友達、でしょ


 いつの間にかチャイムが鳴り終わり、静寂がこの場を支配する。目の前に立つ少年は真っすぐ私を見つめていて、その瞳は小学生らしからぬ自身と確信に満ちていた。

 対する私は、言ってしまえば内心パニック状態だ。だってそうだろう。今まで本当の姿を欠片も見せないよう、誰かと接するときはずっと猫を被り続けてきたって言うのに、まさかこうやって堂々と正面から自らの本質についてずばりと言い当てられる日が来るなんて、思ってもいなかったのだから。

「……なに、言ってるの?」

 平静を装いつつ、そんなテンプレートな台詞を吐くので精いっぱいだった。いつも通りいつも通りとなんとか猫を保っているが、どうしたって動揺は表情に、仕草に、声に現れる。

「あおいはただの小学生だよ? コナンくんと、おなじ」

 手のひらが汗ばむ。いつもよりまばたきが増える。喉が自然と乾いて声が出しにくい。きっと普通の人なら気づかない程度の変化であるが、探偵である彼の観察眼は敏感に察知してしまうだろう。その証拠に、彼はわずかに目を細めて口角を上げる。

「君が生天目葵先生であるという証拠は3つ」

 彼は勝ち誇った笑みを浮かべて言い放った。思わずひくりと喉が詰まる。すべてを見透かす彼の瞳から、何故か目が逸らせない。彼の立ち姿や所作のひとつひとつに気品を感じられた。いつも推理を披露するときに放つ、彼独特の雰囲気のせいだろう。
 ……探偵に追いつめられる犯人の気持ちが、少しだけ理解できた気がした。

「まず1つ目は君の名前だ。生天目先生の担当編集である立さんの娘である君が先生と同じ名前だなんて……僕に疑ってくれと言ってるようなものだよ」
「でも、葵って名前は別に」
「そう、別に珍しい名前ではない。だから証拠にしてはあまり決定的とは言えないけどね」

 反論されることを見透かしていたのか、彼は小さく困ったように笑う。
 静寂が痛い。連れてこられた廊下の近くに教室が無いためだろうか。まるで、この世界に彼とふたりきりになったみたいだ。

「2つ目は君の手」
「手?」
「そう。正確に言えば右手の指。中指の第一関節辺りに大きなペンだこがあるだろう? 小学生一年生にしては大きすぎるペンだこがね」
「……ほんとだ」

 それとなく自身の右手――中指の第一関節に目をやる。今まで気にしてきたことも無かったが、確かに彼の言う通り子どもにしては大きなペンだこがそこに居座っていた。きょとりと猫を被るのを忘れずに、彼に視線を戻す。

「でも、それがどうかしたの?」
「生天目先生は原稿を執筆するとき、必ず万年筆を使うんだ。現代の作家はほとんどパソコンを使うけど、先生だけは頑なにアナログにこだわってるみたい」
「……へえ」
「だから、先生の手にもあるはずなんだよ。君と同じく、硬くて大きなペンだこがね」

 彼は自信ありげに言う。だが私は即座に切り返した。

「コナンくん。あおいの手のこれはね、万年筆でついたんじゃないよ。鉛筆でついたの。あおい、綺麗な字が書けるようになりたくて、毎日お父さんと練習してたから……。だから」
「ごめんね葵ちゃん」

 私の言葉を遮って、彼はぽつりと謝罪の言葉を口にする。申し訳なさそうに眉を下げて、彼は3つ目の動かぬ証拠を提示した。

「3つ目の証拠は……君のノートだ」

 はっと、私は思わず息を飲んだ。
 ……まさか、そんな。
 まばたきを忘れたように目を見開く。

「さっきの国語の授業、僕ちょっと退屈でさ。隣にいる葵ちゃんを見たんだ。そしたらちょうど船を漕いでて。……見ちゃったんだよね。葵ちゃんの国語のノートの下に、隠すように置いてあったノートの中」

 本当にごめん、と彼は再度謝罪する。だが私は固まったまま何の反応も示さない。
 ざあと、窓の外の木々が揺れる音が、静寂に慣れ切った耳に障った。

「あれって、この間出た生天目先生の新刊の続きのメモかなにかだよね? 落とした時のためにある程度暗号化していたみたいだけど、書いてあったアルファベットが登場人物のイニシャルだってわかれば、解くのは案外簡単だったよ」

 雲か何かで陰ったのか、窓から差し込んでいた日光がふと弱まり、廊下が一瞬薄暗くなる。相している間に、もう一度聞くよ、と彼はつぶやく。確信に満ちた無垢な二つ目がぎらりと、まるで獲物を逃すまいとする蛇のように光る。
 酷く、それが恐ろしく感じた。

「……葵ちゃん。君が、覆面作家の生天目葵先生なんだよね?」

 一応語尾に疑問符がついているが、その実言葉に迷いは一切見られない。
 彼と私の間に再び沈黙が落ちる。彼は私から目を離すことなく、じっと私の自供を待っている。対する私は黙ったままそっと瞼を下した。

