人形の目は光らない

溺れた。

ミロに溺れた。




得体の知れない未知の生物だと思った初対面の頃、やべぇ女だなって。

ストーカーだし、変態だし、ちんちくりんなくせに片手で大岩持てるくらいのアホみたいな怪力だし。それこそコイツも頭蓋骨を卵割る感覚でカチ割れんだろ、って思ったほどだ。

ボサボサの頭に、女らしくも無い服装。
化粧ッ気の無い顔のくせに、目はくりくりしてて…珍しいオッドアイは一度見たら忘れられない印象を持ってて。
黙ってりゃそこそこ愛嬌もあって可愛いのに…いかんせん中身がアレだ…。

自分からは鼻息荒く俺に対するポテンシャルの高さには引く所もあるが、俺から迫れば途端に顔をこれでもかって…耳まで真っ赤にして狼狽える姿は…なんだ、まぁ、男にとってはクるものがあるだろ。

最初はその反応が面白くて揶揄ってただけなのに、気づけばそれが日常になって。毎日のように付きまとってくる気配を感じてはミロにちょっかい出して、アイツの気配が感じられない日はなんだか今日はつまんねぇなぁー、って思うくらい…俺の中でアイツの存在が根付いて来た頃、

任務で本部に居ないから来ないのかな、とか思ってた時に…ミロが他の下っ端連中と大口開けて笑いあってるのを見て、アイツ…俺の前以外だとあんな風に笑うんだ…って、他の男がアイツの肩小突いたりあのボサボサの頭を両手でわしわしかき混ぜてじゃれてるのを見た時に、アイツ…俺のなのに…って思う様になってた。



もっといい女なんて世界にゃごまんと居るのに、あんな奴でも結構男に好かれるような所があって、本部内でふと耳に拾う様になったアイツの話題とかに敏感に反応するようになってた。

”ミロってよぉ、なんかわかいいよな〜。なんつぅの、子犬みてぇで”
”あーわかるわかる、あのまっすぐついてくる感じとかな!ご主人様〜〜!みたいな、”
”あんな何も知ら無さそうな顔して色の仕事してる、ってのが…はぁ、床ではどんな感じなんだろうなァ〜”


ムカついた。
アイツをそんな目でみるんじゃねぇ、って。

そんであんな変態でバカでアホでどんくさいアイツに俺は溺れた。


ミロを初めて抱いたあの日、更にコイツに溺れて…、でもミロは俺から逃げようとするんだ。
捕まえて、抱きしめて…、コイツは俺の女だって周りに牽制するようにミロに手をだすなよ、って知らしめて、でもアイツはまた逃げて、俺を避けて…、なんなの?アイツ、俺の事好きなんじゃねぇの?俺を誰にもやりたくねぇとかそんな事言ってたよな?なのになんでお前逃げるの、って。

俺と肩を並べるのが身の程知らずだ、とか。
自分じゃ俺には釣り合わない、とか。

頑なにそんなくだらない事ばかり宣うミロにイラついた。

イラついて…もう、それならいっその事コイツも俺に溺れさせちまえばいいや、って、そう思って。
もう逃げないように、俺以外じゃ駄目なようにしちゃえばいいんじゃないか?と…、数日俺を避ける様にしてたミロを取っ捕まえて真昼間から部屋に籠ってたっぷり愛してやった日から…、


ああ、今日で何日目かな。


あれから毎日のように、ミロを取っ捕まえては昼夜問わず待機や任務無しで空いてる時はミロに俺を教え込むみたいに抱きまくった。

俺の下で乱れるコイツは可愛い。
きゅん、きゅん、って子犬が鳴くみたいに喘ぐミロの声も、俺の形になって来たミロの奥も、いい反応するようになってきた身体も、全部可愛い。

愛してるよ、って囁けばぐしゃぐしゃにとろけた顔で「わたしもだいすきです」って必死になって答えるミロ。
すげぇ好き。めちゃくちゃ可愛い。まさかこんな風にコイツに溺れるとは思わなかったってくらい、俺の中ではミロとの出会いは色々と衝撃的だった。

夢中なんだ、ミロに。











「ミロー。俺明日から暫く長い任務でさー、はぁー…暫く会えないけど、ちゃんといい子にしてるんだぞ?」

ぎゅうぅってミロを布団ごと抱きしめて、事後の余韻も冷めない中。
こいつの癖になる甘い匂いが一番濃く感じられる首元に顔を埋めてぐりぐりと摺りつくみたいにした。

「…そーちょー…、わたしをワンちゃんか何かと思ってませんか…?」
「お手」
「あ。はい。」

ぽん、と差し出した手に迷わず手を乗せるミロ。うん、犬じゃん。かわいいなおい。

おーよしよしよし!!ってミロのふわふわな頭を撫で繰り回してやれば俺のされるがままに頭をボサボサにされてへらぁって笑うのが…もう、もうっ……!

