レジ袋をがさがささせながら地下室に向かう。背後に誰も居ないことを確かめてから事前に預かっていた鍵で扉を開いて中に入ると、虎杖くんは今日も今日とて映画を見ていた。すっかり集中しているようで、私が来たのにも気づいていない。画面を見てみると、スプラッターホラーっぽい昔の洋画だった。知らないやつだな。今度私も見てみよう。
すると気配を感じ取ったらしい虎杖くんがちらりとこちらを振り返り、びくりと肩を震わせた。
「うおっ!? あー霙さんか……びっくりs」
そしてそのまま腕に抱えた呪霊におもいきり顔面を殴り飛ばされる。虎杖くんは悶絶しながらソファにごろりと倒れ込んだ。せっかく集中していたところを乱してしまい、なんだか申し訳ない気持ちになる。私はソファに近づき、臨戦態勢の呪骸を撫でることで一瞬にして眠らせた。私の呪力量ならば、しばらく大人しくしていてくれるだろう。
「……なんか、ごめんね」
「いやいいよ……悪いのはコントロールできなかった俺だし」
「んじゃお詫びにはい、これ。差し入れ」
今日の目的であるレジ袋を虎杖くんに渡す。よくわからない様子で受け取り、レジ袋の中から取り出したタッパーに入っているものを確認した虎杖くんは、意外そうに目を丸くした。
「……おはぎ?」
「うん」
虎杖くんの持っている容器には、たっぷりのこし餡で包まれつやつやと輝く少し小さめのおはぎがいくつか入っている。
どうして突然こんなものを渡されたのかわからないらしい虎杖くんは、軽く首を傾げながら尋ねた。
「どったの? これ」
「今日ね、座敷童ちゃんたちにせがまれていっぱい作ったの。それのあまり」
「これ手作りなの!? ていうかあれ? 座敷童ちゃんって……」
話がよく飲み込めないのか、虎杖くんは首をかしげる。私は昨日からこの時に至るまでの出来事を簡単に話して聞かせた。鬼灯様と電話で話している時に座敷童ちゃんが「霙さんの作ったおはぎ食べたい」と言いながら騒ぎ出したこと。ちょうど授業もないからと快諾し、夜のうちに材料を買いそろえ、朝にパパっと作ったこと。完成したところで座敷童ちゃんたちをこちらに呼び出し、一緒におはぎを食べたこと。そしてついさっき彼女たちを地獄へ帰し、そのあまりを持って真っ先にこちらに来たこと。……なかなか濃い一日だったな。
「いやー我ながら今日は頑張ったね」
「それは本当にすげえと思う」
私の話を聞いて、素直に褒めてくれる虎杖くん。ぱちぱちと拍手までセットだ。そこで私は話を元に戻す。
「あ、食べないなら冷蔵庫に入れとくから別に後でも……」
「いや、今食べる! 折角作ってくれたんだし、ちょうど甘いもん食いたいなと思ってたとこなんだよ」
「でも流石にポテチとコーラにおはぎは……」
「いいからいいから! 俺そういうの気にしないし!」
「それならいいけど……じゃあ私はお茶用意しようかなー」
甘いおはぎには熱いお茶だよね。私はキッチンに向かい、そこに置いてある緑茶の缶を手に取る。ずっと部屋に置きっぱなしになっているそれは、宿儺さんがたまにお茶を欲しがるらしいのでそのために私が適当に見繕ったものだ。お茶を用意してる間に虎杖くんは簡単にテーブルを片してくれたらしい。お盆に急須と湯呑をふたつ載せて戻る頃にはテーブルを占領していたポテチとコーラはいなくなって、代わりに私が持ってきたおはぎが置いてあった。
「スプラッター映画に和菓子とかめっちゃアンバランスだね」
「そう言われてみれば確かに」
絶賛ブシャーと血が飛び散る派手なシーンを横目に、私は虎杖くんの隣に腰かける。いただきます!と元気に言って虎杖くんがおはぎにかぶりついた。座敷童ちゃんたちが食べやすいようにと小さめに作ったからか、口の大きな彼にとっては一口でいけてしまったらしい。どうだろうとちょっとドキドキしながら虎杖くんを見ていると、むぐむぐと口を動かしながら目を見開いた。
「んまい!」
「そう? よかったー」
ほっと胸をなでおろす。座敷童ちゃんたちには美味しいと言ってもらえたけど、やっぱりこういうのは人によって違うからね。早くもふたつ目に手を伸ばしながら虎杖くんが言う。
