66親子の時間
ヒーロー活動とは、自己犠牲と言う名の呪いだ。
名だたるヒーロ達は皆学生時代に逸話を残すと言う、そして皆口をそろえて言うんだ。
「考えるより先に身体が動いた」…と。
もう、これ病気だよね。っていつも思う。
巨悪を前にしても、その身一つを盾にして戦わなければならない。
だって、そうしないと大切な物何一つ守れない。
何も守れないヒーローなんて、生きている意味がない。と思ってた。
プロになって、名をはせて、名誉も手に入れた。
何回も死にかけたし、何回も…もう、やめたいって思った。
ヒーローって言ったって、私達も一人の人間だし。痛いのは嫌だし、偶に、何であの人たちは守られるって事を当たり前と思っているんだろう。って考えた事もある。
だって、自分の生活投げ捨ててまで平和を守り続ける事に価値はあるのか?と自問自答したこともある。
世間に…悪は蔓延りすぎた。
捕まえても、捕まえても無くなることの無いその黒い意思を前に、膝を付きたくなることも沢山あった。
なりたくてなった。
憧れてなった。
世界の思う通り、悪に染まりたくなかった。
正義として、世界を見返してやろうと思った。
世間は理不尽で溢れている、と相澤先生は言ってた。
その通りだった。
ヒーローはいつだって、自分たちに優しくない世界を守り続けている。
その身が…果てるまで、助けを求める手を…離してはならないのだから。
パチン、と…頬にその大きな手が当たる。
「親の言う事も碌に聞かねぇで…親の顔も立てやしねぇ…一人で全部解決しちまいやがって…オメェには沢山の兄貴が居るだろうが…何故頼らねえ、老い先みじけぇこの命と…テメェの命…、子供に助けられて生き延びるなんてこたぁな、こんな…悔しい事はねェ…。とんだ親不孝者だ…、このじゃじゃ馬娘…っ、もう、っ二度と…俺に…可愛い娘の、っ嫁入り前の…っツラを叩かせるんじゃねぇ…っ!!!!」
オヤジさんは、静かに涙を流しながら…静かに怒りを私にぶつけた。
叩かれた頬は…不思議と、痛く無くて。寧ろ優しさに包まれるような…そんな温かい衝撃だった。
「……ごめんなさい。誰も…失いたくなかったの…」
「アホンダラ…その命一つ盾にして、救われたってなぁ、誰も喜ばねぇぞ。バカタレ」
この身を、盾にして…今まで救いの手を差し伸べて来たのに…。
まるで、私の今までの生き方全てを否定するようにオヤジさんは私を叱ってくれた。
親に、叱られるって…こんな感じなんだ。
怖くて、胸が苦しくて、でも、温かい。
ずっと、学生の頃は思ってた。
プロとして活動しているヒーロー達にだって、家族は居るし恋人だっているだろう。
でも、彼らは我が身を犠牲にしてでも世界を救わなければならない。
家族と、我が身。そして自らを求める世界。それに皆雁字搦めになって、もがいて、それでも悪は待ってくれない。
私には家族は居なかったし、恋人と呼べるような存在もいなかった。
いざという時、動けるのは自分だけだ。なんて…。
きっと、この正解の無い疑問の先に、あっちの私は辿り着いたんだ。
あんなに幸せそうに自分が笑える日が来るとは思いもしなかったなぁ…。
「なまえ…俺、自分が死ぬよりも…お前を失う事の方が、恐ろしくてたまらなかった。」
「エースさん、私も…だよ。エースさんを失う事の方が、オヤジさんや、皆を失ってしまう事の方が怖いの、」
「…だからって、バカ娘…オメェのそのちいせぇ背に守られちまったら、俺達が男に生まれた意味がねェだろうが」
ガキは大人しく親に守られてりゃぁ良いんだ。
そう言って、オヤジさんは私を叱りつけた大きな手で、優しく頬を撫でて…大きな腕に抱きしめられた。
