奏でるステップと重なる銃声

「俺の部屋まで聞こえましたよ。何やってんですか」

 寮の前に着いてしばらくしたところで、恵くんがそんなことをいいながら出てきた。その顔は不機嫌半分、呆れ半分といった感じである。するとその様子を見た悠仁くんが能天気に言う。

「おー伏黒! 元気そーじゃん!」
「そう見えるか」

 むすっと顔をしかめながら恵くんが言う。だがしかし私はといえば、そんな一連のやり取りがまったく耳に入らないほど衝撃に打ちのめされていた。わなわなとわずかに震えながら、恵くんに尋ねる。

「め、恵くん……!? 何その怪我!?」
「あー昨日ちょっと色々あって。家入さんに頼んだので処置は終わってますし、問題はないです」

 恵くんが頭に巻かれた包帯をそっと触りながら目を逸らす。私はなんとか振り絞るように「ならいいけど……」とつぶやくが、実際は不安で一杯だった。彼がそう言うなら大丈夫なんだろうけど、やっぱり生徒が怪我をして帰ってくるのはあんまり見たいものじゃない。そんな私たちのやり取りを見ていた悠仁くんが五条先輩に尋ねる。

「ふたりって知り合いなの?」
「恵と賽賀は昔から面識あるんだ。僕がお願いして世話して貰ったりしたこともあるよ」
「ふーん……」

 そのどこか素っ気ないような返答に、五条先輩はここぞとばかりに気色悪い笑みを浮かべる。

「おおーっと悠仁、恵にやきもちかな??」
「べっ! 別に、そんなんじゃ……いや、ウン、…………ハイ」

 五条先輩に指摘されて慌てはじめるけど、結局は素直に認めたようだ。俯きがちのその顔はわかりやすく真っ赤に染まっている。見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらいだ。その様子を見ていた恵くんが五条先輩に尋ねる。

「そう言うふたりは知り合いなんですか」
「恵もよく聞いてたでしょ? 『ゆうじくん』の話。それが悠仁なんだよ。かくかくしかじかでさっき職員室で運命的に再会してさあ〜 いやあ青春って感じだよね!」
「なるほど……」

 それだけですべて納得したらしい恵くんは、平然とした顔で悠仁くんに言ってのける。

「俺は賽賀先生に色々世話になったけど、先生のことそういう目で見てないから安心しろ」
「そ、そう?」

 それを聞いた悠仁くんは明らかにほっとした表情を浮かべていた。
 それから五条先輩はちょうど1年生が揃っていることだし、と明日のことについて話をしはじめた。そういえば明日は午後からもうひとりの1年生……釘崎野薔薇ちゃんが東京にやってくることになっていたっけ。写真では見ていたけど、実際にあったことはないんだよな。

「それから夜には親睦会ね! 数少ない同期とは仲良くしておいた方がいいでしょ」

 そこまで言ったところで五条先輩が思いついたようにこちらに話を振った。

「そうだ、折角だし賽賀も来る?」
「え、いいんですか?」
「いいよいいよ、君実質副担みたいなもんだし。これから3人の面倒見たりすることもあるかもしれないでしょ。仲良くなるに越したことはないって」

 五条先輩の言い分に、確かにそれはそうかもなと静かに納得する。お姉さんも来るの!?と嬉しそうにしている悠仁くんを他所に、脳内で今月の残金をざっと計算した。

「今月結構きついんですけど……先輩のおごりなら行きます」
「そういうとこちゃっかりしてるよねー まあいいけど」

 先輩の許可が下りたところで私はここぞとばかりにガッツポーズをする。よっしゃタダ飯だあ!! お腹いっぱい食べてやるぞ!! 私が明日何を食べるかについて想いを馳せていると、五条先輩が何かを思いついたかのように「あ」と声を出した。

「やっぱタダ飯ナシね」
「は!? なんで急に!?」

 衝撃の手のひら返しに、ついつい声が大きくなる。こんな一瞬で天国から地獄に堕ちることある? もうそのつもりになっちゃったんですけど??? 
 そう思っていることがわかりやすく顔にも出ていたのだろう。五条先輩はケラケラ笑いながら補足した。

「違う違う。奢ってあげる代わりにお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。悠仁を今日の任務に連れて行って欲しい」
「え……えええええ!?!?」
「俺を?」

 突然名前を出された悠仁くんはきょとんとした顔で目を丸くしている。なんでまた急に!?と驚く私に五条先輩はあっけらかんと言った。

「いーじゃん、社会見学みたいなもんだよ。これから嫌ってほど実戦は積んでいくんだし、その前に一度くらい他の呪術師の戦い方を見ておいた方がいいと思ってね」
「でも流石に危険なんじゃ……」
「俺は見たい! お姉さんが戦ってるとこ、見たい!!」
「よーし連れて行ってあげようじゃないか!!」