「手作りおはぎなんて俺初めて食ったよ。霙さん料理上手いんだね」
「ま、獄卒になる前は私も色々やってたからねー」
獄卒になる前の私は、あまりひとつの職が長く続く方ではなく、数年ごとにコロコロと職を変えていた。定番の料理屋に始まり、仕立て屋や傘屋、教え処の先生を目指したこともあったっけ。薬剤師手伝いもちょっとしてたけど、白澤さんが面倒であれはすぐに辞めちゃったんだよな。
過ぎ去った遠い昔を思い出しながら私もぱくりと頬張る。うん、味見でも食べたけどいい塩梅。ちなみに言うと、もち米と米の分量に気を付けて気持ち塩を多めに入れるのが密かな私のこだわりだ。
しばらく映画を見ながらふたりでおはぎを食べていると、すっかりお馴染みの声が割って入ってきた。
「おい、貴様ら何をしている」
「うわ出た」
ニョキ!とほっぺたに現れた目と口に、私は思わず本音を漏らしてしまった。それを聞いた宿儺さんは実に不機嫌そうにこちらを睨みつける。
「うわとはなんだ、うわとは」
「そんないきなり出てきたら誰だってびっくりしますよ」
そう言いつつ残りのおはぎを口に放り込むと、宿儺さんの興味がそちらに移ったようだった。
「……ん、なんだそれは。甘味か?」
「そうですよ。おはぎです」
「おはぎ……」
「え、宿儺お前おはぎ知らねえの?」
意外そうに目を丸くして虎杖くんはお茶に手を伸ばす。今の一言で一気に機嫌が急降下した宿儺さんが何かを言うよりも前に、私は弁解のために慌てて口を開いた。
「おはぎって確か江戸時代くらいから庶民のおやつとして定着したからね。1000年前に生きてた宿儺さんが知らないのも無理ないよ」
「へー! そうなんだ」
「うん。昔は甘いものってだけですっごく貴重だったし」
遥か昔、自分が生まれても居ない時代に想いを馳せる虎杖くん。きっと彼には想像するのも難しいだろうなと思っていると、しびれを切らしたように宿儺さんが言った。
「それでなんなんだ。おはぎというのは」
「簡単に言えば小豆餅です。潰した甘い小豆で餅を包んだもの……って言ったらわかりますか? あ、甘さはちょっと控えめにしてありますよ。あんまりしつこくてもアレなんで」
「……お前が作ったのか? それを?」
「? はい」
「食わせろ」
食い気味に宿儺さんは言う。まあこの人ならそう言うと思ったよ。予想通りの展開に、私はやれやれと思いながらおはぎをひとつつまむ。
「じゃーそのまま口開けててくださいね」
あー、と自分で言いながら、少し小さめのおはぎをぽいっと宿儺さんの放り込む。むぐむぐと口を動かしてしばらく黙った後に、宿儺さんは言った。
「……悪くはないな」
「そーですか」
悪くはない、か。
なら、まあ、……いいや。
それを聞いた虎杖くんがお茶をすすりながらぼそっとつぶやく。
「素直に美味いって言えばいいのに」
「五月蠅いぞ小僧。お前の分まで食ってやろうか」
「あっ!? それはナシだろ!?」
「はいはい、慌てなくてもまだあるんで好きなだけ食べてください」
ほいつぎ、と口におはぎを放り込むと途端に口を閉ざした。食べてる間だけは静かなんだからこの人は。私は宿儺さんに気付かれないよう、小さく笑う。
それからしばらくして「何食べてんの〜?」とやってきた五条さんがおはぎをことごとく食い尽くして宿儺さんにキレられるのは、また別の話……。
おはぎが好評で嬉しい鬼獄卒
→ねだられるままに延々とおはぎを宿儺に食べさせる簡単な仕事をして、雛の餌付けを連想したのは内緒。少し小さめに作っていたのは実は宿儺が食べやすいようにというのもちょっぴりあったのだが、無論それを本人に言うつもりはない。
未知(の甘味)との遭遇をした呪いの王
→食べた瞬間、ナニコレうっま……と宇宙を背負ったのは内緒。虎杖の身体と共有して現代の食文化に慣れつつあったが、実は和菓子(おはぎ)はこれが初体験。それからちょくちょく霙にねだるようになる。
おはぎが美味しい虎杖
→なんかふたりのやりとりが熟年夫婦っぽいなと思いつつも何も言わずにいる。言ったら色々面倒になりそうなのは目に見えているので。