バラの花束を受け取って
風が頬を切りつけるように吹いている。とっくに日は沈んで、辺りはすっかり暗くなっていた。眼下にはぽつぽつと明かりが点り始めている。
手持ちの呪霊の中で一番早く移動できるものに飛び乗り、高専を後にして早数十分。少しずつ目的地に近づくにつれ、私の内心は酷いものになっていった。汐音と連絡が取れない。その揺るがない事実に最悪の事態を想定して、思わず目の前が真っ暗になる。
「(間に合ってくれ、頼む)」
村と思しき場所付近に到着したため、少し離れた場所に降りて村へ向かう。真っ先に会った住民に汐音について尋ねると少し怪訝そうな顔をされた。それで初めて自分の服装がただの部屋着であったことを思い出す。仕方なく若干のフェイクを含んだ事情と汐音と関係者であることを話すと住民は渋々村の中へと案内してくれた。
「あの小屋にいます」
少し歩いたところにその小屋はあった。木でできた簡素な造りのそれを目にして、ますます汐音の状況が心配になる。かろうじて明かりが漏れているところから、恐らく中に誰かいるのだろうということは推測できた。
「では、私はこれで」
そう言って住民はそそくさと退散しようとする。どうやら汐音に必要最低限以外はあの小屋に近づくなと言われたらしい。そのため食事を運ぶ以外はそのようにしているのだと。私が小屋を見ている間に住民が見張りと思われる男性に事情を説明してくれたようで、私はそのままひとりで小屋へ向かうことになった。一瞬ためらったが、私は勇気を出して軽く戸を叩き声をかける。
「……汐音?」
すると少し間があって、戸が薄く開く。かと思った次の瞬間、そこから伸びてきた腕によって素早く中へ引き込まれた。バランスを崩して倒れ込んでしまう。
いきなりの出来事に目を白黒させていると、明るい声が降ってきた。
「よかったー! 来てくれて助かったよー!」
その声の主……汐音は私を見て嬉しそうに笑っていた。よかった、生きていた。私は最悪の事態にならなかったことに安心しながら身体を起こす。汐音はといえば、若干やつれてはいるものの特に目立った外傷は無さそうだった。任務で怪我をして動けない可能性を考えていたが、そういうこともなさそうで肩の荷が下りた心地がする。
「連絡が無いから心配してきたんだ。状況は?」
「すぐるーが来てくれたから大体成功したって感じかなー」
どういうことだろうと思っていると、不意に聞き慣れない声がした。
「汐音ねーねー、そのひとは知り合い?」
見ると、汐音の後ろからひょっこり二人の女の子が顔を出している。髪色は違うものの顔つきがそっくりであるところからするに、双子なのだろう。私は素直に尋ねた。
「この子たちは?」
「今回の任務対象よー」
「え?」
予想外の返答に、私は思わず言葉を詰まらせた。女の子の表情が曇る。汐音が少し躊躇いながらも村の人たちが災厄が起こるのはこの子たちの所為だと虐待を行っていたことを話してくれた。口にするにも忌々しい悪行をきいて、こちらまで気分が悪くなる。
「……酷いな」
自身の眉間に皺が寄るのがわかった。村の人間が知性を持った同じ人間とは思えない。これだから非術師はと吐き捨てたくなるほどだ。汐音も同調するように「だからよねー」と言って腕を組む。
「最初は始末してくれって言われたんだけど、それ聞いた時流石にメーゴーサーしたくなったさー」
いくらなんでもひどすぎると汐音が眉を吊り上げる。何気に彼女が非術師に怒っているのを見るのは初めてかもしれない。
「でもしおんがメーゴーサーしたら怪我させちゃうからね。だから我慢して、この子たちを助けるために話をすることにしたわけよ」
『儀式には集中力が要りますから、こちらから何もない限り小屋に近づかないでください。準備が出来次第声をかけますから』と村の人たちを言いくるめて遠ざけて、しばらくふたりと一緒に生活をした。1日に3度与えられた食事はあろうことか汐音だけのものだったため、それをすべてふたりに分け与えて。冷たい地面にためらいなく体を横たえ夜を共に過ごして。そんなことをしているうちにふたりも徐々に心を開いてくれるようになったらしい。
