ここまでおいで


「ねえ、コナンくんも行こうよ。お化け退治!」
「お化け退治?」

 隣の席に座っているコナンに、歩美が前のめり気味に明るい声でそう言った。頭の中で執筆中の小説に関することを考えていた私は、ふとそちらに意識を向ける。

「よせよ歩美。コナンなんか誘っても、きっと役に立たねーぞ」

 そんな歩美を見て元太が腕を組みながら若干不機嫌そうに言う。だが歩美も歩美で、だってと不満そうに唇を尖らせた。まあ確かに、ふたりだけでお化け退治に行くというのはいささか不安だろう。

 少し呆れ顔のコナンがお化けの居場所を尋ねると、4丁目の古びた洋館だと答えが返ってくる。その洋館では5年前にとある人物が殴り殺されるという事件が起こっており、それ以来その館は空き家のはずなのだが、代わりに悪霊が住み着いてしまったとかなんとか。実際歩美ちゃんも館の窓に映る火の玉を目撃したんだとか。
 怪奇ホラー小説の序章にはありがちなシナリオだが、それがまさか現実だというのだろうか。そっと聞き耳を立てていた私の中の好奇心が密かにムクムクと目を出し始める。

「どう!? わくわくしてきたでしょ!」
「そんなの作り話ですよ」

 目を輝かせる歩美に、私も行きたいと話に混ざろうとしたところで別の声がそれを遮った。すぐ近くの席で読書をしていた光彦だ。

「この科学の時代にお化けや妖怪だなんて……テレビや漫画だけにして欲しいですねえ」

 やれやれと呆れ気味に言ったその言葉を聞き、たまらず元太は光彦に詰め寄る。

「なんだぁお前! 歩美が嘘ついてるって言うのかぁ!?」
「い、いや……僕は、ただ……」

 しどろもどろになりながら言葉を濁す光彦。すると元太はぎろりと睨みつけながら言い放った。

「それじゃあお前も一緒に来て、お化けが居ねぇ事を証明してもらおうじゃねーか!」

 わかったな!?と胸倉をつかむと、光彦は不満そうな声を漏らした。そんなふたりを他所に、歩美はこちらに顔を向ける。

「葵ちゃんも来る? お化け退治」
「うん! あおいも一緒に行きたい!」
「ほら、葵ちゃんも行くって。だからコナンくんも行こうよ!」

 ね?という歩美の言葉に渋々頷くコナン。
 こうして、放課後5人で例の館に行くことが決定したのである。


***


 夕暮れ時……を通り越してもはや夜。

 数十羽の烏が飛び交うその不気味な屋敷の前で、私たちは予定通り顔を合わせていた。
 そしてまず持ち物の確認をする。元太が持ってきたのはお化け退治の金属バット。歩美が持ってきたのはお腹が空いたときのお菓子。光彦が持ってきたのは人数分の懐中電灯とコンパス。そして自然と視線は私に向く。

「そこまで大したものを持ってきたわけじゃないけど……」

 そう前置きして取り出したのは携帯電話だ。この間機種を変えたばかりの最新モデル。特別に持ってきたわけではなく普段から持ち歩いている物なのだが、この場ではかなり強力なアイテムになるのではないだろうか。私の手のひらに余るほどのそれを見て、4人は目を輝かせた。

「これがあればお化けが出た時にカメラで撮れるかなーって」
「おお! 流石葵だな!」

 でかしたとばかりに元太は笑う。そして最後にコナンに視線が向いた。別に何も持ってきてないと言えば3人は驚きの声を上げる。口々に責められ、死なない程度に頑張るよ、と困ったように笑っていた。でもまあ君の場合、その生まれ持った頭脳が十分武器になるから心配いらないと思うんだが……。

 早速入ろうとすれば、門には鍵がかかっているようである。どうするのかと思っていると、別の場所に秘密の入り口を発見したとのこと。元太が案内する場所に向かえば、そこには比較的新しい小さな扉がついていた。扉にかぎはかかっておらず、これなら何とか通れそうである。
 それにしても、どうしてこんなところに通路が……。少し疑問に思うが、歩美に急かされたため慌てて後をついていった。