 ……そうだな。ここまで言い当てられてしまえばもう、隠す必要もなさそうだ。

 ゆっくりと瞼を開ける。そしてはっきりと言い放った。
 私本来の表情を浮かべながら。
 猫を脱ぎ捨てた、私本来の声色で。

「――流石だね、探偵くん」
「!」

 私の雰囲気が変わったのを感じ取ったらしい彼が一瞬身を硬くする。そんな彼を他所に、私は少し不満げにため息をついた。

「まさかこんな簡単に見破られるとはなあ。私もわきが甘いや」
「やっぱり、本当にそうなんだね」
「如何にも! 私が小説家の生天目葵だ。こんな風に正々堂々と言い当ててきた子は君が初めてだよ」

 むふんと胸を張って言えば、目の前の彼はなんだか浮かない顔をしている。私は眉を寄せて腕を組んだ。

「自分で言い当てたにしては複雑そうだね」
「……僕もまさか、あの生天目先生がこんなに近くにいるとは思ってなかったから。それも、こんな子どもだなんて」

 それもそうか。私の書く小説は完全に生前のそれ。どう考えても小学校低学年の少女が書くような内容でも文体でもない。彼が混乱するのも無理はないだろう。彼の言葉を聞いて私はひとり納得する。

 ――だが、自分のことを棚に上げるのは良くないな。
 私は浮かない表情の彼へ微笑みかけた。

「それは君も同じだろう?」
「へ?」
「私のことを言う前に自分のことを話したらどうだい。江戸川コナン……いや、工藤新一くんといった方がいいかな?」

 にっこりと笑って私は言う。今度は彼が固まる番だった。絵にかいたような動揺っぷりを見せながら彼は言う。

「な、なに言ってるのさ! 僕は」
「君が言っていた2つ目の証拠」

 彼の弁明を遮り、私は言う。自分自身に向けられていた証拠を、そっくりそのまま彼に突き付ける。

「私の指のペンだこ、だったね? なんでも、生天目葵は万年筆で原稿を執筆すると」
「それのどこが」
「実はね、生天目葵が万年筆で執筆することを知っているのは、担当編集の篠目立を除いてこの世界でただひとり……世界に誇る日本の推理作家、工藤優作先生だけなんだよ」
「!」

 彼は大きく目を見開いて息を飲んだようだった。その様子があまりにもテンプレートで面白くて、思わずにやりと口角が上がり、目が三日月のように細くなる。さらに追い打ちをかけるように、私は顎のあたりに手をやり、考え込むように言った。

「おかしいなあ、タツが約束を破る訳が無いし、かといって優作先生がうっかりメディアにその情報を流したなんてありえない。……だとしたら、一体君はどこでその事実を知ったんだろうね?」
「あ、あれは父さんが……、――っ!!」

 慌てたように彼はバッと口を塞ぐが、もう遅い。私はにやりと、それはそれは悪い笑みを浮かべて言った。

「さあ、証拠は出揃ってる。さっさと観念したほうが身のためだよ、探偵くん」


***


「なるほどねえ。謎の黒い組織に毒薬を飲まされてこの姿に」
「ああ。その手掛かりをつかむために、毛利のおっちゃんの所に世話になってるんだ」
「ははあ。急に毛利探偵がメディアで有名になり始めたのも、君が裏にいたからって訳か!」

 近くの階段に腰をかけて腕と足を組んだ私は納得したように相槌を打つ。同じように隣に座った彼は私から視線を逸らしながら呆れたようにため息をついた。

 彼がこそこそと話してくれた話はまるで現実味がなく、よくできた作り話のようであった。だが目の前にいる実際に縮んでしまった彼が、今語られた出来事を裏付ける何よりの証拠だろう。ま、前世の記憶を保持したまま今世を謳歌している私に、それらをまるっきり否定出来るような資格は無いのだけれども。

「お前もそうなんだろ?」

 ふんふんと脳内で彼の話してくれた出来事を整理していた私に向かって、彼はぽつりと言う。その顔は真剣な表情に満ちていた。だが聞かれた当の本人である私はイマイチ彼の趣旨が掴めずにいる。

「? 何が」
「……ここまで来たら、もう隠す必要もねーだろうが」
「いや、君が言ってる意味が解らないんだが……」

 んん?と眉間にしわを寄せて私が呟けば、彼はしびれを切らしたように眉を吊り上げ、私に詰め寄る。

「だから! オメーも同じ黒づくめの組織に薬を飲まされて、身体を小さくされたんだろって言ってんだ!」

 声量はそのままに語気をわずかに強めるようにして彼は言う。
 だが私はそれとは対照的に目を丸くした。

「私が? なんでさ」
「なんでって……どう考えてもそうとしか思えねえだろ。生天目葵がデビューしてからもうすぐ4年だ。お前が7歳だとしたら、3歳の時にデビューしたって事になる。どう考えたっておかしいだろ」
「まあ、それもそうか」

