4食目
ナナはあまり船から降りたがらない。
「ん〜?船番してるからみんなで行っておいで〜」
そう言っていつもサニー号の甲板にあるブランコにゆらゆら揺られながら、ぷかぷかとたばこの煙を揺らしてひらひらと手を振るんだけど、そんなナナをよそにおれたちは顔を見合わせてからちょっとだけナミは困ったような顔をしてた。
島に着いた時は大体こんなやり取りばかりだ。
「なぁサンジ、ナナは…ナミや、ロビンみたいにショッピング?があまり好きじゃないのかな?」
新世界のとある島、この島は随分と栄えているみたいで色々と物資が減って来たからと補給に立ち寄った春島気候の過ごしやすい穏やかな島だ。
新鮮な食材で沢山溢れた市場には、見た事も無い様な食材や嗅いだことの無いなんだか美味そうな香りでいっぱいだった。
おれは補給が必要な医療道具をそろえ終わった後にサンジの買い出しの手伝いをしていて、ふと、船から降りる時に振り返って見たナナの姿を思い出した。
ナナはよく、ボーっと空を見ながら甲板のブランコに揺られている。
あそこがお気に入りなのかな?
キッチンに居ない時は大体ブランコに揺られてるナナ。
W7でおれたちとナナは出会って、サンジはナナと再会した。
ロビンが戻ってきた後、ガレーラカンパニーで世話になってた時…。
アクアラグナの被害を復旧している街中でサンジが突然すれ違った女の人を、まるで捕まえるみたいにして腕を引っ張り寄せて抱きしめた時はとても驚いた、なんせ突然だったからな!
それからは早かったなぁー。
ナナは成り行きに身を任せるみたいにしておれたちの仲間になって、いつも人間の女にはだらしないサンジが唯一そうならないのがナナで、あまりの光景におれだって最初は何か悪い病気にでもかかったのか!?ってサンジを心配したさ。
でもそれがサンジにとっての”ふつう”だったんだ。
たぶんナナはサンジのトクベツなんだろうな、なんとなくそう思う。
みずみずしいフルーツが沢山盛られたワゴンを前にして、食材を一つ一つ手に取って確かめて行くようにしてるサンジは、おれが問いかけた事にチラリと一度おれを見てからまた手に取ったリンゴみたいなフルーツに視線を戻した。
「……アイツは、まぁ、なんだ…。めんどくさいだけだろ。」
「めんどう??」
「あぁ、昔っから可愛くねぇ女だったからな。着飾りもしねぇし、自分にも無頓着だ。現に食材の買い出しだって俺に投げっぱなしだからな。そーいう奴なんだよ、アイツは」
ポイポイっておれの背に乗せた籠の中にあのリンゴみたいなフルーツを数十個入れて店のおばちゃんに代金を支払って次の店へと向かう。
野菜、フルーツ、魚、肉は多めに…、途中ちょっとだけサンジと出店の串焼きを摘まんで、美味いな、これは何の肉だ?って亭主に食材の話で盛り上がるサンジはこの串焼きの肉を探しにまた市場の奥へと共に進んで。
荷物がいっぱいになって来た頃に、高かった太陽はぼんやりと優しい朱色を放ちながら西の空へと傾いていて。
ブルックやフランキー、ウソップ辺りはもう船にもどったのかな、とか。
ナミやロビンはきっとまだショッピングに勤しんでいるんだろう、とか、ゾロはちゃんと帰ってこれるのだろうか?って心配したり、ルフィは問題を起こしてないといいけれど…、って。
サニーの居る港の方へとサンジと足を進めていれば、途中でナミとロビンとばったり出くわして、どうやらナミ達も船へ戻るところだったって。
サンジはナミ達の沢山の荷物を両手いっぱい、なんなら頭の上にまで乗せて。
おれも沢山の荷物と台車を引きながら港へと進んだ。
賑やかだった市街地を少し抜けた辺り、どこからか聞こえてきた音楽の音色は耳なじみのあるものだなって思ってキョロキョロと周りを見渡したら遠目でもわかったあのもじゃもじゃ頭はブルックだ!
