ニヤニヤ笑いながら五条先輩は実に楽しそうに目を細める。
因みに私たちは現在、悠仁くんに校内を色々と案内しながら話に花を咲かせていた。あんま五条先輩には知られたくなかったな……もう既に手遅れだけど。ため息を噛み殺す私の隣で悠仁くんは「そうなんだよ! ほんとびっくり!」と興奮したように目を輝かせていた。そういえば、と思いついたように私に尋ねる。
「お姉さんここ出身?ってことは、五条先生とは先輩後輩ってこと?」
「そうだよ。五条先輩は私の1学年上なの」
「ぅえ?! じゃあ先生ってお姉さんより年上!? 見えねえ……」
「よく言われるよ〜」
若く見えるってのもここまで来ると考え物だよね〜とわかりやすくご機嫌な五条先輩。童顔なのは私も認めてるけど、得意げなのがすげームカつくな。
すると悠仁くんが確かめるように尋ねる。
「じゃあやっぱ、お姉さんも……呪術師、なんだよな」
「うん」
「俺と会った時から、ずっと?」
「……うん」
私は静かに頷いた。私の家は呪術界の中でそこまで権力がある方ではないが、一応それなりな呪術師の家系である。相伝の術式を受け継いだ一人娘の私は、次期当主として両親から様々な教育を施されてきた。それこそ物心ついたころから、だ。そのおかげもあってか小学校高学年になる頃には一通り術式を使いこなせていたし、両親と同伴ではあったがいくつか任務もこなせていた。
私の答えを聞いた悠仁くんは、少しだけむっとした表情でつぶやく。
「なんで教えてくんなかったんだよ…」
「だって一般人に呪いのことなんて言ってもわかんないでしょ……」
「それはすげーわかるけどさぁ……それでも、やっぱ内緒にされてたってのは、ヤダ」
お姉さんのことは全部知りたかったのに。声のトーンを落とし、不満そうにつぶやく悠仁くん。それはさながらご主人様を独り占めしたいのにできない子犬のようだった。その可愛さに思わず心臓がきゅんと音をたてる……が、その事実にハッと固まった。いやいやいや、もう悠仁くんは高校生なんだから! あの時とは違うんだから! と思いながら煩悩をかき消すのに必死な私を他所に、五条先輩は思い出したように尋ねる。
「ってことはもしかして、高専にいた時にランドセル買ってあげた男の子って悠仁のこと?」
「そうですよ」
先輩の言葉を肯定しながら懐かしさにふける。いやーあの時は事後報告した先輩たちとか七海と灰原に『流石に愛が重すぎる』『親戚のおばさんじゃん』って笑われたりドン引かれたりしたなあ。ま、全然後悔はしてないけどね! なぜなら後日、実家からランドセルを背負った悠仁くんの最強最高にプリティな写真が転送されてきたから。あの時は可愛さに悶絶したせいでしばらく生活に支障をきたしたなあ。悠仁くんの笑顔が見れたならプラマイプラスよこんなもん。いくらでも買ってやれるよ。任務でもらった給料全部突っ込めるよ。
「あんときは『万年金欠のくせによくやるよ』って思ってたけど、そっかなるほどね〜」
ふんふんと頷きながら五条先輩は言う。私は術式の関係で万年金欠だというのは高専内でも周知の事実なので、先輩がそう思うのも仕方がない。校内の案内を済ませて男子寮に向かう道中、私達の話を聞いていた悠仁くんが先輩を見上げながら尋ねる。
「お姉さんって俺のこと先生によく話してたの?」
「めちゃめちゃ聞いてたよ〜 聞かない日はないんじゃないかってくらい! 『地元に天使の生まれ変わりかってくらいすごく可愛い子がいる』『いっそ食べちゃいたいくらい可愛くて仕方ない』って、耳にタコができそうなくらい聞かされてさぁ。そりゃあもう毎日デロデロだったんだから」
「ああああああ言わないでくださいよ恥ずかしい!!!」
まさかそんなことをいきなり暴露されるとは思わず、顔に火が付いたのかと思うほど熱くなる。今となっては時効だと言えるかもしれないが、やはり当の本人を目の前に話すことではないだろう。今の彼はあの時のようなこちらの薄汚い感情など何も知らない少年ではないのだし。
