手出し無用で頼むわ

朝、肌寒さに目を覚ました時。

この腕に閉じ込めてたはずのアイツが居なかった。

空っぽな俺の隣、
見ないで、脱がさないで、と泣くアイツを暴いて床に散らばした服も
床には一枚も残って無くて、気配も無く忽然と…まるで昨日の事は夢だったか?と思う程に、アイツは本当に気配を消すのがうますぎる。

本気で一瞬夢かと思ったがベッドに残るアイツの甘い香りが現実だと教えてくれてるみたいに、思い出すのは昨日の夜に感じたアイツの柔らかさや温もりに男特有のこの朝の生理現象に少し腰元がうずいた。

なのに、
目が覚めて隣に居ないアイツに、酷く虚しさだけが俺の中に渦巻いてた。
















「なぁ、コアラ。アイツ…見なかったか?」

おはよー、と俺に気付いて挨拶してくるコアラに。アイツの部屋を訪ねても音沙汰が無く、これと言ってアイツの行動パターンも分からない俺。

いつもだったら朝、部屋を出た時からそれとなくアイツの気配はいつも近くに居んなー、と最近分かる様になってきたが。
その気配すらも無い。

「んー?アイツ、って、ミロの事かな?」
「おー。」
「…私てっきりサボ君が昨日、ミロの事お部屋に連れ込んでたとばかり思ってたんだけど…。」

じと〜〜、とした目でコアラが半ば睨む様に見てくるのに目を逸らしつつ、「あー、」と明後日の方に目を向けてこめかみをポリポリと掻いた。
いやぁ〜、まぁ、その〜、

「やぁ〜…、朝、起きたら…居なかった…つぅか、うん…。」
「……え、じゃぁ…、昨日…」

あははー…と気まずさに抑揚の無い声で乾いた笑いをすれば、

「…こんの…!!!スケコマシが!!!!!」
「ッッッイッテェ!なにしやがる!!!」

ベシィ!!と肩を叩かれて…つぅかもはや殴られた。

「君!!!好きじゃない!とか言ってたくせにー!!何やる事やってんのよ!!すけべ!!!えっち!!」
「いてっ、いってぇって!」
「なんなの!?ミロが自分の事好きだからってそこに付け込んだわけ!?君、顔は良いんだからいつもみたいに寄ってくる女の人で済ませればいいでしょーが!!顔!だけ!は!!良いんだから!!」

なんでわざわざミロなのよー!!!!って、ぽこすか殴ってくるコアラ。

「や!だってアイツ!!俺の事好きなくせに他の男と抱かれる練習するとかバカな事言いやがるから!!!」
「はぁぁあああっっ???……っはぁぁ〜〜〜!!??」

しんじらんない!いみわかんない!と騒ぐコアラに、また一発パンチを食らった。いてぇわ!!


「君言ってる事とやってる事がぜんっぜん理にかなってないよねぇ!??それってつまり、ミロが自分以外の男に触られたく無いって事じゃないの!?ふつー好きでも無い女の子にそんな感情もつ!?ねぇ!君は、おバカさんなのかなぁ??」
「……え?じゃぁ…、俺って…あの変態が好きって事になんのか…?」
「どう考えてもそういうコトになるでしょーが!!自分の感情なんだから私に聞かないでよ!」

ほんっとにいみわかんない!とぷりぷり怒り狂うコアラは、俺が毎日のようにアイツにちょっかい出しては楽しんでる所とか、アイツの任務内容にうるさく口出ししてる事とか、そういうのをつらつらと上げて来てどっからどう見てもアイツの事が気になって仕方ない風な空気バシバシだしてた!と言った。


いや、まぁ、たしかに?なんつーか、昨日のアイツは…すげぇ可愛かったし?何度も何度も俺に好き、だいすき、と声を上擦らせながら俺の下で言ってるのにはかなりグッとくるもんもあったし?…なにより…、すげぇ…


「……相性…、良かったしなぁ…。」
「サボ君今かなり最低な事言ってるの自覚ある?」

呆れて物も言えないわ、あの子探してくる。

そう言ってコアラは俺を睨みつけながら、その気がないならもうあの子を弄ばないで、と念を押して踵を返し去って行こうとしたが、ピタ、と止まって。さっきまでの怒涛の怒りが嘘みてぇに静かな声で俺に「ねぇ…」と振り返らないままに問いかけられた。