何やら人だかりの出来たそこに近寄ってみればウソップとフランキーも居て、島の人達だろうか、道端で楽器を演奏している中に3人も楽しそうに楽器を鳴らしてちょっとしたコンサートみたいになってた。
「あら、楽しそうな事してるわね」って、ロビンが優しく笑ってナミは少し呆れたみたいだったけど賑やかな楽器隊に、賑やかな街の人達。
「なんだぁ?何の騒ぎだ?」
そう後ろから聞こえて振り返れば珍しくゾロが一人でおれたちと合流できて、もうこれは目を離したら大捜索になっちまうぞ!って思ったからゾロをここで捕獲して、なんだかんだ皆そろったなぁ〜って思えば、一番この賑やかな場に飛び込んできそうなルフィがいない。
大所帯になって街の賑やかな音から少し離れた港の方へとまた足を進めればルフィはもう船に戻ったのかなってナミが船にいなかったら飯屋を探せばいいって結論に至った時、視界の端っこで何かがキラリと光ったのが分かって、そっちに目を向ければ午前中には見なかった小さな露店が道の端っこの方で、1人のおばあさんがポツンと座って居た。
きらきら、きらきら、
宝石だろうか…、太陽は沈んでうすらぼんやりとしたほんのりと暗いこの時間でもあの小さな露店に並んだキラキラ達はまるで陽の光を当てたみたいに輝いていて、どうしてもそれから目が離れなくて思わず立ち止まっていたおれに、ウソップがどうしたチョッパー?って少し前を歩いていた皆もどうしたの?って振り返って、そしておれがずっと見ていた方向へ皆も視線をやれば、あーいうキラキラした物が大好きなナミが「なになに〜宝石屋かしら〜!」って軽い足取りでロビンを引っ張ってその小さな露店の方へと言ったから、なんとなく…おれも後を着いて行けばゾロはめんどくさそうに欠伸を一つして「俺は先に船へ戻るぞ。」って言って街の方へと歩き出しそうになったのを慌てて引き留めた。
あぶねぇ、ゾロは何としても船へ持って帰らないとだ!
独特の雰囲気を放つその露店にナミとロビンが真っ先に行って、おれはゾロを離さないぞとばかりに服の裾を少し咥えて、ウソップは今朝はこんな店なかったぞ?って不思議そうにブルックとナミ達を追うみたいに店の方へと向かったのを、おれと、めんどくさそうなゾロ、そしてフランキーは皆を追う様にして店へと近寄れば、なんだかオンナが好きそうなキラキラとした石が付いてるアクセサリーの店だった。
かわいいかわいい、ってはしゃぐナミに、ウソップは凝った装飾の品々に興味があるのかおばあさんにこれは全て手作りなのか?って聞けばおばあさんは「そうだよ、ゆっくり見て言ってね、」って優しい顔で笑ったのが…、なんとなく、ドクトリーヌを思い出して。
ドクトリーヌはもっと意地悪そうに笑うけど、少し面影をみたんだ。
じーんって胸のあたりがぽかぽかして、ドクトリーヌは元気にしているだろうか、って思いを馳せた時。
きらっと視界に入った澄んだ青色の光。
何かの花の形をした装飾のそれは多分髪をとめるものかな?って、なんだか見れば見るほど、おれは船に一人いつも残るナナの顔が過って、ナナのふわふわなあの髪にこの飾りが付いたらきっとにあうだろうな、って。
「なぁ、なぁ、これ…この青い花のやつ。ナナに似合いそうだ。」
つん、と鼻先をその髪飾りに向ければナミが「あら、ほんと。シンプルなのがまたナナらしいわね」ってその飾りを手に取って、
ロビンはクスリと笑ってから「女性に髪飾りの贈り物なんてチョッパーも男の子ね、」って…
そ、そういうんじゃないぞ!!ってちょっと恥ずかしくなった。
「ヨホホ、確かにこのシンプルながら澄んだ色のブルーは…ナナさんの髪色には映えるでしょうねぇ」
「チョッパー!おめーも隅に置けねぇなァ〜」
ブルックとフランキーに少し小突かれながら、おれはナナはいつも船番で島に降りないから何かお土産になればって思ったんだ、と皆に言えば、サンジとゾロ以外のメンバーが顔を見合わせてから「確かに」と、
「ナナも女なんだから、たまにはこういうのでおしゃれしてもらわないとね!髪留めだったらいつも適当に結ってるあの頭も少しは見れた物になるでしょう!」