「それで想定よりも時間がかかってたんだね」
「うん。黙ってここから脱出することもできたっちゃできたんだけど、ふたりが村の人たちを最後にぎゃふんと言わせたいって言うからよー、3人で色々作戦を考えてたってばー でもなんか上手くいかんくてさ。だから頭のいいすぐるーが来てくれて助かったよー」
「……そんなことなら早く呼んでくれたらよかったのに」
君にとって私はそんなに頼りないかなと寂しい気持ちになっていると、汐音がしれっと言った。
「いや、ここ電波届かんのに。電話なんて出来んよー」
「……なるほど」
ここが相当な山奥の田舎であることをすっかり忘れていた。それは連絡できるはずがない。
私も来たことだし一刻も早くその作戦というやつを考え始めようとしたところで、黒髪の少女がそっと汐音の袖を引く。
「ねえ。……その人、本当に信頼できるの?」
不安そうなその瞳が揺れる。今まで村の住人にされてきた仕打ちのせいで人が信頼できなくなっているのだろう。汐音はそっと地面に膝をついて、少女に視線を合わせた。
「大丈夫よー すぐるーはしおんねーねーの大事な友達でね、でーじ強くて頭も良いばーよ!」
汐音の言葉に安心したのか、少女の表情が和らいだのがわかった。少しでも信頼を得ることが出来たらしい。だが対する私は正直それどころじゃなかった。汐音の発した「友達」という言葉に若干違和感を覚えていたのだ。
友達。友達……。確かに今の私たちの関係を表す言葉はそれが最適だろう。だけど――
「じゃあすぐるーに説明するねー しおんたちが考えてたのはね……」
汐音が作戦を話し始めたので、私はさっと気持ちを切り替える。彼女らの考えを聞いて、意見をかわし、現段階で出来るであろう最適な作戦を4人で作り上げていった。
***
草木も眠る丑三つ時。私達は最終確認の後、互いに顔を見合わせる。
「じゃあいくよ?」
そう問いかけると、こくりと頷いた。汐音は自信ありげだったが双子は少々不安そうである。私だけ外へ出て、眠気を堪えている見張りの男と対峙した。
「どうかしましたか?」
「準備が整いましたので、儀式を執り行いたいと思います。1時間後に住民を全員小屋の前に集めてくれませんか」
それを聞いた途端、眠気が吹き飛んだのか男は大層嬉しそうに了承した。その背中を見送りながら私は内心ほくそ笑む。さて、上手くいくといいのだけれど。
1時間後。小屋の前には村の住民が一堂に会していた。皆眠い目を擦りながら儀式が始まるのを待っているようだ。私と汐音は小屋の外に立ち、全員に聞こえるように大きな声で話かける。
「お集まりいただきありがとうございます。それでは儀式を執り行いたいと思います」
「ですがその前にひとつだけ」
私が一歩前に出て口を挟む。自信満々に朗々と演説を始めた。
「私達が調べた結果ですが、この村に起きている現象は彼女らのものではありませんでした」
その発言に住民がざわつくのがわかる。あの子たちじゃない? そんなことあるの? だって災厄はあの子たちのせいで……。様々な言葉が耳に入るが私は張り付いた笑みを崩さぬまま一方的に話を続ける。
「本当の原因は土地。この土地に古くから住まう土地神様がお怒りになっているためだったのです」
元から子供が好きではなかった土地神様が、双子が生まれたことで怒っているのだ。そういう旨のことを私が言えば、「じゃあどうしたらいいんだ」と焦ったように住人から声が上がる。その目が血走っている様に見えるのは恐らく眠気の所為だけではないだろう。内心吐きそうになりながらも私は表情を変えない。人差し指を立ててその方法を教える。