 家の玄関は鍵がかかっていないようだったが、電気がついていないせいで中は何も見えない。不気味な雰囲気に子どもたちは思わず言葉を失う。

「ねえ、やっぱ帰ろっか? ほら、雨も降って来たし……」

 怖気づいたように歩美が言う。だが元太は聞き入れる気は無いようだ。

 その直後。ぴかりと稲光が走り、間髪入れずにズドンと大きな音がした。それに驚いた歩美は泣きそうになりながら屋敷の中に逃げ込む。そして何かにぶつかってしまったようだ。悲鳴を上げる歩美を見て、光彦が軽く馬鹿にしたように笑う。

「悪魔をかたどった、ただの彫刻ですよ」

 それから5人で屋敷の中を進み、洗面所を発見した。蛇口をひねれば水はまだ出るようで、これ幸いと歩美は埃でドロドロに汚れてしまった手を洗った。
 そこでまた違和感を覚える。水は確か水道料金を払わないと出ないはず。それなのに、ここ数年誰も住んでいないというこの屋敷で水が出るというのはどういうことなのだろう。

 静かに頭を回していると、コナンも同じことを考えているのか、黙って水の出る蛇口を見つめていた。


***


「こうやって皆で歩いてると、ロールプレイングやってるみてーだな!」

 懐中電灯片手に屋敷の中を散策していると、元太がふとそんなことを言い出す。それに歩美が明るく賛同した。
 それからそれぞれの役職の話になる。元太は勇者、歩美は女戦士、光彦は魔法使いとそれぞれ得意げに言った。無理矢理村人にされてしまったコナンはとても不満そうだったが。

「あおいは……」

 皆に倣って私はどうだろうと考えたが、もともとゲームなんてほとんどやらないせいでどんな役職があるのかわからない。すると元太が言った。

「葵は道化師だな!」
「道化師?」
「そうね。いつも明るく盛り上げてくれるムードメーカーの葵ちゃんにはピッタリよ!」
「僕もそう思います」

 歩美と光彦も元太の言葉に頷く。それを見て私は静かになるほどと頷いた。道化師……つまりはピエロか。子どものフリして笑顔で猫を被り、作家という本性を隠している私にはピッタリだろう。そんなつもりで彼らは言ったのではないだろうが。

「そっか! じゃああおいは道化師〜!」

 ニコニコ笑って道を進む。本当にこの先に魔王がいるような気がしてくるから不思議だ。

 すると、数メートル先の扉がきしみながらひとりでに開いた。思わず足をとめれば、3人はいつの間にかコナンの後ろに隠れているようである。しまいには見てこいとコナンを先に活かせる始末だ。呆れたようにコナンは目を細める。
 そうっと中を覗き見れば、そこには誰もおらずただ窓が開いているだけだった。どうやら窓から吹き込む風で扉が自然に開いたらしい。

「ま、お化けの正体なんて大体こんなもんですよ」

 窓を閉めながら光彦は言った。それを見て歩美は名探偵みたいと褒める。だが本物の名探偵であるコナンは3人には目もくれず、地面を懐中電灯で照らして何かを調べているようだった。そんなコナンを他所に、光彦はひとりでトイレに行ってしまう。

「ひとりで大丈夫?」
「なーに。科学と論理が僕の味方ですよ」

 そう言って得意げに笑い、部屋を出て行ってしまった。
 だがしばらく4人で待っていても彼はなかなか帰ってこない。彼がトイレに立ってから、かれこれ20分は経過している。もしかして道に迷っているのだろうか。それともまた別の理由か……そうでなければいいことを願うばかりだ。

「うわああああああああ!!」

 どこからか叫び声が聞こえる。しかもこの声は光彦の声だ。慌てて飛び出すコナンを追いかけるように、私たちも部屋を飛び出した。大声で呼びかけながら屋敷内を探すが返事はない。やはり彼の身に何かあったのだろう。小さく下唇を噛む。

