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とある休日の午後。
天気が良くて少し汗ばむそんな今日も、自分は相変わらずポアロへ足を向けていた。仕方ないじゃない、起きたはいいものの冷蔵庫は空っぽで何も食べるものが無かったんだから。カランと特有のドアベルを鳴らして扉を開けば、ひんやりとした冷房が迎えてくれる。
「いらっしゃいま……あら心央さん」
「こんにちは」
自分を認識した梓さんがぱっと笑みを浮かべる。相変わらず可愛い。これなら梓さん目当ての客がいてもおかしくないよなあ。そんなことを考えながら、ちらりと店内を見回す。今日はどうやら安室さんはいないみたいだ。その様子を見て梓さんがさっと補足してくれる。
「今日は安室さんは休みですよ。急な予定が入ったからって昨日連絡があって」
「そうなんですか」
へえと相槌を打つ。最近は店に来ると結構な確率で会っていたから、なんだか不思議な感じがするなあ。まあ今は(登場人物の会話の内容をそれとなく聞いて最近ようやく知った)本編の展開的に『裏切りのステージ』回が終わったあとぐらいだろうし、本職の方とかかなり忙しいだろうなあ。
(というかむしろここにずっといる方がやべーわ。ちゃんと休んでください)
そんな脈絡も無いことをぶつぶつと考えていると、梓さんが瞳をきらりと輝かせた。心なしかニヨニヨと微笑んでいる気さえする。
「もしかして……安室さんが居なくてちょっと残念でした?」
「まさか。そんなことないですよ」
あははとはぐらかすように笑って、いつもの席に座る。お冷を自分のテーブルに置きつつ、伝票とペンを手に取った梓さんが慣れたように尋ねてきた。
「今日もいつもの?」
「いや……」
普段はあまり見ないメニューに目を向ける。ふと目に留まったのは『期間限定スイーツ』の文字だ。ふむ。
「このイチゴたっぷりジェラートとふわとろパンケーキ下さい」
「あら、珍しい」
「自分だって、たまには違うものを食べたい時だってあるんですよ」
「ふふ。まあそんなときもありますよね」
さらさらと伝票を書き、少々お待ちくださいと微笑んで梓さんが厨房へ向かった。お冷に口を付けつつ待ち時間の時間の潰し方を思案する。とりあえずソシャゲのスタミナでも消費しようかな。確かもうそろそろ自然回復分が溢れそうだったし。そう考えて携帯を取り出したところで、ふと声を掛けられる。
「心央さん!」
「あれ、蘭ちゃんに園子ちゃん」
声を掛けてきたのは自分の知合いかつこの漫画の登場人物の、毛利蘭ちゃんと鈴木園子ちゃんだ。このふたりに関しては正直もう説明不要だろう。
「ふたりも来てたんだ」
「はい。丁度ふたりで買い物に行った帰りに寄ったんです」
「しばらくふたりで喋ってたんだけど、心央さんが来てるの見たら我慢できなくて声かけちゃった」
「なるほどね」
よく見れば座ってる席に紙袋がある。どうやら米花百貨店に行ってきたのだろう。休日にふたりでショッピング……本当に仲良しだなあ。そんなことを考えていると、ねえねえと園子ちゃんが提案を持ち掛けてきた。
「心央さん。どうせならあたしたちと一緒の席に座らない?」
「え、いいの?」
「勿論! 久しぶりに会えたから、色々喋りたいし!」
「私も!」
「ふたりがいいなら、お邪魔しようかな」
自分の言葉を聞いてやったと嬉しそうに微笑むふたり。あー可愛いなあと癒されながら、鞄を持ってふたりの座るテーブル席に移動した。丁度蘭ちゃんの隣のソファー席に腰かける。因みに園子ちゃんは蘭ちゃんの向かい側に座っていた。
「なんかこの3人ってなかなか珍しいね」
「確かに。アタシに至っては心央さんと会うこと自体が久しぶりな感じ」
「まあ社会人と学生じゃ生活リズムも違うからねえ」
「それもそうですね」
「それにうちらこの間までテストだったからそのせいもあるかも」
「へえーそっか、もうそんな季節かあ」
しみじみとつぶやく。仕事ばっかりだと本当に時間の感覚がなくなって困る。ただでさえ年々1年が早くなっていってるというのに……。すると蘭ちゃんが自分に尋ねた。
「心央さんって学生時代は勉強得意だったんですか?」
「そうでもないよ。よかったらもっといい所に就職してるし。最低限は一応やってたけど……」
「そうなんですか?」
「頭よさそうなのに意外〜」
そこからは自分の進路と仕事の話になった。やっぱり高校2年生ってこともあって、将来のことを色々考える時期なのかもしれない。ふたりとも偉いなあ。自分が高校の時(前世)は進路なんか知るかって感じでひたすらオタ活に全力を注いで、後になってとんでもなく後悔したのに……。因みに今世ではそれなりーに勉強はしていたものの、そこまで特筆するほど成績が良かったわけではない。
「お待たせしました。イチゴジェラートとパンケーキです」
話がひと段落しそうなときに、梓さんが注文したものを運んできた。ピンク色に染まった可愛らしいジェラートと見るからにふわふわなパンケーキに、思わず頬が緩みそうになる。