さぁどれがいいかしらね〜!ってナミが何だかはしゃぎだした時、ウソップやフランキーブルックも混ざってあれは、これは、ってみんなでナナに似合いそうな髪留めを幾つか見繕って、おれはやっぱり最初に目が行った小さな青色の花がついたシンプルな髪留めに、普段のナナからして…こういうシンプルな奴の方が好きかな?って、おれはその髪留めを選んだんだ。
「ねぇ!サンジ君はどれがナナの好みだと思う〜?長年の付き合いのあるサンジ君の意見も聞きましょうよ!」
わいわいと露店を賑やかしてればくるりと振り返ったナミがちょっと離れた所でタバコをふかしていたサンジに声を掛けて、サンジは少し考えた後に「アイツに髪留めねぇ…」ってぽそりとつぶやいた言葉は多分おれだけがその声を耳に拾ったと思う。
ナミの言葉を無下に出来るわけでもないサンジは、こっちに近寄って来てひょいっと頭を出して露店の品々を覗くようにくるりと見渡した後に、迷うことなく伸ばされた手に取られた品に…おれも、ナミもロビンも、ブルックもフランキーもウソップも、思わず「え、?」って声が重なった。
港に月あかりを背にして泊るサニー号。
露店を後にしたおれたちは、すっかり寄り道しちゃったなーって言うウソップに、そうだなーって頷いてれば何やらサニーの方から賑やかな話声が聞こえて…、
「あら…、珍しい。ルフィったら船に帰ってたのね」
ロビンが首を少しかしげて言った言葉に、サニーに近づくにつれて聞こえてくるルフィの楽しそうな話声に皆が珍しい事もあるもんだなって頷き合って、船の真下に来た頃
手摺にもたれていたナナがおれたちに気付いて、おーい、って軽く手を振った。
「あー、みんなおかえり〜。随分と遅かったね、夕飯どうする?街で食べてくの?」
「オイ!ナナ!!!夜は街で食わねぇぞ!!!アレ作ってくれっていったじゃねぇか!!」
「……え、本気で言ってたの?」
「おれはいつだって本気だ!おーーい!サンジぃーー!!!夜は肉のケーキを作ってくれ!!!」
肉のケーキ??なんだそりゃ
そんないつもの事ながら突拍子もない事をいうルフィに皆は首をかしげながら、ナナは少し呆れた風にしてて、話しの全貌が見えないんだけど、と言ったナミにルフィはにししって笑ってから。
甲板へと荷物も運び入れて揃った皆に言ったんだ、
「聞いておどろけ!!なんと…、ナナには…たんじょーびが無いない!!!!」
「ええええ!!!??ナナはじゃあうまれてなかったのか!!!」
「いや私ココにいるしね、生まれた日がいつか分からないってだけだしね。」
なんだってーー!!って驚いたおれにナナは冷静にツッコミを入れて来て、あ、なるほど、って納得してればルフィはナナに誕生日が無いなら今日この日をナナの誕生日にしよう!!って言いだして。
いいな!いいな!そうしよう!っておれはルフィに賛同すればナナは好きにしてくれと言わんばかりにまた手を緩く振ってからはいはい、って、
「うんうん、そうね、せんちょーがそういうならそれで。うん、はい、はっぴーばーすでーワタシ。」
「おいナナ!ノリがわるいぞ!!宴しよう!!!なんたってナナのたんじょーびだからな!!にしし!」
「そういって、もぉー、ルフィはアレが食べたいだけなんでしょう?」
アレってなんだ?
首をかしげる皆にナナはふぅー、と煙を吐き出して。
「なんかねぇ〜、この島の町長さん?のお誕生日の日は、街上げてのパーティーをするんだって。町長さん相当慕われてるんだねぇ〜。で、その時に、街の広場でそりゃぁもう大きなケーキを皆に振る舞うらしいんだわ。で、そのケーキが、お菓子のケーキじゃなくて、お肉やパン、ピラフとか…まぁなんか色々?食事系の物で揃えたごはんケーキ??…なんだろ、まぁ、そんな感じのやつ。」
「だからよぉ!おれ!それなら肉のケーキもできるのか?ってナナに聞いてたんだ!」
「ま、そんな事で?うちの船長は、そのご馳走ケーキを食べたいがために?私の謎だった誕生日を今日にするんだとさ。」
ケーキは誕生日の日だけだからな!ってルフィは言ってて、相変わらず変な発想ね、ってナミは呆れてたけど「あ!」って何か思いついたみたいに運び入れた荷物をごそごそと漁り出せばロビンもなんだかピンときて、そしたらウソップやブルックも、
「今日が誕生日に、ってのはあながち悪い話じゃないかもな。」ってフランキーも上着のポケットから小さな包みを出した。
ああそっか、すごく、いいかもしれないな!