「……そーゆう事、したって…、見たの。あの子の…、」
「…あ…、おう、」

「そう……、嫌がってたのを、無理やり…、とかじゃないでしょうね…?」
「……」


黙り込んだ俺に、コアラはその表情がうまく見えないままに近寄って来て、

パシッ、と頬に走る痛み。


「…ほんと…サイテー。ミロの事本当にこれっぽっちも、好きじゃないならもうあの子にちょっかいださないで。あの子、サボ君にバカみたいに夢中だけど。あの子の事、好きだって言ってる人結構いるんだからね。」

そう言って、コアラは俺の前から去って行った。


アイツの気配は未だに見つからない。
























昼過ぎになってもアイツは見つからなくて、コアラがあっちこっちに聞き周りながら探してたもんだから気づいたら手が空いてる奴等総出でアイツの大捜索がはじまった。

なんつぅか、少し異様な空気だ。

俺と同じ様に感じた奴らが、必死こいて捜索しはじめた奴らにどうせそのうち腹減ったら出て来るだろ?と言ったが。そもそもメシと俺にしか興味無い様なアイツが朝も昼も食堂に現れないって事がまずおかしい!と、その表情はどこか焦燥にかられてるみてぇで、



「…ッチ…、おい、一応…ドクター達に声かけておけ。」
「はぁ??おいおい大げさすぎやしねぇか??」
「あー、アンタはミロよりも後にココに入ったんだっけね、…まぁ、色々あんのよ。」


そんな会話を耳にしながら、俺も何故ドクターに?と疑問を感じて昨日、ミロの世話係してたって奴に聞けば、昔も一度同じような状況があったから嫌な予感がする、と言った。

「いやな予感、って…、何が…」
「…総長は、知らねぇのか…。って、そもそもアイツの存在自体最近知ったんだもんな…」
「当時結構大騒ぎだったけれど…、あぁ、確かあの時サボは本部から出てて不在だったわね。あの子、自分で油被って…、焼いたの。」

「……は…?」

「自分の身体を、焼いたのよ…あの子。大変だったんだから…」


自分で…やったのか…、あの、背中の火傷…




なんで、とか。どうして、とかそんな事ばかりが脳内で渦を巻くようにぐるぐると飛び交っていてふと思い出すのはアイツのあの日記。
序盤の方にやたら“悪魔”だの“呪い”だのと綴られてたそれ。ぱち、ぱち、とパズルのピースがはまっていくみたいに…、


「な、なぁ…、アイツって…ここに来る前は……」


ドクン、ドクンと耳の奥で自分の鼓動がうるさい

アイツの世話係だったと言った奴と、ドクターに声をかけておけ、と言った奴が顔を顰めてお互いに目を合わせたあと、俺に向き直って…

「…これ…私の口から言ってもいいことなのかしら…」
「ミロを当時から知ってる奴は大半が知ってる事だろ…アイツ、ここに来る前は…、」




続けられた言葉に、
ヒュ、と喉の奥が震えた。






ー…奴隷だったんだ、あの子…。背中の烙印を自ら焼いて消した…ー







ミロ、おまえは…汚くなんてないよ。と、今すぐあの小さな身体を力一杯に抱きしめて言ってやりたかった。


俺はアイツを…、ミロを…、ミロ…を、

























「ミロ…好きって、俺が好きって、言って。」
「そー、ちょう…」

薄暗くて誰も通らなさそうな本部の地下の端の、さらに端っこの木箱が積まれた中の一つに。コイツは目に涙を濡らしながら、初めてコイツを見つけた時みたいに身体を目一杯縮こまらせて入ってた。

散々探し回って、日が暮れて、夜が来ても見つからなかったコイツはこんな所に一日中居たと言う。

昨日の夜は確かにその口で俺にたくさん紡いだ言葉は、今は喉に詰まらせるみてぇに…苦しそうな、切なそうな顔をしてその口からいつもみてぇに好きだ、好きだと言ってはくれなくて。
それが…無性に、なんつーか…悔しい…?いや、違うな…


悲しい…?のか、?


