ひらめきひとつで世界は変わる
十月上旬、閉店後のポアロにて。
梓、安室、朔の三人は店内のボックス席に座って、何やら神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。テーブルの上にはそれぞれノートやペン、電卓などが置かれている。
「三人そろったことなので、早速『今年のハロウィンどうするか会議』を始めさせて頂きます」
梓の言葉に一同、なんとなく礼。
お正月、七夕、クリスマスなど、季節のイベント前になると開かれるこの会議はもはやポアロにとって恒例のものになっていた。過去に七夕前の会議には参加したことがあったが、ハロウィンに関して言えば朔は初参加である。ちなみにマスターは今日は用事があるらしく、『三人で決めちゃっていいよ〜 期待してるからね!』とのことで不参加だ。
さて、と梓はノートを開く。
「今年も私たちの仮装と限定スイーツと店内の飾りつけはするとして……どんなふうにしようか」
「因みに去年は何やったんスか?」
「僕が吸血鬼で、梓さんが悪魔の仮装をしたんだ。あとマスターがフランケンシュタイン」
「へえ……」
朔は言われるがままに頭の中で想像してみる。うん、ふたりともよく似合いそうだと素直に思った。
「でも何をするにしても他と被りそうだよねえ」
「まあ季節のイベントですから、仕方ありませんよ」
安室はなだめるように言うが、梓は納得がいっていないようだ。それはわかっていますけど……とつぶやくその声色は随分不満げである。
「なんかこう斬新で、他の店舗にはない感じに出来たらいいんだけど……」
「斬新で……」
「他の店舗にはない……」
うーんと考え込む一同。特に頭を抱えていたのは朔だろう。何せ日本の地獄にいたのだ、ハロウィンなんてイベントは個人的にやったこともない。強いて言うなら過去に不気味な手製のジャックオランタンが『ハロウィン仮面』というメッセージ付きで衆合花街の至る所に置かれているという事件があったくらいだ。
「(そういえばあの時は座敷童ちゃんたちにおはぎを強請られたなあ……懐かしいや)」
朔はハロウィンから派生して物思いにふける。くりぬいた南瓜を被っておはぎを強請る双子妖怪ははっきり言ってかなりホラーな部類で、その姿は白澤や桃太郎でも腰を抜かすほどだったというから相当のものだろう。
和風な着物に洋風なかぼちゃの被り物とは確かに、ハロウィンとしてかなり斬新な部類ではあるが――
「……あ」
ふとある考えがひらめいたところで、ぽつりと声が出る。途端にふたりの視線がさっとこちらを向いた。きらきらとした眼差しで梓が訊ねる。
「朔くん、何か思いついた?」
「あ。いやー、その。まだぼんやりとなんスけど」
梓の期待に満ちたような目を受けて、少々自信なさげに後頭部を掻きながら朔は言う。
「……思いついちゃったかも、しれないッス」
***
月日は流れ、ハロウィン当日。
博士の家から出てきた子供たちはホクホクと満足げに微笑んでいた。ゴーストの仮装をした元太がよだれを垂らしながらお菓子の入った袋の中を覗き込む。
「へへへ、すっげーお菓子もらっちまったぜ!」
「よだれ垂らすのやめてくださいよ元太くん……」
ミイラ男に扮した光彦が白い目をするのに対し、悪魔のコスチュームを身に纏う歩美は少々残念そうだ。おそらく哀が体調不良を理由に今日のハロウィンに参加できないことを寂しがっているのだろう。あいつ仮装とかあんまり好きじゃなさそうだしな、とコナンは心の中で思った。因みにコナンは現在魔法使いの仮装をしている。本人としてはそこまで乗り気ではなかったのだが、三人の誘いを断れずにしぶしぶ着ることになったのだ。
「んじゃ次行こうぜ!」
「そうですねえ、どこにしましょうか」
早くお菓子が欲しい元太と行き先に悩む光彦。すると歩美が思いついたようにある提案をした。
「じゃあポアロに行こうよ! 梓さんにも『当日にはおいで』って言われてたし!」
「そうだな」
「おっし! んじゃポアロに向けて出発だぜ」
ノリノリな元太が誰よりも早く走り始める。待ってよ!待ってください!と他の三人もその後に続いた。
あっという間にポアロに辿り着いた四人は、『ハロウィンフェア開催中!』の看板を横目に店内へ足を踏み入れる。店内に入った四人は意外な雰囲気に思わず目を丸くした。
