俺何かしましたか



「朔君、二十五日って何か予定ある?」

 特に何かがあるというわけでもない、平日の午前中。いつものようにポアロでバイトをしていると、厨房から出てきた梓が声を潜めるように朔に話しかけてきた。
 ……なんでこの人こんなにこっそり話しかけてるんだろう。今の時間帯、店内に客はほとんどいないから普通に話せばいいのに。そう思いつつも、何か考えあってのことかもしれないと、梓のようにいつもより少しだけ声量を落として朔は返答した。

「二十五日、スか? 確か二十時まで配達のバイトがあったと思いますけど」
「それ以降は何もない?」
「え? はい……特に何もなかったかと」

 どうかしました? あ、シフト変わって欲しいなら変われますよ。そう明るく笑って続ける朔とは対照的に、梓は面食らったようにきょとんとした顔をした。

「? 違うんスか?」

 朔も梓の言葉の真意を読み取れず、頭にはてなマークが浮かぶ。首を僅かにこてんとかしげて、本当に他に思い当たる節も無い様子だ。すると梓は何事もなかったかのように、普段通りの可愛らしい笑みを浮かべ、なんでもないのと言った。

「じゃあ、二十五日は予定空けといてね」
「?」

 ピンと来ていない朔を他所に、梓はぱたぱたと忙しそうに厨房に戻っていった。その口元が何かを企むように引き上げられていたのを、朔は知る由も無く。


***


 ここ一週間、色んな人の態度がおかしい。

 まず一番おかしいのは梓だった。
 そわそわしているというか、なんだか朔に対する態度がいつものそれと違っているのだ。仕事中に話しかける時は特に何ともないのだが、それ以外――例えば休憩中とか、そういう時間に話しかけると、なんだか態度や返答が素っ気ない。気にしすぎだと言われればそこで終わってしまうが、今までは外で話しかけてもフレンドリーに接してくれていた分、変化が大きく感じられた。
 この前だって副業の配達員のバイトでデパートに寄った際、偶然梓を見かけたため声を掛けたのだが、びくりと肩を震わせて「朔、くん……偶然だね」と若干上ずった声で答える姿に思わず眉を寄せてしまった。ちらちらと目線も泳いでいてなんだか終始落ち着きが無い様子。
 そしてしまいには、逃げるようにさっさと立ち去ってしまったのだ。早歩きでデパートの人混みに消えていく梓の後姿を見て、朔はぽかんとただその場に立ち尽くしていたのを覚えている。

 おかしいのは彼女だけでなく、少年探偵団の子供たちと女子高生二人もだ。
 少年探偵団の面々は腹部を刺された男を手当てしているときに出会って以来、女子高生二人はひったくりを捕まえてポアロで再会を果たした時以来、見かければ声を掛けて気軽に話せるくらいの仲にはなった。その上全員と連絡先も交換済みで、もうただの知り合いから軽い友達に昇格していてもいいくらいの関係性である。のだが、彼らもまた朔に対する態度がなんだか素っ気なかった。
 この間本業の浮遊霊回収をしているときに、彼らがなんだか重そうな大荷物を抱えてわいわいがやがやどこかに向かって楽しそうに歩いていたのを見かけた。「偶然だね。重そうだし、何か手伝うかい?」と声を掛けると、彼らはあからさまにぎくりとした表情を浮かべる。
 そのうちコナンが慌てたように「大丈夫! 大丈夫だから! じゃあね朔兄ちゃん!」と言って、そのままそそくさとどこかへ消えてしまった。後日ポアロを訪れたコナンくんにあれは何だったのかと聞いてみても、はぐらかされるばかり。結局謎のまま終わってしまったのだ。

 朔は部屋で一人、ソファに全体重を預けながら思考を巡らせる。
 おかしい、こんなに素っ気なくされるようなことをした覚えは朔にはなかった。……もしかして、知らない間に何か重大なミスでもやってしまったのだろうか。
 心配になった朔は携帯を取り出し、早速梓に電話をかけ……ようとしたところで、止めた。態度が変わるほどのことをやらかしたんだとしたら、直接聞いても素直に教えてくれないかもしれない。携帯をするする操作して、メッセージアプリを開く。

「梓先輩……は、難しいかな。だとしたら……」

 最近バイトを休みがちな、もう一人の先輩である安室とのトーク画面を開き、メッセージ欄に『最近梓先輩の態度がおかしいんですけど、俺何かしました?』と打ち込み、送信。
 数分後、ピロンと携帯が鳴って、メッセージが届いたことを朔に告げる。差出人は言わずもがな安室からだった。飛びつくように携帯を手に取りロックを解除し、メッセージを確認する。
 送られてきたのはスタンプが一つ。安室がよく使う、『今忙しいので』というスタンプだ。
 盛大なため息を吐きながら机に突っ伏した。


***


『それでオレに電話してきたってわけ?』
「だってよー……」

 ため息交じりに電話口の向こうにいる友人、文彦に弱音のような言葉を零す。ベランダの手すりにもたれるようにしていると、夜風がぴゅうぅと音を立てて吹き抜けた。盛大なくしゃみを一つかまして、ずび、と鼻をすする。

「おかしくねえか? 俺なんも思い当たること無いし……」
『知らない間に何かしちゃった、とかそんなこと朔に限ってありえないからなあ』
「だろ? だから困ってんだよ」
『まあ、朔のことだし、大丈夫だと思うけどなー』
「簡単に言ってくれる……」
『心配することないって』
「お前なあ……」

 はー、と何度目かわからない盛大なため息をついた。ふふ、と電話越しに文彦の笑い声。こいつ他人事だと思いやがって……。思わず眉間にしわが寄るが、ふと、その笑い声の奥が騒がしいことに気付いた。

「文彦、もしかして仕事中か?」
『ちょっと前までそうだったかな。今は休憩中』
「あー……悪いな。貴重な休憩を」
『気にしないで、休憩しようかなーって時にタイミング良く君からの電話が掛かってきたから出ただけだよ』

 でもそろそろ戻ろうかな。そう続ける文彦。

「ありがとな、話聞いてくれて」
『いいよ気にしないで。君もたまには帰ってきなよ? みんな寂しがってるから』
「あー……そう、だな、休みがとれそうだったら、検討してみる」
『よろしくね。じゃ、お休み』
「おー」

 電話を切って、ぶるりと身体を震わせた。流石に冷える。朔の居た八大地獄は熱と炎に包まれていて、その上四季の変化も乏しいのだから、現世と比べて年間を通して暖かかったのだ。比べて現世日本は熱と炎に包まれていなければ、四季もある。体調管理が今まで以上に大切そうだと思いながら、室内へ入る。
 ふと、右手に持っていた携帯がピロンと鳴った。何だろうと通知を確認すれば、差出人は梓。大急ぎでトーク画面を開く。そこにはたった一言。

『明日の二十一時、ポアロに来て』