「あーー…、なぁミロ…口で、して?ほら、この前教えたみたいに、できるだろ?」
「…はい…」

まだ上手くできるか分からないけれど、ご指導のほどよろしくお願いします。と、ベッドに腰掛けた俺の脚の間に入って床に座り込んだミロの頭を撫でながら、まだ拙いけど…その拙さがまたいい。




コイツ、意外に頑固な所が合って。
でも俺の言う事なら…と、俺を受け入れるミロ。

俺はコイツが好きで、コイツも俺が好きなのに
まるで俺だけがミロに夢中になってるみたいで、ミロは俺に命令されれば何でもいう事を聞く人形みたいで…、そう、あれだ…


今の俺と、ミロの関係は…恋人同士なんてもんじゃなくて、後腐れの無い身体だけの関係みたいだった。

コイツはまだ俺と対等な存在だと自分じゃ絶対思ってない。
俺の一方的な感情…まるでこれじゃぁ青臭い方思いだ…。

それでも、俺の言う事を何でも素直に受け入れるミロを
こんな手でしか繋ぎ止めておけないなら…もう、それでもいいと思った。









参謀総長の従順な犬。


これが今、ミロに貼られてるレッテルだ。





















「コアラ〜〜〜、俺達はいつ本部に帰れるんだよーー…!」
「サボ君、それ毎日言ってるよね。いい加減鬱陶しいよ。」

あ”〜〜〜〜…と船の甲板で水平線を眺めながら手摺にもたれて項垂れる俺。
情報収集も兼ねた今回の長期任務は、あっちへこっちへと島を転々と移動してる船上生活に俺はもう限界を迎えそうだった。

だってよー…あんな…、ミロを知っちまったからよー…、アイツじゃないとダメなんだよなぁー…。はぁ…ミロー…俺の可愛いタワシ……ぐすん……。

「ミロに触りてぇ…ミロの匂いかぎてぇ…ミロのアホ面が見てぇ…」
「…これじゃまるでどっちがストーカーかわからないわね。まさかサボ君がこんなにミロに病的に夢中になるなんて思わなかったわ…。」
「…俺も…。」

はぁーーー、とデカいため息ついて空を見上げれば、あ。あの雲…あいつの頭みてぇだなぁ…、って。
あ。あっちのも…、ん?こっちのも!

ミロが一匹…、ミロが二匹…、ミロが三匹……。

「ミロがよんひき…、」
「君、今の顔相当ヤバいよ…。……ねぇサボ君、ミロの事…本気なの…?」

「んあー。…俺が本気でも。アイツは違うだろ…。どーにかなんねぇかなぁー、あの自己肯定感の低さ…。まぁ…、そうなるのも致し方ないってのは分かるんだけどな…。アイツ、奴隷だったんだろ。」
「あ……聞いたんだ、」
「シャロン達にな。アイツの口からはまだ聞いてねぇ…。なぁ、コアラ…アイツ、本当に俺の事好きなんだよな?」

いや私に聞かれても、と眉尻を下げたコアラ。

「…ただ、そうね…ミロにとって、サボ君は”特別”には変わりないと思う。…あの子、ウチに来た時…抜け殻みたいだった。」


言葉を発する事も無く、食事も”食べなさい”と言われるまで目の前に出されても一切手を付けない。
座わってもいいんだよ、と言われるまで何時間でもその場に微動だにせず立ち続けてた。

「そんな感じでね…ミカさんがもしかして、って”あなたのお名前を教えて?言えるわよね?”って聞いて、初めてあの子…喋ったの。”ミロ…。でも、お館ではS-03とよばれていました”…お好きな方で呼んでください、って」


そうやって、だんだんとミロと意思の疎通の取り方を掴んできてミロはこの海でもかなり珍しい世界から隠れるようにひっそりと暮らして来た一族の生まれという事、
その一族は皆、アイツと同じように力に優れていて。老若男女問わずにあの能力者並の怪力が産まれながらに備わってる事、

