拾伍' 君らしいよ



「それから結局彼とは会えてないんだ。未だに足取りすらつかめない」

 降谷はそう言ってコーヒーをひとくち飲んだ。隣に座った工藤は少し意外そうな顔をして「そうなんですか」とつぶやく。

 もうすっかり通いなれた栞の店、『孤蝶の夢』。そこのカウンター席で降谷は、共に店に訪れた工藤にカミカゼ――朔の話をしていた。組織の幹部でありながら同じく組織を倒すために奔走したNOC仲間であり、数ヶ月の空白期間を経てようやく再会できた、彼の話を。
 降谷の話を聞いた工藤はコーヒーカップを手に取りながら言った。

「意外ですね。警察庁の前で会えたんなら、足取りくらいは簡単に手に入りそうなもんなのに……」
「そうなんだけどね、普通は」

 降谷は頬杖をつきながらあの日のことを思い出す。もう随分と日が経っているのにも関わらず、まるで昨日の事のように記憶は鮮明だった。

「数か月前の、再会したあの日。僕は彼と関係を修復した後、これまで姿をくらませていた間のことを訊ねたんだ。一体今までどこで何をしていたんだと。でも彼は一向にそのことを話そうとしない。彼は日本のある機関に所属していると言っていたから、その組織名だけでも明かしてくれないかと伝えたが、結局教えてくれなかった」
「降谷さん、それって」

 降谷の言葉を聞いた工藤が訝し気に眉を寄せる。工藤の言わんとしていることがわかった降谷は小さく頷いた。

「その時は僕とその場にいた風見も不審に思ったよ。もしかして機関に所属している話は嘘で、何か良からぬことに関わっているのではないかってね」

 工藤の表情がだんだんと険しいものになる。だが対する降谷の顔は穏やかなままだ。

「それでもう少し詳しく話を署で聞こうと思った時に、不意に彼女が現れたんだ」

 すっと、視線をカウンターの向こうに向ける。つられるようにして工藤もそちらへ視線を向けた。その眼は意外そうに丸められている。ふたりと目が合った栞は作業の手を止めずにニコリと柔らかく微笑んだ。

「栞さんは『偶然ですね』なんて言いながら僕らに話しかけてきた。それで気がついたら、彼はいなくなっていたんだ。手を握っていたはずなのに、目の前から忽然と姿を消していた」
「消えていた……」
「もちろんその後しばらく周囲を捜索したが、一向に彼は見つからなかった。あの日なぜ警察庁の前にいたのか、それからどこへ行ってしまったのか……未だに何もわからないままだよ」

 降谷の話を聞いた工藤は口元に手をやり、少し考える素振りを見せた後、目の前の栞に尋ねる。

「栞さんは見たんですか? 朔さんのことを」
「もちろん見たさぁ。でもふと目を離した隙にいなくなっちゃったんだよ」

 不思議だねえ、なんてのんびりとした口調で言いながらコーヒー豆を挽く。がりがりという音と共に独特な香りが店内に満ちていくのを感じながら、工藤は続けざまに質問を投げかけた。

「その朔って人、栞さんともかなり仲が良かったってことは、ここの店によく来てたんですよね? あれから何か連絡とか取ってないんですか?」
「そればっかりは言えないなー。お客様のプライバシーは守る主義なんでねぇ」

 ふふ、と意味ありげな笑みを浮かべ、口元で人差し指を立てる。それを聞いた工藤は「そりゃそうだよな……」と困ったように頬を掻いた。彼もこの店の特徴をよく知っていたうえでの発言だったのである。少しくらい教えてくれてもいいじゃん……なんてつぶやきながら口をとがらせるその様子を見て、でも、と栞は思いついたように切り出した。

「案外、近くにいるかもしれませんよ? 気付いてないだけで、すれ違ったりしてるかも」
「……そうですね」

 降谷はふっと遠くを見るような眼差しを浮かべた。

「そうだったら、いいな」

 降谷がそうつぶやいたのとほぼ同時に、カランと控えめにドアベルが鳴る。
 いらっしゃいませ、という栞の声を受けながら、やってきた客は慣れたようにカウンター席の端の方に座った。常連だったのか、慣れたようにコーヒーを注文している。その姿を横目に時間を確認した降谷は工藤と目を合わせて席を立った。

「では僕らはそろそろ……また来ますね」
「ごちそうさまでした!」
「は〜い、ありがとうございます。いつでもお待ちしてますねぇ」

 いつもと変わらない彼女の声を受けながら、ふたりは店を後にする。カロン、とドアベルが鳴って、店は栞と客のふたりだけになった。静かな空間にコーヒーの芳醇な香りが充満して、落ち着いた雰囲気を作り出している。

「声かけなくてよかったの?」

 客がよく注文するお気に入りのコーヒーを差し出しながら栞は言う。客に言うのとはまた違う、少しフランクな口調だ。客はそれを受け取りながらいいんですよ、と答えた。

「俺はもう"ここの人間"じゃないんだし」

 息を何度か吹いて、口を付ける。好みの味だったのか、表情がわずかに緩んだ。

「今日は本当に息抜きに来たんです。仕事が続いてたから、たまには現世観光がてら栞さんに挨拶でもしたらどうだって鬼灯さんに言われて。……まさか、先輩の顔が見れるとは思わなかったな」

 先ほどまでの光景を思い出し、ため息をつきながらつぶやく。

「……元気そうで、よかった」

 朔は安心したように、小さく微笑んだ。