去年同様ハロウィン仕様に飾り付けられた店内を想像していたのだが、とても和風レトロな空間に仕上がっていたのである。
いつもより少し薄暗い店内は普段の蛍光灯とは違ってどこかぼんやりと暖色を帯びている。窓ガラスにはオレンジや赤、紫色のステンドグラス風シールが張られていた。店内の装飾品もいつもとは違っており、テーブルクロスや壁に貼られたポスター、店にかかるBGM、ちょっとした小物類に至るまで、どことなく昔懐かしいようなデザインのもので統一されている。だが所々に血飛沫のシールやお札が貼ってあったり頭蓋骨がディスプレイされていたり、店内に飾られている花が真っ赤な彼岸花になっていたりと、どこかハロウィンらしいホラー要素も盛り込まれている。
例年とは違う店内の雰囲気に四人は口を半開きにしたまま辺りを見回していると不意に見知った声がした。
「やあきみたち、来てくれたんだね」
「安室さん」
声をかけてくれた安室は和装をしていた。黒い着物に赤い帯を締めて、額からは角が一本生えている。鬼の仮装といったところだろう。
「今年のハロウィンは和風なんだね。びっくりしちゃったよ」
「でも斬新でいいですね」
「ワクワクしちゃう!」
子どもたちの感想を聞いた安室は気に入ってくれたならよかった、と微笑んだ。
「実はこれ、朔くんのアイデアなんだ」
「朔兄ちゃんの?」
目を丸くしたコナンに、安室はこうなった経緯を説明してくれる。
「彼が『ここはいっそ和風ハロウィンなんてどうでしょう』って提案してくれてね。それを元に色々アイデアを出して、それでこうなったってわけ」
「そうなんだ」
へえ、とコナンは納得したように相槌を打つ。それにしても先ほどから安室がいつになく楽しそうに感じるのはなぜだろう……。そんなことを考えていると安室が因みに、と補足情報をくれる。
「梓さんはあんな感じ」
すっと安室が視線を向けた方へ子どもたちも顔を向けた。梓は現在キッチンの方で忙しく料理を作っているようで、紫の着物に蛇のような変わった形の帯を巻いて、頭には二本角を生やしている。梓さん似合う!と歩美が感激したようにつぶやいた。
「あ、来たんだみんな」
するとタイミングよく店の奥からひょっこりと朔が顔を出す。朔が来ているのは普段地獄で着用していた仕事着で、甚平のようなものを帯でしめて下にズボンをはいている。そして足元は草履だ。注文で呼ばれた安室と入れ替わるように子どもたちの元へやってきた朔に……というか主に頭頂部に、視線が突き刺さる。じいっと見つめられた朔は不思議そうにまばたきを繰り返した。
「……どうかした?」
「朔さんの……」
「頭って……」
「初めて見た気がします……」
「そうだっけ?」
「いつも帽子被ってるからね」
コナンの言葉に朔はそれもそうかと軽い調子で笑った。すると思い出したかのように朔は言う。
「それより君たち、何か言うことがあるんじゃないの?」
「……あ」
あっと目を丸くした子どもたちは互いに目を見合わせ、声を揃えてキメ台詞を口にする。
「「「「トリックオアトリート!」」」」
「はーいよくできました」
満足げに笑った朔はひとりひとりに事前に用意していたお菓子を手渡していった。小さくラッピングされた小袋は中身が見えない仕様になっている。受け取った元太がワクワクしながら尋ねた。
「これなんだ?」
「『先輩特製のハロウィンおはぎ』だよ。味は南瓜と黒胡麻と紫芋の3つ」
「お菓子も和風なんですね〜」
感心したように光彦はつぶやいた。一方元太は「俺おはぎ好きだぜ」と笑顔でよだれをたらしているようだった。
「じゃあ私たち、他のお家も回るから」
「この辺で失礼します!」
「わかった、気をつけてね」
あまり邪魔にならないように早めに退散しようとしたところで朔は不意にコナンを呼び止めた。
「何?」
「渡しそびれるところだった……これ、哀ちゃんの分。渡しといてくれるかな」
「う、うん。わかった、渡しとくね」
子どもたちとお揃いの小袋を手渡され、曖昧に頷くコナン。意外とこのふたりって仲いいんだよな、と内心考えていると先に進んでいた元太に急かされてしまった。じゃあ行くね、と言ってコナンは彼らの元へ走っていく。
「じゃあねコナンくん。ハッピーハロウィン!」
にっと朔は笑ってコナンに手を振った。