珍しいこともあるもんだ



 ある夏の日中。
 哀を除いた少年探偵団の4人は、公園からの帰り道をてくてくと歩いていた。顔から噴き出す大量の汗を腕で拭いながら、ぐったりとした表情で元太が言う。

「あっちーな……」
「やめてくださいよ元太くん……ますます暑くなるじゃないですか……」
「でも暑ぃもんは暑ぃじゃんかよ……」

 元太の発言に、それもそうですよね、とこれまたぐったりした顔でつぶやく光彦。外で遊ぶにあたってこまめに水分補給をするように気を付けてはいるものの、この暑さは確実に具合が悪くなりそうだ。そう考えたコナンは3人にある提案をする。

「んじゃ、ポアロにでも行くか?」
「いいね! さんせーい!」
「でも俺たち、そんなに金持ってねーぞ?」
「ジュース一杯分くらいは持ってるだろ? それに、冷房の効いたところで休むだけでも意味があるさ」
「確かにそうかもしれません」

 するとタイミングよくポアロが見えてきた。まるでオアシスを見つけた遭難者のように、三人は目を輝かせて店の入り口に駆け寄っていく。じりじりと照り付ける日差しから逃げるように、少年探偵団一行はポアロのドアを開けた。ぶわわと流れ出す冷気に思わず顔が緩む。それと同時にカランコロンとドアベルが鳴り、客の訪れを店内に知らせた。
 するとホールでテーブルを片していた金髪ニット帽がくるりとこちらに向き直る。探偵団を認識すると、その色素の薄い瞳がほんの少しだけ大きくなった。

「いらっしゃ……お、君たちか」
「「「こんにちは!」」」
「四人なんだけど、席空いてる?」
「空いてるよ。さっきまですごい混んでたんだけど……タイミングよかったね」

 さあどうぞ、と案内されると四人は嬉しそうにテーブル席に腰かけた。光彦と元太、コナンと歩美が隣同士になるように座ったところで朔がテキパキとお冷を置いていく。

「今日晴れてるから暑かったんじゃない?」
「すっごい暑かった! 溶けちゃいそうなくらい!」
「それは大変だな」

 はは、と朔は笑う。それから注文決まったら呼んでね、と言ってテーブルを後にした。お冷を飲みながらコナンは店内をぐるりと確認する。今現在客は探偵団を含めずに三組。年齢層はバラバラだが、全員がひとりで来ているらしかった。比較的空いている方だろう。

「ぷはーっ! 生き返るぜー」
「ちょ、元太くんツバ飛ばさないでくださいよ!」
「お、わりーわりー」

 でへへと笑う元太を光彦はじとりと睨んだ。それからメニューと財布の所持金をにらめっこしながらそれぞれ注文を済ませる。注文したメニューが全員分届いたところでふとコナンが訊ねた。

「今日朔兄ちゃんひとり?」
「いや、梓先輩となんだけど、今ちょっと出ててさ。だから一時的にひとり」
「そうなんだ」

 働き屋さんだね!と言う歩美に、朔は照れたように笑って頭を掻く。すると不意にドアベルが鳴った。慣れたように来店の挨拶を投げかける朔の表情が変わる。

「やっほ〜 朔くん、元気に働いてるぅ?」
「栞さん?! それに妲己さんにお香さんまで!」
「久しぶりねェ〜朔くん! 何年ぶりかしら?」
「鬼灯様がここで働いてるって言ってらしたのは本当だったのねぇ」

 来店したのは三人の女性だった。

 最初に朔に声をかけたのは小柄な栗毛色の髪を三つ編みにして肩に流した女性だ。おっとりとした口調が特徴的で、爽やかなシャツにゆったりとしたロングスカートを身に纏っている。
 続いて長く艶やかな黒髪が目を惹く派手な見た目の女性。ぱっちりとした化粧に手入れの行き届いた爪、上質な生地のワンピースに肩から透き通った生地のストールを羽織っている。身につけているアクセサリーはどれもこれもかなり高級そうに見えた。
 そして最後に青みがかった髪が特徴的な女性だ。派手な髪色とは対照的に、表情や漂う雰囲気は落ち着いている。蛇があしらわれたシンプルなワンピースをさらりと着こなしており、大人の女性といった印象を受けた。

「スッゲー美人……」
「朔さんの知合いですかね?」
「初めて見る人ばっかりだね」

 ちらちらと見ながら彼らがつぶやく。同様にコナンも注意深く彼女らを観察しながらストローを咥えていた。朔とどのような関係なのだろうと勘ぐる彼らを他所に、朔と彼女らは会話で盛り上がっているようだ。

「というか栞さん、今日店は?」
「定休日だよ〜 それで3人の休みを合わせてこの辺りを案内してたんだけど、ついでだから朔くんの店に行こうってことになってさぁ」
「なるほどそういう経緯だったのか。すげー驚きましたよ、急に来るんだもん」
「ごめんなさいねェ、アタシが行きたいって言いだしたのよ」
「いえそれはいいんですけど……とりあえず座ってください」
「は〜い」

 三人が案内されたのは探偵団達が座るテーブルのすぐ隣だった。ずっと見ていたことに気付いたのか、栞と呼ばれていた栗毛の女性とコナンの目が合う。慌てて目を逸らした途端、意外にもあちらから声をかけてきた。

