67オヤジ


「なまえ、これぁ、どういう事か…きっちり説明してもらおうか?」
「ああ…っ、なまえちゃんの…奇麗な、っ髪の毛…ぅぐっっ、許さねぇ…っ」
「……なまえ、ねぇ…あの壁の向こうで…、なにこれ。なんなの?死ぬつもりだったの?」


私は今、めちゃおこぷんぷん丸なお兄様達に凄まれながら…甲板のど真ん中で正座させられている…。

目の前にはバサリ、と投げられた新聞…。

一面、先の頂上戦争について書かれており、火拳のエース死亡と白ひげの敗北。
そして私の事が記事に書かれており、よりによって載ってる写真があの血だまりの中倒れ伏して居る私。

うわぁ…。死んでる…。これ、見る人全員…死んでるって思う奴…。

エースさんが、その写真をわなわなと震えながら穴が開くんじゃないかってくらい見てる。

今一度、その写真を見て私は更に顔を青ざめさせた。

いや、ねぇ…、お腹、抉れてるし…めっちゃ刃物刺さってっし…血だまりに髪の毛バラバラ散ってっし…。

腕…やべぇ方向に曲がってっし…、あはは…よう生きとったわ…。

「グロ…」

ギンッッッ!!! って、一斉に睨まれた。やばい、泣く。

「……ティーチの野郎…許せねぇなぁ」
「「「「ああ、許せねぇ」」」」

お兄様達の心が一つとなった瞬間、地を這うような恐ろしい声で、「…なまえ」と、オヤジさんがマジでガチでブチ切れながら新聞片手に私を睨んだ。

あ、むり。もらす。

「……なまえよ…オメェが息子だったら…俺ァ、今…テメェをブン殴ってる所だァ」
「……め…めんもく…ねぇ、っす…」

とさ…、と、静かに、甲板の床に額を付けた…。土下座である。

ふんす、ふんすと鼻息荒い声でエースさんが私の前にしゃがみ込み、顔を怒りで真っ赤にしながら鼻の穴ひくひく膨らませて血走った目で私と新聞を交互に見てる。簡単に言って、超怖い。

「なまえ…っフーッッ、俺は!!今!!!!凄く!!!!!怒ってる!!!!!!!」
「あ、はい、見ればわかります…」

ギンッ、とマルコさんに睨まれる。もうやだ、みんなこわいよぉ。

「…ぅ、…うぅぅっ…っ、そ、そんなっ…っぅぅっおこらなくたってぇっ…ふぇ、っいいじゃんかぁ…っ」
「「「「「怒るわぁあああ!!!アホンダラァア!!!!!」」」」
「うぇえーーーーーーーーーん!!!!!!」


ぴぎゃぁ、と泣き出せばサッチさんがオロオロと私の背を撫でながら怒り心頭であるお兄様達に噛みついた、
いいぞ、もっとやれ!

「オラァア!!野郎共!!!なまえちゃんが可哀そうだろうが!!!みろ!!こんな泣いちまって!!ああっ、なまえちゃん、もう泣かないでくれ、俺達が悪かった、な?な?」
「あーあー、ったく、女の髪をこんなにしちまって…可哀そうに、辛かったろう」

「ザッヂざぁぁん!!イゾウざぁぁん!!!うぇーーーん!!好き。」
「わぁあああ!!やめろ!!サッチ!イゾウ!!なまえを甘やかすな!!こいつ!こいつ!!こんなっ!くそ!!」

こんな!、と新聞に指突き立ててるエースさん、勢い余り過ぎて新聞はズボズボと穴だらけである。

「まぁ…エースの怒りも分かる、なまえちゃん…さすがに、コレは堪えた…。後、ちょっとの所で…エースを赤犬にやられちまって…、オヤジの…顔半分も失っちまった姿に絶望した…、壁の向こう…、状況も分からねぇまま、俺達ァ、海へと撤退して…っ、この、新聞を…見た時っ、この、写真の…っ、なまえちゃんを見た時…っ。俺達ァ、絶望に打ちひしがれた…っ」

「…大事な家族、三人もいっぺんに失った、って。僕たち…だけ、助かって…」
「その新聞に折り込まれたこの手配書見て、なまえは生きてるって確信できたがよい…エースと、オヤジは死んだって、世界は今、荒れるよい」