見つけて、捕まえて…俺はコイツをどうしたいのか。

腕の中で震えながら俺に訴えるコイツに、さっきから胸の奥が締め付けられるみたいに苦しくて。


どうして、なんで、と
昨日のあれは、指導だったんですよね?と言うコイツ。

もう色の任務はもう出来ないと、向いてなかったと言うコイツ。


ごめん、ごめんな
俺、本気でおまえを抱いた。


おまえを誰にもやりたくねぇ、って思いながら…抱いたんだ。


「っそーちょを…そーちょーをっ、独り占めにしていまいたいとっ、思ってしまったんですっ」

朝はかな女でごめんなさい、身の程知らずでごめんなさい、と言う腕の中のコイツに噛みつくみたいにその口を塞いだ。


やばい、やばいな…、コイツを誰にも触れさせたくない、って思っちまった。


いや、もう…思ってた、コイツと強烈な出会いを果たしたあの時から
俺の中に色濃く染み付いたコイツが気になって仕方なかったんだ。



腰が抜けて倒れ込むコイツを支えながら少し埃が積もる床に二人して座り込む、その間にもコイツの甘い匂いが強く香る身を掻き抱いて深く、深く、もっと俺だけを、俺だけでいっぱいになって、と息をする間も惜しいくらいにミロを貪った。

きゅ、と服を摘まれて顔を離せば俺と、ミロを繋ぐ意図がぷつ、と切れて
昨日の夜ん時みてぇに顔真っ赤にして必死に息を吸って吐くコイツのその表情に腹の奥がかき乱されてくみたいにコイツが欲しいと泣く。

なぁミロ、好きって言って。
俺にもっと夢中になって、いつもみたいに、大好きです、って



「言って、ミロ…、なぁ、頼むから…っ」



まるで、コイツに縋り付くみたいに俺は身勝手で、わがままだ。



声を荒らげて俺に掴みかかりながら「あんまりですっ、」と言ったコイツはもう俺を見てるだけじゃ足りない、って、
なんで、あんなふうに抱いたのか、と

もう俺以外の誰にも触られたくなくなってしまった。

もう色の仕事なんてできない。

その言葉に血が沸くみたいに身体が熱くなって、もう無理だった。



大粒の涙をビー玉みたいにコロコロと頬を伝って落ちるそれを手で拭えばグローブに染みとなって消えていった。


かわいい

どうする?こいつ、すげぇかわいい。

俺にいっぱいいっぱいになってる所がすげーかわいい。


顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるコイツの色の違う両眼が涙に濡れてキラキラと宝石みたいに輝いて見えて、濡れた頬を包み込むみたいに手を添えれば鼻を啜りながら肩をこきざみに振るわせるミロに、
「不細工な顔」と

ぶさいくで、すげぇかわいい。


ふにゅ、と柔らかいこいつの唇は俺をダメにするんだ。





コイツを誰にもやりたくねぇ。俺だけのものにしてぇ。

俺ももう、おまえに夢中になってたよ。ミロ、俺のどうしようもねぇストーカー。




自分でもおかしくて笑っちまうくらい優しく丁寧にコイツの感触を確かめるみたいに柔らかくて小さな舌にちゅぅ、と吸い付けば


ぐぅう〜〜〜〜〜〜…



「あっ…、っ、っ、」

「…おまえ…、プッ…っ、くく…っどぇれえ怪獣腹に飼ってんな?」
「あ、あぁっ…わ、わらわないでくださぃ…っ」

やべぇ、アホすぎるっ、アホすぎてクソかわいいっ


「ふっ…、むりっ…おまえっ、ぶふっっ…っ、メシっ、行こうな…っププっ」
「〜〜〜〜っっそぉーちょぉーっっ…っ」


空気を読まねえコイツの腹におかしくてケタケタと笑ってりゃぁ笑わないでと恥ずかしそうに腹を抑えたミロ。

うんうん、そりゃおまえ朝っぱらからなぁんも飲まず食わずで箱ん中閉じこもってりゃおまえの腹の虫が黙っちゃいねぇよな、うん、メシ食いに行こうな?