「3人とも近くの部屋に隠れてろ! 俺は光彦を探してくる。いいか、絶対に出ちゃダメだぞ!」

 そう言ってコナンは私たちの呼びかける声も聞かずに駆け出してしまった。取り残された私たち3人は静かに顔を見合わせる。

 私たちは言われたとおりに近くの部屋に身を隠し、ひとまず彼らの帰りを待つことにした。歩美ちゃんの持ってきたお菓子を頬張りながら、ぼんやりと元太はつぶやく。

「今頃母ちゃんたち心配してるかなあ」
「もうすっかり夜になっちゃったもんね」

 それを聞いて私も頷く。一応帰りは遅くなると連絡を入れてあるが、ここまで遅いと流石に心配するだろう。現に先ほどからメールが何通か届いているようだし……今頃そわそわと携帯を握りしめているかもしれない。ぼんやり私が考えていると、退屈そうに次のお菓子に手を伸ばした元太の手を歩美はさっと遮った。

「これはふたりの分よ。食べちゃダメ!」
「わ、わかったよ……」

 渋々引き下がる元太。だが数秒後、ひくひくと鼻を鳴らして勢いよく立ち上がった。

「食いモンの匂いだ!」

 部屋を飛び出して辺りを見回し始める。どうやら廊下の奥から流れてきているようだ。歩美の制止も聞かず、ちょっと見てくる、と元太は部屋を出て行ってしまった。涙目になる歩美をなだめ、部屋に戻る。

「大丈夫! みんなすぐもどってくるから、ここで待ってよ?」
「う、うん……」

 部屋に入り、扉を閉めようとした次の瞬間、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。びくりと歩美が肩を震わせる。この声は元太の声だ。彼の身にもなにかあったらしい。

「私もみんなを助けに行かなきゃ」
「でも歩美ちゃん」
「だって! みんな帰ってこないし、ふたりだけでこんなところで待ってるのなんて、もういやだよ……」

 今にも泣きそうな歩美を見て、私は静かに決意を固める。

「わかった。じゃああおいもついていってあげる。一緒に、みんなを助けに行こう」

 ぎゅっと手を握れば、歩美は覚悟を決めたように頷いた。


***


 みんなの名前を呼びかけながら屋敷の中を進んでいく。歩美とはぐれないようにしっかりと手は繋いだままだ。すると、廊下の奥で何かの音がする。かすかに明かりもみえた。

「元太くん? もう、脅かさないでよ……」

 少し安心したように歩美はそちらに近寄ろうとする。だが私は足をとめたままだ。不思議そうに歩美ちゃんはこちらを見る。

「葵ちゃん?」
「待って歩美ちゃん。この足音……」

 そう言ってゆっくりと耳を澄ませる。コツコツという足音はヒールを履いた時にしか出ない音。スニーカーを履いていた元太に、こんな足音が出せるわけがない。それに気が付いたのか、歩美は静かに息を飲む。何者かの足音はゆっくりとこちらへ近づいていた。思わず腰を抜かしてしまった歩美ちゃんを慌てて支えようとすれば、背後から腕が伸びる。

「コナンくん!」

 涙目のまま小声で歩美がつぶやいた。だがコナンは険しい顔で声を立てないように言う。足音は着実にこちらへ迫っていた。そのまま3人で息を殺してじっとその場に身を潜めていると、足音の主が姿を現す。蝋燭を片手にカートで何かを運ぶ、長い髪の人物。そいつは私たちの存在に気付くことなく、目の前を横切って廊下の奥に姿を消した。

「お、お化け……」
「違う。よく見ろ人間だ」

 泣きそうになりながらつぶやく歩美に、コナンは静かに言う。姿が見えなくなると慌ててその後を追いかける。だが廊下を曲がった次の瞬間、その人物はこつぜんと姿を消していた。それに気づいたコナンが慌てて近くに駆け寄るが、やはり先ほどの人物はどこにもいない。この辺りには別の部屋も無いし、道の先は行き止まりである。
 ならば一体、どこへ消えたのか。

 すると、コナンが地面に何やら線があるのを発見した。床の埃に切れ目が入り、そう見えるらしい。辺りを注意してみていると、なにやら取っ手のようなものが地面にあるのに気づく。

