欲張りな羽虫

好きです、貴方の事がとても大好きなんです。

一目見た瞬間から恋に落ちておりました。

ええ、とても単純な女だとお思いでしょう…、でも、あの時、あの瞬間間違いなくわたしは恋に落ちたんです。

好きです…そーちょー。
大げさかもしれませんが、貴方は私にとっての光です。
ピカピカと輝いていて、とても奇麗で…、あぁ、そうだ…唯一記憶にあるお父様と、お母様との思い出で…お父様がワノ国から珍しい物を手に入れたよ、と見せてくれたマンゲキョウといった可愛らしい色紙が貼られた筒をわたしにプレゼントだよ、と言ってくれた時に。

筒の先にある小さな穴を日に照らしながら覗き込んで見たあのキラキラと美しく…まるで目の前いっぱいが全て宝石になっているかのような光景。
その時わたしはとても感動しまして、心が賑やかに踊るような興奮を今でもはっきりと思い出せます。

あのマンゲキョウを初めて覗き見た時の言い表しようのない気持ちは、そーちょーを初めてこの目に映した時とよく似ております。

キラキラと奇麗な、宝石の様な…私の大好きな人。
沢山の年月をひっそりと、勝手ながらお見守りしていく中で。
絵本の世界から飛び出て来た王子様のようなそーちょーは、思いの外いたずらっ子の様に振る舞われることもありましたし。
男性ですが、しなやかで品のある見た目とは裏腹に影では“腕力ゴリラ”だなんておっしゃっている方もいらして。その時は思わず不躾ながらも笑ってしまいました。

わたしの世界はとても狭いもので、あまり教養も無ければ…お恥ずかしい話ではありますがこの歳になった今でも文字の読み書きは少し苦手でございます。
頭も悪ければ器量も容量もてんでダメな不器用なわたし。

唯一、褒められた事がるのは…人を、殺めるのがとても上手だね、と…、言われた事でしょうか。

この他人よりも”ちょっとだけ”力持ちな力はわたしの生まれ故郷では当たり前の事でしたが…どうやらお外の世界では普通の女の子とわたしはだいぶ掛離れている存在だ、と気づいたのは…
もう…お父様も、お母様も…故郷も、誰も居なくなってしまった時の事でした…。


首に繋がれた重たい枷に引きずられ矢面に立たされた眩しく光を当てられる中飛び交う仮面をつけた人達の声に、ただただ震え、怯え、泣く事しかできなかったわたしは自分に付けられた価値も分からないままにどこかのお城の様に煌びやかで華やかなお屋敷へと連れられ、「今日からココが君のおうちだよ?」と、微笑みかけるあの背筋が凍り付いてしまいそうな笑顔。
幼いながらにもこの人は怖い人だ、と認識してからは毎日死んでしまいたいと思うような日々が続き。

痛くて、怖くて…悲しくて、言われたことを上手に出来なかった時は小さな箱にぎゅうぎゅうに押し込まれて閉じ込められて…お腹がすいても、のどがカラカラに乾いても誰も助けてくれる人なんてあの地獄の様な場所には居なくて。
毎日人知れずに声を殺して泣いていたのも、涙が枯れてしまったのか…悲しいと言う事も、嬉しいと言う事も何もわからなくなってしまったわたしは、ただひたすらに教え込まれるままに誰とも分からない多くの人達をこの手で殺めました…、それは、わたしが4歳から12歳になるまで、それが当たり前の日常の様に過ごしてきました。

光の無い、暗い部屋。
暗くて狭い箱の中。

箱に閉じ込められている時だけは、痛い事から逃げられる唯一の場所だと思うようになったのはいつからだったでしょうか。

今も…狭い所は心を落ち着かせるのにとても最適な場所です。



ぎゅぅ、と縮こまらせた身体を更に自身で抱きしめるみたいに小さく、小さく、このまま消えてしまえばいいのに…と思いながらわたしはわたしを力いっぱいに抱きしめました。


ギシ、と軋む音と、自分の鼓動。




昨晩。
わたしは、だいすきで、大好きで…とても、大好きなそーちょーに…、そーちょーに…。



「優しかったのに…、いたい…です…。」


そーちょー、わたしにハニートラップなんてお仕事は向いて無い、と仰いましたが。
本当に、その通りでございますね…。
先輩のお姉様方は、あんな…、
あんな息をするのもやっとなくらいにいっぱいいっぱいになってしまう行為中に情報を上手く抜き取っていただなんて…頭が下がる思いです。