「…え、手配書…って…、私、の…?」
「他に誰が居るよ、」

そういって、パサリとマルコさんが私に一枚の手配書を差し出してきて、それを見て白目向いた。

「じ…っ、じゅう…おく…っ…っ?、!、??っ生け捕り…っ!」

とんでもねぇ事になっちまった!!!!わたし!お尋ね者!!!!うわぁあヒーローの風上にも置けねぇ!!!
わなわなと手配書を握る手に力が入っていき、もうその紙は皺くちゃである。

「……オイ、マルコォ……。」

ビリビリ、とオヤジさんがまたあの地を這うようなお怒りの声で…もぉ…やだ…オヤジさん…覇気纏ってる…っ

「お、オヤジ、?お、落ち着いてくれ、っ、覇気が、溢れてる、よいっ、」

ギロリ、と顔に影を落とし、その眼光は鋭い。

ス、とオヤジさんが持ってる私の手配書をマルコさんに差し向けて、恐ろしいまでの怒りを込めた声を発した。



「……マルコ…、この手配書……限界まで大きく伸ばして…、俺の部屋に貼って置けや…」







「「「「「「「は?」」」」」」」」

「お、オヤジ、?」

「何だァ、野郎共。見ろ、こんな楽しそうに笑いやがって。可愛いじゃねぇか、俺の娘は。」



お…、おう。 と、しか。言えねかった…。

オヤジさんの、愛がこえぇ…。










シャキン、シャキンと髪の毛がハラハラ落ちていく。

「あーあー、しっかし、はぁ…こんな短くなっちまって…」
「あ、はは…ほんとだ、整えるとめっちゃ短いですね、」

ラクヨウさんが私の髪を手櫛ですいて頭を撫でつける。

戦闘の最中、振り下ろされた刀で髪の毛を切られてしまった。
バッサリといったそれは、長さも不揃いでとてもみすぼらしくて…見かねたラクヨウさんが整えてやるからおいで、と甲板の端っこで器用に髪の毛を整えてくれた。

一番、短くなってしまった所に合わせて切って見れば、肩に付くか付かないくらいだった長さは顎の下くらいの短さになっちゃって、首元がめっちゃスースーする。

「奇麗な髪だったんだがなぁ…惜しいな、」
「まぁ、髪の毛なんてすぐ伸びるよ。」

そう言っても、椅子に座って頭を整えて貰っている私の周りには、甲板に胡坐をかき不服そうに顔をしかめながらその様子を見ているお兄様達。

とくにハルタさんが般若の面を張り付けたみたいな顔で切られ、落ちていく髪の毛を見ててちょう怖かった。

「……髪は女の命だ…、ってナース達が言ってた。なまえは、あの日その命を奪われた」
「「「「ああ、奪われた。」」」」
「ティーチの野郎は許されねぇことをした」
「「「「ああ、許されねぇ。」」」」