「簡単ですよ。天にも届くほど燃え盛る炎で子供を捧げればよいのです。そうすれば怒りも収まるでしょう」
対処法を教えれば村の人々は安心したように目の色を替えた。それを見計らって汐音がすっと背後の小屋を指し示す。
「小屋にはあの少女が眠っています。さあ、今のうちに。火を」
そう言って住民のひとりに準備していた松明を持たせた。住民は嬉々として小屋に火を放つ。古い小屋は容易に燃え上がった。轟々と音を立てて徐々にその火柱を大きくしていく。喜びの声を上げる者、火に向かって祈る者。住民たちの反応は様々だった。しかし皆これでようやく災厄から解放されるという感情は一致していたように思う。
――そんな雰囲気が漂い始めたところで、強い風が吹いた。
炎は風に流されて簡単に形を変え、飛び散った火の粉が風に飛ばされる。そして瞬く間に周囲の建物に引火し、燃やし始めた。徐々に慌て始める住民たちに私はわざとらしく言い放つ。
「ああしまった! 他の家にも火が飛び移ってしまいました!」
「お前! なんてことを!」
「ああ、家が、私達の家が!!」
「まさか
私がそう言ってにたりと笑えば詰め寄った住人がぐっと歯を食いしばるのがわかった。もうすっかり辺りはパニックで、私の話どころではないのだろう。人々が火を消そうと奔走し始めた隙を見計らって、私と汐音はそそくさと村を後にした。風上に向かって進み、ある地点で足を止める。
「こんなところかな」
そう言って私はしゅるしゅると呪霊をしまいこんだ。途端に、あれだけ吹いていた風がぴたりと収まる。代わりに移動用の呪霊を出してその背に乗り込んだ。
「おいで」
そう言って汐音に手を差し出す。彼女はこくりと頷いて素直に手を取り私の隣に座った。命じれば呪霊は瞬く間に上空へと浮かび上がる。真夜中だが村は煌々と眩しく輝いていた。ある程度村から離れたところで、ぷはーと気が抜けたような溜息が聞こえた。
「な、なんとか上手くいってよかったさー」
「一先ず作戦成功かな?」
「やったね! しおんねーねー!」
そう言いながら私達の乗った呪霊と並走するのは、同じく呪霊に乗った双子だった。ふたりとも嬉しそうに笑っていて、それを見ると本当に助けられてよかったという気持ちになる。
「それにしても、よくこんなこと思いついたね」
土地神の怒りを鎮めると称して小屋に火を放たせ、偶然吹いた風によって火事を引き起こす。だがその実小屋はもぬけの殻であり、そんな土地神は初めからこの地方には存在しないのだ。この『似非土地神作戦』は私が多少アドバイスをしたものの、大筋はほとんど変わっていない。すると汐音は作戦を思い付いた経緯を教えてくれた。
「土地神っていうのはふたりのアイデアさー この土地の詳しい歴史を知ってる人がいないって聞いてたから、それを利用しようってなったわけよ。火に関してはね、しょうこーに煙草とライター預けられてたの思い出して。それで火を使うのもいいかなって思ったわけよー ただ怪我はさせたくなかったから、全員避難させて家だけ燃やしたらいいんじゃないかなって」
「なるほど。君もかなりの悪女だね」
「そういうすぐるーだって。呪霊で風起こして飛び火させるとか、しにやっけーでしょ」
彼女の指摘に私は小さく肩を竦めて見せる。……まあつまり、すべて私たちの思い通りに事が運んだというわけだ。
火をつけたのが住人であるとしても、村の人達が高専に密告すれば正直私たちはひとたまりもないだろう。だがそれを言った時点で彼らは双子を殺そうとした(実際は殺していないが)ことが露呈してしまうため、バレることはないだろうと踏んでいる。住民全員を一か所に集めたから恐らく死者は出ていないだろうし。あとは、私たちが死ぬまで嘘を吐き続ければいいだけの話だ。
眼下に少しずつ光が増えてくる。それによって徐々に都会に向かっていることをなんとなく実感していると、「それで」と金髪の女の子が私に問いかける。
「私たちこれからどうなるの?」
