5食目

「……おめぇ…なにしてんだ」

「ん?ナスもくうか?」


ほら、と差し出されたのは生クリームの入ったボウルと、残り物のクラッカー。

そして、


「餡子…」
「そ、あんこ〜。なんか全部微妙に残ってたから。一人おやつタイムしてた。」


パリ、とクラッカーを齧るナナは
そのクラッカーの上に生クリームと餡子をつけてボリボリと咀嚼してはコーヒーで流し込んでいて、中々謎な組み合わせに思わず顔を顰めた。


今日のおやつはクリームあんみつを作った。
もちろん、ナミさんとロビンちゃんへのおれ様特製ラブりんキラキラ寒天入りあんみつ(カロリー低め)だ。
我ながらハート型にくりぬいた色とりどりの寒天はかわいらしく、且つ女子心をくすぐる仕上がりだった。
ナミさんとロビンちゃんはとても喜んでくれた。天にも昇る思いだった。

小豆は丁寧に和三盆と合わせて炊いたのも好評だった。
見た目も、味も最高に美味いあんみつだ。


それの残りをナナは皿に盛るでもなくボウルごと、しかも何故かクラッカーに付けて食べてた。

「んー、餡子やっぱ甘いなぁー。そしてコーヒーにはあまり会わないや。でも生クリームと餡子って相性抜群だよね。だれだろ、最初に考えた人。天才だわ。」

ぺと、ぺと、とバターナイフでクラッカーに生クリームと餡子をつけて齧るナナ。
ふと見ればあのハート型にくりぬいた時に出てしまった寒天の切れっぱしもボウル事カウンターに置いてあって、クラッカーを齧る傍らにスプーンでその寒天もあんぐり開けた口の中に消えて行った。

すげー…食べ合わせだ…。

まじかよ…、とナナを見ていれば、「あ、もしかしてコレ食べちゃダメな奴だった?」と俺の方を向いて、俺は別に構いやしねぇよ、と煙草を取り出して火を付けた。



コイツは…まぁ、基本的にここ、キッチンに籠っているか、
甲板の端の方でブランコに座って揺られながら空をみているか、だ。

夜もこのダイニングのソファで毛布にくるまって寝ていたりする。
あまり女部屋で寝ているところは見ないとナミさんが言っていた。

本人曰く、ココで寝起きした方が効率がいいとか…なんとか…。

ガサゴソとクラッカーの入った包みに手を入れて取り出した一枚にまた餡子と生クリームを塗って、口に運ぶ。
咀嚼した後にコーヒーを一口、
そして切れっぱし寒天をスプーンですくって口に運んで、ごく、と鳴らして飲み込んだ喉元は…程よく健康的に日差しで色づいたナミさんや…ロビンちゃんよりも白くて、少し不健康っぽさも感じられる程白い。

無造作に結われた髪。
そこから覗く…白くて細い、項…。

バターナイフを器用に使う指先は少し水仕事で荒れてて、綺麗に手入れされたこの船の女性陣とは反対に短く切りそろえられた爪。

化粧っ気のない顔、目元にはうっすらと隈。

服装はいつもパンツスーツで、唯一ある女ッ気と言えばあの狂気じみた高さのピンヒールくらいだ。


ダイニングのソファに深く腰掛けながら、煙草の煙の向こう…、カウンターに座って変な組み合わせの”おやつ”を食べるナナを見つめていれば、視線を感じ取ったのか振り返ることなくナナは「なに」と可愛げのない声を発してからジト目で振り向いた。


あ…、


「クリーム、ついてる。」

「え?どこ」

ぺたぺたと自分の顔を触って、ついていたクリームにたどり着いた細い指先が掬ったのをぺろ、と舐めとった…、



その姿に、何故かとてつもなくゾクゾクとした。

思わず目を逸らして、何事も無いかのように煙草の煙を吐き出す俺…。

あぁ…ちくしょう…。

ちゅ、ちゅ、と指先についたクラッカーのかすを舐めとってからナナは「クラッカーなくなっちゃったや。」と言ってコーヒーの最後の一口だろうか、それを飲み干してかちゃんと食器の音がやけにキッチンに響いて。
俺は反らしてた意識を戻していくみたいに、そうだ、と思い立ってキッチンの方へと足を進めた。


「おい、寒天まだのこってるか」
「ん?あるよー、たべるの?」

「んや、ちょっとかせ」

そう言ってナナから寒天の入ったボウルと、餡子、生クリーム、それぞれのボウルを掻っ攫ってから冷蔵庫に入れてた小さく切りそろえたフルーツを取り出して盛り付けもクソもなく、それらをぽいぽいと適当に寒天が入っていたボウルに入れて、