わたしには向いていません。

もう、出来ない…、
結局…わたしは何処へ行こうとも人を殺める事しか出来ないろくでなしなんです。

あのお館に居ても、革命軍に居ても、結局他に役に立てることなんてないんです。

コアラちゃんや、先輩方が気をもんでいるのは知ってます。
でも、苦しくて辛いあのお館に居た時よりも…わたしをあそこから拾い出してくれた皆さんの為に振るう拳に…私の様に苦しんでいる人達のために振るう拳に、一切の気の迷いなんてないんですよ?

皆さんのお役に立てるならミロはいっぱい悪い人達を懲らしめてやりましょう。

だから…、ごめんなさい。
もう男の人を惑わす様なお仕事は出来そうにありません…。


向いて無かったんです、



ああ、今日が何にもない日で良かった。


日も登らぬ青ぼけたそーちょーの香りでいっぱいのお部屋の中、ぎゅぅ、とわたしを抱きしめる腕を静かにすり抜けて、くぅ、くぅ、と静かに寝息を立てるそーちょーを起こさぬようにわたしは床に散らばるお洋服を身に着けお部屋を後にしました。

自分のお部屋に戻って…、それから、…、それから、どうしましたっけね…、


あのままどうやって、今こうして心を落ち着かせているここが何処だか場所も分からないままに、もうずっとここで過ごしています。


そーちょーが好き、大好き。


何度も、何度もそーちょーはわたしに問いかけられては、わたしはそーちょーに大好きです、と沢山伝えました。
大好きです。

大好きなのに、涙が止まらないんです。


「……っ、ぅぅ…、そーちょぉ…、なんでぇ…っ、」

なんで、なんで…、

どうしてこんなにも、苦しいのでしょうか…?



キラキラと眩しいくらいに輝いてわたしの狭い真っ暗闇な世界を照らしてくれた貴方に、わたしはあまりにも近くへ寄りすぎてしまいました。


熱い、熱いです。

光に焼かれた身が、今も熱い。

この醜い背を…、自らの手で、焼き爛れさせた時の様に。


熱くて痛い。






















「ミロ!!!!!」

「ッッ、ひっ、ぅ…っ…そー…ちょ、」





真っ暗な世界に日を照らすのはいつも総長、貴方ですね。

バッッ、と開かれた箱の蓋。
腕を掴まれて引き上げられて、眩しさに目を思わず強く瞑る中感じる力強く抱きしめられる感触に鼻の奥がツン、としてしまって、

「お前は…!!また!こんなとこに入り込みやがって!!っどんだけ探したと思ってんだバカヤロウ!」
「あ、っ、そーちょ…、く、くるし…、」

苦しい、苦しいですそーちょー。

ぎゅぅうって、骨が軋みそうなほどに力がこもる両腕からどうにか抜けようと身をよじるも叶わず、
ミロ、ミロ、とわたしの名を呼んでは首元に顔を埋めてこられるそーちょーにわたしはどうしていいか分からずにオロオロとするばかりで、


「……逃げんな、ふざけんな…もう、夜だぞ…バカ…」
「あ……どうりで…お腹がすいたな、と…」
「ばか…ばかミロ。ばか…。おまえ…ほんっと、無駄に気配消すの、それ勘弁してくれ…」


朝からずっと探してた、と…、コアラちゃんも心配していると、先輩たちも総出でわたしを探したと、そーちょーにお叱りを受けてしまいました。

「ご、ごめんなさい…、その、今日はお仕事も無くお休みでしたので…、息抜きをしようかと思いまして…。まさかこんな大事になってしまうなんて、その…ご迷惑おかけしてごめんなさい、」
「おまえ…息抜き、って………ばかだろ、」