そんで、アイツの生まれ故郷はもう、この世界には無い事。

「淡々と表情も変えないで聞かれたことに事務的に答えてたあの子がね…、皆当時はほんっとうに驚いたんだから!感情が無いのかな?って思ってたミロが、ある日あの何も移さなかった両目をすっごいキラキラさせて言ったの!ココには王子様がいるんですか!って、」
「…は?…王子様ぁ??」

「そー!王子様、…サボ君、王子様なんだって、ミロの王子様…、あの子それからはもう…、君に夢中よ。最初は皆、ミロの豹変っぷりに驚いてたけど。やっと年相応になって来て安心してた頃に…なんだかサボ君愛が違う方向に行っちゃって…、あはは、そして今に至ります、みたいな?」

あ……でも、

と、昔を思い出して話をしてたコアラが、ふと顔に影を落として。
俺は「でも、なに?」と聞けば、あのボヤ騒ぎの話をぽつぽつと始めた。

「ミロの背には、その…、”奴隷の証”が刻まれてた、の…。あの子、随分と表情を見せるようになった頃ね、誰に言われたのか知らないけど…背中のソレは呪いだ、って。…多分、サボ君って顔は良いからね、顔は。あの子が君に付きまとってる…って言うのも違う気がするけど、まぁ…それをよく思わなかった子達に嫌がらせされたのかな、」


そんな呪われた身体じゃ、誰も愛してはくれないよ。

そう…ミロは言われて、何を思ったのか。じゃぁこの痕を消してしまえばいい、と、アイツの思考回路がぶっ飛びすぎてて俺は頭を抱えた。


「…だからって…、はぁ…、自分で自分の身に火ィ、つけるか…?」
「わたしも…ほんと、そう思うわ…。こんなバカな事しなくたってドクターに相談すればよかったじゃない!!って言ったらあの子、その考えには至りませんでした、って。頭が痛かったわ…」


ザザン…ザザン…と波に揺られて、潮風が髪を撫でる。

ぼぅ、と…アイツのアホ面を思い浮かべながらコアラが語る俺の知らない…アイツの過去。

ミロは頼まれると断れない性格で、多分根本にあるのはその忌まわしい過去のせいだろう。
俺はそこに…付け込んでいるんだろうか、と、ミロに本当はどう思ってるのか?って確かめたくても、今ここにアイツは居なくて。

「なぁコアラ…。俺、アイツのそういう所を利用してんのかなぁ…」

俺に全てを捧げる覚悟があると言っておきながら、隣には並べないと言うアイツ。
そんなミロの、弱い所に付け込んで、利用して、ミロを俺の隣に縛り付けるみたいにして…アイツの言う”好き”は、確実に恋愛感情的な”好き”で間違いない事は分かってるのに、なんだか凄く虚しくて…今の無理やりに作ってる俺達の関係が何なのかわからなかった。

「…傍から見たらサボ君、ミロを性欲のはけ口にしてるとしか思えないからね。」
「…うぅっ…コアラさん…それは…無しで…」

参謀総長の従順な犬。

同じ志を持つ仲間と言えど、人間皆同じ方向へ向くわけでも無い。
自分で言うのもなんだが、下っ端連中…特に新しく入った奴等や、ナース達、女連中からは好かれる部類に居る俺。

当初、アイツが色の任務に就くようになったきっかけもアイツをやっかんだ女から嫌がらせの如く割り振られたらしい。が、なんだか見事によくわからねぇ才能が花開いちまってミロが選任みたいになったらしいが…うん、二度とやらせるかくそったれ。


「まっ。そこまで思いつめなくても…いいと思うんだけどねー…、でもミロって頑固な所あるからなぁ…。」
「いやいや思いつめるわ、何を根拠にそう言えるんだよ…。そしてアイツの頑固は中々厄介だ。」

「えーー??知りたいー?」

どうしようかなー?教えちゃおうかな〜、ってニヤつきながら勿体ぶるコアラに、何だよ!教えろよ!って食って掛かれば、コアラは甲板の手摺に肘をついて、手でにやける口元を隠すみたいに水平線の向こうを見ながら言った、

「…ミロってば…ちょっと”女”の顔になったな、って」

「はぁ…?……そりゃぁ、おまえ…、ミロを女にしたのは俺だからな…」
「…いや。そうじゃなくて。うーーん、なんていうのかなぁー…、恋する乙女、的な?女同士、そういうの気づいちゃうんだよねぇ〜。仮に、ミロが嫌々サボ君の言われるがままにあーんな毎日毎日部屋に連れ込まれてたら、そんな…”サボ君大好きです〜〜!!”って顔にはならないでしょ?、ていうか君ほんっと!毎日毎日おかしいんじゃないの!?」