さいごに黒蜜を一回し。



「ほらよ、おれ様特製あんみつだ。有難く食え」
「…え、」


コトリとナナの前にナミさん達とは違う綺麗さも可愛さも欠片も無い、ただ色どりが良いだけのあんみつを差し出せば。
ナナはなんだか驚いたように俺とあんみつを交互に見て。

え、え、と何だか狼狽えている様子に、「食わねぇなら俺が食う。」と言えばすかさず上げた頭がブンブンと左右に振れて

「いや!いや!!いただきます!!」って、スプーンでひと掬い、大口開けてあんみつはコイツの口の中へと消えて行って…、





おい


ふざけんな、



何だその顔は。






「…おいしぃ…、はぁ…おいしぃ、」

スプーンを加えたまま、頬に手を添えてへにゃりと蕩けたその顔は…反則だ…バカヤロウ。

ぎゅぅ、と心臓が痛い。なんなんだこいつ、ちくしょう


おいしい、おいしい、とナナの口の中へ消えていく…ハートの形じゃない…不格好な切れっぱしの寒天たち。

綺麗なガラスの器に盛りつけられたナミさんとロビンちゃんに出したのとは違って、ただボウルに入れただけのあんみつ。






「あ、サンジー。夕飯なにする?何食べたい?」






おまえがくいたい。と、つい、口から出そうになっちまって…。



「おーい、どうしたチビナス?聞いてる?今日の夕飯なんにする?」

「…っ、ああ、…つか、チビナスやめろ!」
「はぁ〜?チビナスはチビナスだろ〜が、んん? チ ビ ナ ス くん」






ガチャン!!!





「っ、な、なに…よ、」

ガッと、カウンター越し
キッチンの方から身を乗り出して勢いよく付いた手は、思いの外力が籠ってたのか少し食器が跳ねた。

「…痛いんだけど。なに今更マジになってんの…」

ぎゅぅっと掴んだナナの手からはスプーンがカチャリと音を立てて落ちて、ナナを見下ろす形で睨んだんだ。



「…もう、チビじゃねぇよ」

少し声が掠れた。
思いの外、低く出た声に一瞬ナナの瞳が揺れた。

じぃっとぶつかり合う視線に、先に目を逸らしたのは俺で…
下に、下に、と降りた視線の先…ナナの唇…。

ああ、ほら、また…、


「……クリーム、ついてんぞ…、」

「…取ってよ。わたし、今…誰かさんのせいで、手が塞がってるから。」

「悪いな。俺も今誰かさんのせいで両手が塞がってんだ。」

「じゃぁ手を離してよ。」


痛いんだけど、と言ったナナの細い手首に、さらに力を籠めれば簡単に折れてしまいそうで…、


まるで吸い寄せられていくみたいにナナの顔に、俺は顔を寄せて…、




鼻先が、触れ…、


「サンジーーーーー!!!!!!!おやつーー!!!!!!!」



しゅばば!とどちらともなく離れた俺達だった。




「ん?どーしたおめーら?って、ああ!!ナナーー!!おれもおやつくいてぇ!!!よこせ!」
「あ、ああ!こらルフィ!!!それあたし、の…、って…あぁーもう!」

食い物を見つけるや否や、掻っ攫うみたいに持っていきやがったクソゴムは、あろうことか、て、てめぇ!
それ!そのスプーン!!ナナの使ってた奴だぞ!!!!!!



「うんめぇ〜〜〜〜〜!!!なんだこのぷるぷる!!うめぇ〜〜〜!!」
「おーーいルフィーー!!!って、あー!!ずるいぞ!おれも!おれもそのプルプルが食べたかったのに!!」

どたどたと一気に騒がしくなったダイニングにさっきまでの雰囲気は何処へ行ったのか…くそ野郎どもめ…くそ…くそ…くそぅ…。


「あーあー、もぉーー。ルフィが食べちゃったのでもう無いんじゃないのー?いやでも待てよ、秀逸なチビナス君の事だ。なんだかんだ皆の分作ってたりして〜…?」

「……チッ。ちょっと待ってろクソ野郎共。」
「ほぉら、よかったねチョッパー。皆の分あるって」

皆を呼んできなよ、とナナはチョッパーに野郎共を呼びに行かせて、俺は冷蔵庫に冷やしていた大き目の四角いバッドに入れてた寒天を適当なサイズの賽の目状に切ってから
テメェらはこれで食っとけ、とでかいボウルに彩りも無くシロップやフルーツ、寒天を放り込んで。

