それが僕の生き方

「それからなんとか口説き落として付き合い始めて、この間爆弾犯を捕まえたから晴れて入籍&挙式した」
「いや急展開過ぎるだろ」


***


 人々が行き交う、どこにでもあるような普通の居酒屋。
 その個室で、降谷は数年ぶりに同期である松田と食事をしていた。

 この食事会は警察学校を卒業して以来仲の良いメンバーで定期的に行っていたものである。だが、彼らは皆多忙な身。予定を合わせることが難しくなったのと、単に参加人数が少なくなってしまったため、ここ数年開催することが出来なくなっていた。そのためこの食事会は本当に久しぶりのものである。

 というかそもそも、ふたりは会うのすら随分久しぶりなのだ。店に到着するなり、互いに話したいことが溢れて止まらない。その場の雰囲気も相まって、数年のブランクも感じさせないほどふたりは会話と食事を楽しんでいた。

「それにしても、お前が結婚するなんてなあ」
「……馬鹿にしてんのか」
「してないしてない」

 降谷はしみじみとつぶやく。それを聞いていた松田は唐揚げをもぐもぐと頬張りながらぎろりと降谷を睨んだ。器を持つ左手薬指には指輪が鎮座している。装飾も無いそれは、居酒屋の暖色の光を受けてなお銀色に輝いていた。降谷は冗談だと笑ってグラスに口を付ける。

「相手は……確か同じ一課の最上だったか」

 降谷は頭の中に彼女の顔を思い浮かべながら言う。降谷として彼女と直接面識は無い。だが過去に警視庁を訪れた際に、たまたま見かけたことがあった。真面目に仕事に取り掛かる横顔が印象的だったのをよく覚えている。

 因みに、入籍して彼女の苗字が最上から松田に変わったのだが周りは未だ旧姓の最上のほうを呼ぶ人が多いらしい。単純に松田がふたりいるので呼び分けが面倒なのと、下の名前を呼ぶと松田があまりいい顔をしないためである。彼女自身は特にそういったこだわりは薄いようで、どちらで呼んでも構わないそうであったが。

「どういう流れで結婚まで漕ぎついたんだ?」
「聞きてえか馴れ初め」
「まあな。お前からそういう恋愛系の話を聞くのって結構稀だし」

 軽い気持ちで尋ねた降谷。
 それから松田の語る彼女との馴れ初め話を聞き、冒頭のツッコミを披露したということである。

「そうか?」

 降谷にツッコまれた松田はいまいちピンと来ていない様子で酒を煽る。

「付き合ってから結婚まで結構かかったんだぜ? あいつが『入籍するなら爆弾犯捕まえてからがいい』っていうから、爆弾犯がまた動くまで3年かかっちまったし」
「いや、うん。まあ、それは……わかるんだが」

 頬杖をつきながら説明する松田に降谷はそっと微妙な表情を浮かべる。彼が言いたいのはそういうことではないのだ。

「式もかなり揉めたんだ。あいつ『式は恥ずかしいから挙げたくない』って言いだしやがって。まあ結局は俺がごり押しで挙式を決めさせたんだけどな」

 あ、式の写真見る?と聞かれてもいないのに携帯を取り出し写真を見せ始める松田。そこに映るふたりはこれ以上ないほど幸せに満ちている。一体何枚あるんだというほどの写真を次々と見せつけられ、降谷は小さく口元をひきつらせた。

「凄い量だな」
「仕事で式来れなかっただろお前。その代わりだよ」
「まだ根に持ってんのかよ……」

 降谷はため息交じりにつぶやく。1週間ほど前に行われた松田と最上の結婚式に降谷も当然招待されていたのだが、仕事の都合で出席できなかったのだ。勿論そのことを松田自身わかってはいた。だがそれはそれ、これはこれである。

 それにしても、と降谷は改めて松田を見る。一見いつもと変わらない様子だが、彼女について話し始めてから明らかに表情が明るい。余程彼女に惚れていると見える。

 それもそうだろう。先ほどの話を聞くに、彼は10年近く前から彼女のことを思い続けてきたのだ。しかも一度音信不通になり、また数年後に再会。そりゃ想いも強くなるはずである。きっと他人の想像以上に、彼女は松田の中で大切な存在なのだろう。その証拠が、仕事中でも決して外すことはない結婚指輪だ。

「本当に好きなんだな、彼女のこと」
「当たり前だろ」

 ぽつりと思わず口に出せば、松田は表情ひとつ変えずに言ってのけた。酒の酔いが回っているのか、その目元はほんのり赤い。その表情はどこまでも優しい。

 その時、個室の襖が控えめにノックされる。降谷がどうぞと言えばそっと襖が開いた。そこに立っていたのは噂の彼女。

「遅くなりました」
「やっと来たか」
「ごめんね陣平くん、提出するための書類がどうしても終わらなくて」

 そこで最上はちらりと降谷を見て、わずかに瞳を大きくさせた。だが、それを松田に悟られる前に、柔らかい笑みを浮かべてかき消す。

「あなたが降谷さんですか。初めまして、陣平の家内のかざねと申します」

 丁寧に頭を下げる最上。わずかに強調された”初めまして”に、降谷は内心安堵した。なるほど、彼女は余程優秀であるらしい。降谷もお返しにと綺麗な笑顔を作ってみせる。

「こちらこそ初めまして。降谷零と申します。どうぞ座ってください最上さん」
「ありがとうございます」

 彼女は小さく礼を言って松田の隣に座った。とりあえず何を頼むかと聞かれ、少しだけ考えた後にウーロン茶を選択する。差し出された取り皿と箸を受け取るその手には、松田とお揃いの装飾の無い銀色の指輪が輝いていた。

