なかなかにアレ

■ ■ ■

※時間軸的には本編終了後&組織壊滅後のお話※
※ふたりは正式に付き合っています※


「お……わった!!」

 最後のトーンを貼り終え、なにもかも投げ出すように大きく腕を挙げて背もたれにもたれかかった。はあーっと盛大に息をついて、ずれたPC用眼鏡を外す。そんな自分のディスプレイにはようやく完成した原稿が輝いている。今回こそマジで落とすかと思ったけど、何とかなってよかった……。

「やれやれ、なんとか終わりましたね」
「あーもうほんと毎度のことながらありがとうございます安室さん! 安室さんが居なかったらどうなっていたことか……!」

 近くのテーブルで作業をしていた安室さんが疲れを滲ませながら笑う。

 彼と正式にお付き合いを始めてからしばらく。自分の原稿の締め切り前には(安室さんの仕事が本当に忙しい時を覗いて)、彼にいつも頼りっぱなしだった。
 何を隠そうこの男、その手先の器用さと呑み込みの良さも相まってか、今自分が雇っているアシさんの誰よりも手際がいいし作業スピードも速いというとんでもない男なのである。「ちょっとやってみたい」という軽い興味で自分から作業手順を教わるまではデジタル作画の何たるかもわかっていない状態だったとはとても思えない。
 ……いやマジ万能すぎるでしょ。何なのこの人。

「後は9時に来る担当さんにデータを渡して、おしまいです!」

 はーよかったよかった、ともたれながらずるずるとずり落ちていく。それと同時に瞼もくっつきそうになっていた。連日徹夜続きだったのだ、眠くて眠くてしょうがない。特に今回は作画に力を入れすぎたせいかいつも以上にギリギリで、体力の限界をとうに越しているのだから、当たり前といえば当たり前だが。
 そんな自分をみて安室さんは少し呆れたように笑う。

「心央さん、そんな体勢で寝たら身体傷めますよ」
「でも……正直もう、眠くて……」

 小さくため息をついた安室さんが静かに立ち上がる音がする。そしてぺたぺたとこちらに足音が向かってきたかと思った次の瞬間、自分の身体がふわりと宙に浮いた。
 抱き上げられている、と気付いた途端に自分はバッと目を開く。いつもより至近距離で安室さんと目が合った。ぶわ、と顔が赤くなるのが自分でも手に取るようにわかる。

「おや、起きてしまいましたか」
「そりゃいきなり抱きかかえられれば起きますよ!」
「まあまあ。担当さんが来るまであと数時間ありますから、それまで休んでいてください」

 そう言いながら安室さんは自分を寝室のベッドまで運び、丁寧に寝かせてくれる。布団までかけてくれた。正直ここまでされるのは初めてだけど、うん……駄目になりそう。

「安室さんは寝ないんですか?」
「僕は先ほど仮眠をとりましたから。それよりもほら、目を閉じて」

 すっと自分の目のあたりに軽く安室さんの手が当てられ、自然に瞼が下ろされる。おやすみなさい、という彼の言葉を聞き終わるよりも前に、自分は深い眠りに落ちていった。


***


 ふと、いい匂いがして目が覚める。
 もしかして、安室さんが何か作っているのかもしれない。徹夜明けにはいつも彼は自分をねぎらって美味しいご飯を作ってくれるから……。タイミングよくきゅるりと腹の虫も寂し気に鳴いている。

 そういえば今何時だろう。そう思って近くにあった時計に視線を移す。
 秒針は10、短針はもうすぐ11を指そうとしている。
 ああ、もうすぐ11時か、どうりでお腹、が……。

「!?」

 自分はがばりと身を起こし、この世の物とは思えないスピードでリビングに駆け込んだ。同じ空間にあるキッチンでは安室さんが愛用のエプロンを身に着けて何やら料理をしている。

「あああああああ安室さん安室さん!」
「心央さん起きましたか。おはようございます」
「あ、お、おはようございます……じゃなくて!」

 エプロン姿で挨拶をする安室さんにつられて挨拶をしてしまったが、今はそういう場合じゃない。

「安室さん! もうすぐ11時じゃないですか! 担当さん来るの9時だったのに! どうして起こしてくれなかったんです!」
「だって心央さん、すっごく気持ちよさそうに寝てたので、起こすのも悪いかと」
「そういう気づかいはいいんですよ! それよりもどうするんですか! 原稿渡してないのに……!」

 ああどうしよう。はやく担当さんに謝罪の連絡をして、今すぐにでもデータを持って行って……と頭の中でこれからの予定を組み立てていると、安室さんがそのことですが、と落ち着いた口調で言う。

「原稿なら僕の方から担当さんに渡しておきましたよ」
「……へ?」

 思わずぽかんと目を丸くする。だから、と安室さんは落ち着いた口調で続けた。

「9時ごろに担当さんがお見えになったので、渡しておきました。完成済みの原稿のデータがきちんと保存されているのを確かめてね」
「あっ……安室さああん!!」

 目を潤ませながらがばりと彼に縋りつく。

「ありがとうございます! もう何とお礼を言ったら良いか……!」
「いいんですよ。僕はただデータを渡しただけですし」

 料理中なので危ないですよ、と丁寧に指摘され、自分はそっと安室さんから距離をとる。あまりに気が動転したとはいえ、急に抱き着いたのは軽率だったな……と今更ながら顔を赤らめていると、彼が作業の手を止めることなくこちらに質問を投げかけてきた。