いや何急に切れてんだよ、情緒不安定かよ。

……しかし、そうか…。そうか、

「…こないだミロってば私が着てるような服、何処へ行けば買えますか、って聞いて来たわよ。」
「……は?」
「ミカさんに自分でやりたいから、ってお化粧のやり方も聞いてたみたいだし。ドクターになんか、色々と相談もしてたみたいだしぃ〜?すっかり、”女の子”になっちゃって、ねぇ〜?」


誰のせいかしらね、と。俺をニヤついた目で見ながら言うコアラに、俺はもう…、

「サボ君耳まで真っ赤だよ。」

「うっせ…」




ミロが可愛い。

俺は自惚れてもいいのだろうか。


「サボ君の為に可愛くなりたいって頑張ってるミロが最近女っぽくなったよねって話でちょっと有名だよ。ちゃんと捕まえてないと誰かに取られちゃうかもね〜」


そう言ってコアラは次の島にはいつごろ付くか聞いてくる、と船内に消えて行った。

俺はその場でしゃがみ込んで頭を抱えながら、早くアイツに会いてぇな…って、


会って、抱きしめて、そんで…







「はぁ……ヤりてぇ……」







そーちょぉー!、って、犬みたいに駆け寄って来て俺にまとわりつくミロの笑った顔が脳裏に浮かんで……、












半月近く、出ずっぱりでようやく本部へと帰った時。

おまえは俺の前にそのぽやぽやしたアホ面じゃなくて、




「……なん、っで……、っ」



血塗れで…自分の身の丈よりもでかい、鉄球の付いた武器を引きずりながら俺を見たその目は…とても濁った色で。


「あ…、そーちょー。おかえりなさい。ミロは、とてもいい子にしていましたよ?」








”本部が襲われた”…と、急ぎの知らせが入ったのは俺達幹部連中が殆ど作戦に加わった今回の任務から帰るほんの二日前の事だった。



焦燥に駆られ、船を急がせ帰航した本部のある島は黒煙と、噎せ返りそうなほどの人間の血の匂い…。そして死体の山。


仲間が、と思ったその冷たくなった塊達はもはや原型を留めている者の方が少ないくらいで…恐らく襲撃に来た敵たちだろうと言う事は分かった。


とんでもない事になった、まずい、と皆船から半ば飛び降りるかのようにして本部のある方へと駆けて行く最中にアイツは…ミロは、1人…佇んでいたんだ。


真っ赤な血の海、その真ん中に…ぽつん、って。





「……っっっ何があった!!!!!!!他の連中は!!??っなんで、っお前しかいねぇんだ!!」

ぱしゃぱしゃっ

服が汚れるとか、そんなの気にすることも無く佇んでいたミロに駆け寄れば、コイツは袖で顔に飛び散った誰のかもわからねぇ血を拭ったが…、拭うその袖すらも沢山の血を吸ってぐっしょりとしていて…、ミロの頬が赤く汚れた。


「総長。皆さんはちゃんと安全な所にミロが”閉じ込めました”」
「……閉じ込めた…、って、」
「っミロ!!!な、なにが、いったい…、なにが!本部や、島の人達は…?どこに、?」
「あ……コアラちゃん、おかえりなさい。本部の方や、非戦闘員の方…そして島の方達は、ミロが島の裏っ側の方にここらか出ちゃいけませんよ?って、大岩で道を塞ぎまして。安全な場にちょっとの間隠れてて貰っております。」


島の裏、あそこは一本道で…以前ミロが土砂や岩で塞がったのを手伝いに行ってた所だ…。
あの道以外に島の裏へは辿り着けない。
なんせ切り立った崖の向こうは断崖絶壁の、下は海。

そんでアイツが飛び降りて逃げて行った崖の下は森で…、たしかに、あそこならある意味安全だが…なんで、お前以外にも戦える奴は沢山いたはずなのに…。










血色に佇む人形一体



「革命軍本部の所在はトップシークレット…。なので、この地に足を降ろした人達を…誰一人として海に出してはならないと思いまして…」







ミロが天国へお送り致しました。







震える手で抱きしめたミロの身体はとても冷えていた。