こんな小さな木箱の中で生き抜きする奴なんてお前か猫か犬くらいだぞ、と…耳元で喋るそーちょーに、擽ったさで身をよじればまた強く力のこもる両腕。

「あの…そろそろ………離していただけると…」
「だめ。おまえ直ぐ逃げるから。だめ。」
「…えぇー…、」

それは、困りましたねぇ…、と、この状況どうしましょうかと頭を悩ませていた時にふわりと緩むそーちょーの両腕。

腰元に手を回したまま、私と少し距離を開けて覗き込むのはあの海を閉じ込めたビー玉ガラスの様な奇麗なそーちょーの目で、
わたしを真っ直ぐと映すその目の中の、わたしと目が合ったのがなんだか恥ずかしくて顔を反らそうとすれば

「だめ、こっち見ろ。」
「あっ、えと、そーちょー?」

「……ミロ…、俺の事、好き、…?」



好き、?愛してる…?

昨晩にそーちょーの濡れた唇から沢山紡がれたその言葉。

はい。ミロはそーちょーが大好きです。すごく、すごく大好きで…、あいし、て…、






「そーちょー…、」
「なぁ、ミロ…、好き?」

「もちろん…だいす……っ、…ッ、そーちょ、あの、っ、わたしっ、ちゃんと…、あれぇ…っ、なんでぇ…っ」

ぐぅっ、ってまるで喉が押しつぶされるみたいに苦しくって
たったその二文字の”すき”が、あんなに当たり前の様に出て来たのが嘘みたいに声にならないまま掠れた空気となってでしかわたしの口からは出てこなくて、

違うんです、そーちょー、まって、ちゃんとわたし…そーちょーが、す…っ、

「すっ、ぅ…っっ、ぅぁぁあんっ…っ、そーちょっ、…っ、なんでぇっ、なんでぇ…っ」
「……ごめん、ミロ…、っごめん…」


ごめん、ごめんな…、と。あぁ…違うんです、そーちょーが謝る事じゃないんです、違うんです、


「そーちょぉ…っ、ごめんなさいぃ…っ、ミロは…っ、ミロ…は…、もう、どうしていいのかわかりませんんっ」

昨晩のあれは、枕指導だったんですよね?それ以上に、深い意味はないんですよね??だって、あんな…、あんなの、まるで…、指導なんかじゃ、

「だって…、わたし…っ、ごめんなさいーっっ、ご、ごしどうのほど…っ、頂きましたのに、わたし、っなんにも…っ…っ、」



身に付きませんでした、
身に付かない程に、そーちょーに夢中になってしまって、あぁ、なんてわたしは浅はかなのか。


「そーちょうっ、ごめんなさいぃっ。わたし、わたしっ、もう軽々しくお慕いの言葉、言えませんっ…!だって、だって…っ、わたし、っ…、身の程知らずにも程があります、っ!!」



ずっと貴方の隣にはもっと素敵な、それこそコアラちゃんのように強くて凛としてて可愛くて素敵な女性が貴方にはふさわしいと疑ってなかったのに。

浅はかなわたしは、たった一度、貴方に触れただけでこんなにも欲深い醜い生き物になってしまいました。



「わたしっ…そーちょーがっ、そーちょーを…っ、」



独り占めにしてしまいたいと、思ってしまったんです。


「ッ…っ、ミロっ、」
「ンンッっ…、っ、っ…ん」




もうあんな風に知らない男の人に、任務とは言え身体をぺたぺたと触られるのが嫌だって思うくらい
そーちょーの優しく身体を這う手つきが忘れられないんです。

わたしの名を呼ぶ声も、呼吸も、そーちょーの香りも…全部、全部私だけのものにしたくて仕方ないんです。

ああ…ああ…、なんて欲深いのでしょうか。

優しくて、痛い。

その優しさが痛い。


もう…そーちょー以外の男性にこんな風に触れられたくない、って…。


はく、はく、ってまるでわたしの口を食べてしまわれるかのように強く抱きしめられながら絵本の王子様とお姫様がするような柔らかいキスじゃなくて、深くてちょっと苦しいそーちょーのキスは、昨晩の情事を思い出してしまって…胸がきゅぅ、としくしくするんです。


カクンと腰が抜けてしまって、そーちょーに支えられるまま数歩後ろへよろければ背に当たる壁の感触にずるずると二人でしゃがみ込む様にして床にぺたんとお尻が付くその間にも、苦しくて…でもとっても甘い、舌が這う感触がとても心地よいと感じてしまうわたしは、なんてはしたないのでしょうか。


