03 疲れてるのか俺

 あの邂逅から数か月が経ち、少女とは数度仕事を一緒にする機会があった。
 少女は幹部の護衛任務よりも、施設に侵入してメモリーカードなどの記録媒体を盗み出したり対象者の暗殺を行ったりする仕事がほとんどであるらしい。

 バーボンとして同行する俺の仕事は専ら少女のサポート係だった。
 施設から離れた場所でPCを使って監視カメラをハッキングし、敵の動きやそれを踏まえた指示をインカム越しに伝えれば、少女が一字一句指示通りにそれらを実行する。少女が無事任務を遂行したことを確認すると、俺は待機している近くまで車を走らせ、少女を回収し、事前に指定されたところまで送り届ける。いたってシンプルな仕事内容だ。

 仕事中に監視カメラ越しに見る彼女の動きはまるで人間離れしていて、成程これが組織の戦闘専門の構成員かと身震いしたほどであった。
 重力を感じさせない身のこなし。動体視力が追い付くのがやっとの圧倒的な技のスピード。拳銃を持った大男にナイフのみで挑み、あまつさえ制圧してしまうんだから恐ろしいものだ。

 拳銃の弾をナイフで跳ね返す中学生の少女を見たことがあるか? 俺はある。さっきモニター越しに見た。
 しかもそれらを表情一つ変えず、息を乱す様子もなくやってのけるのだから、思わず自分の目を疑いそうになる。

 モニターの向こうの彼女は本当に人間か?と。

 いずれ組織を壊滅させることになった時に、彼女とも争うことになるのだろうか。……出来ればそれは避けたい。避けられないだろうが、なんとしても直接対決だけは避けたい。俺も正直、万全の状態で彼女に挑んで勝つ自分の姿が想像できずにいる。大の男が情けない。だがこれは紛れもない事実だ。本当に情けない思いをしているのは俺の方なのだ。察してほしい。

 映像越しに彼女が目的の物を入手したのを確認し、撤退の指示を出す。少女は小さく了解の旨を呟いた。俺も迎えに行くとするか。


***


 事前に指定されていた場所に到着すれば、少女が既に待っていた。

 因みに先に断っておくが、今は日付を超えて数時間経った真夜中である。
 こんな時間、人気も明かりも少ないここに見た目中学生くらいの幼い少女が立っていれば良くて補導、最悪犯罪に巻き込まれたりしそうなもんだが、少女のぼんやりとした生気を感じさせない雰囲気と、赤く汚れた服や手足を見れば相手は勝手に勘違いして逃げていきそうだ。当の本人は特に気にしてないだろうけれど。

「お疲れ様です。流石ですね」

 近くの道に停車し、車から降りて少女に声を掛ける。少女はこちらと視線を合わせると、黙って見つめてきた。黒い両目は相変わらず光を映さない。

 血に汚れたその恰好では目立つだろうと、俺は着ていたジャケットを脱いで少女の肩に引っかけるようにはおらせる。色の濃い物を着ていてよかった。肩に引っかけられたジャケットを見てどうしたらいいのかよくわからないという様子を見せた少女。言葉足らずだったか。

「着てください。そのままでは目立ちますから」

 そう静かに言えば、少女はすいと視線をずらし、言われたとおりに黙ってジャケットに袖を通した。

 何度か仕事をするようになって知ったのだが、少女は本当に言われた通りのことしか動かない。今のように、ジャケットを肩にかけただけでは少女自身で袖を通すことすらしないのだ。……本当によくできた"人形"だ。
 もしかして彼女実は極めて精巧に作られた組織新開発のロボットだったりしないだろうか。ほら、それなら先ほどまでの人間離れした動きも瞳が光を映さないのも納得が……いや、馬鹿なことを言うのはよせ。疲れてるのか俺。

「行きましょうか」

 固く目を閉じて眉間をぐりぐり揉むことで馬鹿げた考えをさっと頭から追い出し、すっかり板についた作り笑いを浮かべることで気持ちを切り替える。少女の薄い背中に手を添えて促すようにすれば、黙って歩き出した。

 車の前まで来たところで少女は立ち止まって、光の宿らない瞳でこちらを見上げる。車の助手席を開いてやり、背中を押す力をほんの少し強めると、少女は瞬きを一つして助手席にするりと乗り込んだ。
 ばたんと扉を閉めて、俺も運転席に乗り込む。シートベルトを着けさせるより前に、彼女に問う。

「例の物は」
「これ」

 彼女はポケットから無造作に目的のメモリーカードを右手でつまんで取り出して、差し出した俺の手のひらに乗せる。まるで菓子のお裾分けでもするかのようだ。

 ……全くもって、無頓着である。
 このメモリーカードのために沢山の人間が様々な形で血の滲むような思いをし、実際血を流した者もいるというのに。それを手に入れるために、今しがた自らの手で命を終わらせた者たちが大勢いるというのに。それすらも、彼女にとっては何でもないことなのだろうか。

 目的の物だと軽く確認する間に少女にシートベルトを着用するように指示する。かちゃりと金具が綺麗に合わさった軽い音がした。俺も確認を終え、メモリーカードをいつも通りの場所にしまいPCの電源を切って後部座席に置く。
 ギアを調節しハンドブレーキを解除。俺たち二人を乗せた車は滑らかに発進した。