 彼の筋道立った推理に私は曖昧に頷く。彼は私から顔を逸らし、組んだ膝の上に肘を置くようにして頬杖をついた。

「だから元は俺と同じ高校生かそれくらいで、俺と同じように奴らの薬のせいで身体が縮んだんじゃ……ってなんだその顔」

 何も言わない私の方をちらりと見て彼は言った。その声色は推理をする時とは違う、彼の素直な声色である。ああいけない、何も言わずにいようと思ったが、無意識のうちに表情に現れていたようだ。上がった口角をそのままに、ふふふと微笑んでみれば彼はじわじわと眉間にしわを寄せ始める。

「……まさかオメー、マジで3歳でデビューしたなんて言うんじゃないだろうな」
「はは、勿論。……そのまさかさ」

 彼の表情がすこんと抜けた。面食らった、といったところだろう。そんな彼を置いてけぼりにして私は何でもなさそうに生い立ちを語る。

「私がデビューしたのは正真正銘3歳のとき。自由帳の隅に書いていた短編を父親に見つかってしまってね。それがきっかけでデビューさせてもらったんだよ」
「ま、マジかよ……」

 驚愕に目を見開いたまま彼がぼそりと呟いた。まあそれもそうか。前世の部分は省いて話しているのだし、信じられない話なのも無理はないだろう(かといって、今のところ彼に前世の話をするつもりはさらさらない。信じてもらえなさそうだし)。

「でもまあ、君の話を聞いてしまったからには仕方ない」

 驚いたまま固まってしまった彼をそっちのけで私は口を開く。ひょいと立ち上がって階段をすとんと降り、くるりと振り返った。
 とびっきりの笑顔を見せながら、瞳を輝かせて。

「その組織探し、是非私にも協力させてくれ!」

 私のその言葉を聞いた途端、彼はハッと意識が引き戻されたらしい。慌てたように声を荒げた。

「バーロー! そんなことできるわけねーだろうが!」
「何を言ってるんだ。君の話を聞いた時点で乗り掛かった舟だろう」
「それは……てっきりお前も同じ組織にやられたんだと思って、どうせなら協力を持ちかけようとしただけで」

 しどろもどろになりながら言葉尻をすぼませるコナン。それに、と私は笑みを抑えずに続ける。

「いい小説のネタになりそうだ」
「っこれは遊びじゃねえんだぞ!」
「解決したあかつきには、君を主役とした話を書いてみるのもよさそうだな。いやでも、もしかしたら優作先生が書くのか? 先生の題材を横取りするのは流石に気が引けるな……」
「人の話聞けよ!」

 彼がわあわあと騒いでいるが、その程度の忠告で止まるほど私は簡単じゃない。怪しげな取引をする黒い組織と、それを暴こうとする高校生探偵……なんて、よだれが出そうなほどそそられるネタが目の前に転がっているというのに、黙って見ていろと? そんなことができたらプロ失格だ。

 好奇心は猫も殺す? 知ったことか。
 その猫殺しの好奇心で飯を食うのが作家という生き物だろう。

「オメーいい加減に……」
「あれ? 君たち、授業はどうしたんだい」

 彼の声を遮ったのは、私たち以外の第三者の声。慌ててふたりで視線を声のしたほうに向けると、そこには知らない男の人が立っていた。おそらく違う学年の先生だろう。
 それを察した途端に、私と彼はタイミングを見計らったかのように一瞬にして猫を被った。

「葵ちゃんがお腹痛いって言うから保健室に行こうと思ったんだけど迷子になっちゃって……」
「あおい、学校広くてまだ保健室の場所わかんない」
「そうだったのか。じゃあ先生が連れて行ってあげるから、ついて来れる?」
「うん!」
「先生ありがとう!」

 こっちだよ、と案内してくれる先生の後ろで、こそりと私は彼に耳打ちする。

「先ほどの件、くれぐれも内密に頼むよ」
「わーってるよ。お互い様だしな」
「ありがとう。助かるよ」

 私がにこりと微笑めば、彼はむすっと唇を尖らせてしまった。私が首を突っ込むことに納得がいかないのだろう。彼の気持ちが分からなくも無いが、底無しの好奇心は抑えられない。

 ――さて。二周目の人生、存分に楽しませてもらおうじゃないか。


***


 今日はいつもの面々で米花図書館に来ていた。小学校で出された読書感想文用の本を探すためである……はずだったのだが、3人は早々に飽きてしまったようだ。今はすっかり漫画に夢中である。児童書コーナーにある閲覧用のテーブルで漫画を見ながら笑う3人。もう少し声は抑えたほうがいい気がするがな。
 一方、コナンは一応真面目に本を見つつもどこか呆れ顔だ。

「ったく、どれもこれもくだらない本ばっかだな」

 ぼそりと呟いたのが聞こえた。ちょいと彼の隣に近づいてひっそりと話に加わる。

「いいじゃないか。そういうくだらない本を大真面目に書いてる大人だっているんだよ」
「けどよ、こんなの読んで感想文書けってのかよ……」
「まあ、それとこれとは話が別だがね」