五条先輩の話を聞いた悠仁くんがこちらを見下しながら――会わない間にすっかり私の身長を追い越しているなんて、成長期とは恐ろしいなと思っている私を他所に――少し目を丸くして尋ねる。
「俺のこと、そんな風に思ってくれてたの?」
「……だって、あの時の悠仁くんめちゃめちゃ可愛すぎるんだもん……」
顔を覆いながら白状する。うう、なんたる羞恥プレイ。
「気持ちを吐き出さないと死にそうなくらい可愛かったんだもん……」
「嬉しい……けど、ちょっと照れんね」
へへ、と笑う悠仁くん。そのちょっと赤くなった頬とか照れ交じりの表情が最高に最高で、語彙力が消し飛ぶと同時に心臓がきゅんと音を立てる。あっと思った頃には既に口から言葉が零れ落ちていた。
「可愛い……」
「かわっ……! い、今の俺はかっこいいって言われた方が嬉しいん、だけど」
「そういうとこが可愛い……」
「ええー」
むう、と頬を膨らませて視線を逸らし、拗ねたような顔をする。瞬間私の中の可愛いメーターが限界突破した。あああ!!! そういうところは昔の悠仁くんと全然変わってない!!! 可愛い!!!! 最高に可愛い!!!!! どれだけ歳を重ねようとも、悠仁くんが可愛いのには変わりがないのだと知ってとても幸せな気持ちになった。
口元を手で押さえて必死ににやけるのを我慢している私のことなど露知らず、悠仁くんは思い出したように尋ねてくる。
「そういえばさ、お姉さんはここで先生やってんの?」
「うん。一応、一般科目を教えてる非常勤講師って肩書になってるけど……この人が色々押し付けてくるから事務系の仕事もしてるの。そのせいでほとんど学校にいるよ」
「なるほど」
そっかーと言いながら頭の後ろで腕を組む。
「お姉さんが先生かぁ……。変な感じだけど、すっげー楽しみ」
にへ、と笑った悠仁くんの顔がとても眩しくて、私はただ顔を覆うことしか出来なかった。うう……なんでこんないい子が呪術高専なんかに来なくちゃいけないんだ……。世も末じゃないか……。君は頼むからそのまま真っすぐ育っておくれよ……。
いきなり顔を覆った私にどうしたの!?とちょっと慌てた様子の悠仁くんを茶化すように、五条先輩がニヤケ顔を隠さずに言った。
「本当に大好きだねえ、賽賀のこと」
「……うん。好き、すげー好き」
頬を染めながらちょっと視線を外しつつ、確かに頷く悠仁くん。その様子は本当に恋する男の子って感じで、相手が私だという事が信じられないくらいには可愛らしかった。……いやほんと、相手私なの信じられないな??? 何かの間違いでは??? 現実を受け止められない私を他所に、五条先輩が軽いノリで言う。
「賽賀って確か今フリーでしょ? もういっそ付き合っちゃえば?」
「五条先輩も悪ノリせんといてくださいよ……」
というか、と言いながら私は腕を組んだ。
「そもそも、未成年との交際なんて法律に違反しますから!」
私がずっと気がかりなのはそれだった。悠仁くんの気持ちに答えてあげたいのは山々だが、そればっかりは気持ちだけでどうにかなるものではない。私の一存で彼の輝かしい未来に傷がついてはいけないのだ。
すると、ケロッとした表情のまま五条先輩が言った。
「でもそれってさ、互いに好き同士の誠実な交際だったら問題無いんでしょ?」
「え? そうなんですか?」
思わず目が点になる私。そんな話は初耳だった。きっと間抜けな顔をしているであろう私を見ながら五条先輩はうん、と適当な調子で頷く。
「生徒と先生がこっそり付き合って、卒業後に即結婚!ってのは割と聞く話だと思うよ」
そ、そうなんや……。今まで知らなかった世界を知ってしまい、私は思わず言葉を失う。みんな意外とチャレンジャーなことやってんだなあ。そんなのフィクションの世界だけかと思ってたわ。
……あれ? ってことはもしや、彼が私を諦める理由ってもしや無い??