「じゃーん!晴れて今日が誕生日になったナナに、皆からプレゼントよ!有難く貰っておきなさい!」
「ふふ…、気に入ってくれるといいのだけれど。なんだかんだ皆それぞれナナに似合いそうな物を選んだのよ?」
「ヨホっ、ささ!どうぞどうぞ!開けてみてください」
はい、はい、ってみんなが同じ包みに入った掌に収まるくらいのソレをいっぺんにナナへと渡すもんだからすっかりだれがどの包みか分からなくなっちゃって。
ナナは両手で持っていた包みを「え〜なにかなぁ、」なんていつも割と表情が変わらないナナが、今はなんだかにこやかで…そんな風に見えたのはきっとおれだけじゃないはずだ!
一つずつ、丁寧にナナは包みを開けていってコロって出て来たきらりと光る…
「あ…、かわいい。」
麦わらコック隊特製お誕生日肉肉ケーキタワー!
「チっ、結局明日も買い出しに行かなきゃじゃねぇか。」
あんなにいっぱい買い込んだ食材は、急遽始まったナナの誕生日パーティーと言う名の宴でほとんど使っちゃったから、サンジはまた明日島へ降りて買い物に付き合えっておれに言って来た。
「サンジ!サンジ!ナナ喜んでたな!でも意外だったなぁ〜。おれは絶対ナナは大人っぽい?なんか、こう…うまく言えねぇけど、すっきりした感じのものが好きだと思った!やっぱりサンジは長い付き合いだもんな!」
どんちゃん騒いだ夕食後に、ナナは後片付けがあるのにー!って言いながらもナミ達に連れてかれて、早速皆がプレゼントした髪飾りをナナに付けるんだ!って女部屋の方に消えて行った。
おれはカウンター越しにサンジの洗った皿を布巾で一枚ずつ拭いて行く手伝いをして、あの露店でサンジが迷わず手に取った髪飾りを思い出して、そしてそれを手にしたナナの表情を思い浮かべた。
ナナのあまり見ることの無いあのなんていうか…花が咲いたみたいな笑顔が…おれもなんだか見てて心がポカポカするみたいな気持ちだったんだ。
おれや、皆が手にしてたブルーや、深い赤色の落ち着いた感じのナナのイメージで選んだ髪飾り。
そんな中、サンジが手に取った…桜みたいなピンク色の大きめの花細工が付いた髪飾りは皆が選んだ奴と違って花細工からチェーン?で繋がったゆらゆら揺れる小さな花細工が印象的で、なんていうか、ナナの静かでクールなイメージとはかけ離れた凄く可愛らしい印象の物だったんだ。
かちゃかちゃと皿があわあわになって奇麗に流されたのをおれは拭いて行く。
サンジをチラリとみれば、なんだか柔らかい顔で「アイツは昔っから顔に似合わず少女趣味だ。」って。
その時のサンジの表情は…なんだかすっげぇ、”すき”で溢れてる感じがした。
「……サンジは…やっぱりナナの事ならなんでも知ってるんだなァ〜」
「まぁ、な…」
きゅっ、って蛇口のコルクを捻って水をとめたサンジは、濡れた手をタオルで拭きながらおれを見て、困ったような…そんななんともいえない表情で言ったんだ。
「……ずっと、アイツを見て来たからな。」
次の日、ナナのいつもみたいに後ろに一つに結ばれたふわふわなわたあめみたいな髪が柔らかく揺れる根元の方には桜がきらきら咲いていた。
おれは真っ白な雪に覆われた桜の舞う大好きな場所を思い出したんだ。
ナナの真っ白な髪に桜色は綺麗に咲いていた。