「ところで心央さん、お腹空きませんか」
「あっ……えっと、実は……安室さんの料理の匂いで起きました」

 少し羞恥心の混ざった声で言えば、安室さんはそうでしたか、と言ってくすりと笑う。

「だったらご飯にしましょう。朝ご飯とも昼ご飯ともいえない、微妙な時間帯ですが」

 着々と調理を進める安室さんに言われるまま食器を用意していく。
 数分後。食事用のテーブルは大量の皿で覆いつくされることになった。様々な薬味が乗った小皿と、つゆの入った器に囲まれるようにして、真ん中に氷の乗せられたそうめんの大皿がででん!と鎮座する。

「お、美味しそう……!」
「徹夜明けですからね。軽く食べられるものを……と思ったんですけど、普通のつゆだけでは飽きるかと思いまして。冷蔵庫にあった食材でつけダレや薬味なんかを色々と用意してみました」
「軽く、の量じゃない気がしますけど」
「それはその……ちょっと分量を見誤りまして」

 席に座りながら少し恥ずかしそうに安室さんは言う。安室さんも間違えることあるんだなと思いながら自分も向かいの席に座った。そうめんといえばつゆでさらっと食べるオンリーだった自分にすれば、まるでそうめんパーティだ。

「では、いただきます」
「はい、召し上がれ」

 まずはそのままスタンダードに。つゆにくぐらせてちゅるりとすすれば、間違いのない味がする。それから、他の小皿にある様々なつけダレや薬味との食べ合わせを試し始める。温泉卵やエビ、きゅうり、トマト、生ハム……様々な食材が並ぶ中で、自分が一番気に入ったのは梅シソ納豆だ。納豆のまろやかさにシソと梅がそれこそいい塩梅にアクセントになって、そうめんが進む進む。

「どれもこれも美味しいです……! 食べすぎちゃうなこれは」
「そうですねえ。僕もここまでそうめんの付け合わせを色々用意するのは初めてかもしれません」

 ちゅるりとそうめんをすすって安室さんは言う。確かに、ここまでのパーティ料理は自分ではなかなか作ろうとは思わないだろう。ひとりで食べる量にも限界あるもんなあ。

「安室さんはどれが好きです?」
「そうですねえ、梅シソ納豆もすきですけど……やっぱり卵ですかね」
「あー卵も美味しいですよね!」

 気付けばあれだけあったそうめんの山がもう残り少なくなっている。本当に徹夜明けか?というくらい食べれてしまうのも、全部このつけダレが美味しすぎるのが悪い……!

「ほんと、夏に食べるそうめんは格別ですね〜」
「ええ、流石日本の風物詩です」

 そういいながら自分たちはついにそうめんを完食してしまった。すっかり空になった大皿を見て、改めて自分たちの食べた量を再認識する。
 ごちそうさまでしたと手を合わせてからふたりで食器を洗い始めた。普段は食洗器を使っているのだが、最近少し調子が悪いようで仕方なく手洗いをしているのである。泡を水で流しながらふあ、と欠伸をこぼした自分を見て安室さんは言う。

「まだ眠いですか?」
「はい……さっきまで平気だったんですけど。やっぱりお腹いっぱいになったせいかな」
「どうしても食後は眠くなりますからね。しかも徹夜明けとあればなおさら」

 洗い終わった食器を拭きつつ安室さんはそうだと提案する。

「これ片付けたら一緒にひと眠りしましょう。ちょうど僕も少し眠気が出てきましたし」
「……いい、ですけど」

 自分は訝し気な視線を送りつつ、安室さんに尋ねる。

「何もしません?」
「やだなあ、徹夜明けで疲れてる人にそんなことしませんよ。……まあ、ちょっと悪戯くらいはしますけど」
「ほら! もうすぐそういうことする!」

 自分は思わず声を荒げる。
 恋人関係になってからというもの、この人と一緒に寝ると大概”そういう”雰囲気を出すから、ちょっと困りものなのだ。今日は流石に徹夜明けだということを本人も知ってるから、本格的に手を出してはこないだろうけど、油断はできない。まあ本人もなかなか自分に会えない分、会えた時にこみ上げてくるものもあるんだろう多分。でもそれとこれとは話が別だ。
 すると、安室さんは片付ける手を静かに止める。

「久しぶりに会えたと思ったらずっと原稿づくしで、それがやっと終わったんです。……なら、恋人と大切な時間を過ごしても何もおかしくは無いでしょう?」

 少し色気たっぷりに目を細めて、視線をこちらに送る。艶やかな唇はすっと弧を描いていた。
 ……その顔の美しいこと美しいこと。

 ん゛ん゛っ!と声を抑えるようにぐっと唇を噛みしめる。
 ちょっとずつ慣れてきたとはいえ、やっぱり顔がいいことに変わりは無いんだよなあ……。

「それも、そう、ですね……」
「じゃあいいじゃないですか」

 安室さんはここぞとばかりににっこり微笑んで、るんるん気分で作業を再開させた。
 ああもう本当に、自分はこの人に敵わないなあ……。
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