「……なまえ…愛する息子たちを…助けてくれて…ありがとうなァ…っ」
また、こうして。可愛い娘を腕に抱くことが出来る。こんな幸せな事は無い。
優しい風が、潮の香と…青草の温かな香りを舞い上げて、私達を穏やかに包んだ。
クーー、と空でカモメが鳴いた。
夜、島風が心地よく、空には満点の星がきらめく中、私を真ん中にして川の字でオヤジさんとエースさんとで周りを動物さん達に囲まれて、この腕輪を手にした祠のある神殿で眠りについた。
お父さんと寝るとか、なんだかすごくむずかゆくて、照れくさくて。でも凄く嬉しくて、幸せだった。
色んな話をした。
オヤジさんの昔の話や、エースさんが息子になる時の話。
エースさんは恥ずかしそうに「もうその話はやめてくれよ、」なんて言ってて…ルフィくんと、もう一人の兄弟と過ごした幼い頃の話をしてくれた。
私は、不思議な空間で元の世界に分離した自分と会った話をすれば、二人は少し驚いてて。
更に向こうの私は結婚して子供もできたらしい、と言った時には「何ィ!!」って二人して驚いて飛び起きてた。
「な…なんか、!フクザツな気分だ!!!」
って、エースさんはしかめっ面でもやもやしてて、
「オメェ達はいつ身を固めるんだァ?多くのナース達を男の元へ送り出したが…なんだ、やっぱり娘の晴れ姿は一度生きてるうちに目におさめてぇモンだなぁ。」
オヤジさんは、自分の胸辺りに手を当てて…そう言った。
私は…そんなオヤジさんを見てから…腕で目元を覆って、流れそうな涙を堪えた。
ああ…やだなぁ、………きっと、これが…最初で、最後の…親子で並んで寝る夜だ…。
オヤジさんの、身体は…もう、眠りに付こうとしている……。
なんとなく……そんな気がした。
「ほら!!二人ともー!早くモビーちゃんに帰らなきゃ!皆きっと心配し過ぎて大変なことになってるかも!」
モビーちゃんに置いて行った座標誘導装置の位置を確認してから、ぶわわ、とワープゲートを繋げた。
「動物さん達ー!ありがとう!!皆も無事に帰ってこれてよかった!!」
ガウガウ、チュンチュン、グルルル、と、動物さん達が見送る中。
私達は皆の待つ白鯨の家へと帰る、
「グララ、骨を埋めるつもりだったんだがなぁ…のこのこと生き延びちまって…息子共に合わせる顔もねェぜ」
「何言ってんだオヤジ!!!皆オヤジが無事で嬉しいに決まってるさ!」
「そうだよ!!オヤジさんも!エースさんも!皆にもみくちゃにされる覚悟しといたほうがいいよ!」
ちげぇねぇ、と、三人顔を見合わせて笑ってから大好きな家族の元へと私達はぶわわ、と靄の中へと足を踏み入れた。
「ただいまーーー!!!……って、……あれ?」
ぶわわって、現れたモビーちゃんの甲板。
いつも誰かしら甲板に居るはずなのに、見張り台を見上げればそこに人の影もなくて、船は閑散としていた。
「あ、あれ……みんな、どこいっちゃったんだろ……」
キョロキョロと周りを見渡しても、人影一つ無くて。
船内からも人の気配がなかった。
手摺の方へ行き、どこかの島に停泊しているモビーちゃんの背から陸地の方を眺めても…聞こえるのは穏やかな波の音だけだった。
「……この島は…………」
「オヤジさん、知ってる所?」
私の隣に立ち、島の方をどこか、懐かしむような眼差しで眺めるオヤジさん。
お空ではカモメさん達がクー、クー、と鳴いていて、一羽、手摺に止まりつぶらな瞳でこの子は私を見た。
クー、
「おうさま!おうさま!たいへんです!はやくこちらへ!!」
「え、あっ、オヤジさん!エースさん!なんか、カモメさんがこっち来てって!」