「一先ず高専においで。それから考えよう」
「そうねー 寮の部屋は余ってるし、事情を話せばわかってくれるんじゃないかなー」
それを聞いて嬉しそうにするふたりに、汐音は柔らかく微笑んだ。その横顔を見て私は静かに口を開く。
「ねえ、汐音」
「なんねー すぐるー」
「私と結婚してくれないか」
一瞬、その場が静寂に包まれる。
「……え?」
まるで近所のコンビニにでも行くような調子で言った私に、汐音は零れ落ちそうなほど目を丸くしてこちらをみる。
「え、け、けけ、けっこん?? 急になんねー!? どどどど、どういうこと?!」
「ここに来るまでの間、ずっと考えてたんだよ。それで、言うなら今しかないかなーってなんとなく思ってさ。言ってみた」
わたわたと戸惑う彼女を他所に私は静かに語る。肌を撫でる夜風が涼しい。
「最初はわからなかったんだ、君に抱くこの感情が何なのか」
出会った時は確かに、彼女に対する感情はペットに対する庇護欲のようなものだった。でも今は……あの朝焼けを見てからは、少し違って。
私はあの日から気づかないうちに、君なしじゃ生きていけなくなっていたんだ。
「それで、硝子に言われて初めて気がついたんだ。私が君に惚れてるって」
今まで経験してきた感情と違ったのは、汐音が私の中でも特別だからなんだと気付いたのは村に向かう道中だった。それならば今までの経験と違ってもおかしくない。だって、初めてなんだから。こんなに人を心から好きになるのが。
「君が誰かを励ますためにその腕の中に誰かを抱き寄せるのを想像するだけで、正直気が狂いそうになるんだ」
そう言いながら七海を抱き寄せたあの瞬間が脳裏に過る。あの時の胸の痛みは硝子が言った通り嫉妬だったのだ。弱った人を励ましたい、力になりたいという彼女のやりたいことを邪魔したくはないけれど、その腕の中に抱き寄せられるのは私だけがいい。そう思うのは過ぎた願いだろうか。
「私だけの君でいてほしい」
君だけが私の唯一で、君にとっての私もそうであってほしいと願うのはいけないことだろうか。
そのために左手の薬指にお揃いの指輪をはめたいと考えるのは我儘だろうか。
ねえ、
「私の側に、いてくれないかな」
まるで神に祈るように、私は問いかける。
汐音は顔を真っ赤にしながら、潤んだ大きな目で私のことを真っすぐに見つめていた。
***
「毎度思うけど、まさか本当にあんたらが結婚するとはね」
硝子がずずと飲み物を飲みながら言うのが聞こえた。そのせいで私はつい、養護室の前で立ち尽くしてしまう。高専外に出る時には欠かせない黒手袋を外し、引き戸に手を掛けようとした微妙な大勢でフリーズしていた。任務が終わったから約束通り汐音を迎えに来たのだけど……。私はちらりと時間を確認する。予定にはまだ数分早い。ならばまあ、少しくらいなら。私は伸ばした手を戻し、誰も通りかからないように内心祈りながらこっそり聞き耳を立てる。
「本当にって……疑ってたのそれ」
「そりゃあんな風に帰ってきて言われたら誰だって疑うよ」
硝子の言葉に村から帰って来た夜を思い出す。懐かしいなあ。あの後高専に帰って一連の話をして全員に相当驚かれたのは言うまでもないだろう。それから悟にも硝子にもめちゃめちゃいじられたっけ。汐音はすごく恥ずかしそうだったけど、私は別に満更でもなかったのを覚えてる。だってもう、覚悟は決まっていたから。
「結婚してもう何年だっけ?」
「3年かな」
「はー もうそんなに経ったっけ」
時間が過ぎるのは早いねと硝子がつぶやいた。ぎしりと椅子が軋む音がする。高専を卒業してから汐音は宣言通り大学へ、私は術師を続けながら高専で教鞭をとることになった。高専在学中に私はなんとか彼女を口説き落とし、大学入学と同時に同棲を始め、卒業と同時に籍を入れたのだ。そうか、もう3年かと私も改めて時間の流れの速さを実感する。
