01' くれぐれも扱いには気を付けろよ

「どういうつもりだ」

 俺はあまり感情の乗らない声で目の前の男に素直に疑問をぶつけた。咥えている煙草から一筋の煙が立ち上り、ゆらゆらと揺れながら周りの空気に混じって消えていく。

 目の前にいるのは組織でもかなりの地位に立つ男、ジン。彼は相変わらず死神のような出で立ちで、俺と同じく煙草を咥えている。その隣には見覚えの無い少女が立っていた。その幼い目元がどことなく、隣に立つ男に似ているような。似ていないような。
 少女は何も言わずにこちらを静かに見つめている。その瞳はまるで黒い絵の具を丹念に塗り込んだかのように、驚くほど光を映さない。大人でもなかなかそんな瞳を見ることは無いから、珍しいなと思っていた。

「言っただろう。こいつの世話をしろと」
「俺は新しい任務だと聞いてきたんだが?」

 全く表情を変えずに淡々とのたまうジンに、俺は思わず棘のある返答をする。機嫌を損ねるだろうかと思ったがジンは特に気にしていないようだった。灰をその辺に落とし、煙草の煙をゆるりと吐き出してみせる。

 新しい任務があるからとジンにこの場所――組織の所有する施設へ呼び出されたのがつい数時間前。大至急だと言うから車を飛ばしてきたってのに、蓋を開けてみれば『俺が海外へいる間、こいつの世話をしろ』とのこと。それが任務だと? ……人を馬鹿にするのにも程がある。
 仮にも俺だってコードネーム持ちの人間だ。それを子供のお守りなんかに使うとは。苛立ちを隠すことなく、ため息交じりに煙を吐き出す。

「ガキのお守りなら他を当たってくれ。生憎うちは保育所じゃないんでね」

 俺の返答に、ジンはようやく表情を変える。といっても、僅かに目を細めたのみであったが。

「"人形"のお守りは不服か? ライ」
「……"人形”だと?」

 思わず聞き返した俺の様子を見て、ジンはクッと片方の口角を上げて不気味に笑った。

 "人形"……最近組織内でよく聞くようになった、とある人物を指す名だ。

 ウォッカと共にジンの傍にいるのが多いと聞いたが、組織内の他の幹部たちにも重宝されているらしく、任務に同行しては護衛やら暗殺やらを請け負っているのだとか。
 生に執着せず、死を躊躇わず。眉ひとつ動かさず鮮やかな手口で命を奪い、命令通りに動く姿は、まさしく操り人形のようだということからその通り名がついたのだとか。俺も噂程度でしか聞いたことが無かったが、まさかこんなに幼い少女だったとは……。

 改めて少女に視線を戻す。
 見ているこっちが寒くなりそうなほどの簡素な服。そこからのぞくか細い手足や顔にはこれでもかと手当の跡があり、手当てが無い部分の肌にも所々傷跡のようなものが見える。顔立ちはそれなりに整っているのだろうが、感情がまるで感じられないその黒い瞳のおかげで不気味な印象の方が強いと言えた。とてもじゃないが組織随一の戦闘員には見えない。だがジンがそうだと言うのなら、そうなのだろう。

 目の前の少女は生気のない瞳で、じっとこちらを見つめている。瞬きひとつせずに。こちらの考えをその目から見事に読み取ってしまうのではないかと勘違いしそうなほど、じっと。

「色」

 ジンが素っ気なくそう言うと、少女はぱちりと瞬きをしてちらりとジンへ視線を移す。ジンがくいっと顎をしゃくって見せれば、少女は視線をこちらにさっと戻して俺の方に歩みよって来た。俺と丁度足1つ分ほど離れたところでぴたりと止まる。俺より頭ひとつ以上小さな少女は見上げるようにじっと目を合わせた。それを見たジンは用は済んだとばかりにすたすたと行ってしまう。

「俺の大事な愛娘だ。くれぐれも扱いには気を付けろよ、ライ」

 不気味な笑みでそんなセリフを呟き、部屋を立ち去る。

 ジンが出て行った後、俺は思わずほうとため息を吐いた。
 愛娘……冷血無比なジンからそんな言葉が聞ける日が来るとは。奴が言った言葉を信じるとすれば、少女は正真正銘ジンの娘ということになる。いてもおかしくはない年だとは思っていたが……まさか本当にいただなんて。そしてそれがあの"人形"だったなんて、夢にも思うまい。

 はじめは俺が子供のお守りなんて冗談じゃないと思ったが、相手が"人形"……ジンの娘となれば話は別だ。俺が組織に潜入した目的は、組織を壊滅させること。そのためにはどんなに些細でも多くの情報が必要だ。少女がジンの娘で"人形"ならば、得られる情報の質は桁違いであることは明らかだろう。手段を選んではいられない。

 俺がひとりで考えを巡らせている間も、相変わらず少女はじっとこちらを見つめるばかりで一向に口を開こうとしない。ふと視線を戻した時に目が合ってしまったのだが、その黒くて大きな瞳の中に俺の姿がすっぽりと収まっていた。その幼い姿も相まってか、俺の脳裏に過るのは年の離れた妹の姿。見た目も性格も全く異なるというのに……不思議なものである。

「……命令なら仕方ない。すまないがこのまま俺の家に来てもらうぞ」

 少女は俺の言葉を聞くなり、こくりと頷いた。

 ――こうして、俺と"人形"の少女……色の奇妙な同居生活が始まったのである。
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