「生たてとくね〜」

そう言ってナナはシャカシャカと生クリームを立て始めて、俺は鍋に入っていた残りの餡子をボウルにぶちこんだ。


ナナを見れば、口元についていたクリームは無くなっていた。









あーあー。クソ。


食べそこねちまったな。


おやつ。














「あ、ねぇ。夕飯さ…お鍋にしようよ。」
「……はぁ?」
「なんか大きなボウルをつついてる皆見てたら、たまにはいいかな、って。それにほら、夜には冬島気候になるかもって言ってたし」


だから皆でテーブル囲んで鍋つつこう!

ナナのその一言を皮切りに、ダイニングであんみつつついてたブルックが「お鍋!!イイですねぇ〜ファミリーって感じですねェ〜」と、言って、ルフィは肉の鍋が良いと騒いだ。


「ファミリー…、かぞく、ねぇー…。」
「ナナ…?」

ぼそりと何だか哀愁を帯びた声で呟いたナナの声を拾ったチョッパーが少し心配そうにナナを見れば、ナナはまたパっとその顔に無表情を張り付けてチョッパーの頭をぐりぐりと撫でまわしてはそのまま抱き上げて狼狽えるチョッパーをよそに自分の膝の上に乗せてチョッパーの座ってた椅子へとかけた。

「いやね、ここの皆が家族だったら、そうだなぁ〜…さしずめみんなのご飯のお世話してる私はお母さん?とか、考えちゃって。」
「ん!!じゃぁサンジはとーちゃんか!!」
「いやいやルフィさん!その流れだとサンジさんもお母さん、ですよ」
「ブフゥッッ!!!さ、んじ…ププ…っおかあさん…っおかまの…っプっ…ママ…っ」

「オイコラテメェなに気色わりぃこと想像してんだ!!やめろ!!!」


オカマ…!そのワードはやめろ!!!!!!!


バシィっとナナの後ろ頭を叩けば「何すんのよ!!!ナスママ!!!」って相変わらずの減らず口!

テメェ!!!!マジで!!!その口!!塞ぐぞ!!!!!!!クソ!!


かわいくねぇーーー!!!











せんちょーごきげんの肉みそ鍋!







「だめ。まだ煮えてないから、その手引っ込めないと切り落として出汁にするわよ」
「……ハイ…ナナサマ…」




みんなで鍋つつこう、とか和気あいあいな事を言っておいて
その日の夕飯は殺伐としていた。



鍋奉行とはこのことだな…。


結局鍋をつついたのは初めからシメの雑炊までナナ一人だった。


「……美味かった…のに、食った気が…しねぇ…」

船長のそのクレームによって、今日以降俺達の船では鍋を食う事は無かった。
















”夕飯なにたべたい?”








おまえが…とてもたべたい…。



俺はいつか、そう言える日が来るのか…。




いや、


来ないだろうな…。


ナナにはどうやら好きな野郎がいるみたいだし。







いつもブランコに揺られて、空を見上げるアイツは…その誰かに思いを馳せているのだろうか。



チョッパーにいつだったか、ナナの事は何でも知っているんだな、と言われたが。

俺はアイツの事をあまりよく知らないかもしれない。







深夜、まぁーた性懲りもなくへべれけになったナナをウソップの工房から引き取ってコイツの寝床と化しているダイニングのソファへと横たわらせた。


「おい。せめて風呂入れ、おい、起きろ酔っ払い」

気が合うのか、何なのか、コイツはしょっちゅう晩酌だと言ってウソップに絡みに行く。
正直少し羨ましい。


「ん〜〜…んー…おふろ…つれてってぇ〜…」
「……ふざけんな、テメェで行け。」
「んーー…、さんじぃ〜………スゥ…」
「おい、おい!寝るな…ったく…」


くぅ、と本格的に寝入ってしまったこの酔っ払い。

はぁ、と溜息を吐き出してからナナの足元でつま先に引っ掛かっている狂気じみたパンプスを脱がせて足元に置いて…、さてどうしたものか、とナナを見ればうっすらと開いた唇に目が離せなくなって…、




「……おまえが、わるいんだからな…。無防備な、おまえが悪い…」










ナナは酒の味がした。




もう一口…、もう、一口…と







「……あぁ…、酔っちまいそうだ。」