てる暴風に逆らう様にして俺達は向かう。

ふ、と聞こえた、その許す事の出来ねぇセリフに。全身の血が沸騰するように俺の炎を燃やした。



「こんな小娘一人を盾にして…エースを開放した途端、即退散とは…とんだ腰抜けの集まりじゃのう 白ひげ海賊団」
「…こんな小娘一人に、捉えたい人一人として捕まえられない海軍さんも…とんだ腰抜け集団ですね?その背中に掲げた正義って、ハリボテなんじゃねぇーの?わーんわん?」

「……小娘が!!!!!ぬかしよる!貴様はココで始末してくれるわぁ!!」

轟々と燃え盛るマグマがなまえを襲う…背後でルフィの叫ぶ声が聞こえた。








なまえを、見下ろす。

「………エー…ス……?」

そう…、か細い声で言ったなまえの方に…俺は倒れた。



……あれ…、ああ、そっか………、俺は炎で、アイツは……マグマだ。








最後に見る顔は、笑顔が良かったなぁ

ルフィが力無く、なまえの隣で膝から崩れ落ちた。