 はははと笑う。
 因みに私は宿題が出たその日の夜に終わらせた。彼にとっては児童書で感想文を書くというのはかなり難しい芸当かもしれないが、私は違う。原稿用紙数枚程度、30分もあれば十分だ。まあ一応、曲がりなりにも小説家なもんでね。

「しかもなんだよ、このいびつな本の並べ方は」
「児童書コーナーに整然さを求めるほうが間違ってるよ」
「……ま、しゃーねーか」

 ため息をつきつつ手に取った本を元に戻す。そこでふと彼の視線が本棚から窓の下の収納戸棚に向いた。普段はきちんと閉められているのだが、今日は半開きになっている。近づいていく彼の後ろを追うように私は足を向けた。中に入っているのは大きな段ボールのようで、その中にはさらに外国からの輸入本が収納されていた。だがしかし気になる点がひとつ。

「あれ? ケースに逆に入れたままビニールコーティングされてる」
「何? ……本当だ」

 彼の言葉を聞いて覗き込んで見ると、確かにその本たちはケースの空いた方に背表紙ではなくページが見えるようにしまったままコーティングされていた。なかなか変わったことをするもんだな。しばらく不思議そうに見ていると、不意にその本をさっと後ろから奪われる。思わず私たちが振り返ると、そこにはひとりの男性が立っていた。

「こらこら。これは子供の見る本じゃないよ」

 温厚そうに笑って注意するのは津川さん。この図書館の館長をしている人物だ。

「あ、ごめんなさい」
「つい気になっちゃって……」

 大人しく謝る。津川館長は本を段ボールの中にしまい、収納スペースの扉をきっちり閉めて他のコーナーに移ってしまった。結局あの本は何だったんだろう。そんなことを考えていると、歩美が不意に声を上げる。

「コナンくん、葵ちゃん、見てみて! パトカーだよ!」
「え?」
「パトカー?」

 急いで歩美たちのいる窓に近づく。椅子を使って窓の外を見れば、確かに数台のパトカーが図書館の前の駐車場にとまっていた。「何かあったんでしょうかね?」と不思議そうにする光彦に対して、「もしかして事件かしら!」となぜか歩美は嬉しそうな声を上げる。本当に好奇心旺盛だなあ。そんな私たちの背後で館長が他の図書館の従業員に声を掛けられていた。

「俺、ちょっと行ってくる」
「え?」

 コナンは唐突にそう言うと、ひょいと椅子を飛び降りて去っていった館長の後を追いかけていった。慌てて私たちもその後を追う。彼に追いつくころには、館長は丁度エレベーターに乗り込もうとしていたところであった。

「そのエレベーターちょっと待って!」

 大声で呼びかければ待っていてくれたようだ。慌てて乗り込むと、丁度元太が乗った時点でビーっと警告音が響く。

「定員オーバーみたいだね」

 壁に表示された『定員7人 積載450s』を見ながら言う。私は一足先にひょいとエレベーターから降りた。だが警告音は未だに鳴り響いているようである。元太は元気いっぱいに指さしながら人数を数え始めた。数え終えた元太は眉間にしわを寄せながら不思議そうにしている。

「7人でちょうどいいじゃんんか」
「オメーを数えてねーんだよ!」

 コナンに指摘され、あ、という納得したような表情を浮かべる元太。何とも間抜けだ。風邪をひかないと馬鹿にしていた光彦には思い切り一撃を食らわせていたが。

「仕方ねえ、階段から降りよう」

 コナンの一声で彼らもエレベーターから降り、大急ぎで階段を駆け下りる。
 ――急いでいたためか、背後からの何者かの視線にはとうとう誰も気づけなかった。


***


 一階に降りると、もう既に館長と警察の人が話をしているところだった。

「警部さん、何かあったの?」

 無邪気に尋ねるコナン。ふたりの話を聞くに、どうやら一昨日の夜からここの職員のひとりである玉田さんが行方不明になっているらしい。え、と館長も驚いた様子を見せる。一昨日の夜に館長と残業をしたらしく、それを警部が尋ねると館長は「私は彼よりも先に帰りましたから……」となんだか自身がなさそうに答えた。

「ねえ、だったらなんで図書館の倉庫なんか調べてんの? 帰る途中で誰かにさらわれたかもしれないよ?」

 不思議そうに尋ねるコナン。警部はめんどくさそうな顔をして答える。

「一応、念のためだよ。玉田さんは几帳面な人で、帰宅する前にいつも奥さんにこの図書館から電話をしていたんだ。だが、一昨日の夜はそれが無かった。つまり、彼は残業中に何者かにここから連れ出されたか、まだこの図書館にいるかだが……ここにいるとしたら既に殺されている可能性が高い」