「すみません。折角水入らずの食事会なのに、私まで参加させてもらっちゃって」
「いいんですよ。人数は多いほうが楽しいですし。それに、あなたの話は警察学校時代からよく聞いてましたから一度会って話したいと思っていたんです」

 優しい笑みを浮かべる降谷。最上はぱちくりとまばたきをして固まる。静かにグラスに口を付ける松田を他所に、降谷はさらりと告げた。

「萩原がよく話してましたよ。あなたのこと」
「!」

 萩原の名に最上はわかりやすく反応する。降谷は笑みを崩さずにつらつらと話し始めた。

「『何をするにも一緒だったからかざねのことは俺が一番わかってる』『とても可愛い妹同然の存在だ』ってね」
「萩兄が、そんなことを……」

 知られざる"彼"のエピソードを聞き、最上は嬉しさとほんの少しの羞恥でふわりと頬を赤らめて視線を伏せる。そんな最上を見ながら一言も喋らない松田を見て、降谷はにやりと口角を上げた。

「親友に嫉妬か? 松田」
「……んなんじゃねーよ」

 不貞腐れたように頬杖をつきながら言う松田。最上はといえば彼がなんでそんな表情をしているのかよくわかっていない様子だ。

「萩兄は萩兄だよ、陣平くん」
「うるせー」

 彼女の言葉に小さくちょんと唇を尖らせる松田を見て、降谷は珍しいものを見た心地がした。彼がここまであからさまに不貞腐れるのは初めてかもしれない。

 そうこうしているうちに彼女の飲み物が運ばれてきた。改めて乾杯をし、食事会は進行していく。
 話題は実に多岐に渡った。

「ところで多忙な降谷くんは今何の案件抱えてんの」
「言えるわけないだろ馬鹿」
「ちっ」
「言えないってわかってて聞くなよ松田」
「……なんだか忙しそうだってことは知ってますよ、安室さん」
「! 最上さん、その名前今は」
「あむ……誰だそれ」
「それ以上は言わないでください最上さん、ね?」

「それにしてもあのコナンって小学生、一体何者なんだよ」
「ああ、聞きましたよ。確か爆弾犯を捕まえた例の事件で、松田の指示を聞いただけで仕掛けられた爆弾を解体したって」
「そうなんです。しかもふたつ目の爆弾のヒント、最後まで見ずに場所を特定してました」
「……流石、ですね」
「他の事件でもちょくちょく会うが、ほんっと小学生に見えねえっつーか……」
「見た目は完全に小学生だけどね」
「因みに彼、アイスコーヒーブラックで飲みますよ」
「えっ」
「はは、小学一年生に負けたなかざね」

「そういえば最上さん。警察、お辞めになるんですね」
「はい。私が警察官になった目的は無事に果たせましたから」
「そうですか……優秀だったとお聞きしていたので残念です」
「まあ、夫婦で同じ署に勤務できない以上、どっちかが移動になるのは目に見えてたしな」
「お辞めになった後は何を?」
「うーん……専業主婦も捨てがたいですが、どこかでアルバイトをするのもいいかと考え中です」
「それでしたらカフェのウエイターなんていかがでしょう?」
「…………成程。考えておきます」
「助かります」
「何の話してんだお前ら」

「その時の松田が面白いのなんのって」
「やめろ降谷! それ以上言うんじゃねえ!」
「陣平くん必死すぎ。顔真っ赤だし」
「愛しの彼女に聞かれるのが恥ずかしいのか?」
「その顔止めろ!!」


***


 とっぷりと夜は更け。ちらりと時計を確認した降谷が目の前のふたりに切り出す。

「とりあえずもう夜も遅いし、お開きにしよう」
「明日仕事なのか?」
「休みなんて無い」
「……お疲れ様です」

 死んだ顔で松田に切り返す降谷に、苦い顔を浮かべながら最上は労いの言葉をかけた。
 お会計を済ませ店を出る。夜風がぴゅうと吹き抜け、酒で火照った身体を覚ましてくれるようだ。

「それじゃあ僕はこれで」
「おう。また飲もうな」
「時間が合えばな。……最上さんもまた行きましょうね」
「はい、是非」

 最上はふにゃりと優しく微笑む。最上の肩を抱く松田がにやにやと歯を見せて笑った。

「お前も早く身を固めろよ」
「うるせえ」

 降谷は笑顔でばっさりと切り捨てる。それを見た松田は茶化すように「おおこわ」と笑った。帰る方向が逆のため、別れを告げて反対方向へ歩き出す。背を向けたふたりの後ろ姿はこれ以上ないほど幸せに満ちていて、降谷は思わず呼び止めた。なんだとばかりに松田は振り返る。

「お幸せに、な」

 降谷が言う。
 それを聞いた松田は一瞬きょとりと目を見開いて固まった。それからゆるりと目を細め、少し照れ交じりにはにかむ。

「……さんきゅ」



 ―――それが僕の生き方 君のための生



 あいつ、あんな顔できたんだな。

 降谷はそんなことを思いながらひとり帰路についた。