抱き枕と眼鏡のお兄さん
 それからしばらく周りを手分けして探してみたものの、一向にお兄さんは見つからなかった。
 あまりに何の手がかりも得られないので、光彦くんが考え込みながら言う。

「もしかしたら、車に乗ってずっと遠くの方へ移動してしまったのかもしれませんね」
「車……」

 そうなってしまったら流石の探偵団のみんなの力をかりたとしても見つけるのは難しいだろう。だって、わたしたちはまだまだ子どもなのだから。その事実をいますぐに変えることはできない。再び不安が顔を出してきたのがみんなにも伝わったのか、歩美ちゃんが元気づけようとわたしの手を取る。

「でも歩美、メイちゃんに気づかないで車で行っちゃうほど酷いお兄さんじゃないと思うよ」
「そうですよ! 絶対お兄さんもメイちゃんのことを探しているに決まってます!」
「……うん」

 続くように言ってくれた光彦くんに、わたしは小さくうなづいた。お兄さんもきっと、わたしを探してくれている。そう思うと、少しだけ元気が出てきた。
 そこでふと、視界のはしっこのほうに哀ちゃんが映る。さっきお兄さんの特徴を伝えた時からずっと哀ちゃんは怖い顔をしながら黙ったまんまだった。それは檻の中にいた時のわたしとどこか似たような顔をしていて……。ちょっと心配になったわたしは、思い切って哀ちゃんに声をかける。

「哀、ちゃん? どうしたの? もしかして、具合悪い?」
「! いえ、大丈夫よ。なんともないわ」

 哀ちゃんは少し驚いた顔をしたかと思うと、それだけ言って逃げるように顔をそむけてしまった。もしかしたら、わたしのことをあまりよく思っていないのかもしれない。話をしてみれば落ちつくかと思ったんだけどなぁ。ちょっぴり寂しい気持ちになっていると、元太くんが頭のうしろで手を組みながらけどよぉ、と言った。

「これからどうすんだ? 手がかりは全然ねーし、そろそろ夜になっちまうしよ」

 その言葉に、この場の全員が黙り込んでしまった。確かに空はどんどん暗くなってきたし、これ以上子どもだけで外をウロウロするのもよくない気がする。そうだな、とコナンくんは素直にうなづいた。

「でもメイちゃんは放っておけないし……」
「おや? 皆さんお揃いで、何か事件ですか?」

 不意に頭上から男の人の柔らかい声が降ってきた。
 びっくりして振り返ると、そこにはひとりの男の人が立っている。お兄さんくらいの身長で、グレーっぽい長袖の服を着ている。うすい茶髪は短く整えられていて、眼鏡の向こうは薄く細められていた。先生に似て頭がよさそうな感じがするけど、その手に持っているレジ袋からは長ネギが飛び出していてちょっと間抜けな感じがする。誰だろう、みんなの知り合いなのかな? すると眼鏡のお兄さんを見るなり、歩美ちゃんの表情がぱっと明るくなる。

「昴さん!」
「買い物帰りですか?」
「ええ、ちょうどそこのスーパーで夕飯の買い物を。……おや、君は?」

 昴さん、と呼ばれた眼鏡のお兄さんはこちらを見るなり、わたしと視線を合わせるように腰をかがめてくる。どうにも初めて会う相手にじっと見つめられるのが苦手で、わたしは思わず1歩後ずさってしまった。それに気づいたお兄さんがおっと、と少し困ったように笑う。

「びっくりさせてしまいましたかね。私は沖矢昴。大学院生をやっていまして、この子たちのちょっとした知り合いです」
「そ、ですか」

 みんなの知り合いだと言うなら、そこまで怖い人ではないのかもしれない。少しだけ心を開こうとしたところで「君の名前は?」と尋ねられた。わたしはお兄さんの目をチラチラ見ながらなんとか答える。

「……メイ、です」
「そうですか。メイちゃんはみんなと同じ、帝丹小学校に通っているんですか?」
「それがですね……」

 わたしの代わりに光彦くんがこれまでにあったことを順番ひとつひとつ説明してくれた。迷子のわたしと公園で偶然会ったこと、お兄さんを一緒に探してくれることになったこと、お兄さんが今まで見つからずに困っていること。光彦くんの話をすべて聞き終わった昴さんはふむ、と考え込むようにあごに手をやった。