ちゅ、ちゅ、と…人気の無く、静かで薄暗い廊下の隅。
積まれた木箱の陰に隠れる様にして、わたしはそぉっとこの力のこもった両腕に自身の手を添えて
そーちょーの羽織を指先で摘まめば。ちゅぷ、としたリップ音と共に少し顔を離されたそーちょー。

ぁ、と小さくわたしの喉から声が漏れて。散々舐られた舌の先から伝う透明な糸が繋がる先にはそーちょーの赤く熟れた舌先。


「ミロ…、なぁ…好き、って言って…。いつもみたいに、なぁ…言って……」
「そー…ちょう…」



“俺の事、好き?”

そう、いつもわたしへ問うてくるそーちょーは
いったいどういう心積もりでそう問いかけて来るのか、わたしのこの足りない頭では到底答えにたどり着くことは出来そうに無くて。
意地の悪い事を成される度に繰り返し、繰り返し聞かれるその言葉には深い意味があるのでしょうか?


「ミロ…、俺の事…好き、って言って、」

なぁ、と、まるでわたしに縋りつくかのようにされるそーちょーにとても居た堪れなくて…、
心がぎゅぅぅっと苦しくて、痛くて、わたしは欲深くも貴方が欲しいと考えているんですよ?
こんな、下っ端で、何のとりえも無いし、容量も悪い出来損ないなわたしが
こんな…雲の上の様なお方を、独り占めしたいと思っているんですよ?

なんて罪深いのか。

貴方と言う強く眩しい光に焼かれた身がとても痛いんです。
もう遠目から見ているだけじゃきっと足りなくなってしまった、触れたいと思ってしまった。


「っ、昨晩…、わたしがどんな思いで……っ、どんな、思いで……っ、触れられる手も、肌の感触も…そーちょーの吐息も、全部、全部…わたしを駄目にするんです。もう…できませんっ、」

「、…できない、って…」


出来ません。
もう出来ません、無理です、







「わたし…、っ、もうそーちょー以外の男性に…触れられたくない、って…もう…、お仕事、できません…っ、そーちょーが仰る通り、向いて無いんですっ。もう、出来ない…っ、」

はっ、と。そーちょーが息を飲む音が聞こえて、役立たずでごめんなさい、と自分でも驚くほどに掠れて消えてしまいそうな声と同じく、わたしも消えてなくなりたいと強く感じました。


「もう…そーちょーが、好きか、と問われるお言葉にお返しする事が出来ません。そーちょーはご冗談で狼狽えるわたしを見て楽しんでいらっしゃるのでしょうが、わたしはもう…気が気じゃないんです!どんどん、欲張りになってしまうんです!胸が苦しい…っ、もっと、もっと、と、身の程知らずにも望んでしまうんですっ、」

は、は、と肩で息をするように、わたしは何て事を口走ってるのか、でも、もう溢れて止められそうに無くて…、

「っあんまりです、そーちょー…あんまりです、あんな…ひどい仕打ちがありますでしょうかっ!わたしはもう唯でさえこのちっぽけで使えない頭が、もう総長の事でいっぱいなんです!!もう…見てるだけじゃ、足りない…っ。酷いです…、酷い…、なんでぇっ…溶けてしまいそうな、キスをされるんですかぁ…っ、なんでぇ…、わたしを、っ駄目にするみたいに、抱いたんですか、?」


そーちょーはいつもわたしに確かめるみたいに問いかけてくるその言葉の意味は何ですか?
貴方はわたしに好きか?と問いますが…では、貴方はわたしを…どう、おもってらっしゃるんですか…?
…と、その問いは…さすがに聞く勇気は無くて。
涙や、鼻水でとてもお見苦しい事になっているであろうわたしの顔。

そーちょーはただずっとわたしの嗚咽交じりのたどたどしい言葉を真っ直ぐとわたしの目を射抜くようなその眼差しで見つめたまま聞いて下さりました。

そして黒いグローブをされた手で、わたしの涙を拭って、
「…、ぶさいくな顔…。」、と…言って、また、わたしの口元を食まれました。







愛、溶かされて。