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満月の夜だった。
巨大な化け物の目玉かと見紛うような薄気味悪い月が、ぽっかりと夜空に穴を開けている。そこから放たれるぼんやりとした月明かりが、平等に夜の街を照らしていた。時間帯も遅いため、建物の灯りすらポツポツと控えめである。
誰もが寝静まるそんな夜に、ひとりの少年がプールサイドに立っていた。そのプールは学校の屋上に位置しているもので、時間帯も相まってかなり物々しい雰囲気が漂っていた。もちろん彼の他には周りに人っ子ひとりいやしない。
少年は黒い制服を身に纏っているところからするにどうやら彼はまだ学生のようだ。黒髪を後ろでひとつに括ってお団子状にまとめ、前髪を一房垂らしている。少年と表現するには随分と大柄な体格をしている彼は俯きがちで、影が落ちた表情を確認することはできない。
その、腕の中。
ひとりの少女が瞼を下ろして眠っている。
長い睫毛に、日差しを知らない生白い肌、整えられた眉毛、切り揃えられた前髪、少しかさついた桃色の唇。丸みを帯びた滑らかな頬を、月明かりが柔らかく撫でる。だらりと力なく垂れ下がる手足は棒のように細く、その身体を支えるのがやっとだろうと容易に想像できた。風に吹かれて少女の長い髪が揺れる。
「――……」
少年が、何かを言った。おそらく少女に話しかけたのだろう。
だが少女は答えない。なおも彼の腕の中で穏やかな表情のまま眠り続けている。
微かな塩素の匂い。夜の風。
ふたりの時間は静かに進んでいく。