「なるほど、それは心配ですね」
「でしょ? だから少年探偵団でお兄さんを探してるの!」

 でもなかなか見つからなくて、と言う歩美ちゃんの言葉を聞いたコナンくんが思いついたように言った。

「そうだ! 昴さんの車を使えばもっと広い範囲を探せるんじゃない?」
「いいですね!」
「それがいいよ!」
「昴さん、どうかな?」
「ええ。構いませんよ」

 昴さんが協力してくれるとわかってから、3人の表情がぱあっと明るくなった。わたしとしても、探偵団のみんなの知り合いでしかも大人の男の人が手伝ってくれるというのはとてもありがたい。これで少しはお兄さんの行方が掴めるといいのだけれど。

「しかし、皆さんはもうそろそろ家に帰る時間では?」
「ここで帰れって言うのかよ?」
「メイちゃんを放ってはおけないもん!」
「そうですよ! ここまで来たら乗り掛かった舟ですから!」
「……仕方ありませんね」

 絶対に帰らないとでも言いたげな子どもたちの表情を見て、困ったように笑う昴さん。いつもこんな感じなのかなあ、とみんなとの関係を想像してしまう。昴さんは優しいお兄さんなんだな、と少しだけ笑みが零れた。
 車を置いているらしい、昴さんが暮らしている家に向かって歩いている途中で、昴さんが気を取り直したように質問してくる。

「では手始めに、そのお兄さんの特徴を教えていただけますか?」
「え、っと」

 わたしはさっきみんなに伝えたことをもう一度思い出しながら昴さんに話す。

「お兄さんは、わたしよりも年上で身体が大きいの。すごく背が高くて、手も大きくて……それで、いつも真っ黒の服を着てる。外に出る時は絶対に帽子を被ってて、それも真っ黒。髪はとっても長くて、さらさらで、背中くらいまである。色はきれいな銀色だよ。それで、えっと、わたしはいつもお兄さんって呼ぶけど、他の人には『ジン』って呼ばれてたのを聞いたことがあるの」

 わたしの言葉をすべて聞いたとたん、昴さんの表情がぴたりと固まったのがわかった。
 ……細められているはずの目が、一瞬だけ緑色に光ったような気がしたのは、わたしの勘違いかもしれないけど。そんなことを考えるわたしに、昴さんは静かにたずねる。

「……お兄さん、と言っていましたが、彼とは血縁者なのですか?」
「え、と。お兄さんって呼んでるのはわたしだけ、です」
「そうなんだ! 私本当のお兄さんなんだと思ってたよ」

 歩美ちゃんは驚いたように言う。そういえばこれはコナンくんにしか言ってなかったな。ごめんね、と小さく謝っていると、昴さんがもうひとつ質問を投げかけてくる。

「お兄さんとは連絡を取ることはできないのですか? 例えば、電話とか」
「電話……」

 少しだけ考えた後、わたしは力なく首を横に振る。お兄さんが電話を使っているのは見たことがあるけど、その番号までは覚えていなかった。そうですか、と昴さんはつぶやく。

「他に誰か、連絡を取れそうな人は?」
「わたし、そういうのわからなくて……」

 ――だけどそこでふと、ある人物が思い浮かぶ。そうか、あの人なら。

「そうだ、先生……」
「先生?」

 わたしの言葉にいち早く反応したのはコナンくんだ。

「先生って、何の先生?」
「えっ、とね、わたしに言葉を教えてくれる先生なの。その人が確か、たんてい?をやってるって言ってたの」

 先生のお仕事は誰かからのお願いごと……依頼を解決することでお金をもらうんだと、前に先生から聞いたことがあった。それなら、依頼を持ってくる人のために電話番号がいろんな人に知られているかもしれない。そう思ったのだ。
 コナンくんと昴さんは一瞬顔を合わせて、それからわたしに質問をする。

「その先生ってどんな人なの?」
「どんなひと? えっと、先生は……背が高くて、髪が金色で、肌がわたしよりもやけていて、それですっごく優しいの」

 そう言いながら頭に先生の優しい笑顔が浮かんで、思わずこっちも笑顔になってしまう。わたしの言った特徴を聞いて、子どもたちはあっと驚いたように顔を見合わせた。

「それって……!」
「もしや……!」
「安室さんのこと!?」
「あ、アム、ロ?」

 わたしは目をぱちぱちさせながら答える。先生はバーボンさんだから、アムロさん?ではないと思うんだけど……。どうしよう、違うかもしれない。でもみんな嬉しそうだし……。戸惑うわたしをよそに、昴さんは落ち着いた声で言う。

「ならば、彼の元に行って確かめてみましょうか」