こっち、こっち、と急かすカモメさんに、私は飛んだ方が早そうだ…と、背中から翼を広げてオヤジさんとエースさんに無重力状態になって貰って二人の手を引いて空へと飛び立ち、カモメさんの案内の元島へと向かって行った。
「おうさま!いやはや、我々にはあなたさまがご無事な事は分かっておりましたが…どうも世間はそうでは無い様で……、とんでもない事になってしまいましたぞ……」
途中、ニュースクーさんが並走しながら私に世間がとんでもない事になっている、と告げて。とりあえず見ればわかる。と言った先に…なにやら大勢の人が島の小高い丘あたりにわらわらと集まっているのが上空から確認できた。
「…おい…オヤジ、あれ…」
「…………グラララ!!バカ息子どもが。」
ゆっくりゆっくり降下して、だんだんと視界にはっきり入って来た二つのソレ。
「…………おおぅ…なんたること……」
私は視界にとらえたソレに理解した途端、ヒクリ、と口角を震わせた。
「……え、あの状況の中に…え、私達、ええ、お、降りて行きます…??」
「……行かなきゃ、しょうがねぇだろ……」
「グラララ!!何、一つ脅かしてやるか!」
オヤジさん、ノリノリである。
ふわり、ふわり、と小高い丘の上に立派に建てられた二つのソレにむかって私達は降下を始めた。
ひとり、ふたり、さんにん……、上空から舞い降りてくる私達の存在に気が付いた誰かが、空を指さし、また、それが他の誰かに伝わり…伝染していくように皆、空を見上げる。
ふわり、と美しく咲いた白いバラの花びらと、オレンジ色の…ユリだろうか…花弁が風にそよがれて舞い上がった。
マルコさんが目をこれでもかってかっぴらいて私達を見上げている、
ゆっくり、ゆっくりと降下してくる私達を目で追う様に皆さんは見上げていた首をだんだんと下に降ろして、そして、真っすぐと、地に足を付けた私達を見つめていた。
「……マルコ…俺…オヤジと、エースのユーレイが見えてんだが…」
「サッチ…俺も、みえてる…よい…」
「マルコ……ぼく、天使が見えるんだけど……」
「ハルタ…俺も…みえてる、よい…」
やっべ、ちょーーーー驚いてる!!
しかも!!天使!!!てんし!!!!ひぃいい!!!!だめ、わらう!!
よりによってあれだもんね!!私、真っ白なワンピース着ちゃってるもんね!!ひぃーー!!草!!草生える!!大草原!!!ひぃいーー!!
「グラララ!!!なんだぁ??随分立派な墓立てやがって、なぁ?エース!」
「あ!!俺の帽子!!」
皆が目ん玉ひん剥いて私達を見つめる中、エースさんはひょいっと自分のお墓にかけられたオレンジ色のテンガロンハットを手に取って頭にかぶった。
シン……と、静まり返る、丘の下までズラリと並んだ白ひげ海賊団の皆さん。
私はニヤリ、と悪戯っぽく笑って…
「どーも、おにーちゃんたち。冥途のそこからこんにちわぁ〜、いひひ、大天使なまえちゃんだよぉー」
「なまえ…ちゃん……え…ほん、もの……?」
「ほんものほんもの!やっほ。ただいま!!!オヤジさんと、エースさん、天国から掻っ攫ってきた!!!」
「グラララララ!!!海賊根性染みつきやがって!!バカ娘め!!」
「おちおち死なせてもくれねぇ!!よぉ!おめぇら!あの世から攫われて来ちまった!」
おそるおそる伸ばしたマルコさんの手が…オヤジさんの身体に触れて、
小刻みに震えるサッチさんの腕が、私とエースさんをそぉ、っと抱きしめた。
「「…ッッ!触れるっっ!!!!!!」」
「いひひひ、ただいま。皆。」
空気を揺らす様に、大地が沸いた。
花びらが舞う空は、今日も美しい。
おかえりの歌