「ほんとに早いよね。美々子も菜々子ももうすぐ高校生だよ!? つい最近まで小学生だったのに!」
「つい最近って程でも……ま、気持ちはわからなくないがな」
村の一件で高専に保護された双子……美々子と菜々子はあの後、私達が卒業するまで高専の寮で一緒に暮らしていた。初めは知り合いがいないため不安そうだったが、汐音が一緒だったためそこまで苦しいものでもなかったようだ。ふたりのために寮生全員を巻き込んで季節の行事をやったのは結構思い出深かったりする。
そして現在はふたりたって希望で私たちと一緒に暮らしている。一応公立の学校に通っているが、ふたりが高専へ入学したいと言った際には快く送り出してやろうと私も汐音も思っていた。
「ふたりとも大人っぽくなっちゃって。その内彼氏でも連れてくるんじゃないかって傑がひやひやしてたよ」
「すっかり父親じゃん。ウケる」
それにしても、と硝子が切り出した。
「夏油遅いな」
「そうだね。任務長引いてるのかな?」
おっといけない。ついうっかり話を聞き入るあまり約束の時間を過ぎてしまったみたいだ。もう少し聞いていたかったけど仕方ない。扉に手を掛け、がらりと音を立てながら中に入る。そこにいた汐音と硝子の視線がこちらに向けられた。
硝子はいつもの白衣姿。汐音は白いシャツにベージュのスラックスと黒いパンプス、それからカーキのオーバーサイズカーディガンを合わせている。セミロングの髪はゆるく後ろでひとくくりに束ねていた。その顔立ちは化粧のおかげもあって高専の時より大人びているけれど、特徴的な大きな目はあの時からちっとも変っていない。私のたったひとりの、大切な奥さん。
私はにっこりと笑みを浮かべて軽く手を上げる。
「や、遅れてごめん」
「傑! お疲れさま!」
がたりと椅子から立ち上がりながら私の方へ駆け寄ってくる。これだ。私は彼女のこの嬉しそうな表情を見るだけで、今までの疲れがすべてなかったことになるんだ。……本当に結婚してよかった。
「任務どうだった? 怪我してない?」
「なんともなかったよ。いつも通りさ」
それならいいんだけど、とほっと息をつく汐音の後ろで椅子に座ったままの硝子がしれっと言う。
「随分静かな足音だったな」
「そう? 自分では意識していなかったな」
「……何の話?」
首を傾げる汐音に硝子はへらりと笑いながら別に〜と返す。私が何をしていたかなんてすっかりお見通しなんだろうな。下手に深入りされても困るので私はさっと話を切り替える。
「それより行こうか。時間もあるし」
「そうだね」
今日は世間一般で言うクリスマス。昨日のイブは家でささやかながらクリスマスパーティをしたのだが、その時になんと美々子と菜々子が私達にホテルのディナーをプレゼントしてくれたのだ。「たまにはふたりで楽しんできなよ」というあの子たちの言葉に甘えて、これから夫婦水入らずでディナーデートである。
鞄をとってからこちらへ戻って来た汐音にすっと右手を差し出すと、はにかみながらもお揃いの指輪がはまった左手を差し出してくれた。ニヤニヤと緩む頬を堪えられずにいると、硝子が茶化すように言う。
「お幸せに〜」
「言われなくても充分幸せだよ」
ね?と隣に視線を移す。彼女は少し照れながらも、確かに頷いてくれた。……そういうところが、やっぱり変わらず愛おしくて。つい握る手の力が強まってしまうのは仕方のないことだと思う。
「ホテルで食事したらそのまま泊まっちゃうのもいいかもしれないね。ふたりも弟か妹ができたら喜んでくれるだろうし」
「そっ!? そういうことはあんまり外で言わんでよー……!」
「ふふ、久しぶりに聞いたな。汐音の方言」
顔を真っ赤にする汐音を見ながら、私は静かに幸せを噛みしめていた。
【ざっくり! 沖縄語解説】
・○○ねーねー……意味:○○お姉ちゃん。ちなみにお兄ちゃんの場合は『○○にーにー』。
・メーゴーサー……意味:げんこつ。
・やっけー……意味:厄介。