 秒で手のひらを返す私に、恵くんは呆れたように目を細める。な、なんだよ……そんな目で私を見るんじゃないよ……。一方で五条先輩はとても楽しそうだった。んじゃ頼んだよーと適当に言ったところから、あとはすべてこちらに丸投げするつもりらしい。
 わかりやすくワクワクと目を輝かせている悠仁くんに心臓がギュン!となりながら、私は約束を取り付ける。

「んじゃ、8時に高専の駐車場に集合ね。用意するものは特にないけど、服装は動きやすい服装で」
「了解!」

 はじけるような笑顔を見せる悠仁くん。うーん可愛い……本当に高校生とは思えないな……。


***


 あっという間に時間は過ぎ、時刻は午後8時前。
 支度を終えて約束の通り駐車場に行くと、もう既に悠仁くんが立っていた。どこかソワソワと落ち着き無さそうにポケットに手を突っ込んで、壁にもたれかかっている。

「お待たせ〜!!」
「あ! お姉さ、ん……」

 私と目が合うなり、言葉を途切れさせて固まってしまった。その目は大きく見開かれ、口はぽかんと半開きの状態だ。どうかしたのかと思ってると、悠仁くんがそっとこちらを指さしてくる。

「そ、の服……」
「ああ、これ? 仕事の時はいつもこうなの」

 悠仁くんに指摘されてようやく彼が言わんとしていることが分かった。私は普段高専にいる時はいわゆるオフィスカジュアルのようなゆったりとした服を着ていることが多いが、仕事の時はその気持ちを切り替えるためにスーツを着ると決めている。
 今日は黒ジャケットに赤いシャツを合わせて、同じく黒いスラックスに踵の低い黒パンプスを合わせていた。首元にはシンプルな白ネクタイを締めて、目元には色の薄いサングラスをかけている。それからジャケットの下には脇に吊り下げるタイプのホルスターを身につけ、左右1丁ずつ愛用の呪具である拳銃を仕込んでいた。もっと大変そうな任務の時にはさらに装備が増えるが、基本はこのスタイルがほとんどである。
 すると、悠仁くんがふるふると震えながらそっと口を開く。

「……め」
「め?」
「めちゃかっこいい……映画に出てくる女スパイみたい……!」

 その顔はキラキラと輝いていて、わかりやすくテンションが上がっていた。すっかりこの服装が定着していたせいでもはや周囲からは何も言われなくなっていた私にとって、その褒め言葉はとても新鮮なものである。ほわああ、と聞いたこともない鳴き声が自分の口から洩れるのがわかった。

「そ、そう!? そう言ってもらえるなら私も嬉しいなァ!」

 わかりやすく声を上ずらせながら私もお礼の言葉を述べる。うーんなかなか照れるな、これは。

 そこでタイミングよく伊地知くんがやってきた。これ以上放置されていたら何を口走るかわかったもんじゃないため内心助かったと思いながら後部座席に乗り込む。今日の任務の説明やら何やらをしているとあっという間に目的地に到着した。数年前に使われなくなった廃病院で、夜ということも相まっていかにもな雰囲気を醸し出している。住宅地からは十分距離があるため、"帳"は必要なさそうだなとぼんやり思っていた。

 早速中に入ろうとする悠仁くんに、腰に装備していた武器――サバイバルナイフと小ぶりのリボルバーを手渡す。物珍しそうに見つめる彼に、手渡した武器に関する説明を簡単に行う。

「ナイフはマジで切れるから扱いには気を付けて。拳銃はモデルガンだけど、弾に私の呪力が予め籠ってるから当たればある程度効果はあるよ。ただし弾は7発だからむやみに使わないようにね」
「わかった」

 まじまじと呪具を見つめる悠仁くんが素直に頷く。資料を再確認していた伊地知くんが念押しのように言った。

「報告では3級呪霊が数体とのことですが、さらに等級が高い呪霊が潜んでいる可能性もあるので気を付けてください。何かあれば連絡を」
「オッケー いつもありがとね伊地知くん、すぐに戻ります!」

 くい、とサングラスを上げながら悠仁くんへ向き直る。

「私の傍離れちゃ駄目だからね?」
「うっす」

 先ほどよりも少し緊張した面持ちで悠仁くんは確かに頷いた。
 意を決してふたりで中に入る。ひび割れた窓ガラス、どこかから聞こえる水の垂れる音、崩れ落ちたコンクリート、淀んだ空気……。建物の中は外観から想像していたよりも数倍不気味で、慣れているとはいえ流石にちょっと足がすくむ心地がした。でもまあ仕事だし、となんとか割り切りながら進んでいると、私の一歩後ろを歩く悠仁くんが比較的平気そうな調子で尋ねてくる。