「そうか、さっきのやつはこの下に……」

 そう言って扉を開けようとするのだが、子どもの力では到底無理な重さだ。試しに3人がかりで引いてみたがびくともしない。
 どうしたものかと考えていると、コナンは何か思いついたように身に着けていたサスペンダーを外した。片方を取っ手に、もう片方を上の方にある電灯に引っ掛ける。

「どうするの?」
「まあ見てなって」

 私の問いに得意げに笑うコナン。カチリとスイッチを押すと、あれだけ苦戦を強いられていた扉がゆっくりと持ち上がっていった。なるほど、これも博士の発明らしい。
 中を覗いてみると地下に続く階段があるようだ。おそるおそる階段を降り、道を進んでいく。すると少し先にある扉の隙間から明かりが漏れているのを発見した。足音を殺して忍び寄り、そうっと中を覗き込む。

 そこにあったのは、まるで牢獄のような部屋だった。

 部屋の半分を占める大きな鉄格子。その中には人ひとりが生活できるくらいのスペースがある。主な光源は裸電球がひとつ釣り下がっただけで薄暗く、それが不気味さに一層拍車をかけていた。

「なんでこんなところに……」
「だ、誰かいるよ! ほら、あの奥のベッドに!」

 歩美が私とコナンの腕に縋りつく。言われたとおりに見てみると確かに奥のベッドに誰かがいるようだった。髪の長い男、だろうか。上半身を起こし、顔を覆って震えている。

 すると次の瞬間、男は大きな声で叫び声を上げた。驚いた歩美が思わずしりもちをつく。どうしたんだと思って男から目を離せずにいると、廊下の方からコツコツとあの足音が聞こえてきた。私たちは急いで部屋の奥のロッカーに身を隠した。

 数秒遅れて部屋の扉がゆったりと開く。そこに現れたのは、先ほど廊下で見かけた人物――髪の長い女性だった。その手にはお盆と燭台つきの蝋燭を持っている。女性はゆったりと檻の前に立ち、そっとお盆を檻の前に置いて座った。

「またうなされていたのね。可哀そうに……」

 ぽつりと女性が言う。それから静かに檻の中の男に声をかけていた。早く忘れなさいだとかなんとか。

「お前がいくら苦しんでも、死んだ人はもう、戻らないのだから……」

 その言葉を聞いた途端、コナンの目つきがわずかに変わった。もしかしたら何かに気付いたのかもしれない。
 だがそれについて詳しく尋ねる前に、部屋にけたたましい音が響き渡った。女性が運んできたお盆を、檻の中の男性が盛大にひっくり返して暴れ始めたのである。女性はおろおろとするばかりで、男性は一向に収まる気配が見られない。苦しめたいわけじゃないとか何とか言っているが、事情を詳しく知らない私には何のことやらさっぱりである。

 すると、歩美ちゃんの足元にあったモップが音もなく動き始め、前に倒れ始める。それに気づいた私が慌ててキャッチするが、そのはずみでロッカーが揺れ、その上に置いてあったバケツが落ちてきてしまった。手を伸ばすがもう遅い。
 けたたましい音を立てて金属製のバケツは地面に転がった。私たちは思わず身を縮こめる。

「どうやらさっきのふたりの他にも、まだネズミが忍び込んでいたようだねぇ」

 ゆらりと、女性は冷えた声を出す。それと同時にカチャリと金属の触れる音がした。もしかしたらナイフか何かを手に取ったのかもしれない。

「さあ出てきなさい。隠れていても無駄よ! さあ!!」

 歩美が小さく悲鳴を漏らす。コナンは険しい顔でロッカーの陰から向こう側を睨みつけていた。そして何か思いついたのか、フッと口角を上げる。

「それは奥さん。あなたの方ですよ」

 いつもより随分と低い、大人びた口調でコナンはつらつらと語りだした。
 この屋敷に来た時から抱いていた違和感。それから5年前に屋敷で起きた事件と、彼らの正体について。彼の話では、息子さんを奥さんが5年間もの間、この地下室に閉じ込めていたらしい。そのため、無人だとされていたはずの館に水道が通っていたのだ。