「いやいやいや、もう、大袈裟ですって…ほんと、すぐ伸びますから、ね、ってか…ナースさん達、は?」
「あぁ…ナース達は、船から降ろしたんだよい」


戦争だ、女を乗せていくわけにはいかねぇだろ。とマルコさんがナースさん達は船から全員降ろしたと言った。

「……そっか…また、会えますか、ね…。」
「生きてんだ、会おうと思えば会えるさね。」

サリさんや、リリーさん、エマさんにエルさん、皆私に良くしてくれた…。そんなナースさん達皆の顔を思い浮かべながら、寂しさに少し目が熱くなった。

「……あ、れ、マルコさん…ナースさん達が居ないって事は、オヤジさんの…」
「……ちょっと、場所を変えるか。」

コソ、とマルコさんと目配せしてから私はラクヨウさんにお礼を言って、私は「オヤジさんに頭見せてくる!」と言ってその場をマルコさんと共に後にした。


たぶん、マルコさん、気が付いてる…。







「オヤジさん!みてみて!首めっちゃスースーすんの!」
「……ハァー、ったく、嫁入り前ってぇのに…大事な娘の髪切り落としやがって…」

ヒデェ事しやがる、と、少し眉を下げながら言うオヤジさんは、「まぁ、みじけぇのも悪くはねぇがな。」と、私の頭を撫でた。

オヤジさんと、マルコさんと、私。

三人だけの、ちょっと静かなオヤジさんの部屋。
壁には私の手配書がでかでかと貼られてて、一瞬…ガチやん…って、白目むきかけた…。


「オヤジ…話が、」

「……マルコ、その話ってぇのは、“医者”としての話かァ?」
「…っ!、あ、あぁ…」


ふぅ…、と、オヤジさんは深く息を吐いてから椅子に深くかけなおした。

「…テメェの身体だ…テメェが一番、理解してるさ…。もともと老い耄れた身体、もう…長くねぇ事くれェ、分かってるさ。」

そういう、話だろ?マルコよ、

そう言って、オヤジさんは自分の胸元を撫でおろして…優しい眼差しで微笑んだ。

「先の戦いで、身に染みたさ…思う様に動かねえこの身体…。俺ァもう若くねぇ、天下の白ひげも…寄る年波にゃぁ勝てねぇさ…。なに、人間生きてりゃぁ、いつか死ぬ…。あの戦いで俺ァ骨を埋めるつもりだったが…迷惑な事に、一匹のじゃじゃ馬に命拾われちまってよォ。のこのことこの船に帰って来ちまった。」

「なぁ…マルコ、俺ァ、もう海は渡れねぇ。自分が一番わかってんだ。俺の時代はもう、終わった。これからこの海は荒れるだろうが…、おめぇら息子共に何時までも俺を背負われるのも癪だ…。ガキの面倒には、なりたかねぇからなぁ…。マルコよ……、」



白ひげ海賊団は……ここで、解散しようと思う。




「オ…ヤ、ジ……何、言ってんだ…?」

「もう、この老い耄れが乗る船は、ねぇんだ…、俺は、ココで船を降りる…この生まれ育った、島でなぁ。」



滝の裏の、この…優しい村のある島で、オヤジさんは眠りたい。と言った。

「なんだ、立派な墓まで建てただろう?グララ、あとは入って眠るだけさ…、あの場で、オメェらを海に送り出して死ぬつもりだったが…、家族に囲まれて、最後を過ごすのも…悪くねぇさ。」


良い人生だった!!


そう言ってオヤジさんは、すごく、すごく優しくてふわふわな笑顔で私とマルコさんの頭を撫でて…、

「なまえ…俺に、時間をくれてありがとうなァ、」と、ふわふわな笑顔のまま、オヤジさんは涙を流した…。


私は、ただ、必死に漏れそうになる声を、我慢する事しかできなくて。
グッと噛みしめた唇はきっと白くなってるだろうし。
みっともなく鼻水垂らして嗚咽を噛み殺してる。


ぎゅ、と、傍に居るマルコさんの力無く垂れ下がった左手の小指を握りしめれば、マルコさんは私の手を繋ぎなおして力強く、握ってくれた。


「……っ、っ。オヤジ、っ、オヤジィ…っっ」
「マルコ、兄貴がみっともなく泣くんじゃねェ。こればかりは、もう遅かれ早かれなんだ…」



ずびずび、と鼻を啜る音が…、部屋に響く。

私は、また一人、大切な家族を見送ろうとしている…。



胸が張り裂けてしまいそうだった。








その晩、モビーちゃんの地下の地下の大して広くも無い、少し埃立つ倉庫みたいな所で。

16隊長さん達とぎゅうぎゅうにひしめき合って、エースさんが強く、私を抱きしめて…。
皆で夜が明けるまで目を泣き腫らした。







そして、オヤジさんに…、悔いを残しちゃダメだ。って…、この、滝の裏の…、優しい、優しい場所で…私は…。





白い…、真っ白い…、ドレスを身に纏う事になる。






轟々と燃え盛る白い炎は、もう、小さな灯として…、優しく揺らめき始めた。




翌朝、世界に知れ渡る事も無く。
ひっそりと…オヤジさん、エースさんの生存と。

一時代を駆け抜けた白ひげ海賊団の解散が、傘下の皆さんの元へと知らされ…。

滝の裏のこの優しい場所には、それから毎日、傘下の皆さんが続々と集まる事となる。












もう少し、傍に居させて下さい。

世界は何も知らなくていいのだ。この、優しい空間に“白”以外の色は要らないのだから…。