「ありがとうございます」
「ではごゆっくり」
梓さんは微笑みながら一礼してまた去っていった。
「季節限定メニューですか?」
「うんそうだよ。ちょっと気分を変えて注文してみたんだ」
「へえ〜 めっちゃおいしそう!」
皿を覗き込んで歓声を上げるふたり。確かに見た目めっちゃ可愛いなこれ。ちょっと写真撮っとこう。パシャリと一枚撮影し、携帯をしまう。
まずはパンケーキだろうか。ナイフが無くても簡単に切れてしまうほど柔らかいパンケーキをひとくち分フォークに刺し、あむと頬張る。うん、上に乗ったクリームとパンケーキが見事にマッチしてとても美味しい。思わず目じりが緩む。ジェラートの方も、いちごの甘みと酸味が絶妙で美味しい。最近ちょっと落ち込むこともあったけど、なんとなく気分が晴れる気がした。
「そういえば前からききたかったんですけど」
「うん?」
ストローをくわえたまま視線を向ける。蘭ちゃんは少しだけ周りの目を気にしつつ、声のトーンを抑え気味に言った。
「心央さんって安室さんと付き合ってるんですか?」
「んぐっ」
思いもよらぬ質問をされてジェラートが変なところに入りかけた。げほげほとせき込む自分の背中を心配そうに蘭ちゃんがさすってくれる。まるで介護だ。ようやく呼吸が楽になったところで、涙目になりつつ自分は蘭ちゃんに訊く。
「……気になってたことって、それ?」
「なんか親しそうだし、いっつも楽しそうに話してる印象があったので」
「え! 心央さんまさか……」
はっと驚いたような表情を浮かべる園子ちゃん。なんとなく考えていることの予想はつく。いやいや。
「違う違う。あれはただの世間話だし。それに、安室さんが自分と付き合うなんて、ないない! 絶対にありえないから!」
「その割にはいつも嬉しそうですけどね?」
「ふうん?」
ふたりはにやにやと微笑ましいものを見るような目でこちらを見る。もう苦笑するしかない。ストローをくわえ、ジェラートを啜る。
そりゃ、確かに前世では大好き最高愛してるって常々思ってたけど、あくまであれは画面を挟んでキャーキャーしてただけだし。まあ、今でもかっこいいなー推しの顔最高だなーって思うけど……本当に動く本人を前にすると、ちょっと、心臓がおかしくなってそれどころじゃないというか……。ま、そんなことをこの子たちに言えるわけないけど。静かに頭の中で考えを収束させる。
「じゃあ会社に気になってる人がいるとか!」
浮かれた話を聞きたらしい園子ちゃんは矛先を安室さんから仕事先へと変更する。自分は一瞬答えを迷った後、
「いまんところは無いかなあ」
と涼しい顔で答えた。
「ええーつまんない!」
「自分に甘い話を求める方が間違ってるって」
君たちのようなリア充とは違って、こちとら前世からの筋金入りのオタクやぞ? 浮いた話に縁がないに決まっとるやろがい。
「それよりおばさんは君たちのことを聞きたいなあ。ふたりとも上手くいってるの?」
それとなく彼女らの話を振れば、ころりと話題はうつった。そういえば京極さんは、新一くんは……。それからはパンケーキを食べながらずっと聞き手に回っていたけど……うん、正直お腹いっぱいだよね。パンケーキにも負けず劣らずのあまーい話をみっちり一時間以上だもんね。
箱推しオタクとして新蘭と京園の本編にはないリアルエピソードを聞けるのはすっごい嬉しいんだけど、だいぶボリューミーだよ。聞いてた途中から自分は完全に菩薩顔だったし。
信じられるか? これでまだ(新一くんと蘭ちゃんは)付き合ってないんだぜ……?
今どきの高校生ってすげーやあ……。
「あっもうこんな時間! 夕飯の支度しなきゃ」
時計を見た蘭ちゃんが慌てたように声を上げる。確かにもうすぐ夕方だ。思った以上に長居しちゃったな。
「じゃああたしも帰ろうかな。心央さんは?」
「自分もそろそろ帰るよ」
それぞれ鞄や荷物を手にしつつ席を立つ。自分の伝票をとるついでに、彼女らの分の伝票も手に取った。
「今日は自分がおごるよ」
「えっ! そんな、悪いですよ」
「いいからいいから。ふたりのいい話沢山聞かせてもらっちゃったし。そのお礼ってことで」
「すみません、ありがとうございます」
少し申し訳なさそうに蘭ちゃんが眉を下げる。真面目なんだから。すると園子ちゃんが思いついたように人差し指を立てて言う。
「そうだ! 次はアタシたちがおごるんで、また一緒にごはんとか行きましょ!」
「それもいいね。事前に言ってくれれば予定合わせられるし」
「決まりですね」
お会計をして店を出る。それじゃあねと言ってふたりと別れた。さて、とりあえずまずは冷蔵庫を何とかしなきゃなあ。スーパーに寄るか。何を買おうか考えながら道を歩いていると、マナーモードにしっぱなしの携帯が震える。この短さはメールだ。もしかして仕事関連かと思いつつ電源を入れてメールを確認する。
「……」
思わず眉をしかめる。……見なきゃよかった。
自分は静かにため息をつき、携帯の電源を落とす。そしてそのまま何も言わずに、暗くなり始めた道を歩いていった。