「お姉さんっていつもひとりでこういう任務してんの?」
「んーそうだね。卒業してからはひとりが多いかな」

 術式の関係で自分より下の階級の術師の補助に回ることもあるけど、全体で見れば任務自体は単独が多い。呪術師はどこも人手不足だから仕方ないよ。そう続ければ、少しだけ声色が硬くなる。

「危なくねえの」
「私は術式の扱いに関しては割と慣れてる方だし、特に大きな怪我はないかなあ」
「……じゅつしき、って何?」
「あ、そっか。その辺に関してはまだよくわかってないのか」

 彼は元一般人。なら呪術に関する知識がほとんどないのも頷ける。ならばちょっと早いけれど授業の時間ということにしようか。ちょっとだけ先生モードに切り替えながら、私は簡単に説明する。

「術式っていうのは簡単に言えば、呪術師が使える固有の技みたいなものなの。呪力は電気、術式は家電、ってイメージすればわかりやすいかな? 単純に呪力を手足に纏わせて攻撃するのもいいけど、術式に呪力を流して技を使って攻撃することもできるの」

 私の説明に、ふんふんと興味深そうに頷く悠仁くん。探索する足を止める事無く、私はさらに説明を続けた。

「術式は色んな種類があるんだ。血筋に応じて受け継ぐものもあれば突然変異的に変わったものを持っていることも多いけど……大体は生まれつき刻まれているものがほとんどだね。後天的に獲得した例は本当に稀らしいよ」
「へえ……」

 と、そこまで私の説明を聞いた悠仁くんがならさ、と訊ね返してくる。

「お姉さんの術式?はどんなのなの?」

 悠仁くんの質問に、私はすっかり言い慣れた言葉を返した。

「私の術式はね、"イカサマ"なの」
「い、イカサマ?」
「もっとわかりやすく言うなら"賄賂"、かな?」
「賄賂……??」

 言えば言うほど悠仁くんの眉間の皺が深くなっていく。これだけじゃ伝わらなかったようだ。どう説明したもんかと思っていると、タイミングよく気配を感じたので私は静かに口角を上げる。

「んー……口で説明するよりも見せたほうが早いかもね」
「え?」

 ――ごしゃァ!!

 丁度歩いていた廊下の奥。右側の壁を破壊して一匹の呪霊が飛び出してきた。げげげげげと薄気味悪く笑う深緑色の呪霊だ。毎度のことながら神経を逆なでするような気色悪いフォルムをしている。
 体勢を低くしてナイフを構える悠仁くんを背中に隠すように、私は一歩前へ出た。左脇に吊るしている拳銃に手を掛けながら、口を開いた。

「『この弾は君の腕を弾き飛ばすよ』」

 ホルスターからすらりと抜き取った拳銃を呪霊に突き付け、引き金を引いた。真正面に向けて放たれた弾丸は途中で不自然に軌道が曲がり、見事宣言通り腕に命中。ばちゅん!という潰れた音をたててその腕を弾き飛ばした。奇怪な断末魔を上げる呪霊を他所に、すぐさま次弾をリロードする。

「『この弾は君の急所に当たるよ』」

 もう一度構えて引き金を引く。やはり弾丸は途中で軌道がわずかに曲がり、呪霊の中心……ちょうど目と目の間あたりに命中。そのままざらりと崩れて跡形もなく消えてしまった。

「……っとまあ、こんな感じかな」

 銃の安全装置をかけてからホルスターにしまい、後ろを振り返ると悠仁くんと目が合った。呼吸するのを忘れしまったかのように目を見開いて固まっていた悠仁くんが、語彙を振り絞って感想を伝えてくれる。

「よくわかんないけど、すごかった! です!!」
「はは、やっぱ初見じゃよくわかんないよね」

 そう言いながら私は改めて自身の生得術式の説明をする。

「私の術式……【乾坤一擲】は、ある事象が発生する確率を操作する術式なの。さっきで言うところの、ある部分に弾が命中する確率とかね。ただし、代価として私の所持してるもの……主にお金を消費するんだ。要するに、『金で運命を買う』って感じかな」
「あ、さっき言ってたイカサマと賄賂ってこういうこと?」
「そういうこと」

 私はにっこり笑って頷いた。
 ……にしてもこんな術式に、一世一代の賭け事って意味の【乾坤一擲】って四字熟語を名前に選ぶなんて、よっぽど私の祖先はひねくれてるというかなんというか。面白いと思ってつけたならどう考えても皮肉でしかない。あんまり友達になりたくないタイプだ。