ほら、いくぞ、とコイツを立たせて尻の辺りについちまった埃をパタパタと軽くはたき落としてやれば、「ひゃぁっ」…って…、なんだその声は…
ぴくんっ、って跳ねた身体に昨日の乱れたコイツを思い出しちまってズンとナニかが腰にキた。


やべぇ…そうだった…、コイツ、めっちゃあっちの具合が最高だったんだわ…。


恥ずかしそうに俯くミロを連れて、俺は煩悩をぶっ殺しながらコイツの腹の虫の機嫌をとってやらねぇと、って食堂へと向かった。





そんで、食堂に着くなり
もうとっくに夕飯時も過ぎちまってコック達がのんびりと茶を啜ってる中、コイツを捜索してた奴らやコアラ、そして数人のナースとドクターがまるで誰か死んだのか?ってくれぇ重たい空気背負って項垂れてた中、入り口あたりに居た仲間の一人が俺とコイツの名を呼べば一成に刺さる視線の数々。



「ミロ!!!!!」

真先にコアラが駆け寄ってきて隣にたってたミロに思いっきりタックルかますみたいに抱きついて、今までどこに居たのか、怪我はないか、と少し涙を滲ませながらミロの肩を思いっきり両手で掴んでブンブンと振るもんだから。
ミロのタワシみてぇな頭がぶわんぶわん、その量の多い髪が舞っててちょっと面白かった。

ミロ、ミロ、と他のやつも駆け寄って来てはどこに居たのかなどと問い掛けていて。あの世話係だった奴が、「また、昔みたいにバカな事するんじゃないか、ってすっごく心配したんだからね!」と叱るみたいに言えば、コイツはしょぼくれながらごめんなさい、と皆んなに頭を垂れた。

「ご、ごめんなさい!えと…なにやら御心配をかけてしまったようで…、その、今日はお仕事も無くお休みでしたので…、ちょっと、息抜きしようかと思いまして…」
「…コイツ、息抜きとか言ってっけど。地下の端の廊下の奥、木箱ん中で丸まってやがったわ…」

「「「「はぁああ????」」」」

うんうん、わかるぞその反応。

どう考えても息抜きできてる状況とは思えないわな。

「…ミロ、あんた…、犬や猫じゃないんだから…」
「あ、コアラちゃん…それ、そーちょーにも言われました…、すごく落ち着くんですけどね、?」

それはあんただけよ、と呆れるコアラの後ろから何人かの下っ端連中が

「お前が居なくなった!って先輩達が大騒ぎしてたんだからな!」
「全くお前ってやつはほんっとに世話が焼けるなぁ、もう、ほら総長にちゃんと礼したんか?」

そう言って一人の野郎がコイツに触れようと手を伸ばしたのを、ああ、そういやぁコアラがこんなアホでドジでちんちくりんでバカなタワシストーカー変態女でも…意外にも男が寄ってくるんだったっけな…って、



「あ。そうだそうだ、コイツ、俺の女にするから。手出し無用で頼むわ。」

俺のその一言に、シン……と静まり返った室内。


「え…?そーちょー…??…なんと?」

「え?サボ君?なんて?」

「「「「え??」」」」


ポカン、と一様に口をあんぐりと開けて俺を見てくる奴らに、改めて言った。

「いや、だから。コイツ、俺の女だから。宜しく!」



バタンッッッ



「きゃーーー!!!!ミローーー!!!!!」
「うぉあっっ!!ミロ!?、って!!おい!!ドクタァアア!!!!コイツ!でこカチ割てやがる!!!!!!」


ぎゃぁあ!!って一気に騒がしくなった室内に、バタっと顔面から卒倒したミロがテーブルの角に思っクソ頭をぶつけて、めっちゃ血が吹きでてやがる!!

ドクター!!ドクターー!!と騒ぐ俺とコアラに、やっぱドクターに声かけてて正解だったわ…と、誰かが言った。

いやほんと、その通りだわ。



結局、その後医務室に担ぎ込まれたミロはパックリと裂けた前髪の生え際あたりを数針縫う羽目となった…。



いや、まじか。








かわいいコイツは傷だらけ