 警部の言葉にわずかに動揺する様子を見せる探偵団の面々。だがコナンの表情はさして変わらず、眉間にしわを寄せた程度である。
 結局、人目につかない所は全て調べたが、何処にも死体は無かったようである。やはり外でだろうかと警部はブツブツ呟いた後、周りの警察官に呼びかける。

「よーし引き上げるぞ! どうも、お騒がせしました」
「ああ、いえ……」

 立ち去る警察官の後姿を見ながら、コナンはずっと何かを考え込んでいるようだった。


***


 時間は流れ、夕方。

 閉館時間をとうに過ぎた米花図書館の、人目につかないトイレの掃除用具入れの中から私たちは姿を現した。辺りを見回しても誰もいないようである。帰れっつったのに……などとコナンは呆れ顔でぼやいているが、他の3人は全く気が付いていないようだ。私? 私は気づいているが、あえて気づかないふりをしている。

「これからどうするのコナンくん?」

 わくわくした表情で尋ねる歩美に、コナンは涼しい顔で言った。

「死体を見つけんだよ」
「でもそれはさっき警察の人が」
「なーんかニオうんだよ、この図書館……」
「? 臭うか?」

 コナンの言葉に、すんすんと鼻を鳴らす元太。言葉のあやだということに気付いていないようだ。思わず光彦が呆れたように目を細めると、不意に背後で機械音がした。慌てて振り返ると、エレベーターの階数ランプが点灯しているのが目に飛び込んでくる。誰かが上がってくるようだ。コナンの一声で先ほどまでいたトイレの中にさっと身を隠す。
 ほどなくしてチーンとエレベーターが到着する音がして、扉が開いた。コツコツと靴音を鳴らして出てきたのは……。

(津川館長……?)

 この米花図書館の館長である彼は、もう帰ったとばかり思っていたのだが……どうしてこんな時間にここに? 
 じっと視線で行方を追っていると、彼は迷うことなく図書館内に入っていった。そっとガラス製の扉を陰から覗き込めば、館長は昼間半開きになっていた収納を開き、中から例の輸入本を取り出している。

「玉田も馬鹿な奴だ。この中身を見なけりゃ、殺されずに済んだものを」

 にやりと不気味な笑みを浮かべながら呟いたその言葉を聞いて、思わず身を固くする。一気に探偵団の表情が怯えるようなものに変わった。館長は段ボールごと取り出して収納戸棚の上に乗せる。なおも独り言は続いていた。

「警察も警察だ。あっさり帰ってしまいよった。まさかこの図書館に玉田が眠っているとも知らないで……」

 はははは!と館長は勝ち誇ったように高笑いをし始めた。やはりこの図書館に館長がその手にかけた玉田さんの死体がある事は確からしい。
 ――でも、肝心の死体はいったいどこにあるのだろう? 

 ひとしきり高笑いを終えた館長は輸入本を手に取り、そのコーティングを剥がし始めた。剥がし終えるとケースから中身を取り出して傍に積み上げていく。

「暗くて良く見えねえよ……」

 元太がそう言って身を乗り出そうとした次の瞬間。
 扉がキイと音をたてて少し開いてしまった。

 思わず息を飲む。その音に気付いた館長がこちらに視線を向けた。誰だ!誰かいるのか!という怒鳴り声を背に受けながら、大慌てでトイレに身を隠す。
 徐々に近づいてくる足音、館長の一挙一動に怯えつつもなんとか身を隠すことに成功した。流石に扉をあけられた時は焦ったが、運よく内側に隠れていたおかげで助かった……。心臓が飛び出るかと思ったぞ。

 当分ここから出ないほうがいいだろうというコナンの考えの元、私たちはしばらくその個室で息をひそめていた。


***


 すっかり日も暮れた頃、ようやく私たちは行動を開始した。そろりと個室を抜け出し、当たりの様子を窺う。物音の具合からして館長はまだ扉の中にいるようだ。トイレの出入り口付近で待機しつつ、館長が立ち去るのを待つ。

 するとしばらくして館長がその部屋を出ていった。エレベーターに乗り込み、階数ランプが動いたのを確かめ、トイレから素早く移動する。扉を開いて入ったコナンが真っ先に確認したのは、例の輸入本が入っていたあの段ボールだ。収納によじ登り中身を確認する。だがしかし中に残されていたはケースのみであった。拍子抜けしたようにあれ?と首をかしげる。