「金で運命を……ってそれめっちゃ強いじゃん!! なんでも出来ちゃうってことでしょ!?」
「ところがそうでもないんだなー」
「そなの?」

 ぱちくりとまばたきをする悠仁くん。その表情が年相応に可愛くて、思わずくすりと笑ってしまった。

「さっきのも銃を使わずに言葉で『消えろ』とか命令できなくはないけど、あまりにもアバウトだと買い取る運命の量も増えるからさ、単純にめっちゃお金かかるんだよね」
「あー、それは確かに大変かも」
「うん。だから私の術式はあくまで補助。使うとしても『なるべく範囲を狭く、限定的に』。そうじゃないと呪霊を倒す前に私が破産しちゃうよ」

 先ほどのは悠仁くんにもわかりやすく軌道が曲がっているところを見せるためにわざと狙いを外していたけれど、普段はもっと確実に狙いを定めてから引き金を引くようにしている。流石に給料よりも術式に持っていかれるお金が多くなっちゃ生きていけないからね。
 ちなみに、使っている銃も引き金から呪力を弾丸に込められるタイプの特別製だ。馴染みの呪具商人から買ったもので、高専在学時からかれこれもう10年近くは愛用している。

「そういえばさ、さっき口で言ってたやつって毎回言わなきゃいけねえの?」
「本当は別に言わなくてもいいんだけどね。"縛り"……って言ってもわかんないか。とにかく、相手に聞かせた方が威力が上がるんだよ」
「へえ……」

 独特な専門用語に戸惑う悠仁くんに私は優しくフォローを入れる。

「まあ、そういうのもその内習うからね」
「俺勉強そこまで得意じゃねえんだけど、できっかなあ」

 ちょっと困ったような顔をする彼を励ますように私は言った。

「大丈夫だよ、悠仁くんなら」
「……そう言われっと嬉しいけどさ」

 するとタイミングよくもう一匹姿を現した。私は気を引き締めて、ホルスターから拳銃を抜き取る。

「さーて、もうひと仕事だね」


***


「お疲れサマンサ〜!」
「なんでいるんですか」

 無事に任務を終えて高専に帰ると、五条先輩が待っていた。ほんと、なんでいるんだこの人……。そんな私の言葉はまるっと無視して、先輩は悠仁くんに話しかける。

「どうだった? 賽賀の仕事ぶり」
「すっげーかっこよかった!! 映画に出てくる凄腕エージェントみたいだった!!」
「そうストレートに褒められると照れるなぁ……」

 こそばゆい気持ちになりながら私が頬を掻いていると、「なー五条先生」と悠仁くんが先輩に尋ねる。

「俺もあんな風になれるかな」
「なれるなれる! 何せ、僕が教えるんだからね。最強の僕が」
「ほんと!?」

 ぱっと嬉しそうに表情を輝かせる悠仁くん。何か得られるものがあったみたいだね、と感心する五条先輩に、悠仁くんは決意に満ちた表情で言った。

「今回は守られる側だったけど……俺これからもっと強くなって、お姉さんのこと守れるくらい強くなりたいんだ」
「ゆ、悠仁くん……」

 ……正直、今のはちょっときゅんとした。

 私からしてみればまだまだ子どもだなと思っていても、中身は立派な男の子に成長しているらしい。
 それがなんだか嬉しくもあり、ちょびっとだけ寂しくもあるのは私だけの内緒だ。



 術式をお披露目したお姉さん
 →仕事時の服装は七海の2Pカラーって感じ。お互い合わせたわけではないけど、気づいたら自然とそうなってた。伏黒とも昔からの知り合いで、五条からよく世話を押し付……頼まれていたこともあって、親戚のお姉さん的な気持ちで伏黒の成長を見守っていた過去がある。呪具を売ってくれた呪具商人に関してはいずれ。

 かっこいいお姉さんもしゅき……な悠仁くん
 →普段のイメージとはガラッと変わった仕事モードにときめきが止まらない。如何せん好みのタイプがアレなので、かっこいい女!って感じの人好きそう。呪霊を難なく祓っていく姿に、自分ももっと強くなろうって決めた。

 満身創痍な恵くん
 →虎杖の分かりやすい態度に"そういう"ことか、と一瞬で察した。出来る子。お姉さんにはすごくお世話になっているし懐いてるけど、恋愛的な感情はマジで一切ない。なぜなら自分と同じくらいの歳の男の子可愛い談義を耳にタコができそうなほど聞かされていたせいで早期にヤバい人認定されているから。これから虎杖に色々と相談されたり、お姉さんの昔のことを聞かれたりする率が上がる。

 やはりニヨニヨが止まらない五条先輩
 →ちょうど任務だったしいいよねーって軽い気持ちで同行させた。この人そういうところあるぞ。タダ飯につられる後輩がチョロくて、昔からよくからかっていた。あとは自分の昔の写真で釣ったりとかね。これに関してはチョロすぎるお姉さんが悪い

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