「だ、誰だ……誰だお前は!!」

 ヒステリックに女性が叫ぶ。ゆったりとコナンはロッカーから姿を現した。

「江戸川コナン……探偵だ!」

 その姿を見て女性は僅かにうろたえる。コナンはひるまず、話を続けた。
 屋敷の主人を殺したのはおそらく……と口にしたその瞬間。女性は大声を上げてコナンにナイフを振りかざす。慌てて止めに入ろうとしたその時、檻の向こうに閉じ込められていた男が声を荒げた。その声を聞いて女性はぴたりと動きを止める。

「もうやめてくれよ母さん……その子の言う通りだ……」

 男は鉄格子に縋りつきながら、力なく己の胸中を吐露する。5年前に屋敷の主人を殺したのはやはり彼で、ほとんどコナンが推理した通りらしい。もうこれ以上悪夢に怯えたくないと泣く男に、女性は必死になだめる様に声をかける。

「黙っていれば、誰にも分らないわ」
「そう……確かにこのまま隠れていれば警察からは逃れられる。だが犯した罪からは消して逃げられはしない。奥さん……あなたは息子さんに、一生この重荷を背負わせる気なんですか?」

 その言葉を聞いて女性はハッとしたように目を見開き、涙を流しながら観念したようにずるずると崩れ落ちた。


***


 恐怖の一夜が明け、館は明るい日差しに包まれた。

 元太と光彦は屋敷の外で大いびきをかいているところを無事に発見された。あの女性に見つかり、麻酔薬をかがされて屋敷の外に放り出されていたらしい。奥さんと息子さんはその日のうちに警察に出頭して、迷宮入りしていた事件も無事に解決した。

 当然コナンを含めた4人は迎えに来た親に散々叱られていた。私はどうだったかって? 私の場合はちょっと特殊だった。事件を聞いてすぐさま飛んできた立が、私を見つけるなりワンワン泣いてこちらを痛いほど抱きしめてきたのである。これには私も、他のみんなもびっくりだ。余程私のことが心配で仕方が無かったらしい。

 ――そして、それからまた数日経ったころ。

「えー!? またお化け屋敷?」

 教室でコナンが不満そうに声を上げた。また歩美ちゃんが見つけたらしい。

「今度は2丁目の『エトウ』ってお家よ!」
「「……『エトウ』?」」

 私とコナンは首を傾げる。歩美の話によると、なんでもその館は怪しげな本で埋まっていて、ひとりで住んでいた少年も魔物に食われてしまったんだとか。本で埋まってる2丁目の家っていったら私はひとつしか思い浮かばないが、そこは多分『エトウ』ではなく……。

「ねえ、それ本当に『エトウ』って家なの?」
「うん! カタカナの"エ"に、漢字の"藤"よ」

 歩美の言葉に思わず吹き出しそうになる。やっぱり、それは思っていた通り『エトウ』ではなく工藤。今隣に座って顔を引きつらせている彼の家だ。

「ようし! 放課後にまたみんなで突撃だ!」

 元気よく宣言する元太。慌てるコナンを他所に、私もくすくすと笑いながらそれに賛同した。彼には悪いが、あの家には前から興味があったんでね。

「ねえ葵ちゃん」

 工藤邸について思いをはせていると、コナンがそっと声をかけてきた。若干トーンを落とし、周りに気付かれないように彼が言うものだから、私もつられるようにそっと応える。

「どうしたの?」
「ちょっと……こっち来て」

 するとぐいと手を引かれた。歩美たちが不思議そうにこちらを見るが、すぐ戻るからと言ってその場を離れる。しばらく彼についていけば、人通りの少ない廊下まで連れてこられた。何も言わずにこんなことをするとは珍しいなと思いながら、もう一度彼に尋ねる。

「ねえコナンくんどうしたの? もうそろそろ授業始まっちゃうよ?」

 ちらりと時計を確認しながら言う。だがコナンは何も言わずに、向こうを向いたままポケットに手を突っ込んでいた。どこからともなく吹いた風が、私たちの周りをくるりと回ってすり抜けていく。
 用が無いのなら帰ろうと、そう言おうと思って口を開こうとした次の瞬間。コナンがこちらを見て唐突に言い放つ。

「葵ちゃんてさ、小説家の生天目葵……だよね」

 ――授業開始を告げるチャイムの音が、遠く聞こえた。