「ありゃぁ? もしかして君たち、少年探偵団の子たちかな?」
「へ?」
「そうですけど……」
「うわあ! やっぱりそっかぁ!」

 肯定した途端に栗毛の女性は嬉しそうに顔をほころばせた。それを見ていた残りのふたりは「知り合いなの?」なんて尋ねている。

「お姉さん、歩美たちのこと知ってるの?」

 目を丸くした歩美が問う。すると彼女は柔らかく微笑んで言った。

「もちろん! 朔くんからよく話は聞いてたからねぇ〜」

 続いて探偵団4人の名前を見事に言い当てた彼女に、コナンまでもが思わず目を丸くした。すると彼女は何か思いついたかのようにあっと声をあげる。

「私たちだけが君たちのことを知ってるのは不公平だよね〜 私は栞。江古田町で喫茶店をやってるんだぁ。それでこっちが妲己さんで、こっちがお香さん」

 栞に紹介されたふたり――黒髪の女性が妲己、青みがかった髪の女性がお香である――はそれぞれにこりと微笑んだ。タイプの違う美人に少々たじろぎながら光彦は質問を投げかける。

「妲己さんとお香さんは、お仕事は何を?」
「アタシは普通の会社員よ。事務作業がメインのね」
「アタシは接客業をやっているわ」

 子どもにはあんまり言えない感じのね、なんて小声で付け足す妲己。子どもたちには聞こえていないようだったが、この中で唯一ばっちり聞いていたコナンは苦笑いを浮かべるしかなかった。そんなコナンを他所に、元太がのんきに質問をした。

「姉ちゃんたちはみんな朔兄ちゃんと知り合いなのか?」
「知り合いというか……まあ、そうだねぇ。私は昔馴染み、みたいなものかなぁ」
「アタシは彼のお父さんが店の常連なのよォ」
「アタシは彼と地元が同じなの」
「へえ……」

 またひとつ朔に関する人物が増えたなとコナンが思っていると、彼女らのテーブルに朔がお冷を持ってきた。質問攻めをしている様子を見ていたからか、少し困ったように笑いながら苦言を呈す。

「興味津々だね」
「だって歩美たちのこと知ってるって言うんだもん!」
「そんなこと言われたら気になっちゃいますよ!」
「あーまあ、それもそうかあ……」

 子どもたちの好奇心の高さに平伏したように朔は頬を掻いた。すると栞が「注文いい〜?」と会話に入ってくる。

「いいですよ。何にします?」
「私はコーヒー貰おうかな」
「アタシはアイスコーヒーお願い」
「じゃあアタシはレモンティーにしようかしら」
「コーヒーとアイスコーヒーとレモンティーですね。はいはい」

 さらさらと伝票を書き入れた朔は早速準備に取り掛かり始める。日々の業務をこなすうちにだんだんと手慣れてきたその姿を見ながら、女性陣はしみじみと微笑んだ。栞は両手で頬杖をつきながらニコニコと笑みを浮かべていた。

「まさか朔くんの接客姿が見れる日が来るとはなぁ〜」
「そうねぇ……働いている姿は見たことあったけど、こういうのはレアね」
「アタシとしては働いている姿自体がレアね。見かけるのは大体凩さんを回収しに来るときだし……」

 ふふ、と妲己が思い出したかのように微笑む。毎回ごめんねぇ、なんて栞が遠い目をしながらつぶやいた。その表情は先ほどまでと比べ物にならないほど表情が抜けきっている。そこで気になったコナンはさり気なく質問を投げかけることにした。

「凩さんって?」
「ああ彼は朔くんの――」
「お待たせしましたコーヒーとアイスコーヒーとレモンティーです!」

 栞の言葉を遮るように朔は早口で言いながらテーブルに到着した。ずざざっと滑り込み気味だったがお盆の上の飲み物たちは奇跡的に一滴も零れていない。栞はニコニコと微笑みながら飲み物を受け取る。

「必死だねえ朔くん。そんなに嫌?」
「本気で嫌いです」

 飲み物をテーブルに置きながらきっぱりと朔は言いきる。それを聞いた女性陣はまるで子供でも見るような様子であらあらと笑っていた。

 あまり好き嫌いのない彼がここまではっきりと断言するのは珍しいなと、その様子を見ていたコナンは考える。彼がそこまで嫌う凩という人物に段々と興味がわいてきた。そしてそれは子どもたちも同じだったらしい。

「なんで教えられないんですか?」
「歩美気になる!」
「ちょっとくらいいいじゃんかよ」

 口をとがらせるこどもたちの様子を見て、妲己は悪戯っぽく微笑んだ。

「ここまでせがまれたらねェ……これくらい言ってもいいんじゃない?」
「だーめです。俺は今でも認めてないんで。そしてこれからも認めるつもりはないんで」

 朔は苦々しい顔で言い切った。コーヒーを飲みながらあーあと栞はあからさまに残念な様子で頬杖をつく。

「昔は可愛かったのになあ〜 彼の後を付いて回って……」
「あら、そんなころがあったんですね。アタシは働いているところしか見たこと無かったから意外だわ」
「あったわよ〜 本当に可愛かったんだから!」
「そ、そんな昔の話引っ張り出さんでくださいよ……!」

 恥ずかしそうな朔を他所に彼女らの話は続いていく。朔も覚えていないような子供のころの話を引っ張り出され、それを子どもたちは嬉々とした顔で聞いている……完全に彼にとっては羞恥プレイ以外の何物でもなかった。段々と可哀想になって来たコナンは苦笑いを浮かべることしか出来ない。
 十数分ほど話が続いたころ、ガチャリと従業員扉が開いた。

「遅くなってごめんね朔くん!……って、あれ?」

 帰ってきた梓は思わず目を丸くした。談笑をしている見覚えのない美形ぞろいの女性三人組。その隣のテーブルで彼女らの話を聞く探偵団。そして彼女らのテーブルの傍で顔を覆って蹲る朔。……まさしくカオスな状況だった。
 梓はこの中でも比較的冷静そうに状況を見ていたであろうコナンにそっと近づきひそひそとささやく。

「これどういう状況なの? コナンくん」
「あ、はは……」

 コナンはひきつったように笑うことしか出来なかった。