「お姉さんは、さ」
そう思っていると、悠仁くんがぼそりとつぶやくように尋ねてきた。先ほどよりも幾分か真剣な様子に心臓が跳ねる。
「……俺のこと、どう思ってんの」
「どう、って……」
隣から向けられる熱い視線にタジタジになりながら、私は「えっと」と言葉を選ぶ。
悠仁くんのことをどう思ってるかって言われたら、そりゃあ……。
「可愛い、弟?」
「あー弟、弟かぁ……」
そっかあ、そうだよなあ、とちょっぴり肩を落としながら悠仁くんはガシガシと後頭部を掻く。やっぱり彼にとっては思わしくないことだったかと謝ろうとすれば、悠仁くんは視線を前に向けたままつぶやいた。
「それも嬉しいけど……やっぱ俺は男として見られたい、かな。12コも下のやつが何言ってんのって思うかもしれんけど、……結構本気」
だからさ、と言いながら悠仁くんは足を止め、私の手を取る。
少し腕を引かれる形で私が振り返るように立ち止まると、決意に満ちた表情で悠仁くんは言った。
「お、俺さ! お姉さんにちゃんとひとりの男として見てもらえるように、これから頑張るから! その……覚悟、しとってよ」
ぎゅっと手を握る力を強めながら、真剣な眼差しに真っすぐ射抜かれる。
少し緊張しているのか、頬はほんのりと色づいていた。
「は、はい」
彼の緊張が移ったかのように、私の言葉も詰まる。それを聞いた悠仁くんが満足げに微笑んだ。……心なしか、私の顔もすごく熱くなっているような気がする。なんだこれは、めちゃめちゃ心臓が早い。
すると、散々放っておかれた五条先輩がニヨニヨとムカつく笑顔を抑えもせずに会話に割り込んできた。
「う〜ん! こりゃ青春だ! いいねえいいねえ!!」
「っ五条先輩! からかわないでくださいよ!!」
「なんでぇ? いいジャン別に。甘酸っぱい経験って結構貴重だよ? 青春の不完全燃焼ほど後々拗らせたら面倒だからねぇ」
ケラケラひとしきり笑った後、ハッとしたように携帯を取り出す。その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいて、ロクなことを考えていないのであろうのが手に取るようにわかった。
「あそうだ、ついでに七海にも報告しとこーっと」
「ばっ……駄目です!!! 七海だけは!!! 七海だけは止めて!!! 絶対馬鹿にされるから!!!!」
それだけはやめてください!!!!と声を荒げる私にちょうど寮から出てきた恵くんが「俺の部屋まで聞こえましたよ。何やってんですか」と苦言を呈したのは、その数分後の話だ。
なんかもういっぱいいっぱいなお姉さん
→可愛さに悶えたり、言い寄られてキュンキュンしたり忙しい。高専のみんなにもその変態性は十分すぎるくらい知られている(七海と灰原には特に)。いずれ書くであろう術式の関係もあって万年金欠。のくせに悠仁にはジャブジャブ貢ぐものだから金なんか貯まるわけがない。稼いだ給料がすごい勢いで消えていく。ランドセルの他にも毎年お年玉を預けたりとかプレゼントあげたりとか。「すべては可愛い悠仁くんの笑顔のため」と、本人談。
宣戦布告した悠仁くん
→絶対お姉さんに男として見てもらうんだって心に決めた。でも思春期真っ盛りなのでちょっと照れがまじっちゃった結果、そこを可愛い〜!って言われて複雑な気持ちになるのは目に見えてる。今後五条にはお姉さんを落とすにあたって色々とアドバイスを貰う(そしてそれらをすべて鵜呑みにして実行、五条に笑われて照れながら怒るまでがセット)。最後の下りで「ナナミって誰? もしかして男?」とちょっとモヤモヤする。誤解はいずれ解ける。
とても楽しい五条先輩
→いいねえ〜!! 甘酸っぱいねぇ〜!! 明らかに両想いっぽいのにくっつかないふたりを見て楽しんでる。今後もニヤニヤしながら見守るつもり。この後七海にメールして色々と誤解を生むことになるし、男子寮で出くわした伏黒にいらんこと吹き込もうとするので全力で止められる。やめれ。