「きっと、中身は鞄に入れて持ってっちゃったんですよ」
「んなわけねーよ。こんなにケースがあるんだぜ? あの鞄には入りきらねーよ」

 横にした段ボールからは少なくとも10冊以上のケースががさがさと転がり落ちる。流石にそれら全てを鞄にしまうのは無理があるだろう。

「入りきらなかった分は、館長がこの部屋のどこかに隠したんだよ」

 さっと飛び降りながらコナンは言う。

「とりあえず死体の前に、その本を探す必要がありそうだな……」
「いよいよ私たち少年探偵団の出番ってワケね!」

 歩美と元太が意気揚々と瞳を輝かせる。コナンは困った顔をしつつも、まずはこの本棚からだなと指示を出した。

「二手に分かれて、両側から棚の本を調べてみっか」
「「「「おー!」」」」

 元気よく返事をしつつ、早速作業に取り掛かる。コナンと光彦、私と元太と歩美の二手に分かれたのだが……ここで早速思わぬハプニングが起きた。

「っ馬鹿! 電気なんかつけるな!」

 なんと歩美ちゃんが真っ先に部屋の電気をつけてしまったのだ。流石にそれはまずい。

「だって暗いんだもん……」
「館長が見てたらまずいよ!」
「心配すんなよ。きっともう帰っちまったよ」

 慌てて電気を消すコナンに元太は呑気なことを言う。どうだろう。もしかしたら時間的にも丁度図書館から出たところかもしれないが……。

「一応外には誰もいないみたいだよ」

 私が言えばコナンははあと溜息をついた。全く、肝が冷える。
 それから本棚の本をとりだして順番に調べていった。中身を調べるが別に変わったことは無い。もしかしたらこの本棚ではないのかもしれないな。へとへとになりながらそんなことを考えていると、コナンがこちら側へやってきた。

「おい元太!」
「何やってんだよお前ら! こっちの本は皆出しちまったぞ!」

 元太は不満そうに言う。確かに、私たちの方の本はほとんど出してしまい、向こう側の本たちはまだかなりの冊数ずらりと並んでいる。元太の言葉を聞いたコナンは面食らったような顔をした。

「え? 変だな、俺たちも確かに全部……」

 すっと本に手をかけ、一冊取り出す。するとコナンは思わずあっと大声を上げた。

「何だこの本! 背表紙が無いぞ!」

 彼の手にある本を覗き込めば確かに、本来本にあるはずの背表紙が無い。どう考えてもありえない構造だ。
 どうやらここに並んでいる本は全部そうなっているようである。つまり館長は本棚の本と本の間にもう一冊、この背表紙の無い本を挟んで3列にして入れていたらしい。確かにそうすれば本をとっても向こう側から不審に思われる心配はない。しかもここは児童書コーナー。こどもが出し入れするのだから尚更だ。

「でもなんでそんなことを?」
「こんな変な本を外国で作らせて輸入してるってことは、恐らく中身は拳銃か……」

 力を入れてパキッと中を開けば、そこにあったのは袋に入った白い粉。

「麻薬……!」

 なるほど、館長も考えたね。私は思わずにやりと笑う。
 他の本を調べてみると、全てに麻薬が入っているようだ。全てかき集めればかなりの額になるだろう。館長はここから少しずつ麻薬を出して売りさばく売人をしていたらしい。

「じゃあ玉田さんはこれを見つけて、口封じに」
「ああ。多分あの津川館長にな」

 私とコナンくんの会話を聞いて震え上がる3人。とりあえず早く警察に連絡しようと私は携帯を取り出すが運悪く電池が切れてしまっていた。仕方なしに公衆電話へ出向くが、繋がらないようである。おかしいなとコナンは首を傾げた。どうやら故障しているらしい。こりゃ直接警察へ行くしか……とコナンが言ったところで元太がある提案を持ち掛けてきた。

「おい、どうせなら死体も見つけちまおうぜ!」
「いいですね! そのほうが手柄も二倍になるし」
「賛成!」

 光彦と歩美は明るく賛同する。コナンは呆れた顔をしていたが。
 ひとまず公衆電話を後にして死体を探すことにする。さっきまでいた本棚の部屋に戻るための暗い廊下をしばらく歩いていると、歩美が遅れていることに気付く。曲がり角からひょいと顔を出し、声を掛ける。

「歩美ちゃん? 大丈夫?」
「靴が……」
「そんな面倒な靴はいてっからだよ!」
「ひっどーい! これお気に入りなんだよ?」

 コナンの言葉にもう!と歩美は不満げだ。靴ひもも無事に結べたらしく、慌ててこちらへ駆けてくる。
 部屋に到着し、再び本棚の捜査を開始する。だがやはり先ほどの輸入本と違って、こちらは容易ではなさそうだ。そもそも本棚に死体を隠すなんて酔狂なことを館長がするとは思えない。しかし人目につかないところはもう警察が捜索済みだというし……。
 ぐるぐるとそんなことを考えながら本棚にもたれていると、歩美が奥を指さして言った。

「ねえねえ、奥に変な本棚があるよ?」

 案内されるままついていくと、それはハンドル付きの可動式本棚だった。ハンドルを回すと本棚が動くあれだ。

 光彦が実際にやって見せると、歩美と元太ははしゃぎ始める。早速回して動かし始めたのだが、元太は苦戦しているようだった。ハンドルが重くて動かないのだという。ハッとした表情でコナンが本棚を直接動かすことを試みる。歩美や光彦、私の力を合わせ、4人で思い切り動かす。すると少しだが動かすことができた。

 動いた向こう側の本棚を確認するが、何も無いようである。どうやら、単純に元太が重くて動かなかっただけのようだ。それを指摘された元太は悪かったな!と顔を赤らめながら声を上げる。

「元太くん肥りすぎよ。何キロあるの?」
「よ、40キロだよ……」
「僕のちょうど倍ですね」
「あおい3人分とほとんど変わんないね」
「私なんか15キロよ? もっとダイエットしなきゃ」
「う、うっせーな!」

 恥ずかしそうに声を荒げる元太。すると今まで黙っていたコナンが不意に閃いたように声を上げた。

「わかったぞ! 死体の隠し場所が!」

 そういって一目散に駆け出していく。慌てて私たちも追いかけたのだが、暗いせいか途中で見失ってしまった。声を掛けるが返事は無い。一体どこへ行ったんだ……と思っていると、ひょっこり階段を下りてきた。どうやら上階にある機械室に用があったらしい。

「その部屋に死体があったのか?」
「いや、機械室へはこのエレベーターのドアを手動に切り替えに行っただけだよ」

 そう言いながらコナンは力づくでエレベーターの扉を開く。

「死体は恐らく……この中だ」

 幾重にも墨を塗りこんだかのような常闇がばくりと口を開ける。私たちは彼の言っていることがよく理解できず、目をぱちくりしながら階下にあるエレベーターを見下していた。

「本当にこの中に?」
「ああ」

 エレベーターボタンを押しながら私の問いに答える。そしてそう思った根拠を教えてくれた。

「その証拠は、昼間俺たちがこのエレベーターに乗った時に鳴った、定員オーバーのブザーだ」
「でもあの時は8人乗ってたからブザーが鳴るのは当たり前じゃ……」
「バーロー、俺たちは子供だぜ? 4人合わせてもせいぜい100キロ。大人ひとり半だ。俺たちの他に乗ってた4人の大人の体重と荷物の重さを合わせても、ブザーが鳴るには丸々大人ひとり分足りねえぜ」
「……まさか」

 やっと合点がいった私が思わずつぶやけば、コナンは静かに頷いた。

「そう。このエレベーターには最初からひとり乗ってたんだよ……」

 徐々に上がってくるエレベーター。
 それにつれて近づいてくるのは、独特の腐敗臭と目も当てられないような光景だ。思わず探偵団達は息を飲む。

「みんなの死角となるエレベーターの天井にな……!」

 あまりに恐ろしい表情をしたまま絶命する玉田さんに、彼らは震えあがっていた。一歩一歩と後ずさっていく。私は死体から目を放すことができず、その場に立ち尽くしていた。コナンはと言えば、ひとり冷静に死体の様子を細かく述べている。そして一通り見たところでくるりとエレベーターに背を向けた。

「すべてはあの津川館長の仕業だよ。さ、早く警察に連絡を……」

 そこで探偵団の面々はある恐ろしい事態に気が付いた。少し遅れて、私もその事実を認識する。

(……随分厄介なことになってしまったな)

 思わず一歩後ずされば、その様子を見たコナンが不思議そうに首を傾げる。

「どうした?」
「あ……」
「つ、つ……」
「か、かん……」

 震える声を振り絞って指をさす。コナン振り返ったコナンはようやく事態を察したようだ。

 なんと、上がってきたエレベーターに帰ったはずの津川館長が乗り込んでいたのである。
 昼間の温厚な態度とは打って変わり、表情がほとんど抜け落ちたようで薄気味悪い。館長はにこりと目を細め、エレベーターから一歩、足を踏み出した。

「どうしたんだいボウヤたち、こんな時間に……」

 こっちへおいで、一緒に帰ろうとにこやかに語り掛けるが、今更その言葉に耳を貸すものはいない。一歩一歩館長が近づくたびに後ずさって距離をとる。

「いいか、今から俺の言うとおりにするんだぞ」

 コナンがさっと目配せして小声で話しかける。彼の話した作戦をしっかりと耳に焼き付け、私たちは行動に出た。早速コナンが館長へ視線をやり、強気に挑発する。

「ハッ、ガキだと思ってなめんなよ? 館長さんよう……」
「な、なに!?」

 一瞬ひるんだ様子の館長は、雰囲気の変わったコナンの歩いていった方向へ顔を向けた。その隙に、足音を殺しながら私たちは館長の背後を動く。未だ館長は彼の方へ気をとられているが、こちらを見られたら終わりだ。慎重に移動し、エレベーターへ乗り込む。全てを知っていることをコナンが告げると、館長は激昂したように叫んだ。

「何なんだお前は!」
「江戸川コナン、探偵だ!」
「た、探偵……!?」

 館長は思わず固まったようにコナンを見る。そのタイミングでエレベーターのボタンを押すと、徐々に階下へと箱は沈んでいった。
 そのかすかな機械音で気づいたのか、館長がこちらを見る。その隙にコナンが勢いよくこちらへ駆けだした。

 そうはさせるかと館長が持っていた棒状の武器を振りかぶるが、するりとコナンは身軽にかわしてエレベーターに滑り込んだ。
 飛び込んできたコナンを元太が軽々と受け止める。

「滑り込みセーフ!」
「やったあ!」

 はしゃぐ光彦と歩美。だが作戦はまだこれで終わりではない。むしろここからが本番だ。

「エレベーターから降りたら……オメーら、わかってるな?」
「うん!」
「勿論です!」
「やってやろうじゃねーか!」
「絶対館長捕まえる!」

 館長に聞かれてはまずいため少し声を抑え気味ではあるが、意気揚々と私たちは目を見合わせた。


***


 コツコツと足音が近づいて。暗くて良く見えないが、確実に館長だ。積み上げた机や椅子をなぎ倒す音が聞こえる。もうすぐこちらへやってくるだろう。大急ぎで準備を終えた私たちは息を切らしながら1か所に集まり、顔を見合わせる。

「大丈夫だ、必ず成功する」

 緊張している探偵団の面々へ、コナンは落ち着いて声を掛ける。私たちは何も言わず、静かに頷いた。館長がちょうど狙った場所へ来たその瞬間、傾けておいた本棚へ思い切り体重をかける。どがんと大きな音がして隣の本棚へぶつかり、そのままその本棚ごと押し倒した。だが館長には掠り傷ひとつ付いていない。

 慌てて計画された位置……指定の壁際へ移動する。館長はにたりと笑みを浮かべたままこちらへ近づいてきた。

「所詮、子どもの浅知恵よ……」

 棒状の凶器を持ったまま、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「安心しろ。ひとりぼっちにはさせやしない……」

 大丈夫だ、そう言い聞かせても心臓が鳴りやまない。館長の一挙一動から目が離せない。

「5人まとめておじさんが、あの世へ送ってあげるからね……!!」

 そして大きく凶器を振りかぶった次の瞬間、館長の背後にあった本棚がこちらへ向かって倒れてきた。叫び声をあげるも空しく、館長は本棚の下敷きになってしまう。何とか難を乗り越えた私たちは互いに顔を見合わせて歓声を上げた。

「「「「「やったー!! 大成功!!」」」」」

 流石の彼らもこの作戦は肝が冷えたようで、3人とも気づけば涙目になっていた。
 それにしてもまあ、『本棚を動かしてドミノ状に配置し、一度失敗したと見せかけて油断したところを背後から狙う』……なんて突飛な作戦をあの短時間で思いついたものだ。流石、高校生探偵の工藤新一といえる。

 それから私たちの通報で警察が駆け付け、館長は逮捕された。同時に玉田さんの遺体も収容され、麻薬もすべて警察が押収した。
 かくして、図書館でのこの1件は無事に幕を閉じたのだった。


***


「ドキドキしちゃったよねー」
「もうダメかと思いましたよ……」
「ほんとうに怖かった……」
「バーロー、正義は必ず勝つんだよ!」

 帰り道。5人で歩きながらつい今まであったことで盛り上がる。

 だがなんだかコナンはあまり口を開かず、静かに3人の話を聞いていた。なんだかその表情は晴れやかで清々しい。まるで、やっと抱えていた問題が片付いてスッキリしたとでも言いたげな表情に、私はわずかな違和感を感じる。歩美のまたやろうね!という言葉にも、コナンは答えない。それどころか、じゃあなといって走り去ってしまった。

 取り残された3人は、なんだか面食らったようにその場に立ち尽くしている。

「なんか、遠くへ行っちゃうみたい……」

 歩美の小さなつぶやきが、妙に耳に残っていた。私はひとり考える。

(もしかしたら、元の身体に戻る算段でもついたのかもしれないな)

 それならば先ほどの表情も、行動も、全て説明がつく。
 ……なんだ。案外あっさり解決してしまったな。不謹慎ながらそう思ってしまう。

 面白いネタの宝庫である彼がこうも簡単にいなくなってしまうとは……。なんだか拍子抜けしたような心地がして、先ほどまでの体験で高まっていた神経が急激に白けていくような気がした。

「もう少し遊んでいたかったんだが……」
「え? 葵ちゃん遊びたかったの?」
「でももう夜だぞ?」
「また明日にしましょうよ」

 私のつぶやきを聞いた彼らが目を丸くして話しかけてくる。何も知らない彼らに私はいつもの笑顔を見せていった。

「うん! じゃあまた明日あそぼうね!」


***


 だが翌日も彼は私たちの前に姿を見せた。
 なんだか具合が悪そうでフラフラしていたが、私は内心それどころではない。

 きっと元の身体に戻って、もう2度と会えないと思っていたのだが……どうやらあれは私の思い過ごしだったようだ。心なしか上機嫌の私はうきうきと彼に話しかける。

「おはようコナンくん!」
「お、おはよう、葵ちゃん……」

 顔色の悪い彼